なるようになります

大好きな恋人と別れたけど、なんとかやり直せないかと頭を悩ませていて、毎日彼のことを考えないようにするのが難しいというご相談を受けました。

好きな人と別れるの、とてもとても、つらいですよね。

でも、その女性がどんなにそれで苦しもうと、

その女性と相手の男性が共に生きるようになってるなら、いずれにしろうまくいくので(そうならない運命なら、どう頑張ってもそうならない)、

相手のことばかり考えて時を過ごすのではなく(自分のエネルギーを相手にばかり向けないで)、今は自分の人生でやれることをやりましょう(自分のエネルギーを自分に戻す)ということをお話しました。

伴侶とか進路とか人生での大きなイベントは、魂が生まれてくる前に決めてるそうですから、自分で変えられないことにジタバタしても本当に仕方がなく、

とにかく、なるようにしかならない、のです。

私の恋愛の例でいいますと、(過去世が視える人にみてもらったら)私とダンナさんは今世で3回目の縁だそうです。

過去世でうまく添い遂げられなかったので、今回で終わりにして完了しなさいね、ということらしいです….(苦笑)。

私はダンナさんとパリ市内にある図書館で知り合いました。

図書館の私が座った大きな机の隣の隣に彼が座っていました。

私がトイレかなにかで席を立って、彼の後ろを通ったときに、彼の机にひろげてあった、日本語の本が目に飛び込んできました。

川端康成の本でした(日本語に興味があって一人で学んでた)。

海外にいるときアルファベットが壁紙みたいに風景に溶け込んでも、母国語だけはクリアに直接目に入ってきます。

私たちはその机で知り合ったのをきっかけにつきあうことになったのですが、最初に会った瞬間から彼には特別な感じを受けました。

ときめくようなロマンチックな感じではなくて、あーこの人だな、みたいなしっくりくる感じです。

後づけの言葉でいうなら、魂が懐かしい魂と再会したみたいな感覚なんだと思います。

そして彼が仕事で日本に来れるように動き、先に帰国してた私と二人で東京に住むことになったのですが、暮らすうちにだんだんうまくいかなくなり、別れることになりました(汗)。

私は直感的に彼と一生いると思い込んでいたので、かなり傲慢な態度でいたと思います(何をしても別れないと思っていたので)。

私はそのとき浄化していない心の問題も持っていましたし、他にも様々な未熟さがありました。そして彼にも色々あったと思います。

別れることになった流れは理解しても、私は別れという現実がなかなか受け入れられなくて、かなり苦しみました。涙もたくさん流しました。

その後は、別々に住み別れた形態でしたけど、なんとなく連絡したり、たまに会ったりして友達のようにつながっていました。

その間、軽くつきあった人もお互いいました。

確かそれから1年後くらいだったと思います。

彼は仕事でドイツに行くことになりました。

彼が日本を離れるということは距離的にも遠いし、もう日本に戻る機会はないかもしれないので、それで完全な別れになる可能性がありました。

これを機に結婚してビザを取り私がドイツについていく話もでたりしました。私はそれがいいと思ってました。

でも彼はそれを選択しませんでした。

そして彼はドイツに一人で発ち、私は海のそばの町に引っ越して自分の人生を楽しむことにしました。

彼とのことは直感で一生を共にする人と感じていたけど、現実にはそうならなかった、完全にあきらめよう、と思ったのでした。

彼とは完全にサヨナラのつもりでした。

それで1年くらい経ったと思います(メールは時々やりとりしてましたが)。

そしたら彼から、次の長期休暇で私のところに遊びに来たいと連絡が入りました。

それで再会し私たちの関係は復活し、数ヶ月後には私もドイツに渡りフランクフルトの市役所で結婚のサインをしたのでした。

彼と過去世で既に2回縁があったと知ったのは、随分、後のことです。

私の直感は正しかったということになりますが、でも彼と結婚するまでには、かなりの回り道をしないとならなかったわけです。

別離を経験して、お互いが成長した状態でないと、結婚できないようになっていたのでしょう。

だから、別れがあったり、海外という遠距離も必要だったんだ、と後からわかりました。

その前にもし結婚という形を取っていたら離婚という結果に終わり、今世でもこの縁は失敗することになったのでしょう(苦笑)。

ちなみに結婚してからも、過去に2回失敗してる縁だけあって(汗)、揉めたり喧嘩したりしながら、たくさんのことを学ばせてもらっております(苦笑)。

ということで、ながーい身の上話でしたが、なるようになる、のです。

冒頭に書いた彼女と彼の今世での縁がどのようになっているのか、わかりません。

でもいずれにしろなるようになる。

そして全てうまくいくように出来事は起きてます。

だから、安心して、自分の目の前のことに一生懸命になっていればよいと思います。

この時期は、新緑と緑のグラデーション&空とのコントラストが美しい〜

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そう言われても、失恋からなかなか抜けだせないで苦しんでるあなた、ホメオパシーやカウンセリングでその苦しみを癒して、幸せに向かっていけるようお手伝いできるかもしれません。

