自由な選択だった

私には、年に一度、一緒に旅行することにしてる高校のときからの大親友がいます。

彼女は病院で介護の仕事に就いているのですが、その病院で少し前にコロナのクラスター感染が起きました(汗)。

彼女が働いていた病棟に感染者がいたため、彼女はホテルで2週間の隔離生活をするはめになったのです。(自宅待機という選択肢もあったけど、一緒に暮らす彼女の娘さんが看護師のため、感染のリスクがないようホテル待機を選択した)。

滞在したホテルの1フロアに病院の同僚らが待機してるのは察しがつくけど、万が一の感染を防ぐためにコンタクトしちゃいけないので会話もなし、部屋の外でドアが開いたりする音が聞こえるのみ&朝それぞれの部屋の前にだされたゴミをみてあー誰かいるねと思うだけ、というなかなか不気味なシチュエーションだったそうです…..

2週間の間、食糧の買い出しだけ外にでていいらしいのですが(待機中に2回PCR検査して陰性だった)、それ以外はビジネスホテルの狭い部屋で、誰と話をすることもなく、ひとりきり(汗)。

私が電話したときは、うつになりかけてたかも、と苦笑してました。

私がそういう隔離生活を送ると想像すると….

わーい、2週間、料理、掃除、洗濯しなくていい、ひゃっほー!

ワイン買い込んで、読書三昧、動画三昧、運動不足ならヨガして、瞑想も誰にも邪魔されずたくさんできる〜って、喜んじゃいそうですが(苦笑)、

あ、猫たちに会えないのが寂しいかも(汗)、

なんて思ったけど、

実際に自分がそういうせまい部屋に隔離されたら、おそらく、あれして、これして、などというやる気自体がなくなっていくのかもしれません。

ホテル隔離の最終日、最後の検査をうけて陰性かどうかの結果待ちのとき、

いよいよ明日帰宅できるとなって彼女がまず思ったのは、

栄養失調気味だから、自分が食べたい美味しいものを作ろう!

ということでした。

ずっと外で作られたものを食べてきたのだから、なによりもまず、そこを思うだろうと思います。

よく考えたら、

自分で食べたいものを決めて、

材料を選んで買って、

それを自分で作って食べる。

毎日の料理作りとは、

なんと自由なことをさせてもらっていたんだ! と、私も彼女の言葉を聞きながら、

気づきました。

家族のための料理を作っていると、だんだん義務みたいに感じて、うんざりすることもあるのですが、

料理って全て自由な選択から成り立ってるんですよね。

自由に食べる品を決めてよくて、

自由に材料を選んでよくて、

作り方も自分の好きなようにできる、

そして好きに盛り付けて、

好きな食べ方ができる(手でつまんだり、かぶりついたり、

フォークとナイフで食べたり、5秒でたいらげたり、おしゃべりしながら食べたり)。

料理&食べるって自由選択の結晶だったんだ!って改めて思いました。

そんなこといったら、全て人生は自由選択でできてるんですけどね。

自由だったというのは、不自由な状態にならないとなかなか気づけないものです。

コロナは困ることも深刻な問題も多いけれど、こんな感じで不自由さを強制的に教えてくれることで、

これまで当たり前だったことがどんなに自由で幸せだったかも教えてくれてるな〜と思った出来事でした。

しかしコロナのおかげで、彼女との例年の旅行計画はキャンセルとなりました。

それもまたこれまで当たり前にできてたことができなくなって、友達と旅行できてたことがどれだけありがたかったんだと気づくことになってます….。

暑くなってくると、猫たちは猫ベッドでなく床に寝そべります。一番涼しいんでしょうね。
好きな場所でいつでも寝そべることができる、自由だ〜!

