魔法ではありません

少し前の話ですが、とあるお店に出かけたときに、
そこのお店に置いてあったチラシを読みたくてシニアグラス=老眼鏡をかけたら、
私がホメオパスであると知ってるそこの店主さんが

「ホメオパスでも老眼になるか〜!?」

と突っ込みました。

これはいわゆる”ホメオパシーの誤解あるある”です。

ホメオパシーを使ってれば老眼にならない、まるで不死とでも思われていたのか?!、
だとしたらそれはホメオパスではなくて、文字通りの魔女、です、はい。

その店主さんはホメオパシーというのは知っててもご自身は使用したことはなくて、
いろんなところで仕入れてきた奇跡まがいの情報で
すっかりそんな思い込みを持ってしまったようでした。

ホメオパシーはその人の自己治癒力の乱れを治すけど、
本来のその人の持って生まれた体質、器質&気質を超えることはないです。

レメディを取ってるうちに視力があがったというのは実際にありますが、
それはその方の自然治癒力の乱れが治って、
本来の視力に戻ることができた、というレベルの話です。

これはマインドについても言えることで、
マインドの問題を抱えてる方が、全〜く違う自分になれるかもという望みを持って
ホメオパシー療法を受けにいらっしゃることがあります。

思い描いてる「全く違う自分」イコール= 本来の自分なら、そうなりますが、
そうでなければ人間そのものが完全に違う人間になりはしません…….。

とはいっても、コンサルテーションで、

「(あなたは行く行くは)どういうふうになりたいのですか?」と具体的に尋ねて、
そこに返ってくる答えというのは、大概の場合、

本来の自分がそうなることが可能な姿

と私は感じます。

今、そうなっていないのは、
それまでの人生のパターンや環境やら思い込みで、
ただ実現できていないだけなんだろうなと思います。

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↑ 本来の自分に戻れた後は私はこんな感じかなと。
ただ感じるままに生きていく、そして寝る、休む。

あー、本当はこうなりたいんだよな、と思ってるけど、そこに近づけていない方。

ホメオパシー療法が助けになるかもしれません。詳しくはHPの方へどうぞ:

https://arnicahomeo.wordpress.com

河合隼雄さん

「のぞみはもうありません」
と面と向かって言われ、私は絶句した。
ところがその人が言った。
「のぞみはありませんが、光はあります」
なんとすばらしい言葉だと私は感激した。
このように言ってくださったのは、
もちろん、新幹線の切符売場の駅員さんである。

(河合隼雄さんの書かれた文章から引用)

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ホメオパシー療法では、
コンサルテーションと呼ばれるカウンセリングに近い問診のようなものがある。
心理療法のカウンセリングとは内容が異なるのだけど、
私の向き合い方は、河合隼雄さんに影響をとても受けている、と思う。

上記の文章は、
真面目も休み休みに(せまい一面の世界にだけとらわれないように)、と、
おっしゃっていた河合さんのお茶目なエスプリが効いている、
でも同時にはっとさせられる感動も忘れない、
客観性と主観のバランスが絶妙な文だと思う。

真面目が行き過ぎて、生きづらくなっている方、
心の自然治癒力を整えるホメオパシー療法が助けになるかもしれません。
ご興味のある方は、HPの方へどうぞ:

https://arnicahomeo.wordpress.com

Life lessons 2

前述のエリザベス・キューブラー・ロスの「ライフ•レッスン」の中から、
印象に残った母と子のライフレッスンを1つ紹介します。

ある講演をおえたエリザベスのところに、
髪がきちんとセットされた文字通りきちんとした身なりの女性が話しかけてきました。

そのきちんとした女性には、
18歳の息子がいるのですが、
彼はいつもよれよれのTシャツを着ていて、
彼女が毎日仕事から家に戻ると
キッチンカウンターにそのよれよれのTシャツを着て座っているそうです。

彼の仲間達も似たような感じで、
彼女はそれも気に入らず、毎晩のように息子をなじって不満をぶつける関係でした。

その女性は、以前にエリザベスのワークショップに参加して、
臨終のエクササイズを行ったらしく、
そのことをエリザベスに話してきました。
臨終のワークショップとは、「もしあした死ぬとしたら」と想像して、
自分の今の人生をどう感じるかというワークだそうです。
彼女はワークショップの後、帰宅してから本気でそのワークを再現しました。

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そのきちんとした女性は続けました(以下抜粋):

「もし自分があした死ぬとしたら、
自分の人生をどう感じるだろうか?
息子との関係が満点ではないにしても、
自分のことはだいじょうぶだという気がしました。
つぎにもし息子があした死ぬとしたら、と考えました。(…)

息子との関係について、
恐ろしいほどの喪失感と深刻な葛藤を感じるに違いないという気がしました。
こころのなかで恐ろしいシナリオがくりひろげられ、
息子の葬儀の場面が浮かびました。
息子をスーツ姿にして埋葬したくないという気もちが生まれました。
スーツを着るような子じゃないんです。
好きだったよれよれのTシャツのまま埋葬してやりたいと思いました。
そうすることで、息子とかれの人生をまっとうさせてやりたかったんです。

