任せていれば大丈夫

ホメオパシー療法というものをやっていますが、受けに来られる方は、身体や心の症状を大なり小なりなんらかお持ちです。

ホメオパシーのレメディを選ぶために、コンサルテーションでそれぞれの人生に起こってることを詳しくお尋ねしますが、そこには未解決の問題が必ずあります。

その未解決の問題というのは言い換えると、その問題を引き起こすことになったその方の意識や考え方なんですが、それは身体や心の症状と絡んでることが多いです。

レメディがうまく働けば、その問題を起こしてる意識が変わり、身体や心の症状にも改善がみられます。

そしてこの過程で、時々ドラマチックなことが起こります。

ええ!そんな展開が〜!みたいなことが起こるのです。

つい最近も、そういうドラマチックな展開をみさせて頂きました。

詳しいことは守秘義務がありますので書けませんが、10年以上も持ち越していたその方の人生に起こった複雑な問題が、こんな方法で!?と解決してしまったのです。

その方の問題は、現実的に人間関係やお金が絡んでおりましたので、これを解決するには一種の修羅場をくぐらねばならないのかもな、などと個人的には推測しておりましたが、実際には修羅場を全く演じることなく、すっと綺麗に、しかも本人は深いところから腑に落ちて、片がついたのでした。

いや〜、こんな解決法があったんですね、と文字通り舌を巻きました。

ちなみに、こういう展開はレメディがしたわけではありません。

レメディでエネルギーが整えられた後の、その方自身=ハイヤーセルフ(ホメオパシーでいうなら自己治癒力)が、ベストな方法でその方の長年の問題に綺麗に片を付けたのです。

見事、でした。

それで、毎回、そういう事象をみさせてもらって、私は思うんですね。

なにか問題があっても、どうしよう、こうしようって方法を悩む必要はないんだなと。

あなたの問題を起こしていた意識が変われば(エネルギーが変われば)、ご自身のハイヤーセルフがとてもうまく解決してくれるので、色々策を講じたり、思い悩む必要はないのだと。

ですので、何も恐れず、ただ、うまくいってる、と思うだけで良いのだとわかります。

力を抜いて、うまくいってる、と任せていれば本当にそうなります。

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↑ ピンクの椿をいただきました。このままコサージュに使いたくなる品のある華やかさです。

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問題を起こしてる意識や考え方に自分で気がつくことができれば、レメディは不要です。

でも自分で気がつくことがなかなか難しかったりもします。

そういうときは、一緒にその意識に気がつく作業をホメオパシー療法でお手伝いできます。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

自分の内側の感覚③の追記

他人をみたときに起こる自分の内側の感覚の反応、それが何か2つあげました:

・自分の持ってる嫌な部分(or良い部分)

・過去の状況の追体験

実はもう1つあるので、追記で書きます。

3つめにあげられるものとして

・自分の中の思い込み

があります。

例えば、道端でゴミやタバコの吸い殻をポイと捨ててる人を見たとします。

普通は、その人に対して批判や怒りを覚えるのではないでしょうか。

ここで反応してるのは、自分の中の「思い込み」、別の言葉でいうと、自分が決め込んでしまってるルールみたいなものに反応してます。

ゴミはゴミ箱に捨てないといけない  とか

ゴミは持ち帰らないといけない

といった過去に親や学校で教えられた道徳観念や基準で、自分がそうしないといけないと思い込んでることと違う目の前の態度をみて、そこに反応しています。

日本の社会の中でみるならば、ゴミを道に捨てる行為はどうみても悪いわけで、それをみて自分に批判や怒りが涌き上がるのは当然と思いこんでるので、この自分の反応を疑うこともしません。

けれど、相手を批判したり怒りを持つということは、一般的な言葉で言えば自分がストレスを感じるということになりますし、他の言い方でいうと自分のエネルギーにブロックがかかり、全体のエネルギーの流れが悪くなってるということになります。

意識して日常をみまわすと、実はこの思い込みによるエネルギーブロックというのはとても多くて、それだけ自分の調子を崩してる=本来の自分らしくなくなっていってるということになります。

店員さんのノロノロした態度にいらっとしたり→ 有料のサービスはテキパキすべきだという思い込み

駐車するのに枠内にきちんと停めてない車を批判をしたり→  決められたことはキチンとすべき、人に迷惑をかけるべきではないという思い込み

育児だけでヘトヘトで自分の時間がない→ 全てを優先しても育児をしないといけないという 思い込み、お母さんとはこういうものだという思い込み  etc.

