別れとは

一昨日、「別れ」について話す機会があったからか、

今朝起きたら、そのむかーし、わりと長くつきあった彼と別れたときのことを思い出しました。

その彼とは少し前に別れていたのだけれど、

私がまだ持っていた彼の私物を渡すためだけに、その日 ”最後に会った” のでした。

その時点で、彼のことはもう1ミリも好きではなく(だから、別れたのですけど)、

むしろ何故私はこの人とつきあってたんだろう?!と自問するほど(→ 顔がよかった笑)の気持ちでした。

駅で会って、私物をただ渡し、彼は改札を抜けて電車に乗る、これが最後の瞬間でした。

特に何の感情もなく、「じゃあね、バイバイ!」とあっさり終わろうとして、

「これまで、ありがとぅ…」と言った瞬間、私に涙がぶわっとこみ上げてきました。

彼はそれを見たのかわかりませんが、静かに背をむけて改札をくぐって、

そこでこちらを振り向き、少し笑顔で手を振る仕草をして行ってしまったのですが、
私はその場でしばらく泣いていました….

ある時期を一緒に過ごし、

そばにいるのが当たり前のようになっていたどころか、

最後には嫌なところばかり目につくようになっていた彼、

その彼にこれまでしてもらったたくさんのことが、ありがとうという言葉でうわーっと回想されて、
涙が止まらなくなったのでした。

あの涙は、自分でもびっくりするくらい想定外でした(汗)。

少し前に記事にした外猫フェリックスでもそうでしたけど、

当たり前と思っていたことのありがたさに気づくのは、それを失くしたときなんだなとつくづく思います。

病気で寝込んではじめて、普通に動けていたことがありがたかったと気づくように、

「別れ」をとおして、その人との関係のありがたさに気づくのだなと思います。


ですので「別れ」というのは、

自分の中にあった相手への感謝を感じる機会でもあるなと今は思っています。


その視点でいうならば、別れのときに過度な悲しみがおそってくるとしたら、

これまでその相手に対して感謝をもてていなかったり、

感謝を表現できていなかったときではないのかなとも思われます。

別れというのをスピリチュアル的にみると、

その人とあなたの体験は終了しました、ということだと私は思っています。

そして、ある体験が終了したということは、

今後はお互いの新しい体験が始まるときでもあると思います。

ですので、「別れ」は感情では確かに悲しかったり、寂しかったりしますが、

そこで終わらないで、

次の体験に向けて ”心を開く” 状態にお互いを持っていくことで、

別れを「終わりの点」じゃなくて、「輝く通過点」にできるのではと思います。

これまで体験をさせてくれてありがとうという感謝とともに、

次の新しい体験にお互いが向かっていこう!(鼻息っ)

わたしは大丈夫!

そしてあなたもきっと大丈夫!

お互いに次の冒険、頑張ろう!

みたいな感じで、別れを「終点」じゃなくて「スタート」として

捉えたいなと思っています。

ここから、おまけですが、

「別れ」にまつわる私の友人の話です。

彼女は、息子さんが就職で家をでてから(大学まで自宅通いだった)、

わりと長いこと落ち込んでいました。

息子さんが巣立った後、夕方、買い物にいって何をつくろうかなと考えるとふっと息子さんのことが頭をよぎって、せつなくて寂しくてたまらなかったそうです。

そんな彼女の思いが通じたのか、就職して数年後に息子さんは転勤で地元に戻ってきました。

そして家賃がもったいないからと実家で再び暮らし始めたのです(!)。

あんなに離れて寂しがっていた息子さんが戻ってきて嬉しいのかと思いきや、
再度ご飯やら洗濯などのお世話が始まり、現実には大変だなと彼女は困ってしまったそうです(苦笑)。

客観的的にみるなら、彼女と息子さんの体験というかレッスンは、まだ終わってなかったんだろうなと思いましたが、

引き寄せの法則的にみるなら、望むと叶うから、本当に望んでいないことは望まないほうがいいな(汗)でした。

今、現在は、息子さんは別のところに就職して、家は出ています。

そして彼女はもう寂しがったりはしていません(笑)。

ーーーーーーー

↓ 4年目にやっと咲いたさくらんぼの花たち(これまで毎年葉っぱだけだった)。

今年は自分ちのさくらんぼが食べられるかな〜

ーーーーーーーーー

ずるずると続く関係や、依存的な関係から、なかなか離れられない方、

その体験はもう終了してもよい時期かもしれません。

新しい体験に旅立ちたいと思うけど、自分ではどうしたらよいかわからないとき、

あなたの意識やエネルギーを変えることでそのお手伝いをさせていただきます。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

