秋晴れ、猫。

朝晩冷える時期に、ふかふかに干したふとんで寝る幸せ。
重いけど、綿のふとんがやっぱ好きですわ〜

秋晴れでおふとん干してたら、ニャンコが乗っかって毛繕いをしておりました…(汗)

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干してるふとんの上に寝転ぶ !?

思いつかなかったけど、きっと最高に気持ちいいに違いない。

思わず私も一緒に寝転びたくなったけど、この体重ではふとんは地面に落下すること間違いなしでしょう(苦笑)。

代わりにホカホカに?干されたニャンコを後で抱っこさせてもらいました。

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ピカピカの野菜

昨日、ある女性が作ったお野菜を頂きました(二度目です)。

彼女の作った野菜は、私にはぴかぴかしてみえます。不思議なものが見える力は全くない私ですが、ぴかぴかという形容が自然とでてくるほど、彼女の作った野菜はかがやいてます。
なぜかわからないのですが、畑でとれたての新鮮野菜だから、ではない、なにかが違う感じがあります。

昨日いただいた中には黒豆の枝豆があったのですが、食べて思わず声がでました
「うわ、なにこれ!」 甘いんです。
目をつぶって口にいれたら、”これ、とうもろこし?”と思えるような野菜特有の甘み。しっかりと噛みごたえがある厚みがあって、噛みしめるとじゅっと甘みがでてきます。こんな味の枝豆は大げさでなく生まれて初めて食べました。
う、うますぎる(涎)。

枝豆をもりもりつまみながら、どうやってこのようなものが作られたんだろうと思いを巡らせました。品種やら気象条件だけでない、特別な手間を感じます。

この野菜達に、どれだけ愛情=エネルギーが注がれたんだろうか….そういう観点でみると、この方は様々なことにご自分の愛情を注いでいるんだろうと想像できました。まるで自分の子供に愛情を注ぐみたいに。
そそぐ愛情が大きすぎて、その方自身が疲弊している可能性もあるだろうな、とも推測できました。

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”女性は子供のためだからと自分を犠牲にしないように” というような言葉は、よく言われますし、雑誌や本なんかでもみかけます。自分の人生を生きることはとても大事ですが、でもそこには2種あると私は思ってます。

1つは「お母さんはあなた達のために」というような言葉を使って子供に恩を着せたり、犠牲という文字をちらつかせて子供をコントロールするような母で、心が伴わないのに無理に自分を犠牲にして(いるような道を実は自らが選択して)いるパターン。

もう1種は、心からの愛情を持って、無意識に滅私的に(私利私欲はなく)子供を育てているパターン。

そういえば江原啓之さんがどこかでこんなことを言っていて印象に残っています(言葉は正確じゃないです):

親が自己犠牲をしているから、子供が輝くことができる
自己犠牲がないと子供の輝きはでてこない

これはもちろん上で書いた2種めのパターンの親のことです。

こんなことを考えていたら、リリーフランキーさんの書いた「東京タワー」にでてくる彼のお母さんを連想しました。

リリー氏のお母さんは、まさにそういう滅私的なお母さんで、どうしようもない怠惰な息子に愛情を注いで尽くして尽くして(周りの人にもたくさんの思いやりをあげて)、最後には、小さく小さくなって亡くなりました。
まるで自分の与えられるエネルギーを全て注いであげた後のように。このオカンの死ぬあたりの場面は、今思い出しても涙がにじみます(読んだときは、号泣でした)。

自分の愛情、エネルギーを他の人(こどもを含む)に与え尽くして人生を終える、なんて尊い行為だろうと思いました。

そんなことまで考えて目を潤ませながら、目の前の”尊い”野菜をバクバク食べて、ついつい赤ワインを3杯も頂いてしまいました(コラーッ!)。

苦しい自己犠牲を自らに課して暮らしている方。もっと違う生き方を選択できるお手伝いができるかもしれません。ご興味のある方はホメオパシー療法のHPを御覧ください:https://arnicahomeo.wordpress.com

