失ってからでも

1つ前の「選択」という記事をアップしてから1週間後に、義理の母は亡くなりました。

記事の中で私は彼女のことが「好きだ」と書いたのですが、実は彼女のことをちゃんと「好き」と気がついたのは、今夏にお見舞いにいったときでした。

それまで彼女のことは嫌いではなかったけど、好きとは意識してなかったのです。

しかも、こんなに彼女のことが好きだったとは自分ではわかりませんでした。

失って初めて気づく、みたいなことをよく聞きますが、失いそうになって初めて私は気がついたわけです。

何故気がつかなかったのか….?!

彼女は義理の母なので、ダンナさんと一緒にいる限り(つまり私が敢えて選択しなくても)彼女が近くにいるのは当たり前だと思っていたからかもしれません。

 

先日、義理の母の葬儀に出席してきました。

埋葬前の彼女の棺(ひつぎ)の中に

「Michelle(義理の母の名)、私はあなたのことが好きだよ」と書いた手紙を入れました。

手紙には他にもお礼の言葉を書き連ねましたが、彼女が元気だったときに、彼女のことを好きだよと伝えられていたら、と少し悔やみました。

そしたら帰国してから「亡くなった人からのメッセージを受け取る方法」というコラムをみつけました。

最初、このタイトルをみたときに、スピ系の人が教えてくれる呪文や特別な方法があって、死者からのメッセージを夢かなにかで受け取れるのかな?!なんて思いました。
しかし、読んでみるとそんな魔法みたいな方法ではなくて、とても現実的でしかし納得する内容でしたので、ここで紹介したいと思います。

亡くなった人から今となっては受け取れないメッセージを受け取るには、

まず、長所短所を含め、亡くなった人をありのままに思い浮かべます。

そして、あの人ならきっとこう答えてくれるだろうと思われるメッセージを想像します。

それが想像できたら、そのメッセージが恐らく、その亡くなった人から受け取れたであろう返答ということになります。

「亡くなった人からメッセージを受け取る方法」のコラムはコチラ↓

https://health-care-iris.com/message-from-a-deceased-person

 

私は生前の義理の母を、思い浮かべました。

いいところだけでなく、嫌だったところも全部含めた義理の母、その嫌いなところも含めて好きだった義理の母を思い出しました。

次に、棺にいれた手紙に書いた通り、あなたのことが好きだよ、と伝えるイメージを思い浮かべ、義理の母なら、私が彼女にそう言うことができていたら、なんと答えただろうと想像しました。

彼女なら、きっとこう ↓ 返したと思います:

Akiko(私の名前)、知ってるよね、私も同じ、私もあなたが好きなのよ

 

彼女がそう言ってくれるだろう様子を思い浮かべたら、涙が出て来て止まりません…

生前に実際にこういう会話が成り立ったなら、私は照れてしまって、うまくやり取りできなかったかも(汗)。

でも彼女がこの世からいなくなった今、この会話を思い浮かべると、涙が止まりません。

ああ、私は、本当に素直じゃない….

さようなら、ミッシェル、あなたがもうこの世にいなくて本当に寂しい。

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赤紫とピンクの色がとても好きな人でした。

選択

今夏のフランスへの帰省は、ダンナさんのお母さんのお見舞いがメインでした。

彼女は70歳半ばですが、髪の色を少し赤みがかった色に染めた元気な人で、アンティークの食器集めが大好きで、料理が好きで、人を招待して食事をごちそうするのも好きで、いろんな文化に興味をもったオープンマインドな太めな女性です。

そんな彼女が癌の診断を受けたのは1年弱前。すぐにホルモン療法が始まり、その後、抗がん剤投与(現在進行中)を受けています。

今回、二年ぶりで彼女に再会しましたが、副作用で髪を失い、元気もなくなっていて、一気に20歳は老けてしまったようでした。

短期間で人がここまで変化するとは…。

しかも、私達がフランスに着く2、3日前には入院となり、結局、滞在中退院はできないどころか、最後はベッドから降りて1人で歩くこともできない状態になっていました。

彼女の癌が、切除できる部位にあったら、外科手術が有効だったかもしれません。でもそうできない部位でした。

ホルモン療法や抗がん剤の副作用で弱りきってしまうのはよく聞くことなので、彼女が治療を開始する初期に、現代医療と同時に緩和ケアとして自然治癒力を落とさないようホメオパスにかかるようにも話をしましたが、受け入れてもらえませんでした。

