New collab.ニューコラボ

New Collaboration ”新しいかたちのコラボレーション” という意味で

「 New Collab. ニューコラボ 」

この名前をつけた店舗を9月中にオープンしますので、お知らせです。

場所は、兵庫県加古郡稲美町です。

どんな店舗かというと、具体的にはこんな感じです(拙い手書きですみません) ↓

昭和な平家(ひらや)物件をリフォームして、つくりました。

4つのスペースからなっていて、それぞれのお部屋が、レンタルスペースです。

・和室

・セッションルーム

・講座ルーム

・キッチン&イートインスペース(シェアキッチンです)

これらの部屋を使って、いろんな方が、やりたい、やってみたいと思うことに使ってもらえたらなと思い、現実化しました。

どんな人も、何かしらの才能を持っています。

人にお会いして、その方の過去や現在の話を聞く仕事をしてきましたが、どんな方にもオリジナルな才能が散りばめられていて、それは随所に現れています。

その人の才能というのは、以下のこととリンクしています:

・得意だと思うこと、上手くできること

・それをするのが好きだなと感じること

・それをやってみたいと感じてること

・それをしてるときに無我夢中になれること などです。

今の時代、自己啓発系やスピリチュアルなアドバイスなどで、

好きなことだけやっていこう とか

好きなことをやっていれば上手くいく のような言葉が聞かれますし、

それを実践されてる方も多くなってきていますが、

この言葉を、いざ自分の人生に適用するとなると、いろんな現実的な抵抗があるのもみられます。

やりたいけれど時間がない、始めるにも資金がない、そこまでの思いきりや勇気を持てない、そうはいっても具体的にどうやっていくのかわからなすぎる…..etc.,

そもそも、好きなことやっていれば上手くいくなんて、ホントかな?!と疑いを持ってる人もいると思います。

いやいや、それ、ホントなんですよ、この世というのは、そういう仕組みになっているんですから、と口角泡を飛ばして言いたいくらいですが(笑)、

頭で考えてるだけでなく、実際に動かないと何も起きないというのも、またこの世の仕組みの1つなので、

「とりあえず、ちょっとやってみたら!」と、言いたくて、この場所を考えました。

人は、自分の持って生まれてきた才能を発揮してるときが、もっとも輝いてるなと思います。

特に何もしなくても、何もやらなくても、受動的に事象は起きてきて、人はそのまま歳をとり、人生はいつのまにか終盤に進んでいきます。

でもできることなら、自分が持って生まれた才能を使って輝きたいし、他の人が才能を使って輝いてる姿もみたいものです。

面白いのは、それぞれの人が持ってる才能を発揮していくと、パズルのピースが埋まって作品が完成していくように、

いろんなことが可能になっていき、人がどんどんつながっていき、あちこちが良い方向に発展していくのがみられます。

と、前置きがすごく長くなりました、そして話が壮大になっていますが、実際につくったお店は小さいです(笑)

このお店に、ご興味のある方は、インスタアカウントを作りましたので、今後に出していく情報をご覧ください。

9月中に、誰でも気軽に見に来れるOPEN DAYをもうける予定です。

New Collab. インスタ:https://www.instagram.com/newcollab2024

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わたしのコンサルテーションも、コロナ以降、ずっとzoomになっておりましたが、
この場所で対面を復活させていこうと思っています。

ホメオパシー療法など、あなたのエネルギー波動を整える療法のHPは、こちらです:
https://arnicahomeo.com/

急かされる、焦ってしまうなら

何月何日までに、XXXをしないといけない

何時までにXXXに到着しなければいけない

というような時間や期日の制約というのは、

誰にとってもストレスではないでしょうか。

時間の制約があると、自分の自然なペースを、そこに合わせるために調整しないといけないので、

しかもほとんどの場合、ペースを「早める」ことになる方が多いので、ネジを巻くように少しキリキリするのだと思います。

もし、時間の制約に”同行者”がいる場合は(子供を連れて約束の時間までに到着しないといけない等)、自分のペースを早めるだけでなく、同行者のペースも合わせなければならないので、さらに調整にキリキリすると思います。

わたしは、期日のある仕事については早めに仕上げることができるのですが、
出かける時間に関しては、ぎりぎりまでぼんやりゆったりして、直前にバタバタするところがあります(ネジを巻き出すのが遅い、笑)。