花粉症が知らせてくれる

今年は、花粉症で困ってるというお声を例年より早く、そして例年より多く聞いてるように感じます。

さらに、先日、花粉症についての記事を書いてくださいというメールまでもらいましたので、
いよいよ花粉症とはいったい何を教えてくれてるのかと考えました。

私にとって花粉症の症状というのは、

代謝の落ちる冬に蓄積された老廃物のデトックスが春先に行われるのと同じように、

芽吹く時期に高まるエネルギーが、不要な意識もデトックスしようと起こしてるものだと
理解しています。

自分たちがまだ持ってる「要らない意識や信念体系」に気づいて、それを掃除して、

新しい生命サイクル(芽吹き)を楽しもうみたいなことだと思うのです。

花粉症は、具体的にいうと飛散する花粉が原因で引き起こされる(花粉だけでなく空中を浮遊している化学物質、例えば排気ガス、PM2.5等も付着してるという説も)わけですが、

花粉症という症状を起こすひとと起こさない人がいますよね。
「免疫力が違うから」と言われたら、なんとなく納得してしまいそうですが、
それって具体的に何の違い?でしょうか。

「意識」が全ての現象を起こしてる、という視点でみると、以下のように言えます。

体が花粉という異物が侵入したことを知らせるために、
鼻水や目の痒みという「花粉症」と名づけられた症状を起こす

これをめちゃくちゃ単純化して書くと

「自分に関わってくる何かに対して、アラームを鳴らしてる」

と言えるかなと思います。

どうして、アラームを慣らさないひと(花粉症でないひと)がいるかというと、

花粉=自分に関わってくる何か を アラーム対象とは思っていない からです。

具体的な例を、花粉症の典型的な症状を通してみていくならば、こんな感じです:

目が痒くてたまらない: 自分がみてる何かに対してイライラしてる、
            それをみたくないと思ってる

(具体例)

弟ばっかりママに可愛がられいていやだ、弟をみてるとイライラする

部活の先生が嫌い、先生の指導の仕方をみてるとムカムカする

鼻水ズルズル: 嗅覚というのは本能的な(もっとも原始的)五感の1つ、
        その鼻が拒否反応してるということは、
        ある人にたいして、そもそもの存在自体を認めたくないと感じてる
        ある人のことを自分は全く受け付けたくないと思ってる

(具体例)

できたら縁を完全にきりたいと思ってるお姑さんと同居してる、彼女がとても嫌い

夫がとにかくうっとおしい、何か言われるのも嫌だし、みるのも嫌

くしゃみ連発: くしゃみが出る時、自分がしてる行為全てをいったんとめて、
        へ、へっくしょんっ!となります。
        くしゃみが何回もでるというのは、何かorある人に自分の行為を
        くしゃみのように毎回止められてる、邪魔されるという意識を持ってる

(具体例)

自分の仕事と家事を終わらせたいのに、子供がしょっちゅういろんな要求をしてくるから、自分のやりたいことが思い通りにできない

趣味のガーデニングをたっぷりやりたいのに、ママ友がお茶しようと頻繁にLINEしてきて、いつも中断してしまう

という感じで、上記のような意識をもってることを花粉症が教えてくれてます。
もっというと、上記のような意識があるのは薄々知ってても、そこから逃げてるときに症状が起こっているのです。対面しないで、ほったらかしの状態、それをなんとかしよーというサインなのです。

ーーーーーー

ちなみに、花粉症と診断されやすい家系というのがあります。
過去のご先祖様が結核だった家系の人々です。

実際にご先祖様が結核だったかを調べなくてもいいのですが、そういう家系の人は、
大概において呼吸器系疾患、たとえば喘息などを幼少期に発症してたりします。

そういう家系の人は、呼吸器系が弱い体質なわけですが、
これを「意識」でいうならば、「外側からはいってくるものに対して過剰にアラームを鳴らしてしまう意識」を持ってる傾向が代々受け継がれてるとも言えます。