寂しさ

先日、孤立感が際立ってみえるケースをとりました(ホメオパシー療法で)。
そしたら、翌日なぜか私の中にも孤立感が沸き起こり、気づくと家族に私の孤立感について語っておりました。

ん、ん?私は自分の生活の中で、孤立感を感じたりしていなかったんだけど??
そのケースの波動で私が感化されてしまったのか…..。
こう考えたのは、実はこれまでにも、ケースの中で強くでてきた症状が翌日に私にもみられたことがあるからです。

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そんなことを思いながら、先輩ホメオパスと会う機会があったので、ケースをとった後にそういう体験があるかについて意見交換しました。ちなみに、あるイギリス人ホメオパスはケースを取った後、プルービングしているので(そのケースのレメディの影響を受ける)そのケースと同じレメディ1粒を毎回取ることにしている話は聞いたことがあります。

先輩ホメオパスが言うには、私の中にあるなにかとケースのなにかが引き寄せ合っているのだから(私の中にそういうものがあるので、そういうケースがやってくる)、ケースをみたあとで、私の中にあったその部分がフォーカスされるということはある、でした。まあ、言われてみたらホントにそれは十分ありえることなんですよね。

というわけで、どうやら、私は自分の中の孤立感を眠らせていたようです。確かに知り合いもツテも全くない新しい土地にきてから、仲良くさせていただいている人はいるけど、深い付き合いをしている人はいないです。私は浅く広くより、深くせまくのタイプで(子供の頃は真逆でしたが)いわゆる内向的な性格なので、すぐさま友人に囲まれるようなことは起こりません。グループでの集まりや行動というのも特に求めておらず、1人でいるのは結構好きなので、なんというか友人関係については一種のあきらめ的な感覚を持っていたように思います。
でもどこかで寂しいって思っていたんですね、そしてそれに気がつかないようにしていた。

ここまで思い至って、ふと「寂しさ」を感じました。

おー、寂しいわ〜(悲)

こういう1つのテーマが浮き上がってくるときは、次々と学びやらヒントが降りて来るもので、今度は他のホメオパスから別の件で、こういう考えが流れて?きました。簡略化して紹介すると、

寂しさは隠したりフタをするものではなく、”気づく”べきもの。これまで他人事的にみていた寂しさ、辛さを自分でちゃんと引き受けて、実生活の中でそれをなんとかしようとタフになっていくこと。

それは寂しさという感情だけに限ることではないけれど、自分の中にある1つ1つの感情に向き合って、引き受けて(心が痛かったりしますが)、毎日の生活の中でもがいていくこと、これが自我を統合していく、ということであるわけです。

いや、ほんと、納得します。
まずは気づく、ことから始まりますね。

秋になって寒さを感じてきたときに、寂しさに気がつく。五感と感情のつながりについても考えた秋の日でした。

なぜかわからないけど寂しさを感じている方、ホメオパシー療法が助けになるかもしれません。ご興味のある方はHPの方へもどうぞ:https://arnicahomeo.wordpress.com

God is in the detail

今朝、TVをつけたらマイケル•チャンがインタビューに答えていて、テニス好きな私は手を止めました。

マイケル•チャンがグランドスラムに臨む錦織選手に伝えたいアドバイスとして「フリーポイントをあたえない」と話していたとインタビュアーが話してましたが、上位での戦いになると細かいミスをしないことが勝つことにつながるという意のようでした。

あのレベルまでいくと、大技やテクニックよりも細かいことでミスしないことが最も大事なことになってくるんでしょうね。小さなミスが命取りみたいなことでしょうか。

マイケル•チャンって目力がすごいというか、彼のまなざしをみるだけで「師」という感じがします。彼の目をみると、テニスは浮かばなくて、空手やカンフー映画にででてくる「師」にどうしてもみえてしまう私です。

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で、マイケル•チャンのその朝の言葉を聞いて、ふと 「魂は細部に宿る」という言葉を思い浮かべました。

God is in the detail. の日本語訳ですが、これを言ったのは、ドイツ人の前衛建築家のミース(Mies)って人です。建築だろうが芸術だろうが、スポーツだろうが、そして仕事でも日常生活でも、同じことが言えるな〜と思い、なんだか妙にマイケル•チャンのアドバイスに納得しました。

