あなたのかわいい身体

指のささくれ(さかむけ)で、ご相談をいただきました。

ささくれは、肌が乾燥するときなどに、親指だったり人差し指にできやすいかと思うのですが、

この女性のささくれは、ある特定の指でなく、全部の指!にあらわれてるのでした(汗)。

このような身体症状の急性相談だと、

具体的にどういう様相の症状か、
いつ頃から始まったか、
原因として考えられることはあるか、
この症状が起きた頃にメンタルでなにか特筆すべきことがあるか等を、質問形式でお尋ねします。

ご相談者からのメールには原因として

コロナ対策で手指を消毒する回数がこのところ多い

とありました。

そりゃ、消毒という名のもとに「エタノール」や「次亜塩素酸」を毎回手指に塗りこんでたら、肌は乾燥するし痛むしささくれますわ(汗)。

コロナ対策のため、公共の場で消毒をスルーすることは難しいかもしれませんが、具体的な原因を外さずにレメディを取っても焼石に水となることでしょう。

私はチョコを毎日食べ続けます、でも体重を減らしたいのでレメディでなんとかしてくださいとお願いされてるようなもの(苦笑)。

とはいえ、いつも原因の深い根っこはメンタルにあるものです。

体が悲鳴をあげてるのに(全指乾燥してささくれ)、

なぜ体に過剰な消毒を続けているのかな、という方に着目するのがよいかと思います。

ささくれというのは、爪周囲の肌・角質が細かく剥けてる状態です。

メンタルの意味でいうならささくれは、その細かいエリアで起きる細かい症状と同じくらい、日常の(もしくはある特定の出来事の)細部にこだわりすぎてるといえるかなと思います。

やりとりしたメールで読みほどいていくと、

ご相談者の方は、このところ仕事やプライベートでご自分の手を見る機会が多いようで、

ジム通いするうちにゴツゴツしてきた自分の手に、コンプレックスを持っていらっしゃるとのこと、

特に爪の形が丸くて小さく「綺麗でない」と思っていらっしゃることがわかりました。

ですから、原因、それだってば(苦笑)。

この女性の場合、指のさされくは、ささないなことを気にしすぎてるという現象ではなく、

細部に愛が足りなかった →  自分の指たちを愛してなかった

ということだと思いました。

だから体は、全指の毛細血管まで栄養&血液=つまり愛、をうまく流せなくて、ささくれていたのでしょう。

無理やり解釈するならば、

指を好きでない愛せていなかったから、その指たちを痛める消毒液を毎回つけても気にもしていなかった、

もしくは、

指を綺麗にしたい=消毒したい、という潜在意識の現れだったとも言えるかもしれません。

心がささくれる、という表現がありますが、

彼女の指たちは、まさに愛をもらえず、拗(す)ねてささくれていたようです(汗)。

うわー、なんか、かわいい、指たち ❤️!

結局、このご相談者は、メールのやりとりで上記の内容が腑に落ちたようですので、

レメディは出さず、ネイルケア製品を購入して爪も含めた爪周辺をケアするということで落ち着きました。

そのように愛を込めてケアしたら、きっとさかむけはなくなっていくでしょう。

そして、彼女はそんな自分のかわいい指たちをこれから愛するだろうな、と思いました。

私も、先日のテニスの後に痛くなってたゴリゴリいってる右肩甲骨に愛をたっぷりそそごうっと!

満開のコスモス群生をみかける時期ですが、写真を綺麗にとるの難しい(汗)。
よってこの画像、お借りしました……色と角度がステキ。

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体はいつもこのように、あなたにコミュニケーションをとってきています。

そのコミュニケーションに気がついてちゃんと答えていくと、

何かに頼らなくても、自分で自分の心身を癒すことができます。

あなたに起こってる症状がどんなコミュニケーションなのかわからないとき、

一緒にあなたの体からの言語を解くお手伝いをします。

そして必要なエッセンスやレメディで改善のサポートをします。

ご興味のある方は、HPの方へどうぞ: https://arnicahomeo.com/

草むしり効用

草むしりの、「むしる」はつかんで引き抜くという意味だそう。

関西の方では、「草ひき」と言います。

少し前ですが、草むしりするぞー!と意気込んでやったところ(いつもはダンナさんにさせてる笑)、

家の前側に伸びた草だけなのに、延べ3時間もかかりました……!

