喜べない贈り物 続編

一つ前の記事と関連した内容になりますが、実は私も「喜べない贈り物」をもらっていた時期があります。

贈り主は義理の母でした。

義理の母は、なにか機会があれば贈り物をくれる人でした(既に他界してます)。

私の両親は誕生日ですらめったに贈り物をしない人達だったので(変人?!、苦笑)、私にとって贈り物をもらうということはとても嬉しかったのに、

義理の母からの贈り物は、

開けて “びっくり” → 正直いうと ”がっくり” な品物ばかりでした….

例えば、私が着ていた服は、無地もしくは柄でもせいぜい水玉やストライプ、花模様なのに、

ヒョウ柄の服をくれたり(汗)。

バンビ柄くらいなら着れそうですけど、なんで私にヒョウ!?みたいな(苦笑)。

私は 当時からカゴバッグ愛用者だったのですが、その私に

パンクロッカー?調のデザインの黒のテカテカ光るビニール製のバッグをくれたり(汗)、

アクセサリーも小ぶりなものしかつけてない私に、

動けばジャラジャラと音が鳴る大ぶりの複数のパーツが組み合わせてあるブレスレットをくれたり(汗)….etc.

今は、振り返ってわかるんです、

あれらの贈り物は、彼女から私への(無意識ながらの)こういうメッセージだったんだなって↓

「Akiko(私の名)、もっとはじけなさい!!!」(苦笑&泣ける)

あー、ヒョウ柄と黒いビニールバッグもって、ブレスレットジャラジャラ言わせてパツキンに染めて、義理の母に会いにいっとけばよかった!(笑)

でも当時の私は、そんなことに気づけるキャパはなく、

彼女からの贈り物を開封しては、彼女の息子であるダンナさんに、

「みてよ、これ! なんで、私にこれ選ぶかな?!」と文句言って騒いでました。

ダンナさんは自分の母に文句言われるのも嫌だけど、

プレゼントのチョイスの悪さにもうんざりしたような顔をして

「もう、わかった、それ、捨てといて!」

みたいな応答をしていました。

私は文句をいいつつも、贈られたものをすぐに捨てられなくて(贈り物をもらうことは嬉しかったので)、しばらく保管してから一度も使わないまま処分してました(結局、汗)。

かたや、私も誕生日やクリスマスに義理の母に贈り物をするようになりました。

最初は何をあげたらよいのかわからなかったけど、

直接尋ねて、紫&モーブ&ピンク系統の色が好きとわかったので、

そういう色の品を選んで贈るようにしました。

そして機会があれば、私が好きな色は白だよ、と伝えたり、

私は自然派なものに興味がある、というアピールも忘れませんでした(苦笑)。

そんなんで 3, 4年くらい経ったとき、

私からの贈り物をその場で開封した義理の母が

少し目を潤ませながら興奮を抑えた声で

「Akiko、私ね、この色が大好きなのよ!」

と告白するように言ってきました。

「知ってるよ、だからあなたに選んだんだよ」

内心、今頃気がついたんかーい!?とツッコミながら、そう答えました。

(そのときの品の色が彼女のドンピシャ好きな色だったのでしょう)

それから、彼女が私に贈ってくるものが変わっていきました。

それまでくれたことのない生成りの麻の生地の雑貨 とか、白を貴重にしたもの、自然派の珍しい石鹸やエッセンシャルオイルなどをくれるようになったのです。

これ、過去に実際にくれたもの、今でもとってあります ↓

義理の母は、両親が妹の方を溺愛していて(2人姉妹)、

愛情だけでなく物質的にも、妹と差をつけられて育った人らしいです(→ 本人談)。

義理の母は、自分勝手に好きなように生きるタイプ、

妹は、親のいい子になることでコントロールされてしまったタイプの人です。

彼女たちの両親は、姉=義理の母の目の前で、妹の方を可愛がるのをみせつけることで、

”いい子になってくれればお前も可愛がるよ” という条件を示していたのかもしれません。

彼らは全く従順でなかった義理の母をなんとか自分たちの範疇におさめたかったのでしょう。

贈り物をするのが好きな理由が「相手を喜ばせたいため」だとしたら、

義理の母が贈り物好きなのは、

両親を本当は喜ばせたかったという代償行為なのかもしれません。

自分が思うままに好きなように生きることを残念ながら喜んでくれる親じゃなかった、

だから喜ばせることはできなかった、

そんな思いを、贈り物をして人を喜ばせることで癒していたのかもしれません。

あー、それにしても、

あの開封した瞬間に「げっ!!」と毎回思った

義理の母からのクセの強い贈り物たちとの思い出が懐かしい〜(笑)