そこで気づきました。
死んだ息子にたいしてはあるがままのかれと、
かれが好きだったものを愛することができるのに、
生きている息子にはそれができないということに。
とつぜん、息子にとってTシャツには大きな意味があるのだということがわかりました。」

彼女は、その気づきの後、
そのままのあなたを愛していると息子に言ったそうです。

そして彼に対する期待を手放し、
息子を矯正しようとするのを止め、
ありのままの息子がとても愛らしいということがわかったそうです。
今のままの息子を愛するのは、とても気分のいいことだそうです。

ーーーーーーー

私はこの女性のエピソードを読んで、
すぐに自分の息子のことを考えました。
もし子どもが死ぬとしたら彼の棺に入れてあげたいのは、
あるゲームソフト。
これがすぐに頭に浮かびました。

今、彼がとても夢中になっていて、
夢中になりすぎているので、私が幾つかのルールで制限していたもの….
ゲームについては賛否両論あるし、問題ももちろんあります。
私はいわゆるゲーマーじゃないどころか、
ゲームの何が楽しいのかさっぱりわからない人、
だからなのかゲームに夢中になっている子どもをみると心配になります。

でも私はもし彼が急に死ぬことがあったら、
その好きなものを十分にさせてあげれば良かったと
後悔するんだなと感じました。

そんなに好きなんだから、十分にやったらいい、と考えを変えました。
それでこの日から、我が家はゲームについては解禁となったのでした。
(目への注意や、それ以外のやるべきことはちゃんとやる、という条件はついてますが)

ゲームソフトと、
上記のきちんとした女性にとってのよれよれのTシャツは、
同類項だったわけです。

自分の大切な人をそのまま愛するということがわかっていても、
なかなかできない苦しみをお持ちの方。
ホメオパシー療法があなたの助けとなるかもしれません。
ご興味のある方はこちらへ:http://arnicahomeo.wordpress.com

Life Lessons

アメリカの精神科医:エリザベス・キューブラー・ロスの「ライフ・レッスン」(角川書店)読みました。

彼女の著作としては、On Death and Dying =邦題「死の瞬間」が有名です。
「死の瞬間」は、死にゆく患者にインタビューを続け、
死に直面した人の心理を分析した本です。

死に至る病いにおかされると、

人はまずそんなことは無いと否認して、

次になんで私がこんな目にあうの?!と怒り、

いやでも薬や手術でなんとかなるだろうと死なないように取引をしようとし、

それが無理だと(つまり死ぬと)わかると絶望して抑うつとなり、

あがいた最後にやっと死ぬという事実を受容するというプロセスを辿るそうです。

このプロセスは死にいく病だけでなく、ただ単に病におかされたときでも、ほぼ同じ心理状態をたどるのでは、と思います。

私が高齢出産後にアトピーを患ったときもほぼ同じ心理状態をたどりました。

違いがあるとしたら、死に至る病気でない場合は、受容して初めて回復や改善に向うことができる、もしくは回復できる道にたどりつくところです。

このプロセスは恐らく失恋や愛する人の死を体験するときも同じ過程だと私は思います。

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話を戻しますが、
キュブラー・ロスの「ライフ・レッスン」は、
まだ読み終えていないのに内容を紹介するのもなんですが、死にゆく人々が死に直面したときに、浮かび上がってくる(というか突きつけられる)

”その人の人生でやり残している課題”

に焦点をあてています。

それぞれの人のレッスン、かなりリアル、です。

この著書は、
死に直面した人々が、その最後の瞬間に学んだそれぞれの貴重なライフ・レッスン、
言い換えるとまだ十分に生きられる間に私たちが行っておくべきことを先輩方に教えていただける、非常にありがたい内容となっています。

読みながら息をのんでしまったある女性の例を1つ、抜粋させてもらいます:

「ロサンゼルスの町はずれにさしかかったとき、まえを走っていた車がいきなり停止しました。急ブレーキをかけながらみたバックミラーには、急接近して来る後続車が映っていました。

ものすごいスピードで、わたしの車に衝突しそうな感じでした。そのドライバーがまえをみていないこと、猛烈ないきおいで追突されることが、一瞬のうちにわかりました。まえで停車している車との距離も、ほとんどなくなっていました。

もう、だめだと、おもいました。死ぬかもしれないとおもったんです。

ふとみると、自分の両手がハンドルをぎゅっと握りしめていました。意識的につよく握ろうとしていたわけではありませんが、いつもそうなんです。それが癖なの。

なぜだかわかりませんが、こんなふうに生きたくない、こんなふうに死にたくないっておもいました。

私は目をとじ、息を吸って、両手をだらんと垂らしました。力をぬいて、身をまかせたんです。生きることに、そして死ぬことに、自分を明け渡したというのかな、その瞬間、ものすごい衝撃につつまれました。」

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アコーディオンのように車はクラッシュしたのに彼女は無傷だったそうです。力を抜いていたから、助かったと警官に言われたそうです…

私はこの本を読んだ数日後に、
体の使い方をまなぶワークショップに参加するタイミングでしたので、
この自動車事故にあった彼女のレッスンは、私にも必要なものだと感じました。

自分の人生を生きていない、と感じているけど、どうしていったらいいのかわからない方。あなたの自然治癒力を目覚めさせるホメオパシー療法が助けとなるかもしれません。ご興味のある方はこちらのHPから、どうぞ:

https://arnicahomeo.wordpress.com

どんな療法が向いてる?