Miesは、インテリア好きの人なら、バルセロナチェアを思い浮かべるかもしれません(あれ、ネットでみると11万円くらいで買えるんですね、買わないけど…苦笑)。建築作品でいうと、壁がガラスでできてる建物(雑な説明すみません)といえばなんとなくどういう作品を作った人かイメージがわくかと思います。

「魂(神)は細部に宿る」とは、抽象的にいくらでも解釈ができるから、味わい深いな〜と思います。
文字通り、細部こそが重要ともいえるし、全体で初めて魂を表現できるけど、それは細部にも当然現れているともとれるし、細部に魂をいれるからこそ偉大なものがつくりあげられる、なんて解釈もできるし、それはこの文章がビビッと来た人千万の解釈が成り立つのでしょう。つまりは、この文章1文にこそ、魂が宿っているってことにも解釈できて、この文章を発せられるってことは、その普遍的な真実=神、魂を理解していたのだとMiesのことを解釈したりもできます…だんだん言葉遊びになってますが。

私に限っては、自分の生活&仕事に振り返って、細部にも魂をこめつつ大事に精進していくことが、なにかを成し遂げていく道なんだろうと、腐らずコツコツやっていくしかない、と戒め&励ましの言葉として受け取りました。

こつこつとホメオパシー療法やってます。ご興味のある方はHPの方へもどうぞ:

https://arnicahomeo.wordpress.com

モフる季節

秋を感じる事象は人により様々でしょうが、

今年は、いわし雲(サバ雲、とかうろこ雲とも言われる)を見たときだったでしょうか。

秋が深まったのを自分の身体を通して実感するのは、いつも

白ワインとビールでなく、「赤ワイン」が飲みたくなるときです。

ふと赤、赤を飲もうと身体が要求します(苦笑)。

もしこれが私の身体機能の声と一致しているならば、身体が少し冷えだして血流が悪くなる時期(赤のポリフェノール効果)と合致しているのかも(妄想)。

もう1つ秋の深まりを確信できる事象がこれ↓

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モフモフしながら、眠るニャンコ。暖かさと幸せの事象です(?)

毎年違う

自然豊かなこの土地に越してきて、もうすぐ3年になる。

最初の秋にかめ虫が大量に発生したのをみたときはびっくりした。でも次の年には数は少なかった。
ムカデが梅雨前に何匹もでたときがあった。でも今年は秋になるまでとうとう一匹もでなかった。
私が一番嫌いなゴキブリも、それまでは夏の終わりのある時期に現れてたのに、今年は一匹もでなかった。
アリが夏前と夏の終わりに家の中を行列するのを去年はみたのに、今年は夏前にほんの数日だけみかけただけだ。

裏の川のほとりにセリが群生していて、お浸しにできるので喜んでいたのに、今年はほとんど生えてなかった。
今は秋なのに、なぜか家の前のみぞ(清流)に野生のクレソンがちょろちょろ生えている。
裏の川に今年はカワウが飛んで来るようになって、魚の姿がほとんどみえなくなった。

毎年なにかが違う、今更ながら自然はいつも同じ状態ではないんだ、てことに気づく。

そんなことを思っていたら、はじめてマムシがでた ↓(驚)

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ムカデが一匹もでなかったこと、ゴキブリもいなかったこととなにか関連しているのか?
(写真のマムシは既に死んでいます…)

マムシはアオダイショウと違って、短いからみたらすぐわかる、といわれていたけど、ほんとに短かった。
お腹の側に白と黒の細かい模様があるのも初めて知った。
ご近所さんによると、マムシは昔に比べて随分と減ったらしい。

私が3年の経験で知るこれらの変化は、生態系が崩れていく長い過程の一点なのか、それとも毎年こんなに自然とは違うものなのでしょうか。

ある種が減ったら、別の種が増えて、あるグループの種は影響を受けない、どことどこが結びつくのかさっぱりわからないけれど、自然界はバランスをとりながらなんとか保たれているんですね(かろうじて保たれている状態かもしれないけど)。