草むしりは、ヒジョーにしんどいので、できたらやらないで済ませたいものですが(汗)、

ちゃんと向き合って草むしりしてみると、雑草がなくなって見た目や気分がすっきりする以外にも非常にありがたい機会なのだとわかります。


*その1

アーシングできる。

Earthing というのは、体にたまった電気(電磁波)を地面に触れることで地中に流す方法です(電気製品のアース線と同じことを自分の体でする)。

また地面(土)に触ることで地球のエネルギーとつながるという効用もあります。

草むしりすると、足と手から両方アーシングできるということになります。
(理想をいうなら裸足で、手にも軍手をはめないことですが)

畑をやってるのと同じ効果です。

森にでかけていかなくても、家周りを綺麗にしながらアーシングもできる、一石二鳥。


*その2

頭(こうべ)を垂れる機会になる。

地面に座り込んで、草をみながら、引き抜く、むしる。

草をむしるためには、どうしても頭を下に向ける姿勢になります。

このように頭を下げる機会というのは、

大人になると、そして歳をとればとるほどなくなっていきます。

これ、大事だな〜と思いました(→ 私にとって特に、汗)。

知らない間に態度がでかくなってる、知らない間に謙虚さがなくなってる、
草むしりでは思い切り頭を下げることができます。

エネルギー的にいっても、頭のほうに淀んでる思考まみれのエネルギーを振り落とすことができます。

更にいうなら、地球にこの土地にいさせてもらってありがとうねという意識をもつと、よりエネルギーの流れがスムーズになると思います。

*その3

雑念の掃除になる。

これは以前参加したあるワークショップで体験したことです。

ワークショップ会場が神社だったので、プログラムに神社の早朝お掃除奉公が組み込まれていて、その一環で草むしりを終えた後に非常にリアルに感じたのですが、

雑草抜きをしてると、同時に心の雑念抜きが行われるのでした。

雑草を抜いてると、その単純作業に並行して頭に雑念が湧いてきます。
しかし雑草を抜き終わったあと、雑念も同時になくなっていて頭がすっきりしてたのです。

雑草という言葉にかけて「雑念」とかきましたが、必要のない無駄な考え事のことです。

必要なもの(残す植物)と不要なもの(雑草)を体で取捨選択してる行為が、

思考にも並行して起こったのだと思います。

まめに草むしりしようとはなかなか思えないのですが(汗)、雑草が目につきだしたら、

それは自分の雑念も増えたサインだと思って、草むしりしようと思いました。

↑  この1輪車4、5杯分の雑草でした、どんだけ雑草+雑念ためこんでたんだ〜(大汗)
しかし、この記事書いて、前庭をみまわしたら、またごっそり雑草生えてました…..ひー。