これらの思い込みは、小さなものでも日々幾つもあったら、相当な量になります。

逆を返すと、これらの小さなストレスがなかったら、毎日相当良い気分になるはずです。

ゴミを捨ててる人をみて、いいね !みたいな感覚になる必要はありませんが(汗)、そういう行為をみても感情的でなく平常心でいられたら、自分へのストレスはなくなりエネルギーブロックも起こりません。

(もちろん目の前で犯罪やなにか悪が行われてるなら行動を起こしますが、そこに感情的な批判や怒りは本来は不要という意味です)

こういった思い込みの中で、多くの人が持っていてしかも強力で外しにくいのは、

人に迷惑をかけてはいけない

だと思います。

日本社会でさんざん叩き込まれてる概念ですからね。

クライアントさんの話の中でも、こういうのはたくさんでてきますし、自分の中にも根付いていて意識しないと外せないものが幾つもあります。

人に迷惑をかけることもあるさ〜

人に迷惑をかけることがあってもいいか〜 って思えたら、

自分も楽だし、人に迷惑をかけられてもゆる〜く受け止めてあげることができると、それがゆくゆくは、人を愛し、自分も愛するってことにつながると思います。

日常の中で、ストレスを感じることがあったら、これはどういう思い込みから、来てるんだろうと意識してみるとよいかもしれません。

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↑ 水仙のブーケをいただきました。我が家の黄色い郵便受けとまるでセットのよう(苦笑)花束をもらうとテンションが異常に上がるのは、女性は花をもらうと嬉しいっていう思い込み?からでしょうか(汗)

 

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たくさんの思い込みで、自分を締め付けてしまっている方。

ホメオパシー療法で、もっと楽に生きるお手伝いができると思います。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

 

自分の内側の感覚に気づく③

あなたが人に対して感じてること①」と「自分を愛するには②」のつづきです。

人に対して感じる不快な思いや批判が、自分の内側の感覚の反映であると書きましたが、

この自分の内側の感覚が何なのか?

について書いてみたいと思います。

現時点で私がわかってるものは2種類あります。

1つは、相手の人格や態度や言動に見える「自分の中の嫌な部分」です。

例えば、新しい誰かに出会ったとします。その人は何を話しても笑顔で答えてくれて、たくさん相づちを打ってくれるとします。もし自分がこの人をみて、「うわ、この笑顔は嫌だな、みていて疲れる〜」と感じたのなら、

それは、自分の内側に、笑顔で無理をしてる、という感覚があるからです。自分も会社や学校やら人付き合いのどこかで、そうしてる部分があるのでしょう。

だから、その人をみて、その内側の感覚が反応して不快に感じるのです。

ちなみに、これはポジティブな感覚を持つ場合も同じです。ニコニコ相づち&笑顔をみて、「うわ、いいな、この人、私もこんな風にいつも笑顔でいよう」みたいなことを感じるのなら、自分の中に ”人といるときはいつも笑顔で” という感覚があって、それが目の前で実現されてるから、それをポジティブな感覚で感じるわけです。

さて、人といるときに不快に感じるもう1つですが、それは相手の取ってる態度やその状況が「自分が過去に感じた嫌な状況とかぶってる」ときです。

例えば、ご主人が何も家事を手伝ってくれないとします。ご主人は横になってだら〜っとしてる、自分はこんなに忙しいのにとご主人に対してイライラしてるようなとき。

こういう場合は、ご主人の中に自分の嫌な部分をみてるというより、自分1人で忙しくしてて、もう1人が横でだら〜っとしてる状況自体にあなたの内側の感覚が反応しています。

あなたの過去にあった嫌な状況を追体験してる、と表現できます。

例えばですが、小さい頃に、お母さんだけが忙しく家事をして、お父さんは何もしないでだら〜っとしていて、それをみて、(恐らくお母さんがブツブツ言いながら家事してたのだと思いますが)小さなあなたが不快に感じていた出来事を思い出して、目の前の状況に当てはめてイライラしてるのです。

冷静に考えたら、お父さんと目の前のご主人は別の人だから、過去とは同じ状況ではないのに、ご主人をお父さんと同様の人と勝手に思い込んでるのです。

そして、ご主人は(お父さんと同じで)手伝ってくれない人、使えない人という思い込みを感じて、イライラしてるというわけです。

また同時にお母さんの状況を思い出して、家事は1人でやらないといけないという(お母さんと同じ)思い込みを持っていたりもします。

 