詳しくはHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

ネガティブを増幅させない

嫌なことがあったり、嫌な人に出会ったりしたときに、

そのことについて考えていると、どんどんマイナスな世界に引っ張られていくって知ってますか?!

嫌なことを頭の中で再現・反芻すればするほど、ネガティブが増幅していきます。

引き寄せの法則的にそうなるのです。

起きた嫌な出来事自体と、そのとき生じた感情は消せないとしても、起きた出来事に対するネガティブ量を増やさないで、最小限に留めておくことはできます。

過去に起きた嫌なことを何度も思い返せば返すほど、ネガティブ度は増していきます。

傷は浅いほど治りが早いと誰もが知ってると思いますが、ネガティブな出来事もほじくり返さないで小さいままにしておけばあなた自身への影響は小さくて済むのです。

ということで、

嫌なことがあったときは、

その出来事を小さいままで終わりにするのをお勧めします(何度もそのことについて回想しない)。

もしできるなら、そのことが何を自分に教えてくれてるのかな〜、とありがたい気持ちでその出来事を理解するようにしてみます。

嫌な部分にフォーカスしないで、そこで気づくべきことのほう(ありがたい教えの方に)フォーカスするのです。

とはいっても、いつもいつも、そんな冷静に物事に対処できるとは限りません(汗)。

そういうときは、嫌な出来事を頭の中で繰り返し考えないよう、瞬時にプラスの方に思考を向けるツールを確保しておくのをお勧めします。

プラスの方に向けて気持ちが明るくなったら、嫌な出来事のネガティブ度合いは小さく感じるし(大したことでもなかったな、とか)、その出来事自体を違う視点でみることができるようになるからです。

ネガティブな事柄は、拡大しない、ミニマムにとどめる、ことです。

私が瞬時にプラスにいけるツール、いくつかありますが、最近よく使ってるのは、

以下のニャンコ関連のSNSです。

頻繁に更新されるので毎回新鮮な気持ちでみれるし、毎回瞬時にプラスの方に連れていってくれます:

ここにゃさんTwitter : 猫を可愛く撮る才能が半端ない、さらに写真とコメントのマッチングが天才的、飼い主さんのご飯の写真もいつも美味しそーです。

やしゅうさんTwitter: 自分より体のでかい猫達に囲まれて育っていく赤ちゃんの世界、どんな感覚なんだろ〜とワクワクします。でかいのに可愛い猫たちにも癒されます。

石田ゆり子さんのインスタ:コメントが絵本のようで心に響く&素敵。石田さんちの動物達がまさに彼女みたいに可愛くて優しそうで時々見ながらもだえます(汗)。

↓ たまたま訪れることになった教会のお庭にさいてたカモミールの茂み。お花も瞬時にポジティブに導いてくれるツールです。

そういわれても、ネガティブなことが頭から離れず何度も思い返したり、時にはそれを思い出して眠れなくなったりする方。

ホメオパシー療法またはカウンセリングで、その思考回路を変えることができるかもしれません。

ご興味のある方は、HPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/


そぐわない感情

その日は土曜で、息子の部活の試合の送迎当番で、午後まで外にでていました。

お昼も食べないで息子と直帰して、台所へいったら、ハンバーグの残りを平らげたお皿が置いてありました。

そのお皿の中身は、翌々日に息子が修学旅行に行く日のお弁当のおかずとして、とっておいたものでした。

細かくいうと、ハンバーグを夕食に作った日に、ハンバーグのタネで小さなミートボールをつくりソースで煮込んでおいたものでした。

空のお皿におののいてる私にダンナさんが笑顔で、

「ハンバーグ美味しかった!」

と声をかけてきました。

なぬっー!!(怒)← 頭の中では彼に飛び蹴り中。

いつもの登校時間より早くでる&その日は私も朝から仕事で時間がない、ために仕込んでおいたメインのおかずを、こいつめー!