冴えない日

わたしの心が晴れない日がありました。

気分が冴えなくて、傷ついたような沈んだ気分の日でした。

前日は、心が浮き立ってなにもかも順調で明るく楽しい日だったのに(苦笑)。

気分が冴えない理由を探るならば、自分の中の弱さ(プライドとも言える)が

傷ついたからだとわかっています。

そしてそれが何を私に教えてくれてるのかもわかっていて、

それで私はどうするのか、ということまでわかっています。

大きな心の問題が起きたわけではなくて、だから泣くようなことでも、

怒るようなことでもない、ただ、ほんのちょっと気分が落ちるようなことがあったのでした。

冴えない気分のまま空をみあげると、空もすっきりしない様相でした。

雲が薄〜くたちこめて、明るさがどこにもなくて、雲の輪郭がわからず面白みがない、

雨が降りだしそうな暗さでもない、どよーんとした空。

わたしの心をみせられてるような空でした。

あ〜、心と同じように、空もいつも明るく冴えてるとは限らない、いつも美しい空とは限らないよな。

でも、再び、また明るいスカッとする空や、美しい雲のパターンをみれることもわかってる。

そうやって、全てが流れ、事象が起こり続けてるとわかってるけど、

それでも、わたしは心の平安を求めてる。

一時的にじゃなくて、ずっとずーっと心が安らかだったら、

もしくはずーっと心が明るいままだったらよいのに、とどこかで望んでいる。

そんなことを思いながら寝る前に瞑想していたら、こんなインスピレショーンをもらいました ↓

「ほんとうのわたしたちは、

気象現象を見上げる側じゃなくて、

気象現象を見下ろす天空の方だよ」

あら、すみません、そうでした(汗)。

ほんとうの私たちは、

さまざまな気象現象が起こるその「真下」で生きてる存在じゃなくて、

気象現象の影響をいっさい受けない

そのはるかかなたの揺るがない「天空」の方でした。

天空は、

そこで雲が増えようと、雷が鳴ろうと、豪雨になろうと、

太陽が休みなく照りつけようと、なんの影響もうけない。

それらの気象現象の移りゆくさまを、ただ眺める存在。

私たち「人間」は、気象現象の起こる空間で、その影響の下でいきていて、

空模様と同じように、変化しつづける落ち着かない心模様を抱えて生きている。

そんな変化し続ける毎日の心の動きに疲れるな〜と思ったら、

ほんとうの自分は、永遠に平安な「天空」の方なんだと思い出すと、

心の動きを達観できるかもしれません。

↑ 達観したせいか(?)、今日はすっきり雲一つない秋晴れです。

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もっと楽に生きていきたいな〜と思う方へ

エネルギー療法コンサルテーション、

心のスタディコンサルテーションというのをやっています。

心の乱れを、レメディやエッセンスなどのヘルプで整えていくことができます。

ご興味のある方は、HPの方へどうぞ:

ARNICA エネルギー療法

HP リニューアルしました

数年ぶりにHPをいじったら、使い方をほとんど忘れてて愕然、かなり時間かかりました(汗)。

それでも少し前から、気になっていた箇所3つをやっと変更できました。

① ホメオパシー療法 →  エネルギー療法 に変更

少し前からインスピレーション で 「エネルギー療法」という言葉が降りてきていたのです。

気がつけば、ホメオパシーのレメディだけでなく、植物や鉱物など複数のエッセンスも使うようになっていました。ホメオパシーという枠にとらわれず、これらを自由に組み合わせて、その方に合ったものを出したいので、総括した名称に変更しました。

② 2回目以降の料金と時間を変更

これまでずっと初回は2時間、2回目以降を「1時間」で設定していましたが、
2回目以降が、1時間で終わることは非常に稀(汗)。

時間を気にするよりも、いっそのこと増やそうと思いました。

ということで、2回目以降の時間を1時間 →  1時間半にして、
それにあわせて料金も  6.000円 → 7.000円に変更することにします。

(いったい、何回小刻みに値上げするんじゃ!? → カゲのつっこみが聞こえる、苦笑)

この料金と時間変更は、2020年11月からになりますので、

次回のコンサルテーションを考えている方は、来月10月中にご予約くださいませ。

③心のStudy コンサルテーション というメニューを作りました。

今年から始めた心のStudy Groupの個人バージョンです。

物事の捉え方を変えたり、この世のしくみ等を併せて知ることで、
もっと気楽に生きていくためのコンサルテーションです。

個人でも受けられますし、グループでも受けられます。

ご興味のある方は  HP の 心のスタディコンサルテーション をご覧ください。

はー、やっと気になってたことできた〜 という気持ちを表す写真 ↑
今回HPをいじったことで、wordpressに無料で使えるこんな感じの高品質の写真ストックがあることを発見!わーい。


みんなのお母さん

昨日の夕方、家族で出かけてたら車の中で、非常に久しぶりの大口論になりました(汗)。

わたしとダンナさんがそれぞれ怒ってぶつかった、ブチギレた?!