↑ 彼女が好きだった系の色たち(ネイルの画像でみつけました)、この系統の色をみると瞬間的に義理の母を思い出します。

野鳥の親子

先日の朝、スコッチ(猫)が巣立ったばかりと思われる野鳥のヒナをくわえてきました(汗)。

すぐに保護して、猫に再度捕まえられないよう少し離れた裏山で解放しようとしたのですが、この小鳥はなぜか逃げようとしません。

これまで猫に捕まえられてきた小鳥たちは、外で解放するや否や、一目散に逃げ飛んでいくのですが、

この小鳥はまったく逃げようとしません ↓ (左にうつってるの私の頭です)

逃げるどころか、私の手のひらに座ったままで、うとうとと目を閉じて寝そうになってます(苦笑)。

飛び立てるまで成長していなかったヒナなんでしょうか、しかし全く怯える気配も警戒心もありません。

とりあえずしばらく休ませようと、巣にみたててタオルでつくった入れ物にいれても出てきてしまいます。

人の指とか手に乗せてるほうが体温があるからなのか?安心するようでした。

手のり文鳥のように指に乗せてもそのままじっとしていて、指に乗せたまま私が移動しても飛び立ちません、きゅーん、可愛い。

こちら息子の手 ↓  誰の手にのせてもうとうと寝ながら、チチッと時々思い出したように鳴きます(この写真は目を閉じてるところ)。

仕事があったので、ずーっと指にのっけておくわけにもいかず、
スーパーのマイバスケットを使って枝を差し込み、簡易のつかまり枝をつくりました ↓

枝が太すぎてつかまれないようなので、軍手の綿のひっかかりを利用しました…..
この開放感のある枝にのっても、飛んでもいかず、半分眠りながら、時々チチッと規則的に鳴いております。

仕事の間、猫に襲われないように別のカゴでフタをしていたのですが、仕事が終わって見にいくと、なんと親鳥が近くまで来ていました。

親が清らかな声で鳴いたあとに、この子がチチッと鳴くというやりとりを何度も何度も繰り返していて、この子もやっと枝から移動していました。

朝にスコッチがこの子を連れてきて、この親鳥が現れるまで 5, 6時間経過していたと思いますが、ちゃんと探しにきた親鳥、すごい〜!!

何の鳥かわからなかったのですが、親鳥の様相からみるとホオジロという鳥のようです。

親鳥は人間がいると近寄ってこないので、このつかまり枝のマイバスケットごと、少し離れた場所に置いて様子をみました。できることなら親鳥の元に帰ってほしい(祈)。

親鳥は一生懸命に鳴いて子をはげますのですが、この子はなかなか飛ぼうとしません。

すると親鳥はどこかへ飛んでいって、餌(虫)をつかまえてきて、この子にあげました。


すると ↓ 地上から、 Aの位置(隣のお宅の屋根の上)まで羽ばたけました。やった!

親鳥は、その後も近くの電線にとまって、こっちにおいでというように鳴いてるのだけど、子はなかなかAの位置から動かず(汗)、そしたらまた親はどこかから虫を運んできて食べさせます。

そこでやっとBの位置まで飛びました。

そしてまた親が鳴いてはげまして、動かない子に虫を2回くらい運んできて、なんとかCの位置まで飛びました。

AからCまでいくのに、数十分かかったと思います。

この子はまだ飛べない子なんだろうな、と思いつつ、このままだと今晩この子はどうなるんだろうと心配になった頃、やっと屋根のてっぺんで親子合流しました ↓

左が親で、右が子です。

どうなるの…とみつめる私、

そのとき、まるで、イチニノサンッ と声をかけたかのように、

二羽でいっせいに空に飛び立ちました。

あの子、思ったよりもずっと高く飛べたんです(涙)!

すぐに追いかけましたが、どこに飛んで行ったのかわかりませんでした。

スコッチが連れてきたくらいだから巣はそんなに遠くないと思うので、巣に帰ったのかもしれませんが、いずれにしろ親と一緒に移動できたのでよかったです。

あとで調べると、ホオジロは生まれて2週間もたたないうちに巣立ちはするのだけど、その後1ヶ月ほどは親に餌をもらいながら成鳥になっていくそうです。

だとすると、あの子は普通のヒナより早い時期に空を飛ぶことになってしまったのかもですが、でもちゃんと飛べたのだから、すごい潜在能力です。

あの親子で飛び立ったシーンを思い出すと、今でも胸が熱くなります。

親鳥は少しづつステップアップさせて、食べさせて&励まして、

小鳥もちょっとづつ踏み出して、生まれて初めてあんなに高く飛んだのでしょう。

あの子がもっと自由に飛べるようになったら、我が家まで飛んできてまた私の指に止まってほしいな〜(夢)。

いろんな植物

今は、山椒の新芽の季節ですが、

こちらは山椒の木の皮です↓

この皮で何をするかというと…..

