子どもが問題にぶつかったとき②

①の続きです。

子どもが問題を抱えてかえってきた → 何があったか話してもらう → その時に感じたことを言葉にしてもらう、の次のステップです。

なにを感じたかを尋ねて、子どもが、例えば、「くやしかった」と言ったら、

それをその言葉のまま繰り返します。

「そうか、くやしかったんだね」とか「そうだよね、それはくやしかったよね」

みたいに、その感情を同じ言葉を使って共感してあげます。

そうか、くやしかったんだね、それはくやしいよね、わかるよ、それはくやしいよ〜、みたいに、1回だけでなく、2回、3回この共感の言葉を繰り返してあげると、思う存分、子どもはその感情を感じることができます。

ここでまだ出し切れない感情があるときは、同じ話を再度子どもがリピートすることもありますし、そこから派生した違うエピソードを話し始めて(例えばそのとき先生がいて、こう言われたとか)違う展開の話になることもあります。

そしたら、また最初の「そうなんだ」という中立的な相槌から始めて、感情を聞き出して、感情を共感するを繰り返します。

この一連の作業で、子どもが自分の感情を感じ尽くすと落ち着きます。

出すもの全部だして、いったんすっきりの状態になります。

子どもをみて、少し落ち着いたな、と感じたら、次はこうします。

①お子さんがその出来事に対してその場でリアクションを取れていなかったとき:

「XX(子どもの名前)は、本当はその時、どうしたかったの?」と問いかけます。

 

②その出来事に似た問題は今後も続きそうで、なにか対策が必要であるとき:

「それで、XX(子どもの名前)は、今度からどうしたらいいと思う?」

と問いかけます。

子どもは答えをすぐに言えないかもしれませんが、そこはゆっくり待ってあげてください。

ここで、多くの親は(私もずっとそうでした)すぐに

そんなの気にしなくていいよ、とか、

先生にいってみる?、とか、自分の考える解決法を口にしてしまうのですが、

それは親の過ごして来た人生から学んだあなたの解決法であって、子どもにもそれが合うとは限らないのです。

それぞれの子にそれぞれの感情や感じ方があるように、解決法もその子の性質や考え方に合ったものがあるのでそれを自分で知ることが大事なのです。

その子に必要な解決法というのは、その子の内側から湧き出てきたものが最適で、それは本人の内側では実は既にわかっています。

そして①と②の問いかけで出て来た解決法は、すぐに実行されなくても、また実行できなかったとしても大丈夫です。

重要なのは、子どもが、こういう状況でこう言えればよかったんだ、自分は本当はこう言いたいんだ、こういう問題のときはこうできたらいいな、という「具体的な文章や行動を自分の意識の中で持つ」ことなのです。

意識の中で答えを持っていれば、勇気がなくてそれがすぐに実行できなくても、ある日言えるようになるかもしれないし、

意識の中で解決法を持ってるということは、それが外側のエネルギーにも影響しますから、そういう問題を引きつけにくくなるのです。

親はなんとかしなきゃ、と具体的に考えるかもしれませんが、子どもはマイリズム&マイタイミングで、しかるべきときに解決していけますので、感情をちゃんと出し切って、解決法を自分の内側から引きだせたら、あとはただ子どもの力を信じて見守ってあげれば大丈夫です。

例外として、その子独自の問題でなくて、周りの人や環境と絡んだ問題が起きてることがあります。

そういう問題のときは、子ども独自で超える問題でないorしかるべきタイミングでないので、解決法がでてこなかったりします。

子どもが考えても解決法がわからないとき、または、子どもから逆に「どうしたらいいと思う?」と尋ねられたら、

そこで初めて親のあなたの持つ解決法を提案してください。

そういうときは、すっと、その解決法が子どもにも腑に落ちたりするものです。

では親も子どもも解決法が全く浮かばないような問題のときは?!