焦ったり、時間に追われることに対して、今朝方、ある方にメールを書いていたのですが、

このテーマに関して取り組んできた私が、ベストと思われる方法があるので、

Blogの方でシェアしようかなと思いました。

わかりやすく、具体例で書きます↓↓↓

例)今日は10時に約束があるので、
道の混み具合も考慮して9時には家をでないといけない

① このスケジュールを自分に言い聞かせ、インプットします

 (正確にいうと、自分のエネルギーフィールドに刻んでます)

 具体的な文言としては、こんな感じです→「私は、今日は10時にXXXに着きます、家を9時に出発します」

 *同行者がいる場合は、同行者にこのスケジュールを伝えます(宣言するニュアンス)

② インプットしたら、上記の時間の制約のことは完全に忘れて大丈夫、
  そして、いま、目の前でやってることに没頭します

 ただ、ひたすら、目の前のやること、準備だけに集中しておきます

 *このとき、XX分までにはあれしなきゃ、と頻繁に時計をみたり、あーあれもしてない、本当に間に合うかな?とか思考をしないことがとても重要です

これで、終わりです。

情報のインプットをして、目の前のことに集中していたら、信じられないくらい決めた時間通りにコトが運びます。

そのようにエネルギーフィールドに刻んだので、そのようになるように動く流れが起きたということなのです。

えー!?ホント〜?!と思った方、ぜひ、お試しあれ(笑)

この方法がとてもよいのは、準備してる間に心が乱れないことです。

だから、焦る、という心の状態になりません。

焦るというのは、未来にフォーカスして、いまにフォーカスしていない状態なので、

もし焦りを感じたら、いま、に戻って、目の前のことだけに集中してください。

最初にインプットして決めたことを信じて、ただ、いま、やるべきことをやっていればいいのです。

例外として、
この方法でやっても、想定外のことが起きて、時間通りにコトが運ばなかったときは、

それはどうしても遅刻する必要があったということです(遅れたことにより事故に遭わずにすんだとか、遅れることで何かがうまくいくようになっていたというシナリオ)。

この方法を知ってる私が、時々、バタバタしてるのは、インプットするのを忘れてしまってるときです(笑)

昨日の満月↑ 雨が降った後だったので、霧の中に揺れるように浮かび上がってすごい存在感でした。


 

あなたのままで生きてきた

タイトルの言葉の通りに生きてきたひと、そんなにお目にかからない。

親だったり、学校だったり、社会だったり、いろんなものにデフォルメされながら、生きてきた人が多いから。

私も含め、多くの人は、大人になって、なんだか人生苦しいぞ、と気がついて、そこでようやく、ほんとうのわたしが損なわれていたことに気づいて、そこから、本来のわたしに戻っていく旅を始める……