食べるんです(!)。

ご近所の方が、山椒の木の皮を剥いで、水に数日さらした上記のものをくださいました。

木の皮を食べる!?サバイバー!?と思いましたが、

ネットで検索すると、この皮は幻の珍味?!などといわれてるらしく、地域によっては佃煮にして昔から食べられているようです。

山椒の木ですから、しびれます、辛(から)いです。

まさにその通りに、この皮は 辛皮(からか or からかわ)と呼ばれてるそうです。

私はテニスメイトからもらった干し大根と合わせて佃煮にしてみました ↓

細い昆布みたいにみえるのが辛皮です。

味も食感も昆布みたいな感じなのですが、しばらくしたら舌がじんじんと痺れてきます。
5分以上は痺れてる…..しかしクセになりそうな痺れ具合(苦笑)。

酒飲みのアテ(=おつまみ)です、これは(汗)。

ビールでつまむと舌の痺れのせいかビールが無味になったので(苦笑)、白ワインか辛口の日本酒が合うように思います。

佃煮にしない場合は、お魚を煮付けるときに皮をきざんで入れると、魚の臭みがなくなってほどよい山椒の風味がつきました。

こちらは、楠(くすのき)の木 ↓ 姫路のあるお寺の敷地で伐採されたクスノキをツテでもらいました。

割って薪(まき)にしていくのですが、割ると中からものすごーくよい香りがしてきます。

クスノキから取れる成分:樟脳(しょうのう)は防虫剤として使われるので有名ですが、

木自体から発せられるこの香りは、商品化されてる樟脳とは違って、

ずーっと吸い続けていたくなるような清らかな匂いで、吸い込んでると浄化されていくような感じがしました ↓

玄関の土間に割ったばかりの薪を1本置いていたら、消臭剤&芳香剤の役目をしてくれました。

樟脳という成分は、カンフルとかカンファーと呼ばれますが、ホメオパシーのレメディにもCamphora(カンフォラ) があります。

Camphora のレメディは、全てのレメディ(何千種類とあります)の効用を打ち消す効果(アンチドートといいます)を持つというある意味すごいレメディです。

他のレメディの効果を打ち消すだけでなく、麻薬や薬の害の影響をとる作用もあったりするのですが、割った木の内側から発せられる匂いを嗅いで、なんとなくその意味がわかったような気がしました。

こちらは、見るたびにはっとする綺麗なレモン色のミムラス ↓ (下側の花です、レモン色を綺麗にうつせていませんが….)

バッチフラワーレメディをご存知の方は、ミムラスという名を聞くとバッチフラワーに入ってる!と連想するだろうと思います。

イギリス人のエドワード・バッチは、現代医療の医師でしたが、細菌学者としても有名で腸内細菌を使ってたくさんの病を治した人でもあり、ホメオパシー医として働いていた経歴もあります。

人の病を治すことに生涯をかけてきたバッチは、

最後に究極の癒しのツールとして、花のエネルギーを使ったフラワーレメディ38種を発見&作成しました。

彼がまだ若いときに癌であと数ヶ月しか生きられないと宣告されたことがあったのですが、そのとき彼の死に対する「恐れや不安」をなくしてくれたのが、この黄色いミムラスの花のエネルギーだったと言われています(結局癌からは生き延びた)。

今、このミムラスの鉢を玄関前に置いているのですが、出たり入ったりするときに毎回自然にこのレモン色を目にしています。

緊急事態宣言も延長となり、なんとなく落ち着かない日々に、不安を癒してくれるミムラスの鉢を買ってきたのも意味があるな〜と思います。

バッチという人は、個人で診療所を構えてから治療費をいっさいとらず、レメディ代金すら請求せずに(つまり経費を自己負担してた)、全て無料で人を癒していました(亡くなったとき、彼は無一文、生きていけてたのは周りの人がそんな彼をいつも助けていたからです)。

彼が自ら作り上げたレメディ38種も、もっと多くの人に広めるためにとイギリスの薬局に譲りました。

そんな利他精神で作成されたフラワーレメディは、気軽にセルフケアで使えるだけでなく、病の元となる感情を癒してくれる本当に素晴らしい製品です。

コロナ時代に必要なものだと思うので、そのうち講座などでご紹介できたらいいなと思っています。

心のstudy group 追記

昨日メンバーを募集しました 「心のstudy group」 ですが

平日ご希望の方がいましたので、平日の集いも追加します:

平日グループは、

第一木曜日 10時〜13時 で行います。

オンラインでZoomを使ったグループ会議になります。
PCまたはスマホでできますが、Zoomは受ける側は何も設定する必要がありません。
運営側から送られてくるメールにあるリンクをクリックするだけなので、参加はとても簡単です。

初回は 5/7 木 になります。

期間:2ヶ月毎の開催で1年間
   *5月 7月 9月 11月 1月 3月の6回開催予定
   *各月第1木曜日 初回は 5/7(木)です。

その他の条件は、昨日の記事内容と同じです。

↓ ウォーキングしていたら、近所の方にわらびと竹の子をもらいました。

炊き込みご飯ができました、ありがたや〜

こんなときこそ暖かく

日本のトイレットペーパー品薄騒ぎは鎮静化(?)してきてますが、

旦那さんの同僚の女性から昨日聞いたところによると、彼女が住んでるニュージーランドでも、そして別の同僚が住むシアトルでもトイレットペーパーが今まさに売り切れてるのだとか(汗)。

ウイルスが世界の遠く離れた場所でも同じように感染者を出すように、トイレットペーパーにも世界各地で皆が同じ反応するというのは、妙な親近感や一体感を感じてしまいます。

見た目や人種は違っても、私たちみんな同じ人間なんだなって…(苦笑)

デマで買い占めをする行動を批判する風潮がありますが、

1つ前の記事に書いたように、トイレットペーパーを並んで買う人達をその場で目撃した私としては、全く違うことを感じました。

私がみたとき、トイレットペーパーを並んで買っていた人達は、自分だけが得をしようみたいな顔は全然していませんでした。

むしろ、並んでるのがはずかしそうな感じで、下を向いてるひとが多かった(私も我が家のなくなりかけのトイレットペーパーを買うのがなんとなく恥ずかしかった)。

私がいたあの夕方にレジに並んでいた人々は、若いママとみえる人達が多くて、

私の前にトイレットペーパーを2つ持って並んでいた女性も赤ちゃんを前抱っこしていて、その背中を優しくぽんぽんとたたいてあげながら、この買い物がおかしいというのはわかっているんです、という感じで少し申し訳なさそうな顔をしていました。

レジでちょうど精算をしていた黒いおしゃれなメガネをかけた若い女性の買い物カゴには、購入数が制限されていない赤ちゃん用の紙おむつと生理用ナプキンが幾つも入っていました。

そのママ達の細い背中をみていたら、思わず涙がこみあげてきた私です(年とともに涙腺が弱くなってる….汗)。

必死なんだな、

大事なものを守ろうと頑張ってるんだな、

というのがひしひしと伝わってきたから。

ホームセンターに入る前にみかけた軽トラの後ろにトイレットペーパーを6つも積んでいた運転手も

見た目からして若いパパのようでした。

頭にタオルでハチマキをしていて作業着だったので、仕事帰りにヨメにトイレットペーパー買ってきて!と頼まれたのかもしれません。

みんな一生懸命に家族を守るために生きてるな、と思ったら、自然と胸があつくなります。

もしかして家族がかつての震災の経験者で、いくらニュースで大丈夫といわれても、紙類がないとすごく困るよ、と言われたのかもしれない。

もしかして、両親や親戚から離れた頼る人がいない土地で、夫婦だけ、もしくはシングルで子育てしてるのかもしれない。

人の事情というのは、全くわかりません。

だからデマで買い占めていたとしても、それだけ必死なんだな、頑張って生きてるんだな、とむしろ励ます気持ちでいてあげたいなと、あのレジに並んでるときに周りの人をみて思いました。

緊急時に自分だけ被害をうけないように、と考えるのが悪いのではなくて、
何かあっても誰にも助けてもらえないような環境にいたり、
自分で自分を守るしかないという追い詰められた社会になってることのほうを変えていくのが大事なのかもしれません。

今のような特別な事態や緊急事態に、1人1人が慎重になることはとても大事だけれど、

おかしな行動をとったとしても、間違いかもしれない判断をしてしまったとしても、
しかたないよね、一生懸命に生きてるんだもんね、と少し暖かい視線を持つことも忘れないようにしたいなと思いました。

↑ あの日ホームセンターで買った新しい爪とぎ(手前の)になかなか移行してくれず、古い爪とぎに固執するスコッチ(汗)。

わかりあう

仕事の話ですが、たまに話が長くなってコンサルテーションの予定時間を大幅に過ぎてしまうケースがあります。

先日お会いした方のコンサルテーションがそうで、会議室の担当者が(時間がかなり過ぎたので)注意に来たほどでした(汗)。

もちろん私の時間管理問題や金額設定(追加料金無設定)の問題もあるのですが、その方は前の回のときも、同様に時間がかなりオーバーしたのでした。

これはどういうわけで起こってるのかな、何に気がつかないといけないのかな、と少し考えてみました。

この方が、今の時点で直面してるテーマは「わかりあう」ということです。

そのテーマとコンサルテーションの時間が長引いてしまうことが関係してるのだろうなと、翌朝起きたときに思い至りました。

その方に主要な問題について話をしてもらう

私の方は、その方に不調が起こってるのは、その方の深いところ(いわゆる魂)が望んでるのと違う方向だよというサインなので、それに気がついてもらおうと、その話の中で気づいたことを話す