(世界にはがんをホメオパシー療法だけで治療してるホメオパスが何人もいます。また日本でもDr.石原のように抗がん剤などの現代医療を使わずに食事療法等だけでがんを治療してる施設などがあります)

私がホメオパスであることを彼女は知ってますが、彼女は、現代医学信奉者なのです。

彼女がかかっている病院は、パリにある有名ながん専門の医療機関で、ここで受けられる癌の治療は最高のものと確信しているようでした。

しかし、実際に私の目の前にいる彼女は、がんが猛威を奮うより前に、ホルモン療法や抗がん剤でぼろぼろになってしまったとしか形容できない姿になっています。

それで今回もう1度、自然治癒力を落とさない他の療法も併用するように話してみたのですが、選択を変えることはできませんでした。彼女だけでなく夫である主人の父も、がん細胞を最後まで抗がん剤や放射線で攻撃しつづけないと彼女は死んでしまう、という考えでした。

抗がん剤って、第一次世界大戦で使われたマスタードガスと同じ成分なんですよね。

人を殺すのに使用していた毒を体に少量とはいえ注入するので、抗がん剤でがん細胞が死んだとしても人間の他の細胞も一緒に殺してしまうので、同時に食事療法やホメオパシー療法などで体全体のエネルギーをなくさないような手段を使わないと、抗がん剤を使うだけでは体が全体的に弱っていくのは当たり前だと思うのですが(まだ若い比較的体力がある人ならそうとは言えないのかもしれませんが)、そういう話は通じなくて、がん細胞さえ消滅させられたら助かると思ってるようでした。

薬反対の目的で書かれた本によると、抗がん剤を使った当初は、いったんがん細胞は減少という結果がでるそうですが、がん細胞も生きのびるために直ちに抗がん剤に対抗するため遺伝子組換えを行うそうで、統計では最初の抗がん剤投与から 5 – 8ヶ月後に残ってるがん細胞が一気に勢いを取り戻すらしいです。

その本に書かれていることが正しいのかは私にはわかりませんが、時期的にみても義理の母の体に起こった現象に合致するように思われました。

彼女には最初の抗がん剤は数値からみると効いたのですが、その後は抗がん剤は効かなくなり、5-8ヶ月後の猛威を奮うと言われる時期に転移もみつかりました。最初に発見された場所より、一段病理が深くなる部位にがん細胞が転移していたのです。

抗がん剤ががん細胞をたたき、その後がん細胞が抵抗していく話は、メディアでもよく取り上げられる抗生剤が効かなくなっていく耐性菌とのいたちごっこと非常に似ていますよね。

 

ですので、私には上記の本に書いてあったことは、真実ではなかろうかと思われました。

上記の話は、私のダンナさんには通じたし、彼の叔母にも通じました。でも主人の母にも父にも通じませんでした。

私は今回義理の母を見舞ってから、こういう話が通じないことやホメオパシー療法を同時に使ってもらえないことを、しばらく苦(にが)く思っていました。

抗がん剤や放射線療法だけでは、彼女の命が危なくなると、あせってもいました。

 

でも、ある晩、ダンナさんと彼女のことについて話しながら、家の中を見渡していて、つくづく思いました。

日本人からみたらかなり広い家の中に、アンティークの家具に食器、飾り小物や絵がたくさん飾られています。本棚にも、古本屋さんが高値で買い取ってくれそうな格式張った本が何冊も並べられています。