ただ昨今は、そのまんまの自分で生きてる子供たちをみかけることも増えてきたから、時代は、よくなってるなと思うのだけど、大人でそんな人に出会うことは、相当に珍しい。

けれど今年になって、しかも私が住んでる姫路という地域で、そんな人に出会いました。

大人なんだけど、あなたのままで、ずっーと生きてきたひと。

発見してくれたのは、私のだんなさんでした。

ある日、二人で前から気になっていた野菜が美味しいというお店にご飯を食べにいったら、座ったカウンター席に、小さな冊子が置かれていました。

いまどき珍しい手書きの文字で文章が書かれ、絵やら版画が絶妙にほどこされた冊子↓
岩田健三郎(いわたけんざぶろう)さんという方が作られていた。

この冊子をみた瞬間から、だんなさんは完全に夢中&集中、横でみてたら蛍みたいに発光してた(笑)。

冊子:今今つうしん → カタカナで ヘラヘラつうしん らしい。 

岩田さんとの出会いは、あまりにもわかりやすい神のシナリオでした。

冊子は定期購読ができると書いてあったので、即、岩田さんに購読申込 →  冊子をみつけたその週がたまたま1年に1回の岩田さんの版画の展覧会開催期間中 →  岩田さんが来場予定になっていた日に観覧しにいき、岩田さんに出会い、お話させてもらう(あまりにもチャーミングな人で、私も魅了される) → 岩田さんが林田町にある(我が家から近い)米ギャラリー大手前で定期的に対談されてることを知る →  米ギャラリー大手前から、私の旦那さん(趣味で漫画を描いて自費出版したので)と岩田さんの対談を提案される(だんなさん、狂喜乱舞!)  →  対談の打ち合わせのため岩田さんが我が家に来訪 →  対談の日(だんなさん、大興奮、大緊張) → 対談が例の小冊子に掲載してもらえる → 対談後に旦那さんが岩田さんをフランス語圏の人にも紹介したいと逆取材を申し込む →  気さくにOKをもらう →  岩田家に行き、動画撮影&インタビュー&奥様のご飯までご馳走になる(笑)

という感じで、早い勢いのある川の流れに乗り、以下の動画ができあがりました↓↓↓

10分を超える動画ですが、特に岩田さんの子供時代のエピソードのあたりで、何の気負いもなく、ただずーっと自分のままで生きてきたことがみてとれます (→ これも私がこういう言葉で解釈してるけど、本人はそんなふうには自覚はしてない)。
動画の途中で甲高い笑い声が入ってるのは、私の声です(汗)、聴き苦しくなるかもと思いつつ、笑うの止められなかった……
 

あなたのままで、生きていっていいんだよ、

あなたがしたいことしたいまま、やっていけばいいんだよ、

それは一生懸命やっていくようなことでもなくて、

ぐっと涙ぐむような感動的なことでもなくて、

すごーくすごーく自然なことなんだよ、

そんなことを教えてくれる人(教えるつもりもない笑)です。

怒りはガスと同じ扱いで大丈夫です

今朝、怒りについてのメールをある方に打っていたら、長い文章が降りてきたので、
Blog記事にすることにしました。

怒りを持て余す人というのは、とても多いと思います。

怒りを感じてるとき、心地よい人なんていないと思います。

かくいう私も、できたら怒りたくないな〜と長いこと、思ってきた人です(すぐ怒る人だったので汗)。

怒りというのは、自分が持ってる信念や定義に反することが起きたときに、湧くものです。

例えば、「時間は守らなくてはいけない」という信念を持っている場合、

時間を守れない自分や、
時間を守らない人がいたときに、そこに対して怒りが湧くという仕組みです。

信念や思い込みに対する現実の出来事への反応として、怒りという感情が湧くのです。

ですので、そういう信念や定義を外していくと、怒ることはかなり減っていきます。

(上記の例でいうと、守らなければ”いけない”という縛りをゆるめる、時間はできたら守りたい、くらいの軽い思いに変えると、怒りという反応が起きにくくなる)

この仕組みがわかったので、私はそういう怒りを湧かせる信念をせっせと外してきました。かなりの数、外してきました。

だから、怒ることは激減しましたが、それでも、たまに怒ります。

先日も、旦那さんに対して、あることで怒って、へー、まだこんなことで怒るんだと自分でも意外だったのですが、
ただ、そこで信念探しをしようとは思わなくて、こんな怒りはもう別に気にしなくていいなと思いました。

今朝のメールに話を戻しますが、そのメールを打ちながら降りてきたのは、

怒りは、「おなら」みたいなものだという内容でした(笑)。

おならが、食べ物の組み合わせやその人の咀嚼の仕方、最終的には消化の流れで発生するように、

怒りも、起きる出来事の組み合わせや、その出来事に対するその人のモノの見方、最終的には、それをどう捉えるか(消化するか)で発生するので、似ています。

もし、ある出来事で怒りが発生したら、ガスと同じなので、

できてしまったガスは、速やかに出してください(笑)。

ガスを出さないようにしたり、溜めておかないで、自然な流れとして出しましょう。

怒りは、ガスと同じで、実体はありません。

外に放出してしまえば、それで終わり、それが正体です。

出してしまったガスのことを、いつまでも考えませんよね。

それと同じで、放出してしまった怒りのことは、もう追いかけなくていいのです。

ガスが大きすぎたり、回数が多すぎたり、臭すぎたり、それでお腹が痛くなったりするなら、

どんな食べ物を食べてるのか、咀嚼の仕方は大丈夫か、消化機能は弱っていないか検討するのは必要だと思います。

怒りも、回数が多かったり、大きすぎたり、苦しみを伴うなら、どんな苦しい信念をもってるのだろうと見ていくことは、根本的な解決になりますが、

異常性がないのなら、発生してしまった怒りは、自然なものなので、速やかに出して、それで終わらせるのでいいのです。

怒りの健全な出し方は、これもガスと同じで、

出しても良い安全な場所で出す

相手に伝える必要があるなら(自分だけの問題でないなら)、対象相手に向かって出す

自分の内側の問題なら、一人で出す(スポーツで出したり、歌として出したり、クッションにぶつけたり、書き出してみたり)