その方は、ご自分がされてること&考えていることを私が理解するようにさらに話をする

私はサインに気づいてもらうよう、言葉を変えたり、違う角度からみえることを話す

その方は、さらに自分の思いを私にわかるように説明する

その方と私は「わかりあう」ために話が長く続いていく、これが延々と行われていたのでした(汗)。

こりゃ、何時間あっても時間が足りないわ〜

つまり、私もその方のテーマにどっぷり浸かってしまっていたわけです(大汗)。

その方は、とても優しく利他的な方で、どんな場面においても、相手の気持ちを尊重しつつお互いにわかりあえることを目指しています。

しかしわかりあえないときは、時間をいったんおいたり、ご自分のトークのスキルアップをしていけば、わかりあえるものだと考えているようでした。

「わかりあう」は、漢字だと

解り合う

と書くのでしょうか、それとも

分かり合う

どちらなのか、わかりませんが、

分かり合う だとしたら、それはお互いに「分かち合う」なんですよね。

どちらかの意見に合わせていくのではなく、それぞれの意見を「分け合う」。

ケーキでイメージするなら(苦笑)、こちらが頼んだ美味しいと思うチーズケーキを一部あげて、

相手が美味しいと思うガトーショコラを一部もらう。

私はやっぱりチーズケーキの方が好きだけど、ガトーショコラも、味わってみる、まあ、これも美味しいね。

もしくは、ガトーショコラはやっぱり美味しくない、でも、あなたがガトーショコラを好きなのは分かった。

それが分け合う、つまり、分かり合う。

わかりあう、ってそのくらいカジュアルでよいのかなと私は思います。


わかりあう = 解り合う の方の漢字だったとしても、

解り合う、というのは、相手が解ってくれることも、そして解ってくれないことも含めて、そのどちらであっても理解し合うってことかなと思いました。

こちらの思いや意見を相手がわかってくれたら、とても嬉しいし、物事はうまくすすむ。

でも相手がわかってくれなくて背を向けていくことも、理解する。

それが、わかりあう ってことかなと私は思いました。

↑ 薪ストーブ横においてる爪とぎダンボールを奪い合う2匹。
猫はわかりあわないけど、お互い毛づくろいはしてあげてます(苦笑)。

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昨年、毎月行ってきたちょこっとカウンセリング、なかなか日程が確保できず、
今年は不定期に気まぐれに苦笑、日程の都合がつきそうなときに開催することにします。

好きと嫌いからみえてくるもの

ここ何年も、私の趣味はテニスです。

観るのも好きだし、自分がプレーするのも大好きで、外のコートで年がら年中テニスをしてるので、肌のシミが半端なし(涙)。

テニスプレーヤーで私が一番好きなのは、錦織!(親しみをこめて呼び捨てです)。

ポイントを勝ち取っても拳をぐっと握りしめるだけ、相手に向かって吠えない姿勢、テニスなのにまるで「剣」の戦いのような静かなプレーと人柄が好きです。

技術的にも錦織のフォアやバックハンドの正確なダウンザライン(サイドのラインに沿って打つ球)をみると、毛筆で1文字すっと書き上げたようなすっきり感をもらえます。

他には、シャポバロフ(カナダ)というレフティ(左利き)の選手も好きです。

やんちゃなお兄ちゃんのような若者なんですが、思い切りの良いバックハンド、飛び跳ねるような元気なプレー、テニスが楽しくてたまらない感じが好きです。

他にはニック・キリオス(オーストラリア)のプレーを見るのも好きです。

見た目はヤンキーちっく(苦笑)、しかも日本のお母さん達に怒られそうな「猫背」なんですが、天才的な運動神経で、フェデラーやナダルとも張り合うレベルの試合をします。

審判や観客に文句を言って厳重注意や処罰もくらう選手なのですが、主要な試合でまさかのアンダーサーブをしたり、ここぞというタイミングで力の抜けたショット打ってみせたりと奇想天外なプレーをみせてくれます。