そういう問題のときもあります。

そういう問題は自分たちで考えないで大きな力に任せなさい、という類(たぐ)いのものですから、

じゃ、わかんないから、神様にまかせてみようか とか

天にまかせて様子みようよ〜 みたいな言葉でもいいし、

これはそのうちなんとかなるんじゃないかな

と楽観的に、任せてしまうのが対策です(汗)。

実際、そういう問題は個人で抱え込まずに、天に任せてしまうと、ホントになんとかなるものです。

と、いうことで、子どもが問題にぶつかったとき、親が子どもにできることは、

子どもの感情を外にだしてあげて、

どう対応するかを子どもの内側から引き出してあげて、

その対応策を子どもの意識の中に落とす、

ためのガイド役をやるということになります。

そして解決できないことは、天にまかせよう、という方法もある、と教えてあげるのもガイド役のできることです。

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いつも天にまかせて?!楽しんでるニャンコ達。
春の気持ちの良さをお外で満喫しております。

 

 

 

 

 

 

 

任せていれば大丈夫

ホメオパシー療法というものをやっていますが、受けに来られる方は、身体や心の症状を大なり小なりなんらかお持ちです。

ホメオパシーのレメディを選ぶために、コンサルテーションでそれぞれの人生に起こってることを詳しくお尋ねしますが、そこには未解決の問題が必ずあります。

その未解決の問題というのは言い換えると、その問題を引き起こすことになったその方の意識や考え方なんですが、それは身体や心の症状と絡んでることが多いです。

レメディがうまく働けば、その問題を起こしてる意識が変わり、身体や心の症状にも改善がみられます。

そしてこの過程で、時々ドラマチックなことが起こります。

ええ!そんな展開が〜!みたいなことが起こるのです。

つい最近も、そういうドラマチックな展開をみさせて頂きました。

詳しいことは守秘義務がありますので書けませんが、10年以上も持ち越していたその方の人生に起こった複雑な問題が、こんな方法で!?と解決してしまったのです。

その方の問題は、現実的に人間関係やお金が絡んでおりましたので、これを解決するには一種の修羅場をくぐらねばならないのかもな、などと個人的には推測しておりましたが、実際には修羅場を全く演じることなく、すっと綺麗に、しかも本人は深いところから腑に落ちて、片がついたのでした。

いや〜、こんな解決法があったんですね、と文字通り舌を巻きました。

ちなみに、こういう展開はレメディがしたわけではありません。

レメディでエネルギーが整えられた後の、その方自身=ハイヤーセルフ(ホメオパシーでいうなら自己治癒力)が、ベストな方法でその方の長年の問題に綺麗に片を付けたのです。

見事、でした。

それで、毎回、そういう事象をみさせてもらって、私は思うんですね。

なにか問題があっても、どうしよう、こうしようって方法を悩む必要はないんだなと。

あなたの問題を起こしていた意識が変われば(エネルギーが変われば)、ご自身のハイヤーセルフがとてもうまく解決してくれるので、色々策を講じたり、思い悩む必要はないのだと。

ですので、何も恐れず、ただ、うまくいってる、と思うだけで良いのだとわかります。

力を抜いて、うまくいってる、と任せていれば本当にそうなります。

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↑ ピンクの椿をいただきました。このままコサージュに使いたくなる品のある華やかさです。

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問題を起こしてる意識や考え方に自分で気がつくことができれば、レメディは不要です。

でも自分で気がつくことがなかなか難しかったりもします。

そういうときは、一緒にその意識に気がつく作業をホメオパシー療法でお手伝いできます。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

自分の内側の感覚③の追記

他人をみたときに起こる自分の内側の感覚の反応、それが何か2つあげました:

・自分の持ってる嫌な部分(or良い部分)

・過去の状況の追体験

実はもう1つあるので、追記で書きます。

3つめにあげられるものとして

・自分の中の思い込み

があります。

例えば、道端でゴミやタバコの吸い殻をポイと捨ててる人を見たとします。

普通は、その人に対して批判や怒りを覚えるのではないでしょうか。

ここで反応してるのは、自分の中の「思い込み」、別の言葉でいうと、自分が決め込んでしまってるルールみたいなものに反応してます。

ゴミはゴミ箱に捨てないといけない  とか

ゴミは持ち帰らないといけない

といった過去に親や学校で教えられた道徳観念や基準で、自分がそうしないといけないと思い込んでることと違う目の前の態度をみて、そこに反応しています。

日本の社会の中でみるならば、ゴミを道に捨てる行為はどうみても悪いわけで、それをみて自分に批判や怒りが涌き上がるのは当然と思いこんでるので、この自分の反応を疑うこともしません。

けれど、相手を批判したり怒りを持つということは、一般的な言葉で言えば自分がストレスを感じるということになりますし、他の言い方でいうと自分のエネルギーにブロックがかかり、全体のエネルギーの流れが悪くなってるということになります。

意識して日常をみまわすと、実はこの思い込みによるエネルギーブロックというのはとても多くて、それだけ自分の調子を崩してる=本来の自分らしくなくなっていってるということになります。

店員さんのノロノロした態度にいらっとしたり→ 有料のサービスはテキパキすべきだという思い込み

駐車するのに枠内にきちんと停めてない車を批判をしたり→  決められたことはキチンとすべき、人に迷惑をかけるべきではないという思い込み

育児だけでヘトヘトで自分の時間がない→ 全てを優先しても育児をしないといけないという 思い込み、お母さんとはこういうものだという思い込み  etc.