ということで、人に対して批判的なことを思いついたり、イライラしたりしたら、自分の内側の何が反応してるのだろうと気がつくことができたら、その不快な思いはかなり軽減します。

自分の何が反映してるかは、自分で探るのが難しい場合も多いのですが(無意識にやってるので)、ただ、あ、これは何か自分の内側のものが反応してるな、と気がつくだけでも、随分不快な思いが軽減します。

相手を責めてるだけのときは、その不快さはどんどん大きくなるのですが、それが自分の一部と気がつくと、相手を責めてばかりはいられなくなるからです。

別の言葉でいうならば、相手を変えることはできないけれど、自分は変えようと思えば自分で変えられるから対処できる、つまり解決できるということになります。

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↑ テリトリーを散歩してきたミヌが静かに私のほうに歩みよってきてます。
まるで幸せが静かに近づいてくるかのよう(苦笑)、足下にきてスリスリしてくれます。

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自分の内側の感覚に気がつくのが難しい方、ホメオパシー療法やカウンセリングを使って客観的に自分で発見するお手伝いができると思います。

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自分を愛するには②

①の続きになります。(「あなたが人に対して感じてること①」を先に読んだ方がわかりやすいです)

ということで、誰か人について感じてることは、自分の内側の感覚の反映なので、

誰かのことを悪くいったり、批判してるときは、実は自分の持つある部分を同時に否定していることになります。

人を批判する=自分を批判してる  わけです。

以前 「stop all criticism」という記事を書いたときは、このつながりがわかっていませんでした。

ですので人の批判をやめていけたら自分を肯定していくことになり、つまりは自分を愛していくことにもなるのです。
では、具体的にどうするか:

人の嫌な部分がみえたとしても、

ま、しょうがないね

と受け入れてみます。

そうしたら、そういう他人と同じ嫌な部分を持ってる自分も、並行して、ま、いいかと受け入れてるわけで、自分を愛していくことにどんどん近づいていきます。

どんなにひどくても、ずるくても、変な自分の部分でも、もうとにかくなんでもいいから、ま、しょうがないね、いいよね、と思ってみることです。

どんな自分も(他人も)許す、ってことですね。

↑ これができたら、ものすご〜く毎日が楽になります。

ただ、批判しないはわりと難しい時もあって、どうしても条件反射的に誰かを批判してしまうという場合は、もう1つ方法があります。

それは、批判が心に浮かんだら、それに「気がつく」ということです。

あ、今、批判したわ、とか、

あ、今、批判の言葉が心に浮かんじゃった!と、気がつくだけです。

批判してる自分を責めないで、批判してるな〜って気がつくだけです。

気がつくだけなんですが、これをやってると不思議なことに批判することは、どんどん減っていきます。

そしてどんどん心地よくなっていきます。

この話、しつこいんですけど(汗)③につづきます。

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スコッチも外にでたらまず背中をスリスリします。
そして私も例外なくフサフサお腹を撫で撫でします〜(幸)。

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批判して自分を傷つけるのをやめられない方、1人で難しい場合は、
ホメオパシー療法やカウンセリングでお手伝いができると思います。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

 

 

 

 

あなたが人に対して感じてること①

ある人の印象について、複数の人で話してるとき、人によって持ってる印象がかなり違うということ、よくあります。

実際に私にあったことで話すと、もう数年前のことですが、Iさんという女性について友人と話していたとき、私はその Iさんに対して「会話がつながりにくくて話しにくい」という印象を話したのですが、友人は Iさんを「(その仲間内では)一番話がしやすい人」と言ったことがありました。

私という人間を通してみた Iさんと、友人を通してみた Iさんは、同じ人でありながら、まるで違う人のように受け取られています。

この違いは、それぞれの持つ感覚が Iさんに投影されているからです。

だから私の感覚が投影されたIさんと、友人の感覚が投影されたIさんは、それぞれ違うIさんになります。

これはどんな人についても同じことが言えると思います。

例えば、私のダンナさんは、私からみたダンナさんであって、息子からみたダンナさんはまた違うダンナさんになります。

逆を言うならば、誰の感覚も通さないピュアなダンナさん100%の状態は存在できません。なぜなら、この世のものは、必ず誰かの感覚を通して表現されてるものなので。

ということで、もし誰かに対して、よい印象や悪い印象、良い意見や悪い意見をもっているなら、それは相手のことを言ってるのではなくて、相手に投影された「あなたの感覚」を話してるということになります。