「あれは、お弁当のおかずとしてとっといたの!!明後日、お弁当つくらなきゃっていう話したでしょ!!」

顔が青くなるダンナさん…. VS 顔がどんどん怖くなる私

「ただのハンバーグの残りじゃなくて、ちゃんとミートボールの形にしてたでしょ、食べるときに、残り物にしてはおかしいって思わなかったの??!」

彼「えっ、確かに、おかしいな、なんでわざわざ、こんなに小さくしたの?!って思ったけど…」

「うそでしょ!!しんじらんない!! 他のもの食べないで、なんでわざわざ、これ食べんの??!」

ひたすら謝るダンナさん VS ひたすらののしる私

結局、罪(?)ほろぼしに自分がおかずを作るよといいだし、ダンナさんが次の日煮込みハンバーグを生まれて初めて作り、無事に息子のお弁当のおかずになりました(無理やり作らせたわけではありませんので、念のため…)。

他人にとってはどうでもいいようなこの出来事ですが、何で私はこんなに怒ったんだろう、と、いつものように内省してみました。

私の怒りの「元」は、短くまとめると、以下の2つでした:

・私がちゃんと想定して物事を進めてるとダンナさんには理解されてない(だから食べちゃった)

・先を想定して作り上げたものが報われなかった

この2つは感情でいうと「落胆」みたいなものです。

落胆が怒りとしてでてきてたのでした。

今の私にこのようなことが起こったことも意味があるので、それについても考えてみました。

この出来事で私は何に気づいたらいいのかな〜って俯瞰してみたのです。

そしたら、次のことに気がつきました。

取って置いたお弁当のおかずを食べられた、という本来ならちょっと笑える出来事に対して、今回の私の怒り=落胆は、自分からみても、全く「そぐわない」ものでした。

目の前の出来事と比べて、起きてる感情がそぐわないときは、そこに不要な感情がのっかってる、ということでもあります。

例えば、怒りのマックスを10という数字で表すと、

もし私がコツコツと貯めてきたお金を勝手に使い込まれたら、

怒りのレベルは 7 とか 8 が妥当かもしれません。

でも、冷蔵庫にとっておいたおかずを食べられた、に対する怒りは、1かせいぜい2くらいの怒りが妥当でしょう。

なのに、私は今回、5 か 6 くらいで怒っていたと思います。

って、ことは、全く目の前の出来事と「そぐわない」怒り=落胆なわけです。

私がこのそぐわない落胆の度合いから気がついたのは、

私はお弁当のおかずの想定に、「力をいれすぎてる」「プレッシャーを自分にかけすぎてる」ということ、でした。

つまり、今回のおかずが食べられた事件は、私に、

ー入念に準備しすぎてるときは、自分にプレッシャーをかけてるときだよ

ー想定しすぎると、その通りにならないと、過剰に反応してしまうよ

と教えてくれたのだと思いました。

まだまだ肩の力を抜くところが、いっぱいです(汗)。

しかし、おかげで、今度からハンバーグはダンナさん担当のおかずになりそうです。しめしめ(笑)。

↑ ちゃんと飲み水をあげてるのに、一輪車にたまった雨水を想定外に飲むスコッチ。何も想定しない猫のようになりたいものです。





ちょこっとカウンセリング 4月

ちょこっとカウンセリング 4月の日程のお知らせです:

4/17(水)加古川市 Cafe de 秀さん 店内個室 にて

料金: 4.000円税込 
*バッチフラワーレメディを処方してほしい方は + 500円となります。

3つの時間帯の中からお選びください:

①9:00〜11:00

②11:30〜13:30

③14:00〜16:00
ーーーーーーーーーーーーーーーー

4/24 (水)姫路市安富町 ネスパル安富 3F 第二研修室 にて

料金:3500円税込 
*バッチフラワーレメディを処方してほしい方は + 500円となります。

①9:00〜11:00

②11:30〜13:30

③14:00〜16:00

ーーーーーーーーーーーーー

単発のカウンセリングです。

カウンセリングにかかるのに抵抗があったり、これまで縁のない方も多いと思います。

でも、心の問題は一人だとなかなか前に進めなかったりします。

体の痛みと違って、心の痛みは避けようと思えば避けてしまえるからです。

そういうときには、第3者の手伝いがあるとかなり楽です。

問題に向き合うのが自分であることに変わりはないのですが、向き合い方や問題がなにかを客観的にみるアドバイスをもらえるからです。

部屋が大混乱なときに、これはどこに収納して、この箱は不要だから捨てて、と一緒に片付けを手伝うようなものが、このちょこっとカウンセリングです。

ということで、

頭の中を整理したい、

ある問題でひっかかっていて解決の糸口をみつけたい、

自分を変えていきたいけど何から手をつけていいかわからない、

日々の悩みを聴いてほしい etc. というような方、

この機会に、カウンセリングを受けてみませんか。

*注:心理学的なアプローチのカウンセリングではありません。
あなたの心の問題がどのように作られていったかを一緒に探り、問題の源に本人自身が気づくことで癒しへとつながるようなカウンセリングです。