真面目で真剣すぎるプレーヤー達に、おいおい、固すぎるぜ!って、合いの手いれてるようなプレーが面白いです。

一方、個人的にあまり好きではないのが、現在ランキング1位ですがジョコビッチ(セルビア)と若手有望株のチチパス(ギリシャ)といった選手です。

ジョコビッチは、頭脳プレーで隙がないところが素晴らしいですが、

自分がポイントを勝ち取ったときに観客を扇動して(もっと声をあげて賞賛して!とアクションで煽る)自分の味方につけて、相手のメンタルに働きかけるところがあまり好きではないな〜と思います。

チチパスもジョコビッチも、オラオラ!俺が勝つぜ!みたいに(あくまで私の主観です、汗)相手より自分がいかに勝つかにフォーカスしてるように見えるところや、ポイントを勝ち取ったときに相手を威嚇するような目線が見ててなんとなく気分悪いなと思ってしまいます。

と、テニス選手の好き嫌いについて、完全な個人的主観で書きましたが、これらから見えてくるものがあります。

それは私が持ってる「思い込み」です。

好きな選手を通してみえてくる私の思い込み;

ー勝つのは自分に、であって相手にではないという姿勢がいいと思いこんでる

ー楽しくプレーするのが何より大事と思いこんでる

ー真面目すぎたら、あかんと思いこんでる

嫌いな選手を通してみえる私の思い込み:

ー相手を落として自分だけが上がるのは良くないと思いこんでる

ーエゴを丸出しにして勝つのは醜いと思い込んでる

上記のような思い込みがあるから、そこに感情的に反応して、それが好きとか嫌いという感覚としてあがってきてるわけです。

思い込みは、別に悪いわけでもないのですが、思い込みがあると嫌いという感情が先立って判断するので自分の許容範囲が狭まります。

これがテニスのことだけならまだいいですが、それが生活全般にまで影響を及ぼしてると(嫌いだから避けるので)、活動範囲も人間関係も狭めることになります。

例えば、人を蹴落として自分が上がるのは良くないと思いこんでる

の思い込みをはずすと、

ルールが決まったゲームで、観客を扇動して自分のメンタルを上げて勝つのも1つの戦略、そういう全ての戦略を駆使して試合に臨むことも素晴らしい

と思えて、ジョコに対する見方が変わります。

そして彼のスーパー頭脳プレイをおお〜っ!と感嘆の目でみれる。

そうなると、似たような野心的でガツガツしてる人たちをも、おお、戦略総動員でやってるね!と暖かい目でみれる、

そして許容範囲が広がるので、そういう人たちとの交流も増えていくかもしれず、ひいては自分の経験が豊かになっていくかもしれません。

ということで、好き嫌いがはっきりしてるとき、それを探って自分の思い込みに気がついて、それをゆるくすると、

自分のキャパを広げることができ、自分が豊かになっていきます。

それは、つまり幸せも増えるということだと私は思います。

と、そこまで書いててなんですが、まーそれでも、やっぱり私は錦織が好きですけどね(苦笑)。

私のメダカ達、どんどん増えて今や軽く300匹は超えてると思う….
私に会う機会のある方でメダカを欲しい方は差し上げますので言ってくださいね〜 ↓

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好き嫌いが激しすぎて、自分の許容範囲がせまくなりすぎてる方。

もう一回り大きく暮らしてみませんか。

自分でも気がつかない好き嫌いのもとになってる思い込みを外すお手伝いをします。

ホメオパシー療法、カウンセリンングにご興味のある方はHPの方へどうぞ:
https://arnicahomeo.com/

ノンデュアリティ

このことをblogに書こうか、ずーっと思案していました。

自分が完全に理解してから書くのが筋でしょ、と思っていたけど、完全に理解して伝えるのは死ぬまで無理だろう(汗)と思い、書くことします。

ノンデュアリティとは、別の言葉でいうと「一元の世界」のことです。

私たちが暮らしてるこの世が二元の世界で、現実には一元と二元の2つの世界しかないという話です。

3次元の「次元」とは違う概念ですので、ご注意を。

ノンデュアリティ=1元の世界とは、一般に馴染みの言葉でいうと

「悟り」の世界です。

この世には実は何にもなくて、”何にも”というのは、今、私たちがみてる全ての物、人、国、霊やら守護天使やら、地球や時間という概念も含めて、この世の言葉で話される全ての物事や現象がない世界のことです。

あるのは、神というか大元のエネルギーだけ、それを「空」ともいいます。

実は「私」は「空」だった、「空」は別名「愛」ともいうと私は理解しています。

は?!って感じになるかもしれませんが、ここ数年、望みもしないのに(汗)その世界に導かれてきました。

ノンデュアリティを初めて聞いた方もあるかもしれませんが、検索するとかなりの情報がヒットしますので、この世ではそっちのほうへの流れが起きてるのだと思います。

この世は、なーんにもなかった、というのが真実と私はなぜか知ってるのですが、かといって実際にこの二元の世に暮らしているのも事実です。

じゃ、その何にもなかったことを知ったからといって何になるの?