人間の身体も毎日いろんな変化にさらされて、一歩一歩老いに向いながらも、微妙にバランスをとっているんだと思いました。

食べ過ぎたり、飲み過ぎたり、働きすぎたり、運動不足になったり、精神的にまいっているときにも、なんとか私という身体のバランスを取りながら存続させてくれている私の身体の仕組み(=自然治癒力)、ありがたいです。

そしていつもお決まりの↓

身体が自分でバランスを取れなくなったら、ホメオパシー療法が助けになるかもしれません。よかったらHPの方へもどうぞ:https://arnicahomeo.wordpress.com

タマネギと人の皮むき

ちょっとしたお手伝いをしたら、お礼にと自家製の野菜を独り身年輩の男性からいただきました。
いただいた野菜の中にはタマネギがあったのですが、独り身の男性で管理がワイルド(?)からなのかこのところの湿度のせいなのか、若干腐り始めているものが2個含まれていました。作られたものをポイと捨てるのも気がひけて、ぐちゃっとなりだしてる部分を取り除いてみることに。

外側の茶色い皮と、腐りかけてるもう一枚の皮を向いたら、なんのことはないぷりっとした白いタマネギになりました。もう1つの腐りかけてたタマネギの方は外側を2枚むいて、真っ白なタマネギになったのだけど、あやしい先端の部分を切り落としたら、外側より一枚内側の層が変色しているのがわかりました。そこで真っ白な一枚をさらに取り除き、その内側の変色した層も取り除いたら、随分ほっそりとなりましたが、やはり白いぷりっとしたタマネギになりました。

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タマネギの外側の茶色い部分って抗酸化作用があるとかで、煮だしてお茶なんかにも使われているらしいけれど、内側の白い部分もその次にある内側の層を腐食させないような生き残り術を持っているんですね〜、なんかすごい〜

目の前にある芯までの腐食を免れた白いタマネギをみながら、ホメオパシー療法で起こることを思いました。

ホメオパシーのレメディを使って、その方に変化が起こると、次々と違う層(人間像)がでてくることがあります。そうなると、その都度レメディを変えていくのですが、これはレイヤーケースと呼ばれていて、あるイギリス人ホメオパスによると、ケースの30%くらいがレイヤーケースらしいです(このパーセンテージは国なんかによっても異なると思いますし、実はレイヤーではなく単にピッタリとしたレメディを最初から処方できなかっただけという場合もあると思います)。

このレイヤーのイメージは、タマネギをむいていくのと非常に似たイメージだと思います。

今回の腐ったタマネギ体験でいうと、腐った部分が自分だと思っている自己評価が非常に低い人でも、一皮むけば本当に綺麗な自己があらわれます(綺麗な自己というのは、本来の自分という意)。また外側は白くみえても、一枚下に闇の部分がひそんでいる人も、その部分をむいていけば、やっぱりその下に綺麗な自己があらわれます。

タマネギだけじゃなくて、人間も「芯」まで腐っていかないようなメカニズムを持っているんだろうと思います。芯まで腐らせないように心身が教えてくれるサイン、それが病いや心の苦しみってことなんだと思います。私なんか層を剥きすぎてすっかりほっそりしたタマネギになってしまいましたが(もうほんのわずかな層しかバックアップがない…多分)、タマネギの浅い層の状態で食い止めていたら、もうちょっと楽になるのが早く、余力ももっとあったんでしょう(哀)。

一般的にタマネギの皮をむいていく行為は、自己の本質に近づいていくときにも使われますね。むいて、むいて、むいていったら本質がみえてくるとか、むいていったら最後には実は何もない、とか。タマネギに自然と人間の関係の具現化をみた気がします。そしてむかれたタマネギはスープの具になり、無事に昇華されました(?)。

本来のぷりっとした(?)自己を取り戻したいと思った方、ホメオパシー療法がお手伝いできるかもしれません。ご興味のあるかたはHPの方へどうぞ
https://arnicahomeo.wordpress.com