必要そうな方には、バッチフラワーのレメディを処方します(+500円となります)

問い合わせ先:

customerarnica@gmail.com

申し込まれる方は、

氏名

電話番号

ご希望の場所と時間帯 をお知らせください。

いつも通る道に水仙が満開です。
道端の水仙 イコール= 里山に住んでる〜を実感します。

1つの偶然もない・実例

1つ前の記事、この世で起こってることは実は1つの偶然もない、の最近起きた実例を記事にしたいと思います。

ある方のカウンセリングをしたときのことです。

クライアントさんでカウンセリングのみの方は数でいうと少ないのですが、

ホメオパシーのレメディを使う習性からか(?!)、カウンセリングだけでなくバッチフラワーレメディも出してあげると癒しが進むだろうと思うことが多いので、カウンセリングのときはバッチ38種のレメディも車に積んでいきます。

ところがこの日は現場についたら、バッチフラワーを小分けにしてお渡しする”遮光瓶”を持参するのを忘れてしまっているのに気がつきました。

車に積むときに、遮光瓶も入れとこ、とちゃんと意識したのにもかかわらず、です。

あっちゃー、あ、でも、遮光瓶を忘れたってことは、多分、今日はフラワーレメディは必要ないのかも、とすぐに思いました。

けれど実際にカウンセリングをしてみると、心が思ったより膠着してる状態で、これはカウンセリングだけでなくバッチフラワーをお勧めしたいケースでした。

その方がマイボトルで飲み物を持参していれば、そこにバッチフラワーレメディを垂らしてあげれたのですが、あいにくお持ちではなく、どうしようかなと思ったら、

私が未開封のミネラルウォーターボトルを持っていました。

ですので、そのボトルを開封して必要と思われるレメディを垂らし、カウンセリング後もそのボトルの水を少しづつ取ってもらうようにお願いし、終了しました。

そしたら、次の日、その方から連絡がきて、

そのバッチフラワー入りのミネラルウォーターのボトルを、(少しづつ飲むために保管で冷蔵庫に入れてたら)家族の方が間違ってゴクゴクと半分以上も飲んでしまった!(汗)とのことでした。

そこで、やっと、私は自分が遮光瓶を忘れて、バッチフラワーレメディをその方専用の遮光瓶でなく、ミネラルウォーターのボトルで渡すことになったことに合点がいったのでした。

それは偶然ではなく、レメディ入りのお水を飲んだご家族の方も、そのレメディを必要としていたということなのでした。

カウンセリングを受けることになった根源の問題はお聞きしたところ家族全体にも相当に影響を与えていたので、カウンセリングを受けた方だけでなく、冷蔵庫をあけてその水をごくごく飲んだご家族の方も癒しが必要だった、というわけなのです。

そっかー、だから、遮光瓶でなく、あの人にはボトルで渡すことになってたんだ〜

その方法でないと、そのご家族がレメディを飲むということは起こらなかったでしょうからね。

ということで、改めて、偶然はないな、と深く感じ入ったのでした。

何年も前に読んだスピリチュアルな本の中で(誰の本かもタイトルも覚えてませんが)、

この世は、各人の人生の糸が精巧に編まれた1つのタペストリーのようなものだ、というようなことが書かれていました。

そのとき、そのタペストリーの意味がよくわからなかったのですが、

今年になってその意味がわかりました。

上記の出来事でいうと、

私の人生の糸は、バッチフラワーレメディをそのクライアントさんに渡しその家族の方もそのレメディを飲む箇所で、彼らの人生の糸と一緒に織り込まれています、

そしてまた私の糸は違う模様を織り込むために他の方々の人生と絡んでいきます。

クライアントさんの糸やそのご家族の糸は、レメディを飲んだあと、また違う模様を織り込むために他の様々な方の人生の糸と絡んでいきます。

この世 = 全ての人の人生

つまり、この世は、各糸が織りなしてできてるタペストリーのように複雑に絡み合ってるけど全体で1つの作品と言えるのだと思います。

この世を編んでる(創造してる)のは、神さま=大いなる力、創造主、です。

この世の複雑なタペストリー、どんな細部も神さまが製図し作成してるというわけです。

ですので、このタペストリーは完璧で、すべてうまくいってるのだと言えます。

そういう視点で、毎日の出来事をとらえてみると、全てがミラクル〜、

ワクワクします、神様が全て気にかけて仕上げてくれてるので気が楽ですよ〜

↓ 洗濯物干し場のジャリの間に、一輪だけりりしく咲いたスミレ、美しい(肝心の花がピンぼけなのもまた意味がある…汗)。

ーーーーーーーーーーーーー

この記事を読んでも、いいえ、全然気が楽になりません(汗)、という方は、
ご自分への癒しを受け入れたら、気が楽になります。
この記事を読んだのも、偶然ではありません。よろしければ、お手伝いさせてください〜