と言われるかもしれませんが、知ると楽になると思います。

私がやってるホメオパシー療法もカウンセリングも、一体何を目的にしてるかというと、もっと楽に生きるためです。

この世の仕組みに気づきだしてから楽に生きられるようになったので、同じように楽に生きれるお手伝いをしたいとやってます。

でも、ぶっちゃけ、ホメオパシーやらヒーリングやら、カウンセリングもなにもなくても、一足飛びに楽になる方法をみつけてしまったので、

それはお伝えしたほうがよいだろうと記事を書きます。

すぐに楽になる方法、それはこの世は全て幻だと気づくことです。

毎日あくせくして苦しんでることも、悩んでることも、つらいこと、悲しいこと、喜びも含め、すべてが夢のようなものなのです。

だから、それに苦しまなくてもいいんです。

とは、いっても、それが腑に落ちないと楽にならないんですよね…..(大汗)。
そしてそれを知っても苦しみが完全になくなるわけではない(この現実世界で生きてますので)、でも知ってるのと知らないのでは、苦しみの深さが相当に違います。

ということで、無力ながらホメオパシー療法やカウンセリングで、とりあえずこの世での苦しみから少しでも楽になれるお手伝いをしております。

上記を読んで、一元の世界になんとなく惹かれた方、検索していくと、どんどんそちらの楽な世界に導かれていくかもしれません….

一元/悟りの世界を、心に響く言葉でしかも気楽に(ここがポイント!)ぶれることがなく伝えつづけてくれてるのは、阿部さんです:Blog かんながら

こちらは説明困難な悟りの世界を非常にわかりやすく説明してくれてる地球ひろしさんの動画。前半は関連書籍紹介で後半が一元世界の説明です:悟りのトータル解説

↓ この記事書こうとした朝に、小鳥が隣の家のヒバ?の木のてっぺんで長いことさえずっておりました。清らかでした〜

トイレの夢

夢というのは潜在意識の状態を教えてくれるので、私はクライアントさんを理解するために見ている夢のことも教えてもらいます。

ホメオパシー療法にかかっている途上で、トイレの夢を見る人がわりといます。

トイレというのは、自分の消化した食べ物を外に出す場所なので、

トイレが夢にでてくるときは、「自分の中に溜めていた感情や思いを外に出す」メタファーだと私は理解しています。

トイレの夢にも幾つかのバージョンがあります。

トイレを探してるけど、トイレが壊れてたり、汚かったり、壁が抜けて丸見えのトイレだったりと「トイレそのものを探してる夢」

→ これは自分の溜め込んだ感情や思いを外に出したいのにそれをちゃんと話せる人や機会がないと感じてる意識のメタファーだと解釈できます。

他には、トイレはあったけど、そこで用を足そうとすると他の人が入ってたり、トイレが詰まってたりして「排泄できない夢」

→ これは溜め込んだ感情や思いを出したいけど出せない、出すのが怖いと思ってる意識であったりします。

さらに、トイレはあった、そこで用を足せたけど、汚物がなぜか流せないとか、汚物でトイレを汚してしまったといった「汚物の処理がうまくいっていない夢」もあります

→ これは溜めた感情や思いは出したけど、それらの思いを今後どう処理したらいいか困ってる意識を表してたりします。

もちろん、他にもバージョンがありますが、いずれにしろトイレが心の掃除のメタファーとして現れるのが面白いな〜と思います。

かくいう私も、過去に心の掃除をする前に、トイレ自体を探す夢をみていたことがありました。

トイレがあるけど、駐車できないからトイレを使えないとか、トイレはあるけどこのトイレで用を足す気にはなれない他を探そうと思ってる夢などを見てました(心の掃除をしてからはみてません)。

ホメオパシー療法にかかってる途上で心が整ってくると、家の物を捨て出したり掃除を始める人も多いのですが、掃除の方はトイレのように夢ではあまりでてこなくて、実際の行動として現れる率が圧倒的に多いのが興味深いです。