ということになります。

そう、怒りは、ガスと同じ扱いで大丈夫です(笑)。

先日、海で泳ぎたくて、早朝に出かけていき↑、7時30分くらいから泳いだり海に浮かんだりして10時30分くらいには着替えも全て終了した状態になりました(駐車場もビーチに設置されたシャワーもガラ空き)。海からあがると、心の底からさっぱり感を味わえて、浄化された感がハンパなかったです。

今は、ライオンズゲートといって、天体の位置的に地球に注がれるエネルギーがとても高い時期です。波動が高くなるということは、低い波動のものが振動に耐えられずに浮上してきます。それで現在、体に浄化が起きてる方が複数いらっしゃいます。
肌の症状、歯の痛み、目の痒みや鼻水、咳など…..一見、悪いことが起きてるようですが、体の掃除が行われてるんだ〜と見ておくのをオススメします。対処としては、キットのレメディが最適だと思います。

”ふと”気になることをやっていく

今朝、受け取った言葉です。

ポイントは、” ふと ” です。

ふと、気になったり、ふと、気づいたり、ふと、見たり…..

ふと、なにか自分が感じるのは、思考/マインドから起きたことではありません。

あなたの内側からの動きです。

それを大事にしていくと、あなたの現実は変わっていきます。

それは、あなたのハイヤーセルフからのサインだからです。

先日のことですが、コンサルテーションをして、さあ、その方に出すレメディを探そうと動いたとき、

通常、私がレメディを探すときは、専門のソフトウェアを駆使します(レメディが千種類以上あるので)。

しかし、そのとき、自分の本棚にあるホメオパシーのある本に、ふと、目が行ったのです。

ずーっとそこにある本です。しかも過去に読み尽くした、内容を全て知ってる本です。

しかし、「ふと」だったので、その感覚を大事にして、その本を取り出し、パラパラとめくりだしました。

そしたら、あるレメディのページにいったときに、あ、これだ!と何かがつながりました。

そのレメディは、ソフトウェアからだと導き出せなかっただろうなと思います。

そして、今朝、表題の言葉を受け取ったときに、先日のレメディの本のときも確かにそうだったよな、と思っていたら、

そこで、”ふと” 今、床掃除をしよう、と思いました。

私は、掃除はルーティンにはしてなくて、気が向いたら(笑)やることにしてる人なのですが、

今朝は、この「ふと」を大事にしようと思いました。

いつもなら、そこは日課のヨガをする時間帯のところだったのですが、

今朝は、そのルーティンよりも「ふと」を大事にしたのです。

それに従って、床を掃除してたら……

まあ、びっくり、とても大きなムカデがリビングと洗面所の間におりました(汗)。

ぎゃーっですが、ああ、これを教えてくれるためだったんだな、とわかりました。

(そのまま、ルーティン優先でヨガしていたら、後でそのムカデに噛まれた可能性は高い…..)

動きが緩慢なムカデだったので、さっとほうきで掃いて、大きなちりとりにいれて、外に連れていき逃しました。

ということで、

どんな小さなことから、大きなことまで、”ふと”気になったこと、”ふと” 起こることを大事にしていくと、いつも自分がサポートされていて、守られている、導かれていることに気がつけると思います。

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ふと、思いついて、サンキャッチャーを、一度も実のなったことがないりんごの木につるしてみました。特に意味もなく….ただ、なんだか楽しい気持ちになりました。

ポジティブ波動で反応する

引っ越してきた隣人のお宅から、怒る声や、どなり声が聞こえてくるようになったというお話をお聞きしました。

人が怒る声というのは、当人達にはただの親子喧嘩や夫婦喧嘩であったとしても、その現場にいなくてシチュエーションがはっきりみえない人にとっては、穏やかに聞いていられない音だと思います。