それをカルマというならカルマと言えるかもですが、今世で発症したのなら、それを解放するチャンスという見方ができます。

ーーーーーーー

花粉症の方で、上記に当てはまるような意識や思いがあるな〜と思うなら、
まずは、その自分がもってる意識に気がつくことが大事です。

あー、私はXXXをXXXと思って、アラーム鳴らしてたんだなと。

次に、その意識を変えられるなら、変える、のがよいです。

例)お姑さんを見たくもない、縁をきりたい →  すごい嫌いだけど、なにか意味があって一緒に今はいるんだな、仕方ない、受け入れよう、みたいな感じです。

別にお姑さんを愛するところまで(苦笑)いかなくても、いいのです。

この機会にそのネガティブな感情を浄化できそうなら、それがよいのですが、
手っ取り早いのは、ただ受け入れることです。

そしてできたら、この姑との体験は私に何を教えてくれてるんだろう、という視点で2人の関係をみることをおすすめします。

もしくは、こんなに嫌なんだから、もう我慢しない!お姑さんとは別居しよう!

と生活を変えるのでもよいと思います(そしたら、その意識をもたなくなるので)。

ただ、頭ではわかっても、どうしてもその自分の意識を変えられなさそうなときは、

エネルギーを扱う、ホメオパシーのレメディなどが便利です。

セルフケアキットでいうならば、下記のように体の症状で選んでつかいますが、
同時に意識をつくりだしてるエネルギーも少し変えてくれるからです。

*目の痒み 
ヒリヒリする感じ 刺激のあるような痒さ Ars  
痒い 何回もこすってしまう Staph
痒みがなんとかならないのか!とイライラしてる Nux-v
目が刺されてるようなくらい痒い  Apis
花粉症といえば目の症状だけ  Euphrasia(これ36種キットに入ってませんが目からの花粉症にお困りなら使えるレメディです)

*鼻水ズルズル
透明の鼻水とろっとしてる 完全に鼻が充満してつまってる感じ 花粉症で気分が落ちてる Nat-mur
鼻水は大量だけど水っぽい しょっちゅう鼻をかまないとならない 鼻の下がひりひりする Ars
鼻水は黄色っぽい 副鼻腔炎みたいに奥の方でつまっててかんでもあまりでない Hepar-sulph
鼻水は黄色っぽい もしくは黄緑 片方の穴だけがつまってる Puls
鼻水はかんでもほぼでてこない 奥で完全につまってる Kali-bich
目はそうでもないけどとにかく鼻水がでる花粉症 Allium cepa(これも36種キットに入ってませんが鼻水の花粉症にお困りなら使えるレメディです)

*くしゃみ連発
鼻の奥は乾燥してひりひりしてる Sulph
くしゃみがでだしたらとまらない 鼻水もでる  疲労気味 Phos
鼻水が多量でくしゃみ連発 Allium cepa

セルフケアキットを使って一時的に軽減しても、大きな変化がないようなときは、
花粉症の症状とともに意識も軽くできるかもなので、専門家(わたしのような)にかかってみるのもよいかもです。

セルフケアでレメディを使ってる方で疑問や質問がある方へ:
3/27土曜に無料のフォローアップをします、詳しくはこちらの記事までどうぞ。

春は本来ワクワクするもの、戸外を存分に楽しみたい〜

ーーーーーー

自分がどんなアラームを鳴らしてるかわからない方、
そしてアラーム鳴らしてる期間がすでにとても長い方、

ご一緒にそのアラームを鳴らすのをやめるのをお手伝いします。

ご興味がある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

ミソジニー逆バージョン

昨日、とても大きな気づきがあったので記事にします。

昨夜、家族で口喧嘩になりました。

食事中に、息子とダンナさんはよく歴史上の戦争や国家戦略等についての話題を出すのですが、

そういうとき私は門外漢扱いとなります(実際そうなんですが)。

時々話題が他のことにうつったときに、私がそこに関連する精神世界の話題や、医療にまつわる裏話なんかをすると、

2人はちょっとあきれたような顔でお互いに示し合わす感じです(あ〜あ、何、空想みたいなこといってるの?!みたいな)、

昨夜もそれがみられ、しかも薄ら笑いしていたので、

私はそこで思いきり怒ったのです。

自分たちの話題は現実的で科学的で確実だけど、女性の話題って世間で通用しないよね、頭大丈夫?!みたいに(汗)思ってるよね!?

