ちょこっとカウンセリング

この記事は、1つ前の記事と関連してます:*愚痴と相談

初の試み: ちょこっとカウンセリング というのやってみます。

「第3者に聴いてもらって、自分の心を整理したい」

「話をじっくり聴いてもらう相手がいないので、日頃の悩みを聞いてほしい」

「今、直面してる問題があるけど、その解決法を探したい」

心療内科にいくほどでもない、カウンセリングに定期的にかかるほどでもない、でも、友達とおしゃべりするだけではすっきりしない。

そういう、ちょっと相談したいんだけど、みたいな方を対象に、単発のカウンセリングの機会をもうけたいと思います。

単発なので、続けて通う必要もありませんので気楽に受けられます。

日時と場所は以下の通りです:

3月5日(火) 加古川市 Cafe de 秀 さん 店内の個室

3月12日(火)姫路市安富町 ネスパルやすとみ 3F 第二研修室

カウンセリング時間 は以下の枠から選んでください。

① 9:00 〜 10:30

②10:40 〜 12:10

③ 12:50 〜 14:20

④ 14:30 〜 16:00

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(料金)

加古川で受ける方 4.000円税込

安富で受ける方  3.500円税込
(私の自宅近くまで来てくださる交通費を考慮して値段を少し下げています)

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申し込み方法: customerarrnica@gmail.com に

件名:ちょこっとカウンセリング希望 として

下記の必要事項をおしらせください

・ご希望の場所
・ご希望の時間枠
・お名前
・e-mailアドレス
・電話番号  

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*過去に私のホメオパシー療法にかかっていた方で、今はレメディはいらないけど、ちょっとだけ話したいみたいな方もよければどうぞお申し込みください。

*HPで通常受けてます「レメディなしのカウンセリング」との違いは

ー継続してかかる必要があるような心の深いトラウマや問題は扱いません

ー次回のカウンセリングまでのメールでのフォローがありません

ー出張対応やご希望のお時間帯で受けていません

ー継続して受けることをお約束できません(月に1回の限定人数の開催なので)

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人が持つ日常の悩みや問題というのは、文章にしてしまえば、他人の持つ問題と似通ってるものが多いです。

例えば、子供が言うことを聞かないとか、職場の人とうまくいかないとか etc.

けれど悩みから解放されて楽になる言葉や方法というのは、人によって随分と異なります。

人によって、腑に落ちるポイントが違うのです。

それは各人の性質&性格が異なるからでもありますし、過去の経験により学んできたことが違うからでもあります。

つまり、一見よくある悩みであっても、その人に合わせた楽になる方法や言葉をみつける必要があるのです。

実はその方法は自分で導き出せるのですが、少しばかりガイドが必要です。

そのガイドをさせてもらうために、今回のような企画をしてみました。

心が動いた方、お申し込み、お待ちしています〜

3月というとミモザを思い浮かべます。ミモザの黄色をみると元気になります。




愚痴と相談

私は、長いこと、人の話を聞くときに、

愚痴   

相談  

の違いがわかっていませんでした(汗)。

正確にいうならば、2つの違いを分けずに聞いていました。

人の話をお聞きする仕事なので、そして私にお金を払って話をされる方は、

身体的もしくは精神的症状を改善させたい方なので、それはいわゆる「相談」ということになるのですが、

それ以外のプライベートで人の話を聞くときも、つい習慣的に「相談」を受けてる姿勢になってしまって、真剣に聞きすぎたり、相手が求めてないアドバイスをしたりすることが多々あったのです(汗)。

しかし、愚痴は聞くだけでいいものなんだとあるとき、わかりました。

「聴く」のではなく、単に「聞く」だけでよいのです。

聞いてもらえれば、満足するのが、愚痴 です。

部屋のゴミで例えるなら、

愚痴は、何もしなくても自然とたまってしまうホコリとか、自然と落ちてる髪の毛のようなもので、

ふっと吹けば飛ぶとか(そしてまたそこに落ちる….苦笑)、さっと掃いたり、掃除機で吸えばなくなるゴミのようなものです。

相談のほうは、

ふっと吹いても飛ばないゴミ、さっと掃けない&掃こうという気を起こせないゴミ、掃除機で吸えるような形状ではないゴミといえます。

相談の対象となるのは、大きすぎたり、一人では動かせない、どうやって掃除したらよいかわからないそんな心のゴミ、と言えます。

と、いうことで、愚痴のほうは毎日たまるホコリのようなものですから、

毎日軽く掃く=気晴らしするとか、スポーツで発散させたり、少したまってきたら友人とのおしゃべりで聞いてもらって笑い飛ばして解消みたいにするとよいと思うのですが、

自分が人に話す話題の大部分が「愚痴」だったり、

毎回人に会うたびに、同じ内容の愚痴を繰り返し言ってるとしたら、

それは軽いホコリだと思った愚痴のその下に、相談レベルのゴミが隠れてるのだと思います。

それらは、

過去の固まったままの感情 や

不要な観念

であることが多いです。

それらが掃除されてないので、愚痴が延々と続くのです。

自分の話が愚痴ばっか、だと気づいた方、ちょっとした掃除をしてみませんか。

そんな方を対象に、近々、「心の掃除カウンセリング」みたいなものを企画してみることにしました。

ホメオパシー療法を使わないで、日常の悩み相談を受けるいわゆるカウンセリングをします。

とりあえず月に1回を、その日は集中してカウンセリングの日とし、

我が家の近くの安富町の会議室と、加古川で行おうかなと思っています(つまり月に2回)。

ホメオパシーと違ってレメディを使いませんので、安価で提供しようと思っています。

心療内科までいくほどのことじゃないし、ホメオパシー療法を受けるほどでもない、日々の悩みだけど、一人で解決するのは難しいみたいな方に向いてると思います。

また、第3者に話すことで自分の心を整理していきたい方にも向いてます。

詳細は、近々、Blog記事にてお知らせすします。

↓ 我が家の一足早い春の訪れ:ニャンコが野ネズミを連れてくる(悲鳴)。
かわいそうですが、野ネズミさんお亡くなりになっております…..