実際、このお話をしてくださった方は、その声が聞こえると「胸がざわっとする」「怖い」という感覚だそうです。

こういうときの解決法として、相手のお宅にピンポンして苦情言える人は少ないと思いますが(汗)、そこまでしなくても、その相手になんとか穏やかに変わってもらいたい、なんとかしてその相手が怒るのを押さえてくれないかなと、相手が変わることの方を考えるのが通常の思考ではないでしょうか。

しかし、この現象をエネルギー的にみるならば、この現象を引き寄せ、「怖い」現象として感知してるのは、自分なのです。

自分の中にそのエネルギー波動があるから、それが具現化されて体験しています。

ということで、このようなことが起きたときは、自分のその波動を変換するチャンス到来?!ということになります。

具体的にどうやって波動を変換するかといいますと:

(現時点)

怒る声、どなり声を「怖い」現象という捉え方:つまりネガティブ現象として反応してる 

(変換の例)

怒る声、どなり声が聞こえたら、
「あ〜わかりますよ、つい怒っちゃったり、どなることもありますよね、私もやってしまいますから」みたいな「共感する」ポジティブな波動で反応する

または、

怒る声、どなり声が聞こえたら、
「あんなに怒るってことは、親御さんは必死なんだな、でもうまくいかなくてつらいんだろうな、よく頑張っていますね、応援していますよ」みたいな「理解してあげる」「寛容に受け止めてあげる」ポジティブな波動で反応する

など、です。

他にもポジティブな波動の反応の仕方はあると思いますので、それを自分なりに考えてみると面白いと思います。

いずれにしろ、その反応を考えついたときに、自分の心がすっとするもの、それがあなた本来の波動です。

このようなポジティブ波動の反応をしていくと、事象自体に変化が起きます。
そのとき、あなたのネガティブ波動も完全に変化した状態になっています。

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種が飛んできたのか、薪置き場の前に突如咲いていた綺麗な青いお花。
検索すると、シノグロッサム:オオルリ草というらしい。
初夏らしく爽やかな青です。

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自分でポジティブ波動に変換することを思いつけないし、したくてもできない、というときは、深いエネルギーブロックが作られているからです。

そのようなときは、エネルギー物質であるレメディを使って、波動変換のお手伝いができます。

詳しいことは、HPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

ワクワクしないのは

あなたが本当にあなたらしく生きるには、

内側からあがってくる衝動や、

ワクワクした気持ち、

これをやりたいんだという熱い思いに従って動いていくことが鍵になります。

このような話を講座やコンサルテーション中にすることがあるんですが、

先日、このことをふと自分にあてはめて客観的にみてみると……

私は、これはしたい、これをしよう、これ、どうなるんだろうみたいな内側からの衝動はあるし、それに従って動くようにしてるんですけど、

ワクワクという言葉にぴったりする叶えたいと思うこと、今、ないなって思ったんです(汗)。

ワクワクっていう言葉は、私にとって胸が高鳴るようなきゅーんと自分を思い切り上に引き上げてくれるようなイメージなんですが、それに匹敵するようなものがないなと気づいたのです。

内なる声とか衝動に従ってるのに、ワクワクに匹敵することがないとは、いったいこれはどういうことなんだろう?と、自問しました。

そしたら、

それは、あなたが叶えたいことが小さすぎるから

という言葉を受け取りました。

叶えたいことが小さすぎる、すぐに手が届きそうなことには、ワクワクしない

つまり、もっともっと胸が高揚してたまらなくなるような大きなことをイメージしなさい

ということだったのです。

! ! ! Oh My God

いや、ほんと、その通りでした。

いつ頃からなのか、私は自分が叶えたいことを常に小さく見積もってきていたように思います。

もう、このへんでいいだろう、みたいな感じです。

そりゃ、ワクワクしないよね。

なぜなら、ほぼ想定内のことを起こそうとしてるわけですからね。

上記の気づきのおかげで、その後、ワクワクする状態を妄想し尽くしました(笑)。

そしてそれに伴い、今、やることもはっきりみえてきました。

ということで、もし、ワクワクしていない人がいたら、

自分が心からワクワクしてくる、
自分がそうなりたい最もすごいレベルの状態を思い描いてみるとよいと思います。

波動がそれによって上がり、それに伴ったものが引き寄せられてくるはずです。

↑ 我が家にふらりと迷い込んできて、そろそろ1年経つアシュラム(♂)。
最初から我が家に暮らしていたようなくつろぎぶりです。
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ホメオパシーのレメディやエッセンスを用いるエネルギー療法をやっています。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