カウンセリング、ホメオパシー、最近はバッチフラワーも使って癒しをお手伝いしています。

興味を持たれたかたはHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/


自画自賛 e-mail のススメ


ホメオパシーのコンサルテーションで、

落ち込んだときの対処法についてお尋ねすることがあります。

落ち込んだときの対処法は、人それぞれ、

その対処法にその人らしさが表れてくるので、それもレメディを判断する1つの材料となります。

落ち込んだときの対処法への回答で多いのは、

・友達とお茶する、おしゃべりする

あとは、

・寝る

という答えも意外と多いです。

他には、

・美味しいものを食べる

・買い物する

・スポーツする

といった回答もあります。

さて、落ち込んだとき、といっても色々な状態の落ち込みがあると思います。

人にひどいことを言われたり、されたりして傷ついた落ち込みもあるだろうし、

自分や家族にあまり良くないことが起きて気分が塞ぐという落ち込みもあると思います。

今回の記事のタイトル ”自画自賛e-mail ” は、

「自分に自信をなくして落ち込んでるとき」

におすすめの自分でできるセルフセラピーです。

やることは簡単、自分宛にe-mailを作成します。

宛先:自分のe-mailアドレス

件名:素敵なXXへ (XXは自分の名前)

または  大天才のXX へ  みたいに自分を褒め称える件名にします。

そして本文: 

XXさん(自分の名前)、あなたは本当に素晴らしい。

あなたは賢く、美しい/かっこいいとか、なんでもいいから、自分をほめまくります。

X月XX日、XXをして、それはとても上手にできた、とか、あのときの考えは天才的だ、みたいに具体的に実際やったことをほめてもいいですし、

外見や容姿を褒めるのもいいですし、

才能や性格、性質をほめるのでも、なんでもいいです。

とにかく、自分を自分でほめてほめまくります。

思う存分褒める文章を書いたら、最後に、そのe-mailを送信します。

何件、送信しても大丈夫、気の済むまで自画自賛します。

この自画自賛e-mail は、受信してもすぐに開けないで、少し時間をおいてから(もしくは次の日)開封するとより効果的です。

なぜかというと、

書いたときに一度自信をもらって、

しばらく時間をおいて自信が少し薄らいだ頃に、再度受信メールで自信をもらえるからです。

数日置いた場合は、自分で送ったことを少し忘れかけてるので、そこで開封すると、まるで別の人から賞賛されるメールを受け取ったような気にもなれたりします。


自分で自分に自信をつけてあげられるこの簡単な方法、オススメです。

自画自賛e-mailを作成してると、ああ、自分はこういうところを大事と思っていて、そこを褒めてほしいんだな、というのもわかって、自分が愛おしくなります。

あー かわいいやつ、だなと(苦笑)。

↑ 台所の窓から毎朝みる風景。山と山の間にみえる空の多彩さにいつもみとれます。手前にはご近所さんの梅と桃が満開。ウグイスも鳴いていて、いつのまにかしっかり春になってます。




愚痴と相談

私は、長いこと、人の話を聞くときに、

愚痴   

相談  

の違いがわかっていませんでした(汗)。

正確にいうならば、2つの違いを分けずに聞いていました。

人の話をお聞きする仕事なので、そして私にお金を払って話をされる方は、

身体的もしくは精神的症状を改善させたい方なので、それはいわゆる「相談」ということになるのですが、

それ以外のプライベートで人の話を聞くときも、つい習慣的に「相談」を受けてる姿勢になってしまって、真剣に聞きすぎたり、相手が求めてないアドバイスをしたりすることが多々あったのです(汗)。