怒りがおさまってから、ダンナさんに

「今週テニスが足りなかったんじゃない〜?(→ 私の怒りエネルギー噴出の場、苦笑)」

と言われたりしたけれど、

なんであんなに怒ったのかな〜と自分を分析してみたら、こんな感じでした:

前夜、息子が熱く語る話(私にはヒジョーに興味が薄い各国の武器開発の話)を聞いてあげた。

出かける少し前に、今熱中してるインドの賢者の本を1人で静かに「離れ」で読んでたら、

ダンナさんがやってきて、彼が午前に体験したことを熱く語り出し、

おまけに「後でみるから」と断ったのにそのとき撮影した動画までみせられ、

あげくに話が終わったら、その場で彼はぐーぐー昼寝を始めたため、

私の読書集中がとぎれて、結局、母屋で家事をした。

その後、家族で出かけた車の中で、行先について私が意見を言ったら、

それを聞きいれてくれなかったので、私は怒りが噴出したのでした。

”私はあななたちの話を聞いてあげたよね?!私の意見も聞いてくれていいでしょ!”

が怒りの元でした。

これって、ママ達の夫婦喧嘩の元とよく似ています。

日中、子供の気持ちをたくさん受け止めて、子供目線で話を聞いてあげて、

やっと帰宅したパパに、今度は自分の話を聞いてもらおうとすると、パパは全然聞いてくれない。

そこで怒り噴出みたいな(苦笑)。

年配の夫婦だって同じような喧嘩が多いかもです。

妻は夫の話を聞いてあげたり、食事や生活の要望を聞きいれてあげてるのに、

妻の話をほぼ聞けない夫。そしてだんだん口を聞かなくなる夫婦みたいな(苦笑)。

女性性(じょせいせい)というのは、

受容するという特徴がありますから、

女の人は自然と他者の話を聞いてあげたり、受け入れる という役割になるのだと思います。

特に「母」となると、母性が強くでますので、自分が属する家族全員の受け止め役に自然となってしまうのかもしれません。

ん?!、それなら「母」って、誰が受け止めてくれるの?

母の母かしら?!

実際、自分にお母さんがいると、実家にいって愚痴ったり話を聞いてもらってる人も多いかもしれません。

でも、そういうお母さんがいない母たちは、どうなるんだ?!

全国のそういうたくさんのお母さんを受け止める役は誰?!

なんて考えていたら、こんなインスピレーション が降りてきました↓

「みんなのお母さん、それはマザーアース」

Mother Earth : つまり地球です。

地球は、母なる星、なんて表現もされますし、

地球も意識をもっている惑星で、地球は女性性の星とも言われています。

例えば、地球はフランス語でいうと La Terre :ちゃんと女性名詞になってます。

このインスピレーション が降りてきて、

わ〜、わたしは、お母さんの上で暮らしてるんだ

って思ったら、ものすごく安らかな暖かい気持ちになりました。

地球:マザーアースは、

そこに住む子供(私たち)に、

食べ物を慈悲深く与えてくれて

(土に植えたら野菜や果物ができ、動物や海で魚も育ててくれてる)、

そこに住む子供たちが喧嘩(戦争)しても、

そこに住む子供たちが、ママをたたいたり傷つけても(環境汚染、環境破壊)、

その美しい自然の中で、子供たちを育(はぐく)んでくれています。

たまに、怒るけど?!(台風とか自然災害)。

ということで、誰にも受け止めてもらえてないなと思ったら、

マザーアースに受け止めてもらってることを思い出すのはどうでしょうか。

母が当たり前の存在じゃないように、

地球も当たり前の存在じゃない、

だから感謝を忘れないようにしたいな、地球という母の上で暮らせているありがたさをいつも感じていたいなと、

今回の出来事からつくづく思いました。

地球というみんなのお母さんとつながれる瞑想、おすすめです:

怒りと恨み

一昨日、バッチフラワー講座をしたときに頂いた質問と、ある方からいただいたメールの内容が似通っていてシンクロしたので、

これはフォーカスしたいなと思い、記事にします。

バッチフラワーエッセンスの

Holly ホリー は、怒りや嫉妬に使うエッセンス

Willowウィローは、被害者意識の怒りや恨みに使うエッセンス です。

講座で出たご質問は、「怒り」に使うとき、どちらのエッセンスか?ということでした。

「怒り」 と 「恨み」/「被害者意識の怒り」 をどう区別するかってことになると思います。

数式のように書くならば:

怒り = オンリー怒りだけの状態 (怒りという感情が単に起こっただけ)。

被害者意識の怒りや恨み = 怒り + 自分のジャッジ がくっついた状態

です。

具体例で書くと(頂いたメール内容の一部を拝借します)、

子供がおもちゃ売り場でミニカーを欲しいと泣いてせがむ

 →  買いたくないのに買ってしまったことでイライラして怒る

ここまでなら、「オンリー怒りだけの状態」です。

起こった出来事に、感情的に反応しただけです。

でも、その後に、

→ この子がしつこく泣いて聞き分けがないせいだ

というようなことを付け加えるのが、

「怒り + 自分のジャッジ がくっついた状態」です。

プラスでくっついてくるジャッジが、

この子のせいだと思うと、恨みになっていくし、

この子にいつもこんな感じで苦しめられてると思うなら、

それは被害者意識の怒りになっていくのです。

怒り は自動的に起こるものなので、そこだけで終わっていたら、それはすぐに流れます。

でもそこに自分のジャッジをつけ加えるので、恨みや被害者意識になって、エネルギーにブロックが起きるのです。

上記のバッチフラワーの解説に戻ると、

ホリー というのは怒りを出してるだけなので、メンタルの状態でいうとまだ健全で(とはいえ怒りを持つのは何かのせいにしてるから、ですが、ここではまだ固定化されてない)

ウィローの方は、怒ったあとに相手のせいだと思ったり、相手のせいで私は辛い目に遭うというジャッジを下し続けた結果、ブロックを作ってしまってる少し深い状態と言えます。

以上、怒りの例であげましたが、これはどんな感情においても同じです。

悲しみという感情でも、例えば

愛していたペットが亡くなってしまって悲しい というのは、

悲しみがただ起きた状態。

でもそこに、

私があのとき病院に連れていってあげてたら とか

私がもっと健康的な食べ物をあげていたら みたいに後悔のジャッジを付け加えると

それは罪悪感や自責の念などに変わり、エネルギーブロックを起こします。

また人によっては、このようなペットの死を過去の出来事とヒモづけて

私が何かを愛すると、それはいつも手からすり抜けていく

みたいな信念体系を作り出す人もいます。

このような信念体系は、日々起こる出来事の定義づけのもとになっていくので、そこでできていくブロックも半端ありません(汗)。

と書いてきましたが、上記のような感情に自分のジャッジをプラスしない人の方が実際には少なくて、

ほとんどの人はいつもジャッジをつけて、感情を長引かせてしまうのです。

ということで、今後、感情が起きたら、自分のジャッジをプラスして感情を保存しようとしていないか観察してみるのはどうでしょう(笑)。

あ、やっぱり、この記事の内容は大事だったな〜 →  ジャッジ?!(笑)

質問してくださった方、メールくださった方、ありがとうございました(礼)。

↑  涼しくなってきたせいか、スコッチはカゴネコ?になってます。このまま、持ち運びたくなる。

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感情にジャッジを加えるのがやめられない方、ジャッジによる強固な信念体系を作り出してしまった方、レメディを使ってそのブロックを外すお手伝いをします。

詳しくはHPの方へ:https://arnicahomeo.com/

なんでも導きのサイン

今朝6時前、息子をバス停まで送っていく途中で信号待ちになり、

フロントガラス越しに流れていく雲をみていたら、浮かんできたのが:

インスタ始めよう

でした。

きっかけは、数日前にお会いしたころあい自然楽校の佑里子さんに、

「Blogは、私を知ってる 人が読みにくるもの、

もっと多くの人に知ってもらうには インスタとか がいいですよ」

みたいなことを教えてもらったから。

ころあいさんは、インスタを始めてから、問合せの数が目に見えて増えたそうです。

このときは、へ〜そうか〜、そうだよね、と思っていただけです。

なぜなら、まだこの時点で「自分の思い込み」の方が、

「導きのサイン」よりも強かったので。

私は、Facebook や Twitter や Instagramなどは、

不特定多数に向けて情報発信したい人や、

キラキラした生活をしてる人が活用するSNS

だという思い込みを持っていたのです(汗)。

わたしは個人的にひっそり(?)してたいタイプで、

生活も、ものすごーく地味なんで(苦笑)、

SNS始めても、自然 か 猫 しかあげるもんがない、つまりキラキラした生活も情報もないから、そういうものと自分は関係ないと思い込んでいました。

この化石のような古い思い込みは、いつからもってたんだろう〜って苦笑しながら考えたら、

Facebookが普及しはじめたときのイメージかもと思いました。

当時は、どこそこでランチしたとか、

こんな素敵なもの購入しましたとか、こんなに友人たちと楽しんでますよ、

みたいな投稿しかみたことなくて、

うわ〜自分とは無縁の世界だっ!て思ったの覚えてます(汗)。

一応、わたしも個人事業しているので、Facebookを活用しようかと考えてアカウントをとってはみたものの、

仕事でお会いするクライアントさんとVサインした写真は撮るような業種じゃないし(苦笑)、
そもそもわたしのプライベート生活には華(ハナ)がない……と再確認し、

SNSとわたしはそぐわない、という「思い込みをつくった」のでした。

しかし、今朝、あの瞬間、あ〜佑里子さんから告げられた言葉は、まさにサインなんだ!、と気づいて、

即実行することにしました。

「ふっとやってきて、あなたの気をひくものはサインですから受け止めましょう」なんて人様に言ってるわりには、自分にブロックかかってた(笑)!

猫、山、空しか、うつってない地味なインスタも、全然アリだし!

そんなんで、思い込みがカチッと外れました。

折しも、わたしはこれから、新しい活動をしようと考えているところなので(そのうちお知らせします)、

まさにこれは絶好のタイミングでした。

↑ こうやって文章にしてみたら、とても小さな、しかし相当にくだらない思い込みでしたね〜

でも、誰しもこんなの持ってるんじゃないでしょうかね。

私にはそれムリ  とか

ガラじゃないとか

なんとなく手をださないでおこう とか

それら 1回点検してみたら いいかもです。

てなわけで、ジミーなインスタ開設してみました:https://www.instagram.com/arnica.pe/?hl=ja

これから、いろんなインスタみにいってフォローしていこっと♡ワクワク♡

沖縄じゃないです苦笑、山陰海岸ジオパークの一部。
やっぱ、海はいい!

1つ前の時代のモンでは?!

私が子供の頃、母がコトあるごとに私に言い聞かせてたのは、

「  あきちゃん(と母は私を呼んでた)、

女は 愛嬌(あいきょう)よ 

という言葉でした。

ふざけた口調でも、断定的な口調でもなく、これこそが大事なのよ、みたいに説得するような口調でこれを言うのでした。

こどもの私はそれを聞くたびに、

なんてバカなことをこの人は言ってるんだろう!

と思ってました。

この人は、なんてくだらないことを私に教えるんだろう!

と思ってました(苦笑)。

そして、その母の教えにはうなづきもせず、ただ毎回黙っていたと記憶しています。

この教えに対する反目から、

私はぶっきらぼうな愛嬌のない女性になったのかもしれません(汗&苦笑)、

もしくは母が幼い私にこの文言を繰り返していたのは、もともと私が、もっと愛嬌があれば愛されるのにと思わせる愛想のない娘だったからかもしれません(大汗)。

母のパーソナリティでいうと、彼女は上に姉が3人いて、上の人たちに可愛がられるのが日々を楽に円滑に過ごすコツだと学んだのかもしれなくて、

実際、母はどんなコミュニティに入っても、いつも姉さん風の人と仲良くなって、その人に可愛がられるような人間関係を作っていました。

それにしても、こういう親からの教えというのは、親個人の生い立ちや性質だけでなく、

「時代」を大きく反映してるな〜と思います。

私の母が生きた時代というのは、女性の社会進出はまだまだ少なく、女が学(がく)を積むと嫁にいけなくなると言われていた時代、

専業主婦が大部分で、女は男に仕え、男性に愛され大事にされてこそナンボみたいな時代の流れがあったと思います。

だから、私の母も、あなたも愛嬌のある愛される女性になるのが一番よ、みたいなことを教えたかったのかもしれません。

私のダンナさんの話もだすならば、彼は子供の頃から、漫画みたいな絵を描くのが好きで(実家でみせてもらった)かなりクリエイティブな発想の子だったと思うのですが、

彼の両親は幼少期の彼のそういう才能を十分知りながらも、漫画みたいなものを描いても生活できないからと、進路を決めるときにエンジニアの道に進むことを強く勧め、そして彼はその道に進みました。

