親が教えてあげられること

子供の頃に、自分の親から具体的に教えてもらったことで、

親からのその教えが自分の人生でためになった、とか、

自分の人生で活かせてるもの、ありますか?

色々な方に幼少期からの話を聞いてきた私の感想でいうと、

この問いに、YESと答えられる人は、かなり少数派ではないでしょうか。

(多くの人は、今も自分で持て余してる親からの教え、例えば”人に迷惑をかけるな”みたいな方を記憶しています)

自分が親の立場で見回しても、
自分の子供に私が具体的に教えたことで、それが生きてると思えるもの、
ん〜あまり、見当たりません笑。

例えば、お片付け…. 

息子がまだ幼くて親のいうことを素直に受け入れてくれるときに、お片付けの仕方を教えて、そのときはその通りにやっていたようにみえたけど、いざ小学校に入ってみたら、全くできてない、片付けのコツを理解していない、すべてごっちゃに置いてあった汗。

それは、今年18歳になる今も、彼の机やカバンの状態をみる限り、進化していないように思います(彼なりの片付け分類にはなってるようですが)。

これはなぜかというと、私自身がそうだからです笑。

私は片付けの分類分けするのは好きなのですが、全てをすっきり片付けしてないひとなのです汗。

育児の先生たちが言われてると思いますが、

読書をする子になってほしいなら、

本を読みなさいと、直接、子供に言うよりも、

親自身が本を読んでる姿をみせなさい、ということと同じだと思います。

親と子は、子供が巣立つまで、長い時間、同じ空間で過ごします。

その長い時間に、

同じ空間でみてきた親の姿、言動&行動、

親の雰囲気、

親の感情やコミュニケーション表現は、

情景や雰囲気を伴い、リピートされるものなので、

言葉で指示される文章よりも、

子供にとっては自分の中に取り込みやすいのだと思います。

ということで、

こどもたちが人生で親から学んでいくのは、親からの言葉での教えより、

圧倒的に親の暮らし方、生き方、いわゆる ”生き様” の方にあると私は思っています。

子供が親になったとき、
自分が親にされていやだったことは自分の子供にはしないように、

親にされてよかったことはしてあげようと思うだろうし、

親にこれを教えてほしかったなという体験をした場合は、
自分の子供には、それを伝えてあげたいと思うでしょうが、

(この記事を書こうと思ったのは、まさに、この件についてメールのやり取りをしたから)

教えを効果的に浸透させるには、親であるあなた自身が、

その姿をみせているか(つまり、自分はそれを実践してみせてあげられているのか)
確認してみるとよいかもしれません。

わたしみたいに、きちんと片付けしていないのに、片付けなさい!は、

まるで効果がないし笑、

我が家は息子に自分の考えや意見ははっきりと言いなさいというようなことは教えたことはないけれど、

ご飯時などに、私とダンナさんで、こういうことがあってこう思うんだよね、と自分たちの意見をフツーに交換していたら、いつのまにか息子もそれに加わるようになっていたとか、