しかし、愚痴は聞くだけでいいものなんだとあるとき、わかりました。

「聴く」のではなく、単に「聞く」だけでよいのです。

聞いてもらえれば、満足するのが、愚痴 です。

部屋のゴミで例えるなら、

愚痴は、何もしなくても自然とたまってしまうホコリとか、自然と落ちてる髪の毛のようなもので、

ふっと吹けば飛ぶとか(そしてまたそこに落ちる….苦笑)、さっと掃いたり、掃除機で吸えばなくなるゴミのようなものです。

相談のほうは、

ふっと吹いても飛ばないゴミ、さっと掃けない&掃こうという気を起こせないゴミ、掃除機で吸えるような形状ではないゴミといえます。

相談の対象となるのは、大きすぎたり、一人では動かせない、どうやって掃除したらよいかわからないそんな心のゴミ、と言えます。

と、いうことで、愚痴のほうは毎日たまるホコリのようなものですから、

毎日軽く掃く=気晴らしするとか、スポーツで発散させたり、少したまってきたら友人とのおしゃべりで聞いてもらって笑い飛ばして解消みたいにするとよいと思うのですが、

自分が人に話す話題の大部分が「愚痴」だったり、

毎回人に会うたびに、同じ内容の愚痴を繰り返し言ってるとしたら、

それは軽いホコリだと思った愚痴のその下に、相談レベルのゴミが隠れてるのだと思います。

それらは、

過去の固まったままの感情 や

不要な観念

であることが多いです。

それらが掃除されてないので、愚痴が延々と続くのです。

自分の話が愚痴ばっか、だと気づいた方、ちょっとした掃除をしてみませんか。

そんな方を対象に、近々、「心の掃除カウンセリング」みたいなものを企画してみることにしました。

ホメオパシー療法を使わないで、日常の悩み相談を受けるいわゆるカウンセリングをします。

とりあえず月に1回を、その日は集中してカウンセリングの日とし、

我が家の近くの安富町の会議室と、加古川で行おうかなと思っています(つまり月に2回)。

ホメオパシーと違ってレメディを使いませんので、安価で提供しようと思っています。

心療内科までいくほどのことじゃないし、ホメオパシー療法を受けるほどでもない、日々の悩みだけど、一人で解決するのは難しいみたいな方に向いてると思います。

また、第3者に話すことで自分の心を整理していきたい方にも向いてます。

詳細は、近々、Blog記事にてお知らせすします。

↓ 我が家の一足早い春の訪れ:ニャンコが野ネズミを連れてくる(悲鳴)。
かわいそうですが、野ネズミさんお亡くなりになっております…..

 

↓ こちらも春の訪れ。ご近所さんの猫が生んだ子猫を抱っこさせてもらいました。少し年のいった猫なので生んだのはこの一匹だけ。いつも子猫生まれたら里親にだしてたけど、1匹だけなので今回はこのまま育てるそうです。
生後1ヶ月、キャワユーイ💛💛💛

 

 

 

服を選ぶ基準

少し前にみたフレンチ恋愛コメディ映画(Bienvenue en Suisse 2004)の中で、服について、へ〜面白いと思うところがありました。

その映画は、スイス人とフランス人の違いを面白おかしく描写するみたいな作品で、フランスに暮らしていたスイス人男性=ティエリーが亡くなった祖母の葬儀でスイスに戻り、そこで祖母の莫大な財産を譲り受けるために親戚のおじさんたちに気に入られようと行動していく話です。

ちなみにスイス人とフランス人の違いですが、スイス人はゴミを捨てないで持ち帰る、フランス人はゴミをそこら辺にフツーに捨てる、とか(苦笑)、

スイス人は約束の時間ぴったりに来る、フランス人は遅れて到着するのが礼儀(迎える側があわてないように)みたいなところがあります。

要は、きっちりしたスイス人と、だらーっとしたフランス人みたいな構図です(苦笑)。

そんな中で、ティエリーが財産をもらうために スイスの親戚のおじさんたちに気に入られようと、典型的なスイス人の格好をしてトレッキングするシーンがあります。

スイス人ぽい格好というのは、登山用品ブランドの Mont bell(モンベル) とか Columbia(コロンビア)のようないわゆる山登りの服装です。

(Au Vieux Camper からお借りしました↓)

山登りの服装をスイス人いとこの男性が準備してくれていて、それに着替えて(それまではジャケットとシャツを着てた)ティエリーが皆の前に登場してくるのですが、スイスに住んでるティエリーの姉は、その格好をみて「いいわ、それ」みたいに言います。