発酵食に注目

「もやしもん」を地で行く女性にお会いしました。彼女は発酵食の素晴らしさを伝えるお仕事をされています。

ご存知ない方のために「もやしもん」とは10年ほど前に青年雑誌に連載スタートした漫画で(2014年に連載完結)、テレビ放映や映画にもなった人気作品です。農大に通う青年が主人公なんですが、彼は菌が肉眼でみえます。菌がみえると世界ってこうなんだ〜と妙にワクワクしてしまうんですが、それは菌のイラストが妙に可愛くデフォルメされているからかもしれません。ほんわか読める内容なのですが、専門知識に裏打ちされた作品なので色々と勉強にもなる内容でもあります。

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さて発酵食の素晴らしさを伝えている女性ですが、彼女は肉眼では菌はみえないと思いますが(多分?)、もやしもんの主人公みたいに私達の食生活に存在する菌のことを教えてくれます。

具体的には、味噌、醤油などの昔からある発酵食の意味、効能、それを使ったお料理などを教えてくれるのですが、単なるお料理教室とは違って、菌についての知識やその奥深さについても講義をしてくれます。

経口摂取からの恩恵だけではなかったんです、本来の発酵食というのは。
私達のご先祖さまはまさに菌と暮らしておったわけです(←やや播州弁)。
彼女の話を聞いていると「もやしもん」みたいに菌がみえてくるような、不思議な感覚になります。

こちらが彼女のサイトです ↓
http://ameblo.jp/muginoka-wa71/

身の回りの物品はどんどん革新されて新しくなっているけど、私達の身体自体はご先祖様のころと基本的には変わらない。変わらないどころか、弱くなっているかもしれませんね。それは菌をどんどん排除してきたからではないの?!

人がエネルギーにあふれ、自然界とバランスをとりながら上手く暮らせていたのっていつの時代までなんだろ〜、そんなことにまで思いを巡らせる機会となりました。

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最後に自分の宣伝を。本来持っている自然治癒力を高めるホメオパシー療法にご興味のある方はこちらのサイトへもどうぞ:

https://arnicahomeo.wordpress.com

ちょっと違う社会

今夏にデンマークのコペンハーゲンを訪れる機会がありました。

北欧の国に行くのは人生で初めて。私が持ってる北欧のイメージは、
みんな真っ白&金髪(白人)&背が高い、社会福祉大充実、デザイン力高い、そして賢い、です。

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(↑閑静な住宅街にある黒っぽい建物2つは内側でつながっていて、幼稚園になってます。こんなところに通えるのがうらやましくなるようなすってきな木を基調としたインテリアでした)

そうはいっても、デンマークもヨーロッパとそんなに変わらないだろうって思っていたのですが、これがまた予想を裏切るくらい違ってました(驚)

違っていたのは、”人々の意識”でした。
なかなか信じがたいのですが、差別という意識がほぼないのです。ヨーロッパに旅したことのあるアジア人なら、いわゆるちょっとした人種差別的なものを感じたことがあると思います。大都市ならそうでもないでしょうけど、地方にいけばいくほどアジア人というだけで、まあとにかくじろじろ見られます。(それを差別という言葉で表現はできないでしょうが、いわゆる違っていることで特別視されるわけです)

デンマーク人にはそういう意識が全くない、としかいいようがない。なんでも「ヤンテの掟」と呼ばれる自分を優れていると思わないような教えがあり、それが完璧に人々に浸透しているようなんです。

差別意識のない人々が働く職場はどんなものかというと、
ーおべっか使いがない
ー上司、部下であっても対等に話す、もちろん敬語なしで
ということになるらしいです(コペンハーゲンで働く人談による)。

ではお店ではどうなるか?
日本のデパートのような「お客様は神様です」的な過剰なサービス、へりくだる接客が存在しないってことになります。実際に買い物したときも、店員さんはただ普通にモノを売って普通に接客している、そんな感じでした。笑顔がないわけではなくて、お客と店員は同じ立場で、ただ私はモノを買ってるんだけなんだと今更ながら気づいたりしたわけです。

