河合隼雄さん

「のぞみはもうありません」
と面と向かって言われ、私は絶句した。
ところがその人が言った。
「のぞみはありませんが、光はあります」
なんとすばらしい言葉だと私は感激した。
このように言ってくださったのは、
もちろん、新幹線の切符売場の駅員さんである。

(河合隼雄さんの書かれた文章から引用)

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ホメオパシー療法では、
コンサルテーションと呼ばれるカウンセリングに近い問診のようなものがある。
心理療法のカウンセリングとは内容が異なるのだけど、
私の向き合い方は、河合隼雄さんに影響をとても受けている、と思う。

上記の文章は、
真面目も休み休みに(せまい一面の世界にだけとらわれないように)、と、
おっしゃっていた河合さんのお茶目なエスプリが効いている、
でも同時にはっとさせられる感動も忘れない、
客観性と主観のバランスが絶妙な文だと思う。

真面目が行き過ぎて、生きづらくなっている方、
心の自然治癒力を整えるホメオパシー療法が助けになるかもしれません。
ご興味のある方は、HPの方へどうぞ:

https://arnicahomeo.wordpress.com

Life Lessons

アメリカの精神科医:エリザベス・キューブラー・ロスの「ライフ・レッスン」(角川書店)読みました。

彼女の著作としては、On Death and Dying =邦題「死の瞬間」が有名です。
「死の瞬間」は、死にゆく患者にインタビューを続け、
死に直面した人の心理を分析した本です。

死に至る病いにおかされると、

人はまずそんなことは無いと否認して、

次になんで私がこんな目にあうの?!と怒り、

いやでも薬や手術でなんとかなるだろうと死なないように取引をしようとし、

それが無理だと(つまり死ぬと)わかると絶望して抑うつとなり、

あがいた最後にやっと死ぬという事実を受容するというプロセスを辿るそうです。

このプロセスは死にいく病だけでなく、ただ単に病におかされたときでも、ほぼ同じ心理状態をたどるのでは、と思います。

私が高齢出産後にアトピーを患ったときもほぼ同じ心理状態をたどりました。

違いがあるとしたら、死に至る病気でない場合は、受容して初めて回復や改善に向うことができる、もしくは回復できる道にたどりつくところです。

このプロセスは恐らく失恋や愛する人の死を体験するときも同じ過程だと私は思います。

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話を戻しますが、
キュブラー・ロスの「ライフ・レッスン」は、
まだ読み終えていないのに内容を紹介するのもなんですが、死にゆく人々が死に直面したときに、浮かび上がってくる(というか突きつけられる)

”その人の人生でやり残している課題”

に焦点をあてています。

それぞれの人のレッスン、かなりリアル、です。

この著書は、
死に直面した人々が、その最後の瞬間に学んだそれぞれの貴重なライフ・レッスン、
言い換えるとまだ十分に生きられる間に私たちが行っておくべきことを先輩方に教えていただける、非常にありがたい内容となっています。

読みながら息をのんでしまったある女性の例を1つ、抜粋させてもらいます:

「ロサンゼルスの町はずれにさしかかったとき、まえを走っていた車がいきなり停止しました。急ブレーキをかけながらみたバックミラーには、急接近して来る後続車が映っていました。

ものすごいスピードで、わたしの車に衝突しそうな感じでした。そのドライバーがまえをみていないこと、猛烈ないきおいで追突されることが、一瞬のうちにわかりました。まえで停車している車との距離も、ほとんどなくなっていました。

もう、だめだと、おもいました。死ぬかもしれないとおもったんです。

ふとみると、自分の両手がハンドルをぎゅっと握りしめていました。意識的につよく握ろうとしていたわけではありませんが、いつもそうなんです。それが癖なの。

なぜだかわかりませんが、こんなふうに生きたくない、こんなふうに死にたくないっておもいました。

私は目をとじ、息を吸って、両手をだらんと垂らしました。力をぬいて、身をまかせたんです。生きることに、そして死ぬことに、自分を明け渡したというのかな、その瞬間、ものすごい衝撃につつまれました。」

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アコーディオンのように車はクラッシュしたのに彼女は無傷だったそうです。力を抜いていたから、助かったと警官に言われたそうです…

私はこの本を読んだ数日後に、
体の使い方をまなぶワークショップに参加するタイミングでしたので、
この自動車事故にあった彼女のレッスンは、私にも必要なものだと感じました。