でも、ティエリーの恋人のフランス人女性は、タバコをふかしながら、顔をしかめて、こんなことを言うんです(以下、私の意訳)↓

「なに、その格好?! スイス人女性はこんな格好に耐えられるの?!、(男が)こんな格好でいつもいたら私の性生活はムリだわ〜」

確かに、山登りの格好をしたティエリーは全然男としてセクシーではないのです(登山シャツはダボダボで下は半ズボンのどちらもベージュ、帽子は赤)。

そういう視点でみたら、映画の中で、ティエリーの恋人の女性は常にワンピースをきて女性らしくセクシーなんですよね。

実際、フランスの街中でも、大人の男性はジャケットとシャツのいでたちが多いし、女性も「女」を感じる服装の人が多いのは、そういう意識が服選びの根底にあるからなんだ、と妙に納得した私です。

確かにセクシュアリティを主軸として服が選ばれ、男女がそれぞれに魅惑的に暮らしていたら、そりゃ恋愛大国になってしまいますね❤️

実は、私も前回パリに行って滞在してる間に、街を歩く女性たちをみて、ああ、私も、もっと女性らしい格好したいな〜と感じた記憶があるので、なおさら彼女のセリフに納得したのです。

パリの女性たちがお洒落というより、女性性をちゃんと出してる感じがいいなって思ったからだと、この映画のセリフで気づきました。

もう何年も前に、日本でナチュラル系の服装が流行り出したころ(チュニックとかで体のラインを隠すようなかわいいと言えばかわいい格好)、

フランス人の男性ジャーナリストが、あの服装は女性性を否定してる格好だ、みたいな記事を書いてるのを読んだことがありますが、その記事も今回頭に浮かびました。

そのジャーナリストが、ナチュラル系の服装を、自然で楽な格好で自分らしく、とは解釈しないで、女性の部分を隠す(いわゆるイスラム女性のような)みたいに解釈したのは、上記のような服装選びの基準があったから、かもしれません。

ちなみに私のダンナさんはフランス人ですが、彼の服装選びはフレンチらしくなく、Tシャツとジーンズみたいなアメリカンな基準です

個人的な好みでいえば、私はシャツとジャケットのほうが好きですが、それを望むなら、私ももっと女性性を感じさせる服を着るのがいいのかも(冷汗)。

ダンナさんに服装の件でフランス人として意見を求めると、

「フランスでは50になっても女性は女性、そして年とろうが太ろうが女として生きてる。

でも日本では50になったらババア(口が悪くてすみません、汗)というカテゴリーの服を着て、ババアという意識で生きてるようにみえる人が多い。

フランスでは出産しても女性はいつまでも女性、でも日本ではママになったらママのカテゴリーの服装をして、ママとなって生きてる人が多い」

そこがフランスと違うと言ってました。

どの意識でどんな服装を選んでも、それでその人が心地よいならそれが一番だと思いますが、もし男性性や女性性がブロックされている状態で服装を選んでいるのなら、それを解放して服選びを変えたら、その人は非常に魅力的になるでしょうね。

日本も、パリやミラノみたいに魅力的な男と女のあふれる街になったら、カフェに座ってその街をみてるだけでワクワクしそ〜

女性性がブロックされてる人を対象に ”いい男といい女を眺めに行って、自分もいい女になるパリツアー”企画しようかな♪



不要なコード、入力されたままになっていませんか?

プログラミングで、コンピューターに実際にこうしてああしてと命令するために書かれるテキストのことを、コード/codeといいます。

今回の記事、もちろんプログラミングの話ではありません(私、門外漢です、汗)。

コンピューターはコードで指定された処理をせっせと機械的にこなしますが、

私達人間も、実は自分の中にそのようなコードをいっぱい入力(記憶)していて、コンピューターさながらに、その過去のコードにしたがった反応をしています。

つい先日ですが、ダンナさんが妙にイライラしてるので、なんでだろうと尋ねてみたら、

3万円ほどで購入した趣味で使うコンプレッサー(圧縮した空気で木の粉を飛ばしたりする機械)の空気が少し漏れてるらしく、それでイライラしてるのでした。

イライラして過ごしてるくらいなら、ただ単に対処して動けばいいのでは?

不良品なら販売元にクレーム入れればいいし、そうじゃないならどういう対処があるかネットで検索でもしたら?

と、話してみたら、

コンプレッサーでは微細な空気漏れは頻繁にあるらしいことがわかり、専用の修理テープが近所のホームセンターでも100円くらいで販売されていて、それを貼ったら何の問題もなく使えるようになりました。

しかも、冷静に彼のコンプレッサーをみたら、その空気漏れ対策の修理テープがもともと付属品でつけてあったのでした….