それって、森喜朗(呼び捨て汗)みたいなミソジニーだから!

みたいな感じでまくしたてました。

しかし、それをわかってもらって話し合いにもっていこうとしてもなかなか話はまとまらず、

非常にいやーな感じで終わりました(ダンナさんは、その後、ふて寝した、汗)。

少し時間が経って、なんでこれが起きてるのかな〜?と

思いを巡らせていたら(目の前で起こることは自分の内側の反映なので)、

なんと!私の中にも、同様の意識があることにはっきり気がついたのでした。

私は、どこか深いところで

男の人って表面的なことしか理解してないよね とか

男の人の心の進歩は遅れてるな とか

戦争を引き起こしてるのは男たちなんだから、ほんとにもう! とか

そんな意識をもっていたのでした。

ダンナさんや息子や知ってる男性たちに対してダイレクトにそう思ってるわけではないのですが、

でも深い意識のどこかで、

「男たち全体」にそういう思いを持っていたことに気がついたのでした。

ミソジニー逆バージョンです(汗)。

ちなみにミソジニー(女性軽視、蔑視)の逆は、ミサンドリー(男性憎悪、嫌悪)というそうです。

短い言葉でいうなら、あ〜男はしょうもない、女性の方が実はなんでもわかってる、みたいな意識です。

その自分が持っていた意識に気づいたら、

腰が抜けたような、つきものがとれたみたいな感覚になりました。

そして早速、まだ起きていた息子に謝りにいきました。

ごめんね、ママも同じ感覚もってたよ、と。

そして、さらに思いました、これはおそらく多くの女性がもつ集合意識なんだろうなと。

女性って、例えば父親やダンナさんや上司など男性に上から言われることがあっても、

心のどこかで、

あ〜あ、男の人ってどうしようもないよね〜

と思ってるところないでしょうか。

男性に蔑視されてるようで、実はその奥で女性も男性のこと、そんなふうに 評価してるのでは

ないのかなと思うのです。

そして、この一見外側では見えにくい女性から男性への上から目線ってどこから来るのかな?と考えてみたら、

女性ってもとは皆が母だから、かもなと思ったのです。

どんな人間もつまりどんな男性も母から生まれてきてます。

そして母として男の子を育てる過程で、

もう男なんだからしっかりしなさい、とか

あーあ、もうだらしない、とか、そんな上から目線の感覚を歴代の母たちは

もっていたのではないのかなと。

それが歴史的に重なっていって集合意識で女性に備わっているのではと思い至ったのでした。

実際、夫婦関係でも、

ダンナさんになにか言われて黙って聞いてるその裏で、

多くの奥サマ達が、

あー、もっと尊敬できるような男になれないのかな、とか、

もっとしっかりしてくれたらな、とか

もっと器の大きな男になれないのかな、とか

もっと社会で成功する男になってよね、とか

そんな母親のような感覚でご主人のことをみてたりしませんかね(汗)。

そのような女性の無意識的な男性への裁き(息子のような感覚で)を、

男性はどこかで感じるから、その反応として社会は男性優位になっていったのでは?!

そんなことまで思いを巡らせてしまいました。

女性&男性蔑視は、どちらが卵かニワトリなのかはわかりませんが、

そんな感じで、実はお互いがそれぞれを下にみる気持ちを持っていたのかもしれません。

本来なら男性と女性は、お互いの違いを尊重して協力することでうまくいき、違うからこそ惹かれあい愛し合う存在なのに…..

と、話が広がりましたが、

いずれにしろ、私も森氏のことなど批評してる立場ではなかったのでした(苦笑)。

ということで、今朝は起きてすぐに、ダンナさんのところに行き(先に起きてた)、
上記の説明をして、ごめんね、と謝りました。

そして女性を代表して(?)、

世の中の「男たち」にも、これまで、ごめんなさい、です。

これからは、フラットな意識でお互いを補完する同胞として心を通わせていきたいなと思いました。

あ、↑ この言い方固いな(苦笑)

書き直しますと、

たった今、この場から、性がどちらであろうと、お互いの違いを尊重して、そしてその違いに愛をもって接していきたいなと心の底から思いました。

↑ イメージ画像です(私とダンナさんではありません、笑)