コロナ以降、zoomを使ったオンラインでのコンサルテーションをメインでやってきましたが、店舗を作り、対面コンサルテーションを復活?させようとしているところです。
実現できそうになったら、またお知らせします。

Man proposes, god disposes.

できることをやるだけ、あとは神様にお任せする

日本語の言い回しでいうと、

人事を尽くして天命を待つ

と同じだと思います。

これに似た文章はフランスにもあるそうで、どの国や文化であっても、この生き方の秘訣にたどり着いたのでしょうね。

私は、今、ある場所をお借りしようとしていて、そのためのやり取りをここ1、2週間しています。

持ち主さんがいて、仲介者もいます。

当初は、とんとんとコトが運びそうだったのですが、仲介者さんが入ってから、雲行きが怪しくなり、昨日の時点で、当初お願いしたことはムリです、と言い渡されました。

がーん、となったのですが、なにかあきらめない思いが自分の中にあったので、

私がここで他に何かできることはないか….と、集中してみたら、ふっとあるアイデアが湧いてきたので、それを言葉にして当初とは少し観点の違う提案をしてみました。

今は、その回答待ちです。

昨晩は、どうなるのかな〜とフツーに思考でいっぱいでした。

朝、目が覚めて、窓から山の景色を眺めていたら、まさに表題の言葉が降りてきました。

それで、自問しました。

私は、この件に関して、何度も話にいったし、お互いにできるだけwin-winになるようにというのをベースに考えて、それを提案した。

だから、この件に関して、できることは、もうやった。

あとは、神様がどうされるのか待つだけ、結果がどちらであれ、私はそれを受け入れられる、と思いました。

昨日の提案でも断られたら、それが私にとってベストなことなのだと思えました。

(そしたら、また次に行って、それはきっと何かにつながることになる)

そう思ったら、窓から見える木々の新緑のように、心がスッキリしました。

何かコトがうまくいかないとき、状況に文句を言ったり、関係者を恨んだり、

はたまたうまくいかない運命や自分自身を憐れんだりしてるときは、

よーく吟味すると、そのときまだできることがあるのに、それをやろうとしていなかったり、

ちょっとやってすぐにあきらめて、まだ十分にやりきっていなかったりするときが多いように思います。

ということで、なにかうまくいかないというときは、他者や環境に不満を言う前に、今、自分ができることは他になにがあるだろう!?と自問してみるくせをつけるといいかなと思いました。

それは攻略法をみつけるゲームみたいなもので、他にできることがみつかったとき、うわっ、どうなるんだろう、それ、やってみようと思えるんじゃないかと思います。

実際、私が昨日他になにかできないかと集中したら、ふっと湧いてきたアイデア、それを提案したら、この事象はどう動くんだろう〜と思ったとき、ゲームみたいでちょっとワクワクしました。

先日訪れた、昔の大庄屋さんのお庭の飛石。私は、飛石をみると「人生の選択(ターニングポイント)」という言葉がいつも浮かんできます。

(姫路市林田町にある大庄屋旧三木家住宅です)

花と似てる

種から芽がでて、葉っぱや茎が育ち、ツボミがでてきて膨らんで、花が咲く。

花は咲くのがゴールじゃない。花の奥では種をつくり、有効な方法で種を他の場所に広げ、その後は葉を枯らしたりして身を小さくして、次のシーズンまで静かに土の中で潜んだりする。

これが宇宙が教えてくれる自然の流れであるなら、
同じ自然の流れの中にいるヒトも同じことをしているに違いない。

なにかで着想を得て(種)、それを葉や茎を伸ばすように大きくしようと動いて、
花が咲けるほどに成長すると、ツボミがでてきて、そして自分がしたかったことを実現したという花が開く。