もちろん、両親の希望通りに彼は食べることで困りはしませんでした、食べていける職業だったから。

でも、彼は自分が生まれもった才能を存分に発揮するということにずーっと苦しむことにもなったわけです。

ダンナさんの両親が彼に勧めた進路も、「時代」の影響を受けた考えだな〜と思います。

親の考えには、彼らが生きた「時代」の中で、彼らが生きていくのにこれがよいだろうと思った選択が反映されています。

何が言いたいかというと、この流れは実は今も綿々と続いてるということを自覚するのがよいのでは、ということです。

たとえ、若い世代のパパ&ママであっても、

自分がこれまで生きてきた時代から受けた影響の教えを、

子ども達に押し付けていないか自問自答するとよいのでは、と思うのです。

もちろん、私も(苦笑)。

今、子どもに教えようとしてるルールや価値観は、

自分の(1つ古い)時代のモンではないか!?、って、

1回考えてみるのはどうかなと思うのでした。

その価値観やルールは、本当に自分が心から大事だと思ってることなのか、

その子が幸せになるためのものなのか、

はたまた、それは自分の親や時代から刷り込まれただけの考えではないのか、

まずは大人自身も点検してみるといいのではと思いました(今朝、この内容がインスピレーション で降りてきた)。

最後に…..

母から愛嬌について言われた上記のエピソードをダンナさんに話したら、

「確かに愛嬌ナイネ(→私)、愛嬌あるほうがこっちは嬉シイヨ!」

と言われました。

あ、やっぱり、私、笑顔足りなかった?!(大汗)。

愛嬌こそが大事である、とはやはり思わないけど、

笑顔でいることは大事ですな〜(反省)!

↑ にゃんこ達の寝てる姿をみてると自然に笑顔になるのですが、ね。猫達には愛嬌のある私です。
人間に対して愛嬌がないのかも(汗)。

自由な選択だった

私には、年に一度、一緒に旅行することにしてる高校のときからの大親友がいます。

彼女は病院で介護の仕事に就いているのですが、その病院で少し前にコロナのクラスター感染が起きました(汗)。

彼女が働いていた病棟に感染者がいたため、彼女はホテルで2週間の隔離生活をするはめになったのです。(自宅待機という選択肢もあったけど、一緒に暮らす彼女の娘さんが看護師のため、感染のリスクがないようホテル待機を選択した)。

滞在したホテルの1フロアに病院の同僚らが待機してるのは察しがつくけど、万が一の感染を防ぐためにコンタクトしちゃいけないので会話もなし、部屋の外でドアが開いたりする音が聞こえるのみ&朝それぞれの部屋の前にだされたゴミをみてあー誰かいるねと思うだけ、というなかなか不気味なシチュエーションだったそうです…..

2週間の間、食糧の買い出しだけ外にでていいらしいのですが(待機中に2回PCR検査して陰性だった)、それ以外はビジネスホテルの狭い部屋で、誰と話をすることもなく、ひとりきり(汗)。

私が電話したときは、うつになりかけてたかも、と苦笑してました。

私がそういう隔離生活を送ると想像すると….

わーい、2週間、料理、掃除、洗濯しなくていい、ひゃっほー!

ワイン買い込んで、読書三昧、動画三昧、運動不足ならヨガして、瞑想も誰にも邪魔されずたくさんできる〜って、喜んじゃいそうですが(苦笑)、

あ、猫たちに会えないのが寂しいかも(汗)、

なんて思ったけど、

実際に自分がそういうせまい部屋に隔離されたら、おそらく、あれして、これして、などというやる気自体がなくなっていくのかもしれません。

ホテル隔離の最終日、最後の検査をうけて陰性かどうかの結果待ちのとき、

いよいよ明日帰宅できるとなって彼女がまず思ったのは、

栄養失調気味だから、自分が食べたい美味しいものを作ろう!