これらの思い込みは、小さなものでも日々幾つもあったら、相当な量になります。

逆を返すと、これらの小さなストレスがなかったら、毎日相当良い気分になるはずです。

ゴミを捨ててる人をみて、いいね !みたいな感覚になる必要はありませんが(汗)、そういう行為をみても感情的でなく平常心でいられたら、自分へのストレスはなくなりエネルギーブロックも起こりません。

(もちろん目の前で犯罪やなにか悪が行われてるなら行動を起こしますが、そこに感情的な批判や怒りは本来は不要という意味です)

こういった思い込みの中で、多くの人が持っていてしかも強力で外しにくいのは、

人に迷惑をかけてはいけない

だと思います。

日本社会でさんざん叩き込まれてる概念ですからね。

クライアントさんの話の中でも、こういうのはたくさんでてきますし、自分の中にも根付いていて意識しないと外せないものが幾つもあります。

人に迷惑をかけることもあるさ〜

人に迷惑をかけることがあってもいいか〜 って思えたら、

自分も楽だし、人に迷惑をかけられてもゆる〜く受け止めてあげることができると、それがゆくゆくは、人を愛し、自分も愛するってことにつながると思います。

日常の中で、ストレスを感じることがあったら、これはどういう思い込みから、来てるんだろうと意識してみるとよいかもしれません。

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↑ 水仙のブーケをいただきました。我が家の黄色い郵便受けとまるでセットのよう(苦笑)花束をもらうとテンションが異常に上がるのは、女性は花をもらうと嬉しいっていう思い込み?からでしょうか(汗)

 

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たくさんの思い込みで、自分を締め付けてしまっている方。

ホメオパシー療法で、もっと楽に生きるお手伝いができると思います。

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自分の内側の感覚に気づく③

あなたが人に対して感じてること①」と「自分を愛するには②」のつづきです。

人に対して感じる不快な思いや批判が、自分の内側の感覚の反映であると書きましたが、

この自分の内側の感覚が何なのか?

について書いてみたいと思います。

大きくいうと2つのものがあります。

1つは、相手の人格や態度や言動に見える「自分の中の嫌な部分」です。

例えば、新しい誰かに出会ったとします。その人は何を話しても笑顔で答えてくれて、たくさん相づちを打ってくれるとします。もし自分がこの人をみて、「うわ、この笑顔は嫌だな、みていて疲れる〜」と感じたのなら、

それは、自分の内側に、笑顔で無理をしてる、という感覚があるからです。自分も会社や学校やら人付き合いのどこかで、そうしてる部分があるのでしょう。

だから、その人をみて、その内側の感覚が反応して不快に感じるのです。

ちなみに、これはポジティブな感覚を持つ場合も同じです。ニコニコ相づち&笑顔をみて、「うわ、いいな、この人、私もこんな風にいつも笑顔でいよう」みたいなことを感じるのなら、自分の中に ”人といるときはいつも笑顔で” という感覚があって、それが目の前で実現されてるから、それをポジティブな感覚で感じるわけです。

さて、人といるときに不快に感じるもう1つですが、それは相手の取ってる態度やその状況が「自分が過去に感じた嫌な状況とかぶってる」ときです。

例えば、ご主人が何も家事を手伝ってくれないとします。ご主人は横になってだら〜っとしてる、自分はこんなに忙しいのにとご主人に対してイライラしてるようなとき。

こういう場合は、ご主人の中に自分の嫌な部分をみてるというより、自分1人で忙しくしてて、もう1人が横でだら〜っとしてる状況自体にあなたの内側の感覚が反応しています。

あなたの過去にあった嫌な状況を追体験してる、と表現できます。

例えばですが、小さい頃に、お母さんだけが忙しく家事をして、お父さんは何もしないでだら〜っとしていて、それをみて、(恐らくお母さんがブツブツ言いながら家事してたのだと思いますが)小さなあなたが不快に感じていた出来事を思い出して、目の前の状況に当てはめてイライラしてるのです。

