わたしの心が晴れない日がありました。
気分が冴えなくて、傷ついたような沈んだ気分の日でした。
前日は、心が浮き立ってなにもかも順調で明るく楽しい日だったのに(苦笑)。
気分が冴えない理由を探るならば、自分の中の弱さ(プライドとも言える)が
傷ついたからだとわかっています。
そしてそれが何を私に教えてくれてるのかもわかっていて、
それで私はどうするのか、ということまでわかっています。
大きな心の問題が起きたわけではなくて、だから泣くようなことでも、
怒るようなことでもない、ただ、ほんのちょっと気分が落ちるようなことがあったのでした。
冴えない気分のまま空をみあげると、空もすっきりしない様相でした。
雲が薄〜くたちこめて、明るさがどこにもなくて、雲の輪郭がわからず面白みがない、
雨が降りだしそうな暗さでもない、どよーんとした空。
わたしの心をみせられてるような空でした。
あ〜、心と同じように、空もいつも明るく冴えてるとは限らない、いつも美しい空とは限らないよな。
でも、再び、また明るいスカッとする空や、美しい雲のパターンをみれることもわかってる。
そうやって、全てが流れ、事象が起こり続けてるとわかってるけど、
それでも、わたしは心の平安を求めてる。
一時的にじゃなくて、ずっとずーっと心が安らかだったら、
もしくはずーっと心が明るいままだったらよいのに、とどこかで望んでいる。
そんなことを思いながら寝る前に瞑想していたら、こんなインスピレショーンをもらいました ↓
「ほんとうのわたしたちは、
気象現象を見上げる側じゃなくて、
気象現象を見下ろす天空の方だよ」
あら、すみません、そうでした(汗)。
ほんとうの私たちは、
さまざまな気象現象が起こるその「真下」で生きてる存在じゃなくて、
気象現象の影響をいっさい受けない
そのはるかかなたの揺るがない「天空」の方でした。
天空は、
そこで雲が増えようと、雷が鳴ろうと、豪雨になろうと、
太陽が休みなく照りつけようと、なんの影響もうけない。
それらの気象現象の移りゆくさまを、ただ眺める存在。
私たち「人間」は、気象現象の起こる空間で、その影響の下でいきていて、
空模様と同じように、変化しつづける落ち着かない心模様を抱えて生きている。
そんな変化し続ける毎日の心の動きに疲れるな〜と思ったら、
ほんとうの自分は、永遠に平安な「天空」の方なんだと思い出すと、
心の動きを達観できるかもしれません。

↑ 達観したせいか(?)、今日はすっきり雲一つない秋晴れです。
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