素敵なものもあるけれど(趣味の合わないものも多い…)、私はこれらをみると、単にモノがいっぱいで苦しくなるのです。

ダンナさんは子供の頃にこれらを壊さないように注意されたし、それらに気をつかうのがたまらなくイヤだったそうです。

ああ、彼女の趣味で飾られたこの家は、私とは違う価値観だな〜と思いました。

彼女のことは大好きだし、私のダンナさんは彼女の息子だけど、違う価値観なんだなと再認識しました。

価値観が違うのだから、彼女が選択している今の治療も、私が薦めるものと違って当たり前なんだと納得しました。

選択には、その人の価値観が表れると思いますが、特に命にかかわる選択にはその人が歩んできた人生経験全体が反映されると思います。

彼女が選んだ今の治療法には、彼女の考え方や生き方が反映されてるんだなと。

私のとは違うけれど、私は彼女が好きだし、その好きな彼女が選んだ人生を違うと言ったり、他のものを押し付けたくないなと思いました。

そう思ったら、私が持っていた苦(にが)い思いやあせりは消えていきました。

私が今できることは、彼女の選択を尊重して、あとは祈って、彼女に良いエネルギーを送るだけだなとわかりました。

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↑ 彼女が元気がなくなってから世話をされなくなったバラ達。それでも花を咲かせていたので切り花にして病室に持ち込むつもりでしたが、生花の持ち込みは禁止でした(抵抗力が弱ってる患者の病棟には日本でもお見舞いの生花は昨今禁止らしいです)。

 

 

振り向いたら

朝、ある悲しげな事柄を考えながら、ゴミ出しに行きました。

ゴミ出し場は、我が家から8,9軒歩いた先にあります。

ご近所さんの庭先に咲いた花に何気に目をやりながらも、気分が落ちていたので少し下を向きつつ歩き、ゴミ集積場に到着。

ゴミを入れて、ドアを閉め(野生動物に荒らされないよう大きなケージでドア付き)、もと来た道を戻ろうと振り向いたら、

その道の真ん中でニャンコが二匹、私を見あげておりました。

我が家のニャンコ達、

私の後ろをついてきてたのです。

ゴミ集積場は、我が家のニャンコ達のテリトリー圏外ですが、私が行くからそのままついて来たみたいです。

心、とろけましたね

みゃ〜

自分の顔はみれないけど、私は最高の笑顔になっていたと思います。

おいで〜 といいながら、二匹と家に戻りました。

ゴミ出しにいって笑顔になれるなんて….  ありがとうね、ニャンコ達。

 

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↑ 先住ニャンコ=ミヌ

ミヌが私を起こす方法:

枕の近くにそっときて、私の頬にぴたっと片方の前足を乗せる(静)。

それで起きなければ、私の横に丸くなって寝るorひたすら待つ(静)。

 

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↑ 子猫6匹産んだスコッチ(まだ1歳未満)

スコッチが私を起こす方法:

私の顔の上をずかずか歩く(痛)。

 

起きなければ、起きるまで縦横無尽にふとんの上を走り回る(騒)。

 

鳴かぬなら鳴くまで待とう、と、鳴かぬなら鳴かせてみよう、という性格の違いと思われます(汗)。

 

 

 

 

 

フランスの自然派事情

夏休みにダンナさんの国であるフランスに行って来ました。

フランスではホメオパシー療法に社会保険が適用されており、街角の薬局でホメオパシーのレメディを購入することができます↓

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上記の写真のようにHomeopathieと記載のない薬局でも、ホメオパシー製品や基本的なレメディは置いてあります。しかも簡単な症状なら薬局の人に相談してどのレメディがいいかアドバイスしてもらうこともできます。

こんなにホメオパシーが身近にある国ですが、現実にはホメオパシーを使ったことがない人も結構いたりします。

現代医療のようにスタンダードなものは、こちらが選ばなくてもお医者さんにかかれば当たり前のように薬を処方されるけれど、そうでないものは自分から求めて選択しなければ、それに触れないままでいる人も多くいたりするわけです。

ホメオパシー療法を仕事にしてるので、そういう意味で自分の視点や感覚はマイナー側に位置してると思っていたのですが、今回フランスにいって、もしかしてスタンダードは変わる時期に来ているのかなと思ったりしました。

それはパリ市内に有機農産物&有機加工品だけを専門に扱う店が幾つもできていたからです。

フランスでは有機栽培品を BIO ビオ と呼びます(Biologiqueの略)。

BIO製品は、10年以上前からスーパーでも扱われていましたが、それは少し高級な一部のスーパーやデパートや、有機農業の生産農家を扱うMarcheマルシェ(市場)ぐらいでしかみられませんでした。

今回行って、BIO製品だけを扱うスーパーをあちこちでみかけました。しかもパリのど真ん中という地価の高い場所にも幾つか出店してありました。

下の写真はパリの5区のBIOだけを扱うお店の店内。野菜、お肉からお菓子やお酒など加工品、雑貨まで置いてあり、かなり大きいです。しかもレジには長い列ができるほど混んでました ↓