冷静に考えたら、お父さんと目の前のご主人は別の人だから、過去とは同じ状況ではないのに、ご主人をお父さんと同様の人と勝手に思い込んでるのです。

そして、ご主人は(お父さんと同じで)手伝ってくれない人、使えない人という思い込みを感じて、イライラしてるというわけです。

また同時にお母さんの状況を思い出して、家事は1人でやらないといけないという(お母さんと同じ)思い込みを持っていたりもします。

 

ということで、人に対して批判的なことを思いついたり、イライラしたりしたら、自分の内側の何が反応してるのだろうと気がつくことができたら、その不快な思いはかなり軽減します。

自分の何が反映してるかは、自分で探るのが難しい場合も多いのですが(無意識にやってるので)、ただ、あ、これは何か自分の内側のものが反応してるな、と気がつくだけでも、随分不快な思いが軽減します。

相手を責めてるだけのときは、その不快さはどんどん大きくなるのですが、それが自分の一部と気がつくと、相手を責めてばかりはいられなくなるからです。

別の言葉でいうならば、相手を変えることはできないけれど、自分は変えようと思えば自分で変えられるから対処できる、つまり解決できるということになります。

この記事、しつこく追記があります(汗)。

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↑ テリトリーを散歩してきたミヌが静かに私のほうに歩みよってきてます。
まるで幸せが静かに近づいてくるかのよう(苦笑)、足下にきてスリスリしてくれます。

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自分の内側の感覚に気がつくのが難しい方、ホメオパシー療法やカウンセリングを使って客観的に自分で発見するお手伝いができると思います。

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自分を愛するには②

①の続きになります。(「あなたが人に対して感じてること①」を先に読んだ方がわかりやすいです)

ということで、誰か人について感じてることは、自分の内側の感覚の反映なので、

誰かのことを悪くいったり、批判してるときは、実は自分の持つある部分を同時に否定していることになります。

人を批判する=自分を批判してる  わけです。

以前 「stop all criticism」という記事を書いたときは、このつながりがわかっていませんでした。

ですので人の批判をやめていけたら自分を肯定していくことになり、つまりは自分を愛していくことにもなるのです。
では、具体的にどうするか:

人の嫌な部分がみえたとしても、

ま、しょうがないね

と受け入れてみます。

そうしたら、そういう他人と同じ嫌な部分を持ってる自分も、並行して、ま、いいかと受け入れてるわけで、自分を愛していくことにどんどん近づいていきます。

どんなにひどくても、ずるくても、変な自分の部分でも、もうとにかくなんでもいいから、ま、しょうがないね、いいよね、と思ってみることです。

どんな自分も(他人も)許す、ってことですね。

↑ これができたら、ものすご〜く毎日が楽になります。

ただ、批判しないはわりと難しい時もあって、どうしても条件反射的に誰かを批判してしまうという場合は、もう1つ方法があります。

それは、批判が心に浮かんだら、それに「気がつく」ということです。

あ、今、批判したわ、とか、

あ、今、批判の言葉が心に浮かんじゃった!と、気がつくだけです。

批判してる自分を責めないで、批判してるな〜って気がつくだけです。

気がつくだけなんですが、これをやってると不思議なことに批判することは、どんどん減っていきます。

そしてどんどん心地よくなっていきます。

この話、しつこいんですけど(汗)につづきます。

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スコッチも外にでたらまず背中をスリスリします。
そして私も例外なくフサフサお腹を撫で撫でします〜(幸)。

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批判して自分を傷つけるのをやめられない方、1人で難しい場合は、
ホメオパシー療法やカウンセリングでお手伝いができると思います。

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あなたが人に対して感じてること①

ある人の印象について、複数の人で話してるとき、人によって持ってる印象がかなり違うということ、よくあります。

実際に私にあったことで話すと、もう数年前のことですが、Iさんという女性について友人と話していたとき、私はその Iさんに対して「会話がつながりにくくて話しにくい」という印象を話したのですが、友人は Iさんを「(その仲間内では)一番話がしやすい人」と言ったことがありました。