このことがもし腑に落ちたら、誰かのことを悪くいうことはできなくなっていきます。

何故なら悪く言ってるのは、他人のことではなく、その人を通して感じる「自分の内側の感覚」であって、人を悪く言うということは、いわゆる自分自身を悪く言ってるのと同じことになるからです。

長くなるので、②に続きます。

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外にでてくると、まずごろんとひっくり返って背中をスリスリするミヌ。
私はすかさずフカフカのお腹をなでます、気持いい〜。

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人の悪いところしか見えない方、自分でその見方を変えられない場合は、

ホメオパシー療法のサポートを使って、それを変化できるかもしれません。

ホメオパシーに抵抗のある方は、レメディを使わないコンサルテーション(カウンセリング)のみも受け付けています。

詳しくはHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

 

 

 

真理へ

それは先月くらいから起きていました。

私は心や身体に何か不快なことが起こると、この出来事や感情は私の何を表しているのだろうと探ります。

一種のクイズみたいなもので、私が内に持ってる何が反映して、これが起こってるのかと探るわけです(例:過去記事「負けん気」)。

その答えをみつけるのは私には面白いし、一度みつけると、それに関連する不快な事象は起こらなくなるので、やればやるほど不快な出来事も日常から減っていきます。

そうなってくると、たまに出会う不快な出来事も、嫌だ〜と感情では騒ぎつつも、同時に、オー来た来た、久しぶりの難問!(苦笑)と変な楽しみにもなってたりします。

ところが今回私に起こっていた、その難問のクイズはなかなか解けないのでした。

そのとき私に起こっていたものが何かというと、感情でいうならば、

嫉妬

と呼べるものでした(詳しいことは関係者がいるので書きません)。

嫉妬、かなり苦しい感情です。

悲しみとか哀れみ、怒りみたいに、そこに留まったりできなくて、そこから逃げたくなるタイプの感情と思います。

嫉妬というのは、突き詰めていくと、子どもの頃に親/周りの人から、兄弟や友達と比較されたことが大元であることが多いです。

私も3人兄弟ですし、そんなんでいろいろ探ってみましたけれど、それらしく浮上してきたものがどれも腑に落ちないんです。

なんでだろ〜 今頃、嫉妬という感情を味わうなんて(苦)

外からみると私には何も起こってるようにみえなかったと思いますが、内側はのたうちまわるようにもがいておりました。

苦しいので早く解放されたくて、それ自体を消してしまいたくてジタバタしてました(汗)

しかし時間をかけて探っても腑に落ちるものがでてこないので、この難しいクイズを解くのをあきらめることにしました。

何もできないので、ただほおっておきました。

ほおっておいても、嫉妬という感情は消えはしないので、苦しいままそれを持ち続けました。

何日もです(涙)。

そうこうしていたら、ふっと、とある御方に辿り着きました。

具体的にいうと、その方の書いたものを読んだわけなんですが、そこで突然答えがわかったんです。

答えは:

この出来事は、私がこの嫉妬という、どうにもならない感情を体験するために起こった

が正解でした。

別の言葉でいうと、私の魂がそういう体験をしたかったから、そうなったとわかったのです。

そしてそこから、私の源は万能な魂だからなんでも可能、でもどうにもならないということを体験したいから肉体を持ってこの世に来てるんだ〜、ということまでが深く腑に落ちてしまったのです。

私を導いたその方は、既にこの世を去られてる男性なんですが、その方の書かれているものを読みながら、やっと、やっとだ、やっと、ここに辿り着けたと心が震えました。

(スピリチュアル系の言葉でいうなら、多分、その方は私のマスターソウルなんでしょう)

その方が書かれてることは、色んな方が色んな言葉で既にあちこちで語っているもので、私も知識的に大方知っていたものなんですが、その時、そのタイミングで、その方の言葉とフォーカスの仕方で、これが真理だと自分のものになりました。

ということで、嫉妬が雲散霧消しただけでなく、私が真理と思うものまで辿り着いたというエキサイティングな(でもとても静かな)体験となりました。

別の角度からみるならば、そこに辿り着く私の最後の壁が「嫉妬」として準備されていたのだと言えるかもしれません。

 