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こちらは14区にあるBIO専門のスーパー、黄色い店舗がそれです ↓

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BIO製品専門のスーパーは調べただけでもチェーン店だけで9種類もありました。ビジネスとしても成り立つほど普及してるということですね。

普通の安価な品を置く一般のスーパーに行っても、BIO製品の棚がもうけてあり、BIO製品は手軽に購入できるようになってました。

それに街角のカフェでもBIOのジュースや、スムージーなど自然派指向のメニューを置いてる店が増えていました。

姪っ子が通う幼稚園の給食は全品BIOで提供されているということで、集団保育の給食でもそういう流れがあるようです。

こういう現象は、フランスが早くから有機農業を農業基本法に取り入れていたり、行政も税の面で控除したり、メディア自体もそういうものを積極的に取り上げてきた成果でもあるのでしょうが、有機農業を推進する方針に人がついていくのは当たり前といえば当たり前なんだと思います。

自分達の健康にリスクがあり自分達が暮らす環境をも壊してしまう農業や農産物と、体に良いだけじゃなく味もよくて環境にも良い農業や農産物とどちらを選びますか?と冷静に考えたら、後者を選ばない人はいるのでしょうか。

後者を選ばないとしたら、お金の問題と、体や環境へのリスクの情報や意識を持っていないだけなのではないかと思います。

経済重視のとき、社会のスタンダードは企業の利益を優先するものが選ばれていたと思います。そしてその意識は今もまだ傾向として残っています。

でも地球=環境を重視すれば、スタンダードは違うものになっていきます。そしてそういうスタンダードは、そこで暮らす私達の体にも優しいものであるはずです。

BIO専門店があちこちにできて、BIO製品を選ぶことが当たり前になっていけば、食の分野だけでなくその他の分野もスローガンだけでエコロジーを掲げるのではなく中味自体も具体的に変わっていくだろうと思います。

そんな大きなうねりがやってきたら自然療法がスタンダードだった遠い昔の時代みたいな日もやってくるのかな〜

日本のスタンダードも、変わろうとしているのでしょうか。

コンビニがあふれる日本、BIOのコンビニができる日も実は近いのかもしれません(願)。

 

 

 

 

言った後でモヤモヤ

先日、私が仕事からただいま〜と帰ると、すでに家にいた息子が、

「XX日に(自分がやってるスポーツの)試合があるからいける(参加できる)よねっ!」

と、お帰りも言わずにものすごいスピードで問いかけてきました。

あいにく、その日はとても大事な家族行事が入っているので、え!何言ってんの?行けないよ、と即答しました。

途端に、息子は私を罵りだしました。

その試合にどうしても出たいらしいです。

しかし、罵りようが感情的で、しかも私は帰宅してまだ荷物すら降ろしていないときだったので、思わず、ムッカーときて、何言ってんの!前からその日は不在になることを話してたから、あなたも知ってるじゃない!と私も大きな声で応戦して、そのまま裏に洗濯物を取り込みにいきました(夕方過ぎだったので)。

洗濯物をブチッブチッと乱暴に取り入れながらも、モヤモヤするので、ちょっと自問しました。

何か言った後で、モヤモヤするときというのは、本当に言いたかったことと違うことを言ってるときだからです。

ん〜… 私が言いたかったのは、自分だってその日行けないって知ってたじゃない!と彼を責めたかったんじゃなくて、私のせいにしないでよ!と自分をかばいたかったわけじゃなくて….

そう、私が本当に言いたかったのは ↓ これだったんです。

「うわー、残念、試合はその日なんだ

ママも XX (息子の名)が試合にでられなくて、すごい残念だよ」

あらら、なんで言いたかったことと、違うこと言っちゃったんだろう。

途端にシュンとなる私(苦笑)。

残りの洗濯物を静かに取り入れて、家に入り、そして正直に、ごめん、本当に私が言いたかったことは、こういうことなんだ、と上記の言葉を言いました。

そしたら息子も少し涙目になって、わかった、と言いました。

彼もその日は行けないことは十分わかっていたんですよね。

 