私という人間を通してみた Iさんと、友人を通してみた Iさんは、同じ人でありながら、まるで違う人のように受け取られています。

この違いは、それぞれの持つ感覚が Iさんに投影されているからです。

だから私の感覚が投影されたIさんと、友人の感覚が投影されたIさんは、それぞれ違うIさんになります。

これはどんな人についても同じことが言えると思います。

例えば、私のダンナさんは、私からみたダンナさんであって、息子からみたダンナさんはまた違うダンナさんになります。

逆を言うならば、誰の感覚も通さないピュアなダンナさん100%の状態は存在できません。なぜなら、この世のものは、必ず誰かの感覚を通して表現されてるものなので。

ということで、もし誰かに対して、よい印象や悪い印象、良い意見や悪い意見をもっているなら、それは相手のことを言ってるのではなくて、相手に投影された「あなたの感覚」を話してるということになります。

このことがもし腑に落ちたら、誰かのことを悪くいうことはできなくなっていきます。

何故なら悪く言ってるのは、他人のことではなく、その人を通して感じる「自分の内側の感覚」であって、人を悪く言うということは、いわゆる自分自身を悪く言ってるのと同じことになるからです。

長くなるので、に続きます。

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外にでてくると、まずごろんとひっくり返って背中をスリスリするミヌ。
私はすかさずフカフカのお腹をなでます、気持いい〜。

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人の悪いところしか見えない方、自分でその見方を変えられない場合は、

ホメオパシー療法のサポートを使って、それを変化できるかもしれません。

ホメオパシーに抵抗のある方は、レメディを使わないコンサルテーション(カウンセリング)のみも受け付けています。

詳しくはHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

 

 

 

真理へ

それは先月くらいから起きていました。

私は心や身体に何か不快なことが起こると、この出来事や感情は私の何を表しているのだろうと探ります。

一種のクイズみたいなもので、私が内に持ってる何が反映して、これが起こってるのかと探るわけです(例:過去記事「負けん気」)。

その答えをみつけるのは私には面白いし、一度みつけると、それに関連する不快な事象は起こらなくなるので、やればやるほど不快な出来事も日常から減っていきます。

そうなってくると、たまに出会う不快な出来事も、嫌だ〜と感情では騒ぎつつも、同時に、オー来た来た、久しぶりの難問!(苦笑)と変な楽しみにもなってたりします。

ところが今回私に起こっていた、その難問のクイズはなかなか解けないのでした。

そのとき私に起こっていたものが何かというと、感情でいうならば、

嫉妬

と呼べるものでした(詳しいことは関係者がいるので書きません)。

嫉妬、かなり苦しい感情です。

悲しみとか哀れみ、怒りみたいに、そこに留まったりできなくて、そこから逃げたくなるタイプの感情と思います。

嫉妬というのは、突き詰めていくと、子どもの頃に親/周りの人から、兄弟や友達と比較されたことが大元であることが多いです。

私も3人兄弟ですし、そんなんでいろいろ探ってみましたけれど、それらしく浮上してきたものがどれも腑に落ちないんです。

なんでだろ〜 今頃、嫉妬という感情を味わうなんて(苦)

外からみると私には何も起こってるようにみえなかったと思いますが、内側はのたうちまわるようにもがいておりました。

苦しいので早く解放されたくて、それ自体を消してしまいたくてジタバタしてました(汗)

しかし時間をかけて探っても腑に落ちるものがでてこないので、この難しいクイズを解くのをあきらめることにしました。

何もできないので、ただほおっておきました。

ほおっておいても、嫉妬という感情は消えはしないので、苦しいままそれを持ち続けました。

何日もです(涙)。

そうこうしていたら、ふっと、とある御方に辿り着きました。

具体的にいうと、その方の書いたものを読んだわけなんですが、そこで突然答えがわかったんです。

答えは:

この出来事は、私がこの嫉妬という、どうにもならない感情を体験するために起こった

が正解でした。

別の言葉でいうと、私の魂がそういう体験をしたかったから、そうなったとわかったのです。

そしてそこから、私の源は万能な魂だからなんでも可能、でもどうにもならないということを体験したいから肉体を持ってこの世に来てるんだ〜、ということまでが深く腑に落ちてしまったのです。

私を導いたその方は、既にこの世を去られてる男性なんですが、その方の書かれているものを読みながら、やっと、やっとだ、やっと、ここに辿り着けたと心が震えました。

(スピリチュアル系の言葉でいうなら、多分、その方は私のマスターソウルなんでしょう)