そして、この日から、私の中では、なかなかの勢いで変革が行われています。

まだまだ混乱していて、歩み始めたばかり、という感覚ですが、

今後Blogで、その辺りのことを時々書いていこうと思っています。

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↑ これはどこの国なの?! と思うような光景ですが、日本の鳥取、鳥取砂丘です。先日初めて行ってきました。

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不快な出来事ばかりが起こる方、病いをたくさん抱えてる方、そういう状況、自分で変えることができます。

ホメオパシー療法を通して、自分の望む人生に変えるお手伝いができるかもしれません。
ご興味のある方は、HPの方へどうぞ:

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目につくところに

先日、意識してカウントしてみたら、

私が1日のうちで一番多く発する言葉は、

カワイーッ!!

でした。

かわいい、という淡々とした感じではなくて、カワイー!! と身をもだえる感じです。

これは、私より背が10cm以上もデカくなった息子に向けたものでもなく、巨漢のダンナさんを形容する言葉でもなくて(汗)、ニャンコ達をみたときに思わず発する言葉です。

ナデナデするとき、無邪気に眠ってる姿をみたとき等、一生懸命毛繕いをしてる姿を眺めるとき、とにかく色んな場面で、このカワイー!!を発せずにはいられません。

カワイー!!と心がキュンとしてるとき、脳内物質のエンドルフィンやドーパミン、もしかしてセロトニンもでてるかもしれません。

私の毎日の幸せに貢献してくれてるありがたい存在です。

ところでホメオパシーのコンサルテーションで、1日のうちで楽しいと感じるのはどういう時ですか?というような質問をすることがありますが、この問いに、

え?! ん〜 そういえば、そういう時がないかも。

と答える方が時々あります。

手のかかる小さいお子さんがいて気の休まるときがない方とか、1日のほとんどが仕事で占められてる方、大きな心配事があってそれで頭がいっぱいな方だったりします。

1日のうちで楽しい時間がないなんて、どうにかしよう〜と思いますが、自分の時間が何かに独占されてしまってる方は、のんびりしたり、楽しいと思う時間を持つように薦めても実際に実行するのはなかなか難しかったりします。

そういうときは、家の中のパッと目がいく場所に、自分の好きなものを置いたり飾るとよいかもしれません。

そこをみると、心がキュンとしたり(私のニャンコ達みたいに)、ふっと癒されたり、嬉しくなる、ほんの一瞬だけど、1日のうちに何度もそこをみるとしたら、かなり作用があると思います。

好きな有名人の写真でもいいし、自分が一番きれいで輝いてる時の写真でもいいし、綺麗な色のお花でもいいし、素敵な風景の写真でもいいし、好きな雑貨でもなんでもいいと思います。

これを進化させると、スピ系でいう、自分のための「祭壇を作る」(浄化したり、自分への感謝を表したり、家の中のパワースポットとなる場所)につながると思いますが、日々の生活で摩耗してる場合は、まずは簡単に自分を喜ばせるものを家の中に幾つか配置させると良いかもしれません。

先日、気がついたのですが、寒いときにストーブの前に立つと、私のパッと目のつくところの左にはニャンコがいるのですが(笑顔)、正面をみると息子が買ったチューブトレーニングの本がずっと置きっぱなしになってて(表紙がサッカーの長友選手のトレーニング姿)それが無意識に1日に何度も目に入っているのでした。

その表紙の写真、全く気分が上がらないし見たくないのに(長友ファンの方すみません)、何度も見ちゃってる〜!

そう気づいたら、速攻でその本を息子の部屋の棚にブチ込んで、代わりに小平奈緒さんのカッコいい滑走姿を印刷してその場所に置き換えました。

彼女の颯爽としてる姿をみると、カッコいい〜、と小さなやる気を毎回もらえます。

1日で何度もみる場所、人によって違うでしょうけれど、そこにキュンとくるものを配置する効果、結構ありますよ。

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↑ ストーブの前にたつと、左にいるスコッチ、前足をガジガジと噛んで毛繕いしてる姿、カワイーッ! です。

 


 