掃除は、排泄物のように内部ではなく、自分の周りの外部に対する働きかけだから、夢よりも実際の行動として現れるのかな、と思ったりしますがどうなんでしょうか。

夢は簡単に分析できないで、いつも何かのメタファーであるのが、なんでかな〜?!と思っていました。

もっとわかりやすかったら、夢でいろんな気づきを得られるのに、どうしてメタファーの形をとるのかと考えたりしましたが、

現実のダイレクトな映像や言葉では、私たちの潜在意識には響かないんだろうなと思います。

ただの文章でなく「詩」が私たちに与えてくれるインパクト、

言葉をメロディに乗せてる「歌」が聞くだけで感動を与えてくれること、

絵画のような「芸術作品」が見るだけで心を震わせてくれることを思うと、

夢で表されるものが、現実世界の事柄のメタファーであることは、実は素晴らしい完璧な仕組みなのだなと思います。

栗の季節です。栗、大好き!、しかもいつも無料にていただける環境にいます。ただ、栗をどっさりいただくと、皮を剥こうと思い切るまでいつも異常に時間が長くかかります(汗)。
栗の皮むき、心の掃除にとりかかるのと同じくらい腰が重くなる作業ではなかろうか……

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悪夢ばかりをみる方、あなたの潜在意識からその恐ろしいものを掃除してみませんか。

ホメオパシー療法やカウンセリングでそのお手伝いができるかもしれません。

詳しくはHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

何にフォーカスするか

とある女性クライアントさんに起きた出来事です。

先週、彼女が出先で駐車場に戻ったら、車のフロントバンパーが写真のようにへこんでいたそうです(!)  ↓

いわゆる当て逃げ(汗)

こういうとき、どうしますか?!

彼女は、この写真をSNSにあげ(いいネタです…)

「車は凹んでますが気持ちは凹んでないので」とスポーツジムに向かう(笑)

SNSにあげたことで、バンパーの修理を自分でする方法(ドライヤーで熱する)を教えてくれた方がいて、それを早速実行し、その様子もSNSにあげる

それを見た車のプロの方(お知り合い)が、簡単な修理ならしてあげましょうと連絡をくださって、車を持ち込んだら、1分ほどの神業で見事修復完了となった(熱をあてて裏から押した)

その修理の様子と車の会社をSNSで紹介

不運な当て逃げが、残念でしたねという出来事にならなかっただけでなく、

バンパーを熱して修理するという方法を皆さんに知らしめ(私、知りませんでした)、

親身になって修理してくれるという車の会社の生きた宣伝までも済ませ、

そして何より自分がメンタル的に凹むことがないまま、

バンパーが修理前より綺麗な車になった(凹みを戻す+コンパウンドで磨いてもらった、しかも無料) 

というプラスの連鎖を起こされました(感嘆)。

当て逃げされてしまったとき、

誰がやったんだ! と怒るか、

どうして私がこんなことされないとならないの….. と被害者意識にひたるか、

あー今日はついてない、と不運をなげく

というのがわりと多いかもしれません。

そして行動としては、

警察に連絡するとか、

公の駐車場なら監視カメラをみせてもらうという犯人探しにフォーカスするか、

または修理の代金にフォーカスして、

保険屋さんに連絡するか(実際には等級下がるから使わない人多いかもですが)、お金のことで頭を悩ますかもしれません。

彼女も、へこんだ車をみて、一瞬は

なんでこんなことが!?と怒りや被害者意識も浮かんだと思うのですが、そこのマイナス視点に留まらずに、さらっと流して、

ご自分の好きな筋トレをするためにジムに向かったのです。

この出来事を教えていただいたとき、

バンパーが熱の力と裏から押すことでいとも簡単に修理できたように、

メタファー的に彼女の当て逃げされた出来事のマイナス度合いも、それくらい小さなことだったと言えるのだろうと思いました。

以前も書いたのですが(過去記事)、マイナスのことにとどまると、それはどんどん膨らんでいくし、自分へのダメージも増えます。

怒りや被害者意識に留まりすぎないで(必要な時もあるでしょうが)、彼女のように自分らしいことにフォーカスしていくことができたら、どんどん自分らしい出来事がまわりでも起きてくる=引き寄せていく、という実例だな、と思いました。

折しも、彼女のこのプラス連鎖の出来事を知った日、

裁判を長引かせて疲弊している人の話を聞いた日でもあったので、

物事が起きたときに何にフォーカスするかで、人生自体が大きく変わっていくな、としみじみと感じ入ったのでした。

このプラス連鎖を引き起こす彼女、どんな人ですかと聞かれたら、どうしても浮かんでくるワンダーウーマンの画像(汗)↓

本物がみたいと思った方、こちらへどうぞ →彼女の Blog

ダイエットトレーナー、パーソナルトレーナー、ヨガを始め、SNSを使った広報などもされています。 facebookのカバー写真 が特にかっこいいです。

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なにか起きたときに、どうしても怒りや被害者意識にフォーカスしてしまう方、

そしていつまでもそのネガティブな状態にとどまってしまう方、

それを変えたいと思うなら、変えることができます。

カウンセリングもしくはホメオパシー療法で、そのお手伝いができるかもしれません。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ: https://arnicahomeo.com/