感情に流されずに、本当に言いたいことだけをいってたら、人間関係、円滑なはずなんですけどね(汗)。

本当に言いたいことだけを言う、というのは、”真に思ってることを口にする” ということで

・何でもズバズバ言うとか

・心に浮かんだことをすぐに言葉にする

わけではなくて、もう1つ下の層にある自分の本当の思いを口にすることです。

自分が発してる言葉が、自分の真に思ってることなのか、毎回自問できたらいいなと思います。

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毎日の生活にちょっとだけ足す

先日ダンナさんと私の共通の友人である男性が、仕事で効率的にパフォーマンスをあげる1日の公式(数式)を面白半分に書いてe-mailで送ってきました。

公式を思いついたりするのは、彼がユニークな発想を持ってることに加え、現在海外に単身赴任中で仕事に思い切り打ち込んでいるからだと思われます。

彼のその1日の公式をみながら(許可がないのでここで紹介できませんが)、その効率重視の公式に、私が考える2つの項を足すことを提案しておきました。

1つめの項は、CT1 Connection time の単なる略なんですが、地球とつながる時間を指します。

自分の生活から少し離れて、地球というか自然を感じる時間のことです。

私がしてるのは、裏の畑から山をみあげ、木々をみたり、目をとじて野鳥の鳴き声を聞いたり風を感じたりすることです。

すごく忙しい日でも、洗濯物を干しにいくor取り込む間の外にいるほんの数分だけでもこれをするようにしてます。

自分の日々の仕事、家事、用事や目先の心配事から少し離れて、自分が属してる自然=地球にわざと注意を向け、自分がどこにいるか感じるようにしています。

これには色々な効用があります。

日々の狭い視野から一時でも解放されるし、心も少しばかり癒されますし、見えないけれどエネルギーももらえます。

私の住む場所は特に自然とつながりやすい環境ですが、都会に住んでいても、空も風もありますし、公園にいけば木があるし、家にある植物を使ってもこれはできると思います。

もう1つ加えた項は、 CT2  で Compassion time の略です。

これは「愛」を感じたり「善いこと」を思う時間を指します。

自分のするベきことや考えないといけないことで頭がいっぱいな時でも、意図的に愛や善いことについて感じたり思ったりする時間をつくるのです。

愛、というとピンとこないかもしれませんが、心が暖かくなることを思い描いたり、思い出すことです。

最近の私ならもらわれていった子猫達のことを思い浮かべます。愛するもののことを思い浮かべると、すぐに頭や心はきゅんと暖かく柔らかくなります。

子供と言い争いをしたときでも、彼が可愛かったときのこと(汗)を思い出して、心を暖かくします。

恋愛進行形の人なら、好きな人をいつも思い浮かべてるでしょうから、これはわざわざしなくても日常に組み込まれていると思います。

もう1つの善いことについて考えるというのは、自分以外の誰かに”善い思い”を持つことを指します。

病気をしてる誰かに良くなりますように、と思いを送ったり、すごくつらい状況にたたされてる人に、うまく乗り切りますようにと願ったりすることです。

紛争の起きてる地域の人々の幸せを願うことでもいいですし、住むエリアがせまくなってしまった野生動物のことを慈しむのでもいいです。

善行はしようと思っても、すぐにできなかったりするのですが、誰かに善い思いを持つことはすぐにでもできます。

自分の心に愛を感じたり、自分以外の誰かに善い思いを持つことは、できれば毎日両方するのがいいと思いますが、どちらかしかできない日もあったり、気がつくと自分のことで頭がいっぱいで1日終わってた、なんて日もあったりもします(汗)。

いずれにしろ、どちらも、やるととても心地良いです。

特に人に対して善い思いを持つことは、意外かもしれませんが、自分が個人的に叶えたい何かについて思いを巡らせるよりも、何倍も心が満たされることだと気がつきます。

送られてきた友人の公式には上記の項は書いてなかったけれど、項が書いていなくても、彼が離れて住む家族を思う愛の時間はしっかり彼の毎日に組み込まれてると思います。

↓ 私が自然を感じるときに、毎日みている裏山。時々、鹿が休んでるのがみえたりします。sketch-1498177419011

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愛を感じたり、人に善い思いを送ろうとしても、恨みや怒りがでてきて邪魔されてしまう方。
恨みや怒りは、ゴミみたいに掃除して自分の中から掃き出すことができます。
1人でやるのが難しいときは、ホメオパシー療法のレメディがお手伝いできるかもしれません。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ: https://arnicahomeo.com

 

 

 

ホメオパシー初心者向け講座

7月18日(火)10時〜 宍粟市にて

「 ホメオパシーってなぁに? 