その方が書かれてることは、色んな方が色んな言葉で既にあちこちで語っているもので、私も知識的に大方知っていたものなんですが、その時、そのタイミングで、その方の言葉とフォーカスの仕方で、これが真理だと自分のものになりました。

ということで、嫉妬が雲散霧消しただけでなく、私が真理と思うものまで辿り着いたというエキサイティングな(でもとても静かな)体験となりました。

別の角度からみるならば、そこに辿り着く私の最後の壁が「嫉妬」として準備されていたのだと言えるかもしれません。

 

そして、この日から、私の中では、なかなかの勢いで変革が行われています。

まだまだ混乱していて、歩み始めたばかり、という感覚ですが、

今後Blogで、その辺りのことを時々書いていこうと思っています。

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↑ これはどこの国なの?! と思うような光景ですが、日本の鳥取、鳥取砂丘です。先日初めて行ってきました。

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不快な出来事ばかりが起こる方、病いをたくさん抱えてる方、そういう状況、自分で変えることができます。

ホメオパシー療法を通して、自分の望む人生に変えるお手伝いができるかもしれません。
ご興味のある方は、HPの方へどうぞ:

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身体が表わすもの

TVをあまりみないので普通の方からみたら今頃、知ったの?! と言われるかもしれませんが、メイクという部門にも自然派と呼べそうな方がいるのを最近知りました。

メイクは顔を人口的に仕上げるものですから、それが自然派というのもそもそも矛盾してますが、他のヘアメイクの方々とは言ってることが違うので面白いです。

その方は、本田ヒカルさんという男性で、ピカ子という名前でTVなどに出られてます。

見た目かなりイケメン、ゲイだそうです。

その方のメイク、面白いです。

ファンデーションは不要なところは全く塗らないで素肌のまま、とか、眉毛を左右均等に描くのは逆に不自然だから不均衡のまま仕上げるとか、まつげを上向きにするビューラーもあまり使わないみたいなメイクをされてます。

また顔の欠点であると思ってる部分を隠すメイクをすると、余計にそこがコンプレックスとわかり目立たせてしまうから、しないそうです。

逆にそういう部分を、それが個性だからいかしましょう、みたいなことを言われてます。

私が考えるに、例えば眉毛が濃いのを気にしているので、抜いたり、目立たなく仕上げると一般的な顔にはなるけど、その人らしさがなくなる。でも眉毛の濃さをいかした顔にすると、意志のはっきりした明晰な顔になって、内面と一致した美しさがにじみでる、みたいなことかと思います。

コンプレックスに感じてる部分というのは、人と違う部分、つまりその人の個性=強みとなる部分であるので、それを拒否したり隠さないで受け入れて「統合する」ということが大事なんだろうと私も思います。

なぜなら、隠そうとしてる欠点が統合されたら、全体のエネルギーの流れに ”無理がなくなる” から、本人だけでなく、みている人も一緒にいる人も心地がよくなるのだと思います。

ピカ子さんが顔を不自然に作り上げないのは自然派指向というより、それが今の流行りだから、という言い方をされていますが、この方の暮らしぶりはかなり自然派なようです。

1人暮らしされてるみたいですが、味噌や梅干しなどを自ら手作りされていて、ロケでのお弁当や外食は一切しないそうです。それは添加物などが入ってるものを食べると肌にモロに表れることを知ってるからだそうです。

身体にいいから発酵食品や安全な食品を、ではなくて、肌に悪影響がでるものを食べないを追求していくと、いわゆる自然派の方と同じ食事になってるのが面白いです。

身体が受け入れたくないものを口にしたら、身体は肌だったり消化器系に影響をだします。

持って生まれた顔のパーツがその人の個性を表してるというのも、身体が私達の内側の深いものを反映してるからでしょう。

答えは身体が知ってる、といえるかもしれません。

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↑ 隣町で生産されたハウス栽培のイチゴ。春が近づいてる1つの目安になってます。

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身体からの訴え=症状があるとき、身体は何かを私達に教えてくれています。

その何かに気づくと、とても生きやすくなります。

1人で気づくことが難しい方は、ホメオパシー療法でお手伝いができるかもしれません。

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負けん気

先日、久しぶりに、ムッカムカ(怒!)しました。

最後にこのくらいムカムカしたのは、いつだっけ〜と思い返したら、Blog記事にもあげてましたけど1年以上前でした。

(誤解のないように書いておきますが、私はめったに怒らないような温厚な人間ではなく..苦笑、日常、特に家では小さいムカムカはいっぱいあります)

その久しぶりのムカムカは、少し遠くに出かけた際の広い駐車場で起きました。

用事を済ませ車にのって帰ろうとエンジンをかけると、私がでた後の駐車スペースに停めたいらしい車が来ました。

その車は、なぜか、出口へストレートに通じる道(私の車の進行方向)に停まって、私の車が出るのを待ち始めました。

は?出れないじゃん、私の車!?