学んでほしいことは、そのように実践してる姿をみせるほうが、効果があると思います。

簡単にいうと、子供に親がお手本とか成功例を示す、ということになるかもですが、

親の側からみるならば、

自分はあまりできてないことを、子供にできるようになりなさい、は

自分の夢を娘にたくす昭和な?ステージママと同じようなことをしていないかと、ちょっと客観視するとよいかもしれません。

これは、こどものためになるから、といいながら、

自分ができないことを子供に実現させようとしていないか
(自分が片付けがイマイチなので、こどもにはできるようになってほしいと思ったわたしのように汗)、

それは、本当は「自分ができるようになりたいこと」「自分が成し遂げたいこと」ではないか、自問してみるといいかもです。

もし、そうであるなら、まずは親であるあなたがそれに取り組めば、子供もそれができるようになっていく可能性大だと思います。

最後に….. 親と子供は、当然のことながら、同一人物ではありません。

私がもった問題(例えば、片付け)が、子供にとっても克服したい問題であるとは限りません。

子供は子供でなにかテーマをもって、この世にいます。

ですので、親であるあなたがAの問題で苦しんだから、子供もAの問題で苦しむとは限りません。

あなたが子供に教えようと頑張ってること、それは「誰のための」レッスンなのか、

そこを見極めると、

自分の子供がこれができないと悩んだり、苦しんだりすることは、減るのではないかなと思います。

夏は「海」、「南」という私の感覚は、母方の祖母が島に住んでいて夏休みにいつも行っていたからだと思います。
私の息子はどちらかというと「北」に惹かれてるなと思います、どうやらそういう磁場が備わってるようです。

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8月は、通常、ヒマです笑

文字通りのアンチエイジング

私は毎晩、瞑想しているのですが、最近は時間があれば朝にもするようになりました。

先日、朝の瞑想から覚めたときに

「瞑想状態って 冬眠状態と同じだ」

と気がつきました。

早速、ネットで冬眠状態について調べてみると、

冬眠状態の動物たちは、

低体温や低心拍状態になっていて、それは”代謝を低下させてる”状態だ
ということが書いてありました。

ちなみに冬眠状態については、様々な分野で研究されてるらしく、

例えば、寝たきりの方々などは体を動かせないので筋萎縮が起こり、どんどん弱っていってしまうのですが、

冬眠状態の動物には筋萎縮が起こらず、それは代謝を低下させてる状態だからで、この冬眠のメカニズムを介護や医療の方面に使えないかというようなことが考えられているようです。

瞑想とリンクしてる冬眠の情報は探せませんでしたが、

その数日後に入手して読んだ瞑想の本に(導かれた…)、

瞑想してる状態では、人によるが代謝が16-20%くらい落ちている(医療機関で瞑想中の血液中の酸素濃度を計測した)と書いてありました。

瞑想状態では代謝の低下状態になってるんだ〜、だから冬眠してるようなもんだよね、と勝手に一人で納得しました笑。

私が瞑想を始めるきっかけをつくってくれた方が、

「瞑想してるとどんどん若返るよ〜」と言っていたのは、そういうことだったのね、

と、やっとここで腑に落ちました(その方は上記のような根拠はなく、ご自身の感覚で言っていたと思います)。

ということで私の理解で言うと、瞑想してると

「若返る」のではなく、

「老いていく速度が、瞑想してる時間分(代謝が落ちるので)少しゆっくりになる」です。

いわゆる抗老化タイム、つまり文字通りのアンチエイジングになる、のだと言えると思います。

これまで瞑想いいですよ、とオススメしても、なかなか実践する人はいませんでしたが、
アンチエイジングと聞けば、きっとやる気になるのではなかろうか……!?(今朝、この話を聞いた二人がすぐにやると言ってました笑)

洞窟にこもり瞑想してた僧の過去世(男性だった)があるといわれたことがあります……今世はせまいとこ嫌いだけど(笑)


あなたは、あなたのままでいい

気分が落ち込んでいくとき、なにかの”きっかけ”があると思うんですが、

100%といってもよいくらい、それは”他人のこと”から始まるように思います。

他人からダイレクトに批判された場合、そりゃ、落ち込みます。

でも他人からダイレクトに批判される機会よりも、
自分で自分を批判していくというマゾ的な(汗)落ち込みの方が圧倒的に多いのではないでしょうか …..

例えば、今の時代はSNSというものがあるから、それで目にした他人の活躍や、他人の私生活で充実してる様子、単に他人のフォロワー数とか、いいね!の数が多いとかそのような他者との比較から、落ち込みのループが始まることが多いように思われます。

あの人、友達と楽しそう、わたしにはこういう仲間はいないな….ずーん、とか

あの人、すごく頑張ってる、素敵、えらいな〜、それにひきかえ、わたしは、何も頑張っちゃいないな…..とか

どんどん自分の評価を自分で低くしていくループの始まり(汗)。

これは、何が起きてるかというと、

自分の、自分に対する評価がぐらついている、です。

別の言い方をすると、

自分の、自分への愛が試されてるとき、

自分で自分を信じる気持ちが試されているのです。

今(SNSでみた誰かと比べて、冴えないように思える)、この瞬間の

ありのままのあなたを好きですか?