 

↓ こちらも春の訪れ。ご近所さんの猫が生んだ子猫を抱っこさせてもらいました。少し年のいった猫なので生んだのはこの一匹だけ。いつも子猫生まれたら里親にだしてたけど、1匹だけなので今回はこのまま育てるそうです。
生後1ヶ月、キャワユーイ💛💛💛

 

 

 

服を選ぶ基準

少し前にみたフレンチ恋愛コメディ映画(Bienvenue en Suisse 2004)の中で、服について、へ〜面白いと思うところがありました。

その映画は、スイス人とフランス人の違いを面白おかしく描写するみたいな作品で、フランスに暮らしていたスイス人男性=ティエリーが亡くなった祖母の葬儀でスイスに戻り、そこで祖母の莫大な財産を譲り受けるために親戚のおじさんたちに気に入られようと行動していく話です。

ちなみにスイス人とフランス人の違いですが、スイス人はゴミを捨てないで持ち帰る、フランス人はゴミをそこら辺にフツーに捨てる、とか(苦笑)、

スイス人は約束の時間ぴったりに来る、フランス人は遅れて到着するのが礼儀(迎える側があわてないように)みたいなところがあります。

要は、きっちりしたスイス人と、だらーっとしたフランス人みたいな構図です(苦笑)。

そんな中で、ティエリーが財産をもらうために スイスの親戚のおじさんたちに気に入られようと、典型的なスイス人の格好をしてトレッキングするシーンがあります。

スイス人ぽい格好というのは、登山用品ブランドの Mont bell(モンベル) とか Columbia(コロンビア)のようないわゆる山登りの服装です。

(Au Vieux Camper からお借りしました↓)

山登りの服装をスイス人いとこの男性が準備してくれていて、それに着替えて(それまではジャケットとシャツを着てた)ティエリーが皆の前に登場してくるのですが、スイスに住んでるティエリーの姉は、その格好をみて「いいわ、それ」みたいに言います。

でも、ティエリーの恋人のフランス人女性は、タバコをふかしながら、顔をしかめて、こんなことを言うんです(以下、私の意訳)↓

「なに、その格好?! スイス人女性はこんな格好に耐えられるの?!、(男が)こんな格好でいつもいたら私の性生活はムリだわ〜」

確かに、山登りの格好をしたティエリーは全然男としてセクシーではないのです(登山シャツはダボダボで下は半ズボンのどちらもベージュ、帽子は赤)。

そういう視点でみたら、映画の中で、ティエリーの恋人の女性は常にワンピースをきて女性らしくセクシーなんですよね。

実際、フランスの街中でも、大人の男性はジャケットとシャツのいでたちが多いし、女性も「女」を感じる服装の人が多いのは、そういう意識が服選びの根底にあるからなんだ、と妙に納得した私です。

確かにセクシュアリティを主軸として服が選ばれ、男女がそれぞれに魅惑的に暮らしていたら、そりゃ恋愛大国になってしまいますね❤️

実は、私も前回パリに行って滞在してる間に、街を歩く女性たちをみて、ああ、私も、もっと女性らしい格好したいな〜と感じた記憶があるので、なおさら彼女のセリフに納得したのです。

パリの女性たちがお洒落というより、女性性をちゃんと出してる感じがいいなって思ったからだと、この映画のセリフで気づきました。

もう何年も前に、日本でナチュラル系の服装が流行り出したころ(チュニックとかで体のラインを隠すようなかわいいと言えばかわいい格好)、

フランス人の男性ジャーナリストが、あの服装は女性性を否定してる格好だ、みたいな記事を書いてるのを読んだことがありますが、その記事も今回頭に浮かびました。

そのジャーナリストが、ナチュラル系の服装を、自然で楽な格好で自分らしく、とは解釈しないで、女性の部分を隠す(いわゆるイスラム女性のような)みたいに解釈したのは、上記のような服装選びの基準があったから、かもしれません。

ちなみに私のダンナさんはフランス人ですが、彼の服装選びはフレンチらしくなく、Tシャツとジーンズみたいなアメリカンな基準です

個人的な好みでいえば、私はシャツとジャケットのほうが好きですが、それを望むなら、私ももっと女性性を感じさせる服を着るのがいいのかも(冷汗)。

ダンナさんに服装の件でフランス人として意見を求めると、

「フランスでは50になっても女性は女性、そして年とろうが太ろうが女として生きてる。

でも日本では50になったらババア(口が悪くてすみません、汗)というカテゴリーの服を着て、ババアという意識で生きてるようにみえる人が多い。

フランスでは出産しても女性はいつまでも女性、でも日本ではママになったらママのカテゴリーの服装をして、ママとなって生きてる人が多い」

そこがフランスと違うと言ってました。

どの意識でどんな服装を選んでも、それでその人が心地よいならそれが一番だと思いますが、もし男性性や女性性がブロックされている状態で服装を選んでいるのなら、それを解放して服選びを変えたら、その人は非常に魅力的になるでしょうね。

日本も、パリやミラノみたいに魅力的な男と女のあふれる街になったら、カフェに座ってその街をみてるだけでワクワクしそ〜

女性性がブロックされてる人を対象に ”いい男といい女を眺めに行って、自分もいい女になるパリツアー”企画しようかな♪