もちろんなんとかしようと思ったら、私が180度逆方面に向かい大きく遠回りをすれば出口に行くこともできます。

でもその車が出口方向をふさがないで少し先に進んで半回りしてきて、私がでたスペースに停めた方が断然早いのです。

もし他にも駐車スペースを探してる車がいれば、私の車の後のスペースがとられてしまうからすぐ近くでスタンバるのも理解できます。

でも他には車はいないのです。

ん?と思いながら、私がでれば車をまわすかなと、とりあえず出口方向に向かう感じで、その車の後ろにつけました。ちょっとどいてよ、とアピールする感じを出したのですが、動こうとしません。

その時、ムッカーときましたね。

動かない車のことをあきらめて、自分の車がバックするのが腹立たしいと感じました。

それで運転席の窓をあけて、聞こえるように少し大きな声をだして、

「車出すから、いったんまわってきて停めてもらえますか?」

と言いました。

そしたら、車のドアをガチャッとあけてその車の運転手が降りてきました(大汗、うわ、怖い人だったら、どうすんだ私…)。

(でも、普通の人でした…)50〜60代の男性でしたが、

「ここは、一方通行ちゅうねんっ!」

と言って、手で後ろをさし、私に180度まわって車を出せという身振りで指示してきました。

ん?!いやいや、そこは出口へ向かう一方通行だからこそ、そっちが回ってよ、と咄嗟に思いましたけど、

あれ?!これって、私も、あちらの男性も、それぞれの考え(ここ一方通行だから、と、出口への通路はここ、という思い込み)があって、それをお互いが主張しようとしてるだけだな、と気づきました。

こういう場合は、ジャッジする人でもいない限り平行線になるのは必至なので、そのまま黙って、車の窓をしめ、車をバックして旋回させ、ぐるっと遠回りして駐車場をでました。

アクセル踏みながら、あー、むかつく〜!!と叫びましたけどね(苦笑)。

その後、帰路に車を走らせながら、うわ〜、ムッカムかする〜、と感じました。

ムカムカするとき、本当に嫌な気分になります。

でも、こういうことが起こると、こんなことで感情害してるわ〜と落ち込んだりもします。

それは、ああ、まだこんな小さなことで学んでなかったことがあるんだなという自分の未熟さを知ることでもあるからです。

このような感情を大きく動かす出来事というのは、私の思考や行動の「何か」のパターンを表していて、そのパターンがまだ解消されていないので起こるのです。

今回の私のように自分の持つパターンを知らせる出来事に遭遇したら、そのパターンが何かを突き止めて解消することが望ましいです。そうでないと、遅かれ早かれ、似たような出来事が再度起こることになります。

(なぜなら、そういうパターンを持ってる私が、そういうパターンを持つ人や出来事を引き寄せてしまうからです)

ですので、ムッカムカする感じを十分味わったら、今度は冷静になって、なにが起こったのか検証してみました。

私が少しもめるとわかっているのに、自分から折れてバックしなかったのには、次のような理由があったことがまずわかりました。

・その日は朝早くから駐車したので駐車スペースがガラ空きで、一番出口に近くてストレートに出口にいける場所を選んで駐車したのになぜ大きく迂回しなきゃならないの、と思っていたこと

・長年ペーパードライバーで運転に自信がないので、バックして(苦手です)大きく旋回するのをできたら避けたかったこと

・次の用事のために、少しでも早く出口に向かって帰りたかったこと

だから単純に自分でなく、相手の方に車を動かしてほしかったんです。

しかし、この出来事を再度思い浮かべて、私の持ってる「何」がこの出来事を起こさせたのかと考えてみたら、頭にふっと浮かんだ言葉は、

負けん気

でした。ああ、そうそう、私、こういうとき引くの難しい人だよね….(納得)。

相手の車が私の進行方向にいて全く動かない態度をとったときに、ムッカーとしたのは、負けたくないって気持ちだったんだろうと思い至りました。

負けん気、というのは、誰かと切磋琢磨するためだったり、自分が向上するためのモチベーションとしてならポジティブでいいと私は思います。

でも、今回のように自分の考えや希望を通したいだけのエゴセントリックな負けん気なら、そんなのいらないわ〜、そんな負けん気はもちたくないな〜、とはっきり自覚しました。

自分の考えを通したいときというのは、自分の正当性だけにフォーカスしてしまうものです。

そうすると相手の言い分、状況を理解しようとは思わなくて(理解すると自分の正当性が主張できないので)、つまりは相手に”思いやり”をもつことが難しくなります。

思いやりをもてなくなるとどうなる?

