自然からの恵み

1つ前の記事に書いた梅のヘタを取り除きながら、青い梅の甘いようなさわやかな香りを嗅ぎながら、ふと思い出しました。
去年の秋に主人の家族がフランスからここに遊びにきたときのことを。

その頃は栗の時期で、ご近所にいただいた大量の栗の皮をむくのを、義母と叔母さんに手伝ってもらいました。
暑くも寒くもないよい気候で、外のイスに腰をかけて、二人は栗の皮をすばやくむいていました。枝についたままの枝豆もいただいたので、それを枝から外してもらって、端の部分をハサミで切り落としてもらったりもしました。

意外と手のかかるこういう作業を、バカンスで日本に来ている二人にまかせて悪いかしら?なんて思いながら、作業する二人の顔をみてみると、とっても幸せそう。外見はさておき(汗)まるで少女のような表情です。

パリのド真ん中に住んでいる叔母さんは言いました「(栗の皮むきを)こんなふうにやっているなんて、大変ね。私なんか下ごしらえされて冷凍されているものを買っているわよ」。言葉だけみると、批判的な感じがしますすが、彼女はこの作業がとっても楽しそうなんです。

 

DSCN1846

(春にいただいた摘みたてのイチゴ、美味しかったー)

 

その時のことを梅をさわりながら思い出しました。
栗の皮むきみたいアナログな?手作業は、子供の頃のお母さんのお手伝いを思い出させるからか、それとも頭より手を使う単純作業は人の心を癒すのかもな、とあのときは思っていました。

でも昨日、シャーマンと呼ばれている某アメリカ人女性の本を読んでいたら、ふと、こんなことに気がつきました。彼女は、地球がつまり自然がくれるエネルギーは限りがない、だから受け取ることを学びましょう、というようなことを言っています。

人間からばかりエネルギーをもらおうとしていると、人間では与える側と受け取る側のエネルギーのバランスが合わないことが多く、それが私達を疲れさせると。エネルギーの違いからくる上下関係ができたり、人の評価で自分をはかってしまうなど、例としてあげられていました。人間関係のこれらの問題がエネルギーの不均衡からくると言われてもぴんと来ないかもしれませんが、自然の少ない都会での人間関係の問題の多さを思い浮かべれば、なんとなく納得はできるかと思います。

自然からはおしみないポジティブなエネルギーだけが与えられているけれど、人から受け取るエネルギーはいつもポジティブとは限らない、というふうにも言えるのかも。
だからエネルギーは人からばかりもらうのではなく、安全安心?しかも無料で底をつくことのない自然からのポジティブエネルギーを、もっともらいましょうってことだと思います。

paysage

冒頭の話に戻りますが、自然からの恵みに触れる作業というのは、この自然からのエネルギーを手を通して受け取っていることでもあるのかな、と思いました。

そのような自然からの高いエネルギーを触ることが人を癒しているのかもと。

地元でとれたての野菜や果物、輸送されていない、冷蔵などされていない、人の手にさらされすぎていないものはエネルギーが高いままなんだろうなとも思いました。

例えば塩ですが、塩化ナトリウムという化学的に合成された食卓塩(精製塩)よりも、粗塩、岩塩の方がいいとされるのは、単にミネラルが多いとか、化学的に合成されているものは体への作用が懸念されるとかそういう頭で考えられる知識だけではなく、自然界からなるべく手の入らない形で取り出されたものは、地球がくれるエネルギーをふんだんにまとっているから体にも良いのだと、そうも思いました。

この世の全ての物質がエネルギーから成ると言われますが、それらの接触、コミュニケーション、関係性など全てをエネルギーのやりとりと考えると、もっと単純化されてわかりやすいかも。

とりあえず、私はこの自然豊かな場所で、自然からエネルギーを毎日もらっていると再認識したので、たくさんたくさん感謝したいと思います。

 

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