心の病いや、体の病いを抱えているときに、どういう風に解決するか?

人やまわりの環境のせいにするっていうのが、まず最初に思いつくことですよね。
主人が忙しいから私が全部のことをやらなければならない
姑がいろいろ口うるさすぎる
仕事が忙しすぎる
同僚のXXさんが意地悪で、一緒にいると緊張する
通勤電車が混みすぎて気分が悪い etc.

確かにこれらも一因でしょうが、内面のことを色々見ていくと、
こんな状況を選んでいるのも自分自身だと気がついてきます。

ここまで気がついてくると、かなり楽になってくるのですが、
それでも簡単に自分のパターンは変えられない。
(どうしてこういうトラブルになるか)わかっちゃいるけど、
変えられないっていう状態です。

ダイエットや禁煙なんかも同じですよね、
やめなきゃ、体によくない、やせたいっていう動機ははっきりしているのに、
でもやめられない….

こうなったときは、自分だけで苦しまず、誰かの力を借りたらいいと思うんです。

特に潜在意識まで沈んでしまっている、
そのやめられない原因の根っこがある場合は、
自分では、その根が何か気がついていないのですから、
考えや心の持ちかたという表面的なアプローチで変えようとしても、
なかなか手強いです。

自分で一人でそこを掘り下げることもできますが、
向き合っていくには想像以上に苦しかったりします。
なぜなら、それは自分がどうしても対面したくなくて逃げてきたものだから。
心が無意識に避けていたりするので、その傷つきたくないという気持ちに立ちむまうには、第3者の支えや寄り添いが必要だったりします。

DSC_1352 (あじさいのドライフラワー)

私はホメオパスなので、こういう場合は、とても深いレベルまで対応できるホメオパシー療法がオススメなのですが、でも他にもいろいろな療法がありますよね。

まず思いつくのはサイコテラピー(心理療法)です。
私は昔からこれにひかれていましたが、なぜか自分が実際にかかることはありませんでした。

サイコテラピーは治癒までに相当に時間がかかると見聞きしますので、ホメオパシー学校の校長にこの質問をぶつけてみたら、校長曰く、かかる時間は同じくらい、でした。

サイコテラピーの場合は、カウンセリングの間隔が一般的に短くて(月に1回とか2週間に1回)、少しづつステップを上がっていく感じなので、ケアの回数が多いのが好みの方には向いているかと思います(その頻繁な分、お金がかさむかもしれませんが)。

退世療法や睡眠療法なんかもありますね。
退世療法は私も何度か受けたことがありますが、これが合うかたはいわゆる前世とのかかわり(カルマ)が現世に濃く影響している方が合うように思います。

クリスタルを使ったヒーリングやエネルギー療法もありますね。
私はこれらも幾つか受けたことがあります。
クリスタルを使ったヒーリングを受けたときは、歩いて帰りながら大号泣しました。
その時私はそのヒーラーさんと対峙してとても傷ついたと感じ、怒りやくやしさなどがまじって涙がどんどんでてきたのですが、今思い返せばそこまで感情がでてきたのだから、実はもっと通えば良かったのかもしれません。
でもあのときの私にはそんなキャパはなかったですね、 そしておそらくそのヒーラーさんも私の傷まで思いをはせるキャパがなかったのかもです….

体から行うアプローチでいえば、気功療法とかクレニオセイクラルワークや、エサ連マッサージ、オステオパシー、ロルフィングなんかも深いとこまで届くだろうと思います。
これらは体の傷や傷害などがトラウマとなってる症状に合うと思います。

今は、ものすごい数の、いろんな名称がついた療法が存在しますので、迷うかもしれませんが、いずれにしろ、不思議なことに求めれば自分に合う療法にたどり着くようにできています。
ただ「実際に」動かないと、そこには導かれないのが鉄則。

だから、ずっと不調を抱えているかたでどうしていいかわからないときは、なにか動いてみたらいいと思います。

いつのことだったか、初めて合う女性二人と友人宅で出会って、色々な療法の話になったことがあります。
一人の女性は全く何の療法も試したことがなく、しかし皮膚の不調で悩んでいました。
私はホメオパシーのことを話し、もう一人の女性はクロレラをすすめていました。クロレラ!それが彼女の不調を解決したそうです。何が向いているか、本当に本人にしかわからないものですよね。

世の中には、助けて欲しい人より、助けてあげたい人のほうがずっと多いそうです。
自分のことに向き合うより、他人を助けるほうに力をそそぐ人が多いという解釈もできますが、別の見方をすれば、私達が思ってる以上に、自分のまわりにはたくさんの救いの手が差し伸べられているということだと思います。
ちょっとすがってみたらいいと思います。

ホメオパシー療法にご興味をお持ちで試してみたい方は、こちらのHPを御覧ください:

http://arnicahomeo.wordpress.com