喜びをみつけるのが難しいくらい消耗してる方、

自分の時間が他のもので占められて苦しい方、

今のつらい人生を変えていくお手伝いがホメオパシー療法でできるかもしれません。

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春の訪れ

自然豊かな場所に住んでわかりましたが、春の訪れを最初に教えてくれるのは、

野鳥

でした。

都会に住んでたころは、花のつぼみや木の芽が膨らむのが春のお知らせと思っていたけど、鳥の方が活動が早いみたいです。

今年は1月中旬に春を知らせる野鳥のさえずりを聞きました。

霜もおりてるし、まだキンキンに寒いのに、野鳥は春の営みをはじめてるんですね。

我が家ではスコッチによる連日の捕獲で、野ネズミも活動を始めたことがわかります↓

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連れてこないで〜とお願いしても、ムリ(涙)。可哀想ですがネズミは脳しんとうを起こして(スコッチが振り回して投げる)気絶してるかお亡くなりになってます…

そして太陽の高度も随分変わってきて、久しぶりの暖かな日差しで、おふとんの天日干し。

その横でりんごスライスの天日干しにもトライしてます↓

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テニスメイトの方(男性)がプレイの合間に差し入れしてくれるりんごやネーブルのドライフルーツがすごく美味しくて、自分もやってみようと干し網を購入しました。

その方は乾燥機でドライフルーツを作ってるのですが、我が家はその機械を置く場所がないし、排気ガスとはほぼ無縁の立地なので天日で干してみることにしました。

楽しみ〜♪

 

(後記)

ドライりんごスライス、4日ほどでできあがりました↓

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テニスメイトが乾燥機で作った方がパリパリで食感が美味しいのですが、天日干しも甘みが凝縮して味があります。あっという間に家族により消費されました…

 

 

身体が表わすもの

TVをあまりみないので普通の方からみたら今頃、知ったの?! と言われるかもしれませんが、メイクという部門にも自然派と呼べそうな方がいるのを最近知りました。

メイクは顔を人口的に仕上げるものですから、それが自然派というのもそもそも矛盾してますが、他のヘアメイクの方々とは言ってることが違うので面白いです。

その方は、本田ヒカルさんという男性で、ピカ子という名前でTVなどに出られてます。

見た目かなりイケメン、ゲイだそうです。

その方のメイク、面白いです。

ファンデーションは不要なところは全く塗らないで素肌のまま、とか、眉毛を左右均等に描くのは逆に不自然だから不均衡のまま仕上げるとか、まつげを上向きにするビューラーもあまり使わないみたいなメイクをされてます。

また顔の欠点であると思ってる部分を隠すメイクをすると、余計にそこがコンプレックスとわかり目立たせてしまうから、しないそうです。

逆にそういう部分を、それが個性だからいかしましょう、みたいなことを言われてます。

私が考えるに、例えば眉毛が濃いのを気にしているので、抜いたり、目立たなく仕上げると一般的な顔にはなるけど、その人らしさがなくなる。でも眉毛の濃さをいかした顔にすると、意志のはっきりした明晰な顔になって、内面と一致した美しさがにじみでる、みたいなことかと思います。

コンプレックスに感じてる部分というのは、人と違う部分、つまりその人の個性=強みとなる部分であるので、それを拒否したり隠さないで受け入れて「統合する」ということが大事なんだろうと私も思います。

なぜなら、隠そうとしてる欠点が統合されたら、全体のエネルギーの流れに ”無理がなくなる” から、本人だけでなく、みている人も一緒にいる人も心地がよくなるのだと思います。

ピカ子さんが顔を不自然に作り上げないのは自然派指向というより、それが今の流行りだから、という言い方をされていますが、この方の暮らしぶりはかなり自然派なようです。

1人暮らしされてるみたいですが、味噌や梅干しなどを自ら手作りされていて、ロケでのお弁当や外食は一切しないそうです。それは添加物などが入ってるものを食べると肌にモロに表れることを知ってるからだそうです。

身体にいいから発酵食品や安全な食品を、ではなくて、肌に悪影響がでるものを食べないを追求していくと、いわゆる自然派の方と同じ食事になってるのが面白いです。

身体が受け入れたくないものを口にしたら、身体は肌だったり消化器系に影響をだします。

持って生まれた顔のパーツがその人の個性を表してるというのも、身体が私達の内側の深いものを反映してるからでしょう。

答えは身体が知ってる、といえるかもしれません。

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↑ 隣町で生産されたハウス栽培のイチゴ。春が近づいてる1つの目安になってます。

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身体からの訴え=症状があるとき、身体は何かを私達に教えてくれています。