と問われているのです(自問なのですが)。

ここで、落ち込んでいくとしたら、

いいえ、わたしは、いま、この瞬間のありのままのわたしが好きではないです

と答えてるようなものです。

ですので、こういうときは、しっかりとそこに意識を持って、

いやいや、わたしは、確かに今、人と比べて、このわたしを嫌いになりそうになりましたが(汗)、わたしは、実は、わたしが意外と好きです、

と思ってあげましょう笑。

素敵にみえた他人は、素敵だなと評価するままでいい、

でも、それをみてて落ち込みそうになった自分を嫌いになることはなくて、

私は私も好きです、と思っておくのがいいです。

そうすると、落ち込みループにはまることは減ってきます(ちゃんと自分が好きだと認識していくとループ自体にはまりません)。

前の記事でも書きましたが、

私たちは、自分オリジナルの神のシナリオを歩んでいます。

たとえ、あなたがあまりパッとしない生活をしていようとも、

たとえ、あなたがたくさんの欠点や改善点を抱えていようとも、

たとえ、あなたがしたいことを成し遂げていなくても、

あなたは、ちゃんとその自分オリジナルのシナリオを歩んでいますので、

安心して、そうだ私はこれでいいんだった、と思って、

自分で、その自分をどうぞ信じてあげてください。

ちなみに、私はありのままの私でいいんだ、というとき、

何もやらなくていいんだ、

何も進化しなくていいんだ、という意味ではないです。

私たちの源はエネルギー体なので、否応なしに進化する存在です。

ですので、進化はするんです、でも、

他人のように進化しなくていいし、

他人のようなスピードで進まなくていいのです。

あなたは、あなた独自のペースで、独自の進化をしていく存在。

だから、安心して、あなたのままで、進化していけばいいのです(人生を歩んでいく)。

誰かが素晴らしい生活を手に入れてるようにみえたり、
とても素晴らしいことを成し遂げていようと、
その人もその人で、その人の神のシナリオを
その人のペースで歩んでいるだけなのです。

ですので、
あなたもあなただけの、そのシナリオを信じて、
自分が主人公のそのシナリオを存分に生きてください。

と、いうことで、他人と比較して気分が落ちそうなときは、

あ、私の私への愛が確かめられてるんだ! と気づいて、

わたしはわたしのままでいいんだ、わたしはこのわたしが好きです、

と再認識してみてください。

心地よくてたまらなくなりますよ(笑)。

追記ですが、

わたしは、何もよくできていない自分が好きとは思えないんです、みたいなことをおっしゃる方がいますが、

そういう方であっても、自分のことが好きだと思える、みつけ方があります。

日常の生活の中で、あなたが、ちょっとでもいいから気に入ってるというもの、ありますよね。

10年以上も使ってる愛用のマグカップとか、

着古しだけど、着心地の良くて捨てられないTシャツとか、

この道は、ちょっとひっそりとして好きだな、とかそういう場所なんかありませんか。

そのような人からみたら、どこが好きなの?と言われちゃいそうなもの、

パッと見はさえないけどなんとなく好きとか、そういうものや空間や場所、

それはあなたが「愛着をもってる」ものです。

人の評価や社会的な価値は関係なくて、

あなたが好きなものなのです。

そういう愛着を何かにもてているのなら、

人の評価や社会的な価値がなさそうに自分が思える「あなた自身」にも、

愛着をもてます。

長年つれそってる「あなた」というその人、愛着をもつのに十分な存在です。

夏は冷えたスパークリングに愛着のあるわたしです(注)写真はわたしではありません(苦笑)