差別意識がないということは、つまりは学校などでも「いじめ」が発生しないだろうと思うんですが、その辺りどうなんでしょう(未確認)。いじめって人間の集団心理のなせるわざだと思い込んでましたが、そうでない集団も存在するってことなのかもしれません。だとしたら、そのヤンテの掟とやらは、世界各国で導入して欲しいものです(是非)。

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こんなこともありました。
私達集団一行(大人子ども含めて7名)がコペンハーゲン近郊行きの電車に乗ろうとしていたときのことです。コペ在住の友人がSUICAみたいなカードで自動改札しようとしても機械がうまく作動しません(電車のホームに設置してある)。その時、乗る予定の電車の発車ベルがなり、反射的に他の全員はその電車に乗り込みました。友人も自動改札未終了のままでしたが、あわてて駆け込み乗車みたいな感じで私達と同じ電車に乗り込みました(日本の大都市ならよくある光景かと)。

そこに車掌さんがちょうど乗り込んできたので、未改札の彼は自分のカードをみせて機械が動かなかったと説明しました。
するとその車掌さんは非常に冷静に彼にこんな感じのことをいいながら注意しました→「なんでこの電車に乗ったんですか?You are crazy, 問題があるなら、解決してから次の電車に乗るようにしてください」

いやそちらの機械の調子が悪かったんですけどね(汗)。でも彼らの論理では、そういうアクシデントも見越した上で時間を計算して、自分が乗れる電車に乗りましょうってことのようでした。駆け込み乗車なんてとんでもないってことみたいです。いや、全くの正論なんですけどね、やれやれしようがないわねぇ、みたいな対応はここではどうやら通用しないみたいでした。

これまでどんな国に行っても、比較して日本のシステムは賢くてすごいなと思うことばかりでしたが、デンマークに限っては全くの逆転でした。実際、コペンハーゲンの空港は世界一信頼できる空港と言われているそうです。そして本当にその通りでした。飛行機のチェックインから(各々がマシンでチェックインしてスーツケースにつけるラベルまで自分達で印刷してから荷物を預ける)、パスポートコントロールの無駄のない列並び、賢い流れと構成があちこちでみられました。
その後日本に戻ってきてそんな観点で見ると、なんて混乱している空港と係の人達だ、と思わずにはいられませんでした(苦笑)日本ってこんなにごちゃごちゃしてる国だったっけ?と思ったりして。

デンマークではかわいいデザインの小物に出会えることしか考えてなかったけど、フタをあけたら、これまでみた社会とあまりにも違うので、不思議な心持ちになりました。
これが理想の社会なのか、はたまた人間がごちゃごちゃ取り乱して苦労したりずるしたり、ぺこぺこしたりして、たくさんのヒューマンドラマがある世界の方が楽しいのか?!

プロテスタントであることと、税金の率が高すぎること(給料は約半分がTAX)、消費税も25%であることなんかと、この完璧すぎる社会の成り立ちは関係あるのでしょうか。これを理解するにはあまりにも短い滞在でした(誰か解説して)。

あ、もう1つの驚きは自転車社会だったってことです。車より自転車が多く、健康面でもこれまた申し分ない感じもありました。

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↑ 子どもを乗せて親の自転車で牽引する子ども用の車があちこちでみられます。

ホメオパシー的にはこういう社会で起こりうる精神疾患に非常に興味がありますが….
差別もある、ごちゃごちゃと混乱している、かけこみ乗車は日常茶飯事、サービス業で働くことが苦しかったりする日本の社会で、苦しい思いをされている方、ホメオパシー療法が助けになるかもしれません(無理矢理このオチ)。

ご興味のある方はHPの方へもどうぞ:https://arnicahomeo.wordpress.com

何にでも入ってみます。

今夏の猫。

暑いんだけど、入るものがあれば、とりあえず入ってみます。

まずは箱から↓(あなたには小さすぎでは…)

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つづいてスーツケース↓

眠りこんでますzzz

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最後は、元の家主の方が置いていった昔の大きなすり鉢(庭にあり) ↓

ラーメンどんぶりにしかみえないけど…なぜかぴったりサイズ(汗)

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