最初からよくみろ〜!(ダンナさんは説明書とか読まない人)

というたわいもない話のようにみえますが、

しかし、ダンナさんと話してわかったのは、タイトルに書いたような過去の不要なコードが彼の中に入力されたままになっていたということでした。

彼は過去にフランスで電気製品を購入したときに、使いだしてすぐに不具合がみつかった経験が何回もあって(日本ではあまりないでしょうが、海外でこういった経験のある人多いと思います)、

しかもメーカーに電話してもカスタマサービスで対応してくれなくて(これも海外でよくある)メチャクチャ腹を立てた経験も重なってしまっていたので、

それらの経験から、彼の中に

<購入した電気製品に不具合があると>

<メーカーにかけあっても>

<ラチがあかない!> 

<俺はやられっぱなしになる!>

というコードが入力されてしまっていたのでした(汗)。

私には幸いそういうコードが入力されていないので、不具合があるなら、メーカーに電話する、もしくは対策があるか調べる、と冷静に対処できるのですが、

彼には上記のコードが入力されているので、

メーカーに電話しても腹が立つだけ、

こういう問題はラチが明かない、という反応になって、それでイライラしたまま過ごしていたというわけです。

コンサルテーションでもお話を伺うとよくわかるのですが、どんな人も、こういう不要なコードをたくさん入力したままでいます。

例えば、子どものころ、親に、

お前は何をしても長く続かない

なんて言葉を言われた人は、そういうコードがそのまま入力されてしまっていて、

< 私はなにもしても長く続けられないんです> みたいなことをおっしゃるのです。

そして実際にそういう人生になってます(転職を繰り返す)。

なぜなら、その入力されたコードに従って反応したり自分の行動を決めていたりするからです。

私にもたくさんありました(今もあります)。

例えば、小学校の頃、校外にでて風景画を絵の具で描いていたのですが、下書きに時間を使いすぎて絵の具で塗る時間がなくなったので、とりあえず授業時間内に終わらそうと筆に絵の具をたっぷりとってばーっと勢いよく塗りつぶしていたんですね。

そしたら、そこにたまたま先生がきて、私のその塗りつぶし方をみて

あなたはザツだね!!

と、すごく批判的な口調で言ったんです(汗)。

そしたらそのとき  <私はザツだ> というコードが私の中に入力されてしまって、長いこと私はそのコードにのっとった行動をしてました。→つまり自分がザツだと思って、色んなことをザツにしてました。

ある日、自分の中のそのコードの存在に気づいて、デリート(削除)しましたけどね。

先生がみたあの瞬間の私の絵の具の塗り方は確かにザツだったでしょう、

でも私は全てにおいてザツな人ではないんだ、と、気づいて、あの日の先生のその言葉を消去したわけです。

そしてザツではない人になりました。

今回、ダンナさんにも、上記の不要なコードが入っていたことを説明して、そのコードはもう不要なのでデリートするようにいいました。

コンサルテーションでも、過去に入力された不要なコードをみつけたらデリートするようにお伝えしていますが、こういう不要なコードは自分でもみつけることができます。

不要なコードのみつけ方は簡単です。

今回のダンナさんみたいに、イライラしたり、感情がネガティブに強く動くことがあれば、そこにそういうコードが入力されてるということになります。

不要なコードをどんどん消していくと、生きやすくなります。

偏見がなくなって、素のあなたになっていくからです。

それがどんなに楽で生きやすくて、心地のいいことか。

是非、経験して欲しいです。

1人でコードをみつけるのが難しい方、ホメオパシー療法やカウンセリングでそのお手伝いができます。

不要なコードを外すだけでなく、新しい素敵ななりたいあなたになれるコードを入力することもできます。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

スコッチよ↓ ニャンコには、不要なコードはインプットされてませんよね?!

テーブルに乗るな〜、それから雑誌にも、そしてそこで寝るな〜



新年に


年末年始、恒例の行事を繰り返しているようでも、毎年なにかが違っているなと思います。

気候が違ったり、メンバーがちょっと違ったり、メンバー自身が年とともに変わっていたり、行事の規模が大きくなったり小さくなったり、材料や食べ物が少し変わったり。

いつもなにかが変化しています。

だから同じように見えても二度と同じものに立ち会うことはないんだな、と思います。

常に変化してる、それが人生の特長なんだろうなと。

だからホントは毎時間、毎瞬間が同じではなくて貴重なものなんだけど、いつもはそんなことには気がまわらずに、新年みたいに「時」を特別な瞬間として味わうときにだけ、ありがたいと思ったりします。

はい、今年も新年をこうして迎えられたことに改めて感謝します。

杵と臼でついたお餅でつくった小さな鏡餅。裏の木になってた小さな柚をのっけました↓

山からとってきた松と南天でつくったいつもの地味なお正月飾り ↓

今年もどうぞよろしくお願いします。