その何かに気づくと、とても生きやすくなります。

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8くらいで生きる

中学生の息子が興奮気味に、↓ こんな話をしてきました。

「XXという監督が、XXという選手に肩を強くするトレーニングをさせたんだけど

(野球の選手をよく知らないので固有名詞が思い出せません汗)、

それはもっと早い球を投げたり球種を増やすためじゃなくて、肩をもっと使わないようにするためだったんだって!」

肩を強くするトレーニングだからより強い球を投げるためにやってると想像していたけど、全くの逆で、肩を強くするのは(肩が強くなった分だけ)もっと力を抜いて投げるためだったというのが息子の意表をついたようです。

へ〜、面白いね(私の感想)

この話は、”8割くらいの力で仕事するのがベスト”と言われるのと同類項の話かなと思いました。

(その選手が投げてる今の球は、いわゆる全力投球になってるので、8くらいの力で投げれるように肩を補強しようという考え)

8くらいでやるのが丁度よいと言ってる人や本、結構あります。野球でも8割スイングとか言われるし、腹八分目に食べるのが良いとかもいいますよね。

10の力でやらない方が力が抜けてていいんだろうというのは感覚でわかりますが、でも、なんで8という数字なのかな〜と思っていたら、パレートの法則に行き着きました。

パレートの法則 Pareto principleというのは、パレートというイタリア人経済学者が唱えた法則で

「経済において、全体の数値の大部分は、全体を構成するうちの一部の要素が生み出しているという理論」(Wikipediaより引用)で、

80 : 20 エイティトゥェンティ(日本語だと二ハチの法則)とも呼ばれるそうです。

もともとは、全体の2割のお金持ちが、社会全体の8割の富を握っている、という冨の不均衡に関する法則だったらしいのですが(アメリカも日本もまさにこういう感じがしますが)、この二ハチの法則は実は多くのことに当てはまるそうです。

例えば、ある会社で働く全体の2割の人だけが生産性の8割をあげてるとか(全社員であげてるわけでなく一部の有能な人だけが担ってる)、学校のクラスでいうと2割の人だけが優秀で残りの8割は真ん中or最下位グループで構成されるみたいな比率が世の中の事象に適用できるようです。

この比率、働きアリにも適用できるそうで、働きアリ全体の2割だけがせっせと働いて8割は働いてないそうです。しかし有能な2割のアリをそこから外しても、今度は残りのアリの中でやはり2割だけがせっせと働くらしいです(苦笑)。

すべてが8:2ときっちり分かれるわけでもないでしょうが、このくらいの比率でいろんな現象が起こってるようです。

なんだか普遍的な比率のようなので、これは個人の能力自体にも当てはまるのでしょう、だから「8」という数字が使われるのかもしれません。

確かに、”全力で頑張ります!”といっても、身体機能的に2割くらいは消化の方での活動もあるし、意識も2割くらいは他のことで占められたりしてるだろうから、本当の意味で10とか100でやります、というのは、無理なんでしょうね。

別の言い方をすると、人間が10割/100%で何かを行うと、筋力やら組織や精神に無理がかかって、後がつづかなかったりするのかもしれません。だから2割くらいのゆるみが必要なのが私達の心身なのかもしれないですね。

ならば、最初から100%で頑張ろうなんて思わないで、少し力を抜いた8くらいの状態を自分のベストと想定しておくのがよい気がします。

ある神経内科のお医者さんが出してる本によると、物事を100でやりきって完了してしまうと、意欲のもととなる脳内物質ドーパミンがでなくなり、やる気がなくなるので、その後は幸福感を感じなくなるそうです(読んでませんが、本の紹介に書いてありました)。

つまり、モチベーションとそれに伴う幸福感を持ち続けるには、完全に力を出しきらないで8くらいでやっていくのが良いということらしいです。

力を抜いて怠けるということでなく、ちょっとやり足りない感じを持つのが、逆に長くしかも楽しく続けられるコツみたいです。

( ↑ ちなみに8じゃなくて2だけで集中してやる方が効率がいいと唱えてる書籍も結構でてました。2でできるならいいな〜楽だ!)

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落ちて来る雪を眺める静かなミヌ。ネコは2くらいの力で生きてる気がします…
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全力投球して燃え尽きてしまった方、やる気がもう起きない状態になってる方、ホメオパシー療法でエネルギーを整えるお手伝いができるかもしれません。

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