自分の人生を生きていない、と感じているけど、どうしていったらいいのかわからない方。あなたの自然治癒力を目覚めさせるホメオパシー療法が助けとなるかもしれません。ご興味のある方はこちらのHPから、どうぞ:

https://arnicahomeo.wordpress.com

直感に従う

姫路の山間部に越してきて2年が経ちました。

東京からここへ移り住むという一大決心をしたのには、
東日本大震災があったからです。
当時は東京に住んでいましたが、
地震で波のように揺れる電信柱をみながら(東京でもそのくらい揺れた)、
そしてテレビで何度も流される津波の映像をみながら、
明日がいつも来るとは限らない、を実感しました。

いつまでも同じように暮らせるわけじゃない、
いつかやろうと思ったことができるのは今かもしれない、
だから後回しにしないで望むように暮らそうと夫婦で決めました。

ここに越してきてから、
知り合いもツテもなかったこの土地にどうして?とよく尋ねられます。
本当に自分達でも、ここを探し当てたことが不思議です。

引っ越すことを決めても、
日本国内で自然豊かなとこならどこでも良かった私達。
選択範囲が広すぎて逆にものすごく迷いました。

当時は原発事故の放射能の影響を考え、
引越すなら西部へ、というのが唯一の条件でしたが、
それにしてもせまい日本であっても、候補となる場所は無限にあります。

選択肢にあがってくるのは、以前に旅行などに行って、好意を持った場所。
そういう場所は幾つかありましたが、
観光で訪れるのとは違っていざ住む、となるとう〜む、
という感じで心が納得しない。

結局は具体的な条件を足さないと絞れないので、
我が家には必要な「国際空港からそんなに離れていない場所」を選ぶことにしました。
そうなると、関西空港と福岡国際空港のある場所の近県ってことになります。

それですぐに思いついたのが兵庫県でした。
なぜ兵庫かというとものすごーく単純なのですが、
その頃まわりに兵庫出身の人が二人(別々の知り合い)いて、
その二人とも気が合うと感じてたからです。
彼らは神戸の出身でしたが、
もしかして兵庫って私達と気が合うかもと思ったのです。

その後、連休を利用して数泊しながら、
兵庫の田舎をめぐることにしました。

宿泊先はこの際だから古民家を体験してみようと、
行先と古民家をキーワードとして検索したら、
最初のページに、現在住んでいる我が家の売り家情報がヒットしたのです。

東京の10分の1以下(!)の値段で売られていた古い家、
間取りも載っていました。
その間取りが、私が常々希望していた平屋。
しかも家の裏には川まで流れているし、
ありがたいことに畑までもがついてきます。

ということで、住む地探しは、
いきなり具体的な不動産物件を見に行くことから始まりました。

実際に家をみたときは、
あまりの古さとぼろさにかなりひいたのですが、
しかし環境とお値段(安い)が素晴らしすぎ。
可愛い里山という感じで、その集落ともすごく「気」が合うと感じました。

その後は数日かけて、他の兵庫内の土地等も訪れましたが、
この家がある場所ほどは気に入りませんでした。

旅行の最後に、
もう一度この家に戻ってきてじっくりと眺めることにしました。
ここが住む場所だろうと直感的に感じてはいたのですが、
あまりに衝動的な気がして(最初に訪れた最初の家だったので)、
自分の直感を疑ってました。

決めかねてぼんやりと家の裏の畑にしゃがんでみたら
クローバーが生えていました。
それで思わずお願いしました
「神様、この家を買う選択が正しいなら、ここに四葉のクローバーがあってください」。

そうしたら、はい、あったんです、
その茂みに四葉のクローバーが1本。
すぐにみつかりました。

うっそー → それでも自分の直感が信じられないヤツ。

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(↑クローバーのあったところで、カマキリをいじっているニャンコ)
その後購入までに少しジタバタしましたが、
クローバーをみつけた日から6ヶ月後には我が家はここに移り住んできてました。

今ではこの移住は、これまでの人生の中で最上位に入る良い選択だったと思っています。

潜在意識と合致した選択をしているときって、
偶然なども重なってどんどん物事が動くってことを再認識した出来事でもあります。

直感に従う、大きな決断ほど大事なことだと、振り返って思います。

猫の魅力

生まれて初めて猫を飼って、猫じゃらし(おもちゃ)で遊んだとき、
猫ってまるでドンキホーテのようだと思いました。

私が振る猫じゃらしを、獲物のように追ってつかもうとするその真剣さにぐっときました。目の前にいる小さな猛獣、この生き物と同じ空間(しかもせまい!)にいるなんて、まるで宝石を手にいれたようだなと。

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人間がボール遊びを真剣にやるのと同じで、猫もじゃらしと知りつつ遊んでるのが、今はわかっているけど、それでも猫は、いつも真剣だなと思います。