ということでした。

ずっと外で作られたものを食べてきたのだから、なによりもまず、そこを思うだろうと思います。

よく考えたら、

自分で食べたいものを決めて、

材料を選んで買って、

それを自分で作って食べる。

毎日の料理作りとは、

なんと自由なことをさせてもらっていたんだ! と、私も彼女の言葉を聞きながら、

気づきました。

家族のための料理を作っていると、だんだん義務みたいに感じて、うんざりすることもあるのですが、

料理って全て自由な選択から成り立ってるんですよね。

自由に食べる品を決めてよくて、

自由に材料を選んでよくて、

作り方も自分の好きなようにできる、

そして好きに盛り付けて、

好きな食べ方ができる(手でつまんだり、かぶりついたり、

フォークとナイフで食べたり、5秒でたいらげたり、おしゃべりしながら食べたり)。

料理&食べるって自由選択の結晶だったんだ!って改めて思いました。

そんなこといったら、全て人生は自由選択でできてるんですけどね。

自由だったというのは、不自由な状態にならないとなかなか気づけないものです。

コロナは困ることも深刻な問題も多いけれど、こんな感じで不自由さを強制的に教えてくれることで、

これまで当たり前だったことがどんなに自由で幸せだったかも教えてくれてるな〜と思った出来事でした。

しかしコロナのおかげで、彼女との例年の旅行計画はキャンセルとなりました。

それもまたこれまで当たり前にできてたことができなくなって、友達と旅行できてたことがどれだけありがたかったんだと気づくことになってます….。

暑くなってくると、猫たちは猫ベッドでなく床に寝そべります。一番涼しいんでしょうね。
好きな場所でいつでも寝そべることができる、自由だ〜!

行動にうつすまでの速度

行動が早い人と、遅い人の差ってなんだろう、と思ったことあるでしょうか。

エネルギー療法をやってるものからいうと、これは、

その人のエネルギーの流れにつまりがあるか、ないか

だと思っています。

ある講座を開催したときに、

この方とこの方(過去のクライアントさんで今も繋がってる方)は、

この講座を受けるのがいいだろうな〜と

思い浮かべた方々がいました。

しかし残念なことに、想定したこの2名からお申し込みはありませんでした。

別のある方に限っては、その講座はその方には必要だろうと思ったので、直接お声かけをしました。

しかし、その方は辞退されました(日時の都合の問題でなく)。

一方、フタをあけたら、その講座は特に受けなくても大丈夫でしょう(メンタル的に)、

と思う方々が申し込んでくれてました。

ここで私の講座が魅力的でないからという問題は横に置いておいて(汗、苦笑)、

このような例は、他のシーンでも同じかもな〜と思います。

良い状態で暮らしてる人は、さらに良くなるようにさっさと動き、

停滞してる状態で暮らしてる人は、停滞してるまま動きが起こりにくい。

停滞してる人は、エネルギーの流れに滞りがある、つまりエネルギーブロックも多いと言えるし、

頭で考えすぎるから動けない、つまり自分の心とつながってない、直感を信じてないという言い方もできるかと思います。

電気信号でいうなら、電気が弱い or 伝わるのに中継箇所が多すぎる、もしくは電気信号が最後の「行動」スイッチまで到達できない(汗)のかもしれません。

久しぶりに会った人で、家族内での出来事や年齢の変化はあるけど、本人にほとんど変化がない人って、いますよね(外側の環境だけでなく、心の変化も含め)。

数年前に聞いた愚痴と全く同じ愚痴を話してる人とか(汗)。

一方、環境を変えてたり、趣味でもなんでも新しいことを始めてたりする人がいる。

そういう人は会うと軽やかな感じがします。

変化が多いということは、それだけたくさんの経験をしてるということで、

経験が多ければそこで新しいなにかを学んだり、問題を乗り越えたりして、

人としての成長&進化の機会も多くなるのだろうと思います。

注)転職を繰り返す、ということとは違います。
また生活環境がずっと同じでも、内面で日々学びをしてる人もいるので全ての人に
上記の例があてはまるわけでもないです。

そういえば自分は行動までの速度が遅いな〜とか、ここ数年あまり自分に変化がない、と思ったら、

とりあえず頭で考えすぎないで、まずは目の前に流れてきたことに動いてみると、エネルギーのつまりを自分で外していくことができます。

↑ ハーバリウムというのをいただきました。青いエリンジュームや霞草が浮かんでいます。
みるだけで、ひんやり感、涼しさ、そして静けさまで感じさせてくれます。