   初心者向け講座 」

を開催させていただきます。

タイトルのとおり、自然療法であるホメオパシーが全くなにかご存知ない方に向けたお話会です。

ホメオパシーは、以前住んでた東京だと2割くらいの方が名前は知っていました(子育て中のママの統計ですが)。もし自然派のママの集まりだと3〜4割はいくとおもいます。

今、住んでる姫路市山間部では1割にもみたない、というかほぼゼロといっても過言ではない知名度です(汗)。

という環境なので隣町の宍粟市でも、ホメオパシーについての講座が行われるのは史上初?!のはず、話す私もちょっと楽しみです。

ホメオパシー療法というのは、いわゆる自然療法で、心身に不調が起こったときに自分の体が自分で治そうとする力=自己治癒力を邪魔しないで助ける療法です。

体が自分で治そうとする力を邪魔しないで助けていくとどうなるのか?!

わかりやすくいうと免疫があがるんですが、自己治癒力が強くなっていくので、どんどん病気をしずらい体になっていきます。

なんだかわからないけど、自分の体の力で健康になれるなら興味があるわ、子供にそうなって欲しい等思われる方々、どうぞこの機会にご参加ください〜

当日はお試しレメディ2本(ホメオパシー療法で使う物質。↓ 写真にうつった小さな白い粒がレメディです)のお土産つきで、お茶と自然派お菓子も楽しめるというお得な企画です。

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少人数の緊張しない気さくな講座になると思いますので、お一人でもどうぞ気兼ねなくご参加くださいませ。

開催してくださるのは、Whole Foodのインストラクターで、環境や食をまるごと考える活動をされてる井上由岐子さんです。

詳細&申し込み先は、下記の彼女のBlogを御覧ください:

http://ameblo.jp/yuccccccco/entry-12285054453.html

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この機会に、ホメオパシー療法に本格的にかかってみたいという方はHPの方へどうぞ;

https://arnicahomeo.com

 

もう一匹の子猫のこと

先日6匹の子ニャンズ達は無事に里親さんに引き取られていきました(涙)。

が、実はもう一匹我が家には子猫がいたのです。

その子はキジトラのメスで、近所の山水が流れる側溝に落ちて鳴いていたのを息子が連れて帰ってきました。

大人は車で通るから気がつかないけれど、自転車で通る息子には鳴き声がちゃんと聞こえたらしい。

なにせ6匹の里親が決まってもうじき引き渡して終了というところだったので、なんで、また今、子猫、勘弁してよ〜の気持ちが上回っていたのですが、保護しないわけにもいきません。

山水で濡れていたので、子猫を洗面台で丸洗い → これ、始めての体験でした。

水が嫌いな子猫は暴れまくるかと思ったけど、冷たい山水に濡れていたせいか、温かいお湯に浸けてあげると静かになりました。みゅ〜。

ドライヤーで乾かして、ミルクとフードをあげるとがつがつ食べました。

やせ細ってなかったし、便も普通だったので、恐らく側溝に落ちてわりにすぐに息子に拾われたのだと思います。

我が家の6匹兄弟達とほぼ同じ大きさなので、生後1ヶ月ちょっとと思われます。

この子猫、最初は瞳が小さくて、器量は普通にみえたのですが、家で数日過ごすととっても可愛い子猫ちゃんだったことがわかりました ↓

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虹彩(瞳孔のまわりのリング状の部分)学というものでは、何歳頃になにか悪いことが起きたとか食べ物の影響までわかるほど虹彩部分に記録が残るらしいのですが、この子猫ちゃんも生後1ヶ月くらいで母猫にはぐれて溝におち、さぞかし怖い目にあったんだろうな〜と想像できるほど、拾われてきたときと比べて瞳の部分が変わりました。

でもすぐに人懐っこくなって、膝の上に当たり前のように乗ってきてちんまり眠るのが、たまらなく可愛い子でした。

その後、獣医さんに連れていきノミダニ&寄生虫の駆除をしてもらって、里親を募集したら、またしても当日中に里親さんが決まりました。

そして先日とっても可愛がってくれそうなご夫婦に無事にもらわれていきました。

短い間だったけど、6匹ニャンズと一緒で、君のことも忘れないよ〜

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”百万回生きた猫”を思わせる子でした。

子猫でいっぱいだった我が家は今や、しん、として、寂しい限りです…。

 