人は花が開くというのをゴールのように捉えたりするけれど、このサイクルは自然の花のように繰り返され、やりたかったことを実現した後も、次に備えてしばらく休んだり、その体験で学んだ知識を整理したり、実現できたことに感謝をし身を低くしたりして、

それからまた次の種=やりたいことを育てていく流れに入っていく。

花が枯れて死んでしまうまで、自然とこの営みが繰り返されるように、人もこのサイクルを肉体が滅びるまで繰り返してると思う。

とても小さなことから大きなことまで、自分のやりたいことの種を育てて、その花を咲かせて実現するの繰り返しをしていると思う。

もし苦しいとか、うまくいってないと感じるとしたら、

花を休眠期なく咲かせ続けようとしていないか、

種を眠らせつづけて発芽させないようにしていないか、

はたまた、今は葉を落として静かにして学んだことを整理するときなのに、

すぐに芽をださなきゃ、花が咲いていないじゃないの、みたいに、成果の方だけを追い続けていないか、今、自分はどこにいるのか、みてみるのがいいかもしれない。

そんな今日の私は、庭のまわりに生い茂りだした雑草の中からカタバミを摘みながら、
私がやりたいなと思ったこと(複数あるけど)、それぞれ、どの段階なんだろうと考えてみました。

1つは、ツボミがみえてきたところだな、と思いました。

もう1つは、芽がでて葉や茎が育ってるけど、花を咲かせるにはまだほど遠いところだとわかりました。

いずれにしろ花は、自然の完璧なタイミングで咲いてます。

だから人も自然の流れにいたら、完璧なタイミングで花を咲かせられるはず。

カタバミ、とても綺麗な花だなと思います。
野の花摘んでいると、少女のような気持ちになる〜

「いま」にしかいれない

なにか問題が起きていたり、悩みがあったり、うまくいかないことがあったとしても、

それが過去に起きた問題であれ、未来に起こるだろう心配事であったとしても、

いずれにしろ、わたしたちがいることができるのは、「いま」しかない。

過去に起きた嫌な出来事を頭の中で回想しても、その過去の気持ちを味わったとしても、わたしたちは「過去」にいることはできなくて、「いま」にしかいれない。

「いま」にいながら、頭の中だけで過去を味わってるだけ。

明日の用事をあれこれ考えても、「明日」にいることはできない。

「いま」にいながら、明日のことをあれこれ、頭の中だけで想定してるだけ。

わたしたちは、どうあがいたって

「いま」にしかいれないのだから、「いま」にしか解決法はない。

もし、いま、問題や悩みや心配事があるなら、

「いま」できることはあるのか?

それを考える。

「いま」できることがあるなら、それを「いま」最大限にやる。

それしか、できることはない。

もし、いま、とくに困り事も悩みもないのなら、「いま」を味わう。

「いま」やってること、それだけに集中する。

座ってお茶飲んでるなら、お茶を味わいつくす。

人と話してるなら、その人とじっくり向き合って話を聞く。

歩いてるなら、体を通り過ぎる風を味わったり、聞こえてくる音を聞いたり、歩調を楽しむ。

どうやってみても、わたしたちという存在は「いま」にしかいられないし、

「いま」にしかいたことはない。

「いま」何をしてるのか、に意識を持つことにしよう。

もし、何かで苦しんでるなら、「いま」できることは何だろう?!

「いま」できることだけを、意識的に選択していこう。

「いま」できることだけをやったあとは、それがどうなるのかは未来のことなので「いま」考えなくてよし。

このところ、いろいろ考えることが多くなっていたせいなんでしょうね、今朝、上記のようなメッセージを受け取りました。感謝。

芝桜が地面を埋め尽くしだしましたね。

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「いま」にしかいないのに、頭の思考が「いま」にベクトルを向けることは実際とても難しいです。それでも起きている間、一度も「いま」にいれてないなと思う人は、エネルギーを過去や未来に使いすぎて、とても疲労してると思います。

「いま」にいれなくしてるのは、過去にこしらえたある思いへの執着であることがしばしば。その執着を手放して、「いま」に少しでもいるようにできると、もっと楽に生きられるようになります。執着=エネルギーブロックとも呼べますが、それは外すことができます。 カウンセリングやレメディを使って、執着を手放すお手伝いができます。

詳しいことはHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/