ずばり人間関係がギスギスするでしょうね。

はい、そうです、駐車場の私と相手の運転手の方みたいに(大汗)。

 

ということで、今後は、負けん気が起きたら、これはエゴのための負けん気がどうかを見極めようと思いました。

はあ、これで、このパターン、もう繰り返しませんように。

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薪ストーブの煙突の横に設置したキャットツリーの暖か〜い特等席。大体いつもミヌの居場所になっています。スコッチはそういうところに負けん気は全然ありません。

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怒りをもつ出来事が多かったり、そういう人に遭遇したりすることが多い方、

それはもう不要なパターンだと思います。

自分で不要なパターンを外すのが難しい方、ホメオパシー療法でお手伝いできるかもしれません。

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頭の中にスペースを作る②

1つ前の記事の続きです。

ということで、以前は頭がいっぱいになってきたときに、Brain-dumpという方法を使っていましたが、

ここ最近は、全く違うことをしています。

頭がいっぱいになってきたら、

 

すべて、うまくいってる〜、大丈夫

 

と思うのです。ただ、それだけ。

 

こう思うと、気がかりやら、やらないといけないことが頭の中にごちゃっとあったはずなのに、

頭の中がぽわんとゆるんで、頭の中になにもない感じになるのです。

 

すべて、うまくいってる、は、私の場合、裏にこういう ↓ 考えがあって成り立ってる言葉です:

 

過去のことは考えてもしかたがない、あのとき何かがやり足りなかったとしても私のベストだった、

だから 私はやることはやった、

未来のことは気にかけても、そのときにならないと実際には動くことはできない

自分にできることをやったら、私の周りで起きることは(運とか巡り合わせとか)、私にはコントロールできないから、周りに起こってくることをただ単に待ってよう〜っと

よくいう 流れに身をまかせる みたいな考えです。

過去に起きたことや、これから起きることに神経を張り巡らせて、「自分が取り仕切る」のではなくて、

自分のやることをやったら、あとはのんびりと構えてよう まかせちゃおう ワインでも飲んじゃおう(?)みたいな発想です。

これらの考えを集約すると、すべてはうまくいってるから、大丈夫 という言葉に私の場合はなるのだと思います。

「すべてはうまくいってる」という文言は、スピリチュアル系や自己啓発系でもよく言われる言葉なので、本かどこからか自分で仕入れてきたと思いますが、この言葉が短いし、しっくりきます。

Brain-dumpの方法で、頭の中を整理していたときは、頭の中に空いたスペースができはしたのですが、そのうちやらないといけないto doリストがクリアになっただけで、
実はやることがある、なんとかしよう、という隠れた意識はなかなか消えなかったんです。

でも、すべて、うまくいってる、と思うと、

頭の中のごちゃごちゃは、気にすることなんかないんだ〜 と力が抜けるのです。

かといって、毎日の生活の中で毎瞬間にこう思えてるわけではありません。

ふとした瞬間に何かが気になったとき、家事をしてて悩みが頭に浮かんだとき、寝ようと目を閉じたら気になっていたことが頭に次々と浮かんできたときなどに、

すべてはうまくいってる、だから、大丈夫〜

と自分で思うようにしてるのです。

深く息をして、じっくり、大丈夫と感じる。

そうすると、頭の中がゆるんで、暗い空間がひろがって、楽になります。

この思いを持ち始めると、あら、本当に全てはうまくいってるのねと思うこと、しばしば。

きっとこの世ってそういうものなんでしょうね。

瞑想も1つの方法と思いますが、以上が、頭の中を空にしたいときの私のとても楽チンな方法でした(つまり私は頻繁に頭がいっぱいになってる人ってことですね…苦笑)。

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すべてうまくいってる寝顔だ〜。うまくいってると思えたら、寝顔も心もゆるみます zzz