完璧主義におちいるとき

私、完璧主義なところがあったりします。

特に自分の思い入れが強いものには、一生懸命なりすぎなところがあります。

↑ これ完璧主義者の特徴でもあります。自分のやりたいことやできることにはこだわるけど、そうでないものは相当いい加減になる。

 

物事を完璧に「やれる」ならいいんですけどね、

完璧に「やろうとする」とき、自分で自分を苦しくしてることが多いです。

 

完璧にやろうとすると、そのことについて考え&動く/働く時間が長くなって、心も身体も疲れます。

そして自分が完璧と思える状態に持っていくことができないと、達成感がなく、完了した気にもなりません。

ちょうど今日もそんな状態におちいりそうになっていたときに、ネット上で目に入ってきた言葉がコレ:

Done is better than perfect.

完璧を目指すより、終わらせる

 

ザッカーバーグ(Facebook創始者)が言ったらしく、Facebook社の社訓にもなってるんだとか。

なるほど、私にはとても響く言葉です。

別の言葉で解釈するならば、

今の自分の力不足を受け入れて(=ありもしない完璧を目指さずに)

今できる力で完了させる ってことかなと思いました。

おかげさまで、棚上げにしていた(納得してなくて保留してた)仕事をさらさら〜っと終わらせることができました。

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2匹里親にもらわれていき、4匹になった子猫達↓

今週、全員がそれぞれの里親さんにもらわれていきます(嬉でも涙)。

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手作り番茶

お世話になってる近所のSさん家は、一家で飲むお茶を毎年手作りしています。

去年と一昨年は忙しくて参加できなかったけど、今年は日がピッタリ合ったので参加させてもらいました。

ただ、茶葉を摘みにいく時間まではなかったので、Sさんの奥さんが先に摘んでおいてくれました(感謝)。

この辺りは茶ノ木がそこら中の山に生えているということもあり(過去には皆が自家用に茶ノ木を植えていたので)茶摘みといっても丁寧に葉だけをつみとってくるのではなく、一番茶となる新芽のでてる枝ごと豪快に採集してくるのです(汗)。

ですので、作業としてはまずは一番茶と呼ばれる新芽だけを枝からちぎり取っていきます。
新芽だけを摘み取ったところ ↓

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キレイな緑色に癒されます。生のまま口にいれて噛んでもお茶の味。

茶葉だけを集めたら、次はおおきな鉄の鍋で炒っていきます ↓

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炒ったら、乾かし干します。しばらくしたらまた炒ります。

Sさん家用の今年の茶葉 ↓ さすがに一年分は大量です。

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私は仕事があったので2回炒った後に我が家用の分を持ち帰りました。
その後は忙しかったので、数日、ざるの上で干しておきました。

そして時間ができたときに、家の中で今度はフライパンで空炒りしました↓

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炒っていると、お茶屋さんの前を通るときのあの香りがしてきます。
吸い込んでると身体も家の中も浄化されるような何ともいえない高貴な香り。

茶葉を干す回数や炒る回数はそれぞれの家の好みにより異なるそうで、
蒸す人もいるらしい。

私は家で2回炒りました。そして保存瓶にいれてできあがり ↓

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その後は、やかんなどで麦茶みたいに葉ごと煮立ててもよし、急須で入れてもよしです。
Sさんの奥さんは、やかんで煮立てる前に、軽く茶葉をフライパンで毎回炒るそうです。そうすると香ばしさを一年中味わえるんだとか。

私は梅雨の時期にもう一回だして、ほうじ茶くらいの色に炒ろうかなと考えてます。

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番茶って下級煎茶の呼び名と思いますが、このホームメイドのお茶は一番茶のみのぜいたく使用だから高級煎茶でもあるのでは?!

お茶をつくる手間も時間も相当かかるな〜と思うけれど、お茶の新芽に触れる作業は、目から手から鼻からと身体にとてもいい影響があるだろうなと改めて思いました。

カテキンやビタミンCも多い新茶、お茶殻は掃き掃除にも使えるので無駄なし、です。