自分の身を守るのに隙がなく、つねに警戒態勢のスイッチが入る。だからそんな猫が気をゆるして眠っていたり、だらっとしているとなんだかものすごく幸せな気分になります。

静かに優雅に歩く様子、丸くコンパクトに収まる姿に大げさでなく神秘すら感じる私です。

私の住んでる辺りで、木の関係の仕事をする人々は、仕事に出かける朝に”黒猫”をみるとそのまま家に引き返して、その日は仕事をしなかったそうです(黒猫がいると、山で木を切り出したりするときにケガや事故が起こる前触れとされていた)。

猫は20年以上生きると化け猫になるとかいわれるし、古代エジプトでは崇拝されていたこともあるし、なにかやっぱり不思議な世界とつながっているのでしょうね。

何がいいたいのか、いや、もう単に猫がかわいいだけです(名前はミヌです)。

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飼い猫など、その他動物にもホメオパシーは使えます。ホメオパシー療法にご興味のある方はこちらのHPへどうぞ:http://arnicahomeo.wordpress.com

校長センセイのこと

私が勉強したホメオパシー学校の校長について常々思っていることがあり、それを書いてみます。

この校長さんは、イギリス人の男性でオックスフォード大学をでられた優秀な方なのですが、最初に会った日に特別な印象を受けました。

私が最初に彼をみたのは、半年ごとに行われる学校の東京でのセミナー(いわゆる学校のスクーリングのようなもの、3日間行われる)でした。
入学後初めてのセミナーだし、校長に会うし、しかも英語で行われるので(ちゃんと通訳されます)、とにかく少しどきどきしていました。
ところが、彼がしゃべり出してすぐに「ん?…ん?」「え?何?! 声、ちっさすぎ〜」、これが最初に思ったことでした。

校長さんは、スマートというよりペンのように細く、お顔も細く、そして声も細かったのです…
「覇気がない….」聞きながら、文字通り苦笑していた私なのですが、そうなんです、私は恥ずかしながら偏見があったんです。

校長や社長やトップに立つ人は、ダイナミックで多少なりともカリスマ性があって、人を引きつけるものだという偏見。
だから、覇気を感じない、声が小さめの我が校の「校長」に肩すかしをくらったようでした。

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けれどセミナーが進んでいくうちに、私の思いは全く違うものになっていました。
参加者からのある質問に、彼はさらっと「そのことは、すみません、わかりません」と答えたりします。
参加者の別の人がある項目について自分の考えをとうとうと述べたのを聞いたとき、校長さんは「ああ、そうですね、そうかもしれません」とさらっと大げさでなく真摯な態度で答えます。

これまでみてきたセミナーやら講演を行う人、いや学校の先生であっても、
自説を押し付けてこない人、わからないとさらっと答えられる人、あいまいなことをわかったように言わない人を私初めてみたかもと思いました。

わからないことがあって「わからない」という講師の人いたかもしれません、でもその方々はわからないと言った後で足しました、「それはわからないけど、でもこうであーで、だから自分はこれだけ知っていてこうであーで」。

それがこの校長さんにはなかったのです。わからなかったことは、
「わからない。私はそれについて知らないから、誰か知っている人いますか?」と皆にさらっと聞いたりする…「わからないので、調べときますね」と言ったりも、
それホメオパシーのことなので、ここで知らないって言っちゃっていいんですか、あなた校長さんですよね?、私の方がドキドキしました(今となればそれがわからないということは知識がないわけでもなんでもないとわかるのですが)。

かといって彼が知識が不足しているってことは全くなくて、ものすごい豊富なしかもレベルの高い知識をさらさらと
力も入れずに披露していくんです。そのときの彼の態度に、自然体というよりも謙虚さのようなものを感じました。

なんだろう、これ?!この感じ。
もしかしてこれが「ホメオパス」という職業の人なんだ… 私にとってこれは一種の衝撃でした。

その後この学校で学べば学ぶほど、彼の豊富で高度な知識を垣間みさせてもらっているのですが、
奢らない(無意識なんでしょうが)その態度と謙虚な感じに、大げさではなくて毎度、頭を垂れる私です。
ごり押しである知識が正しいという主張はなくて、いつでも公平に冷静にものを判断しようとするその態度と知性。

私が生まれて初めて対面したホメオパスが彼のような人であったこと、ありがたい限りです。

(後記:彼が校長だったISHLは残念ながらその後閉校しました)

そして私は、現在ホメオパスとして活動しています。ご興味があればHPへもどうぞ:

http://arnicahomeo.wordpress.com