行動にうつすまでの速度

行動が早い人と、遅い人の差ってなんだろう、と思ったことあるでしょうか。

エネルギー療法をやってるものからいうと、これは、

その人のエネルギーの流れにつまりがあるか、ないか

だと思っています。

ある講座を開催したときに、

この方とこの方(過去のクライアントさんで今も繋がってる方)は、

この講座を受けるのがいいだろうな〜と

思い浮かべた方々がいました。

しかし残念なことに、想定したこの2名からお申し込みはありませんでした。

別のある方に限っては、その講座はその方には必要だろうと思ったので、直接お声かけをしました。

しかし、その方は辞退されました(日時の都合の問題でなく)。

一方、フタをあけたら、その講座は特に受けなくても大丈夫でしょう(メンタル的に)、

と思う方々が申し込んでくれてました。

ここで私の講座が魅力的でないからという問題は横に置いておいて(汗、苦笑)、

このような例は、他のシーンでも同じかもな〜と思います。

良い状態で暮らしてる人は、さらに良くなるようにさっさと動き、

停滞してる状態で暮らしてる人は、停滞してるまま動きが起こりにくい。

停滞してる人は、エネルギーの流れに滞りがある、つまりエネルギーブロックも多いと言えるし、

頭で考えすぎるから動けない、つまり自分の心とつながってない、直感を信じてないという言い方もできるかと思います。

電気信号でいうなら、電気が弱い or 伝わるのに中継箇所が多すぎる、もしくは電気信号が最後の「行動」スイッチまで到達できない(汗)のかもしれません。

久しぶりに会った人で、家族内での出来事や年齢の変化はあるけど、本人にほとんど変化がない人って、いますよね(外側の環境だけでなく、心の変化も含め)。

数年前に聞いた愚痴と全く同じ愚痴を話してる人とか(汗)。

一方、環境を変えてたり、趣味でもなんでも新しいことを始めてたりする人がいる。

そういう人は会うと軽やかな感じがします。

変化が多いということは、それだけたくさんの経験をしてるということで、

経験が多ければそこで新しいなにかを学んだり、問題を乗り越えたりして、

人としての成長&進化の機会も多くなるのだろうと思います。

注)転職を繰り返す、ということとは違います。
また生活環境がずっと同じでも、内面で日々学びをしてる人もいるので全ての人に
上記の例があてはまるわけでもないです。

そういえば自分は行動までの速度が遅いな〜とか、ここ数年あまり自分に変化がない、と思ったら、

とりあえず頭で考えすぎないで、まずは目の前に流れてきたことに動いてみると、エネルギーのつまりを自分で外していくことができます。

↑ ハーバリウムというのをいただきました。青いエリンジュームや霞草が浮かんでいます。
みるだけで、ひんやり感、涼しさ、そして静けさまで感じさせてくれます。

知ってるか知らないか

昨日、暑い中、家の前庭に座り込んで、伸びてきた雑草を文字通り1本づつ手で抜いていたダンナさんに、

誰か男の人が話しかけているのが聞こえてきました(私は、そこの前に建ってる”離れ”でオンラインの仕事が始まるのを待っていたところ)。

どこの国の人?、いつから住んでるの?などと、質問を立て続けに浴びせかけられているところからすると、近所の人でなく、通りがかりの人のようです。

知らん人:「おとうさん(とダンナさんに呼び掛けてた)は、草、そうやって抜いてくの?」

ダンナ:「ウン、そう(と日本語で答えてる)」

知らん人:「除草剤は使わない?」

ダンナ:「使わない、アレでしょ、◯ウンドアップ?!」

知らん人「うん、◯ウンドアップ」

ダンナ「アレ、ガンになるから使ワナイ」

知らん人「ガンになんの!?』

ダンナ「そう、あれ、ガンになるから、フランス禁止」

知らん人「フランス禁止なの?!」

ダンナ「あれ、売ってるの日本だけ」

知らん人「えー、日本だけ?!」

って、おいおい(汗)、何のレクチャーしてんだ(苦笑)….

と障子開けて見てみたら、地面に座り込んで草抜いてるダンナさんに話しかけてたのは、

ロン毛金髪で頭にタオルをまいた30代くらいの作業着の男性でした… 誰?!(笑)

そこで、アナタは、誰?!と今度はダンナさんに質問されたその男性は、

自分は隣町に住んでクズ鉄などを回収してるXXといいます、また、来ますわ!

といって軽トラに乗って去っていきました。

あー回収業者の人だったのね(苦笑)。

◯ウンドアップは、発癌の可能性ありで多くの国で販売禁止、フランスでも去年販売禁止になったのに、この間まわってきた回覧板にJAのチラシが入っていて、

◯ウンドアップ「JA推奨」と印字があったのをみてダンナさんは腹を立てていたのでした。

だから、レクチャー(?)したかったのかも(汗)。

ここら近隣のホームセンターでも◯ウンドアップは、いまだに 堂々と目立つ場所に並べて売られていますので、

さっきの金髪男性みたいに、健康リスクがある可能性を知らないで、草を殺す効果がある方だけをみて使ってる人は結構多いのかもしれません。

そういう情報は、自分で調べないとでてきませんからね(汗)。

他国では健康&環境リスクから販売禁止となってるのを知ったあとでも、これは便利だからと使おうと思う人はいるのかな?!

しかしながら雑草をすっきりさせるというのは、現実問題とても大変です。

こんな広さの庭でも、砂利を敷いてるのに雑草は伸びてきて、ひーひーいうし、これでよしと思えるくらい雑草なしで綺麗になったこと正直一度もないです(苦笑)。

だから、大きな畑や田んぼの畔、スポーツ用のグランドなど広い場所だと除草剤を使わないとやっていけないのかもしれません。

ただ安全な除草剤がないかと調べると、最近は火山灰や塩をつかった安全な除草剤も販売されてるようです。

こういう代替品が生態系にどういう影響を与えるのかも今の時点でわかりませんが、

◯ウンドアップみたいにズバリ「毒」をまくものではないので、

できることなら、環境そして自分たちの体にも負担をかけない製品を選択していけたらと思います。

そういう我が家では、除草剤代わりにダンナさんに草を抜かせて彼の体に負担かけてる!?いや健康にしてる、と思っておこー(汗)。

玄関あけたらフェリックスがご飯をねだります…
その向こうに抜いてもすぐに生えてくる雑草の茂みがみえます(汗)    

思い通りにならないとき

先日のことです。

午後から予定が入っていたので、午前中のうちに、

仕事の資料作りとプリントアウト、

それを郵便局にて郵送、

買い物、

アップされたばかりの見たい!と思ってる動画をみる、

コインランドリーで洗濯物を乾かす(雨だったので)、

という複数の用事を頭の中で効率よく組み合わせて、それに従って行動してました。

資料作りと郵便局は計画通りにささーっと済ませることができ、

次にコインランドリーに向かい、洗濯物を乾かす間に動画をみて、

帰り道で買い物を済ませたらバッチリだ!と、

乾燥機をまわし、

車に戻り、いざ!動画 ♪ と思ってバッグをさぐったら、

スマホを家に忘れてきてました(!)

昔の私なら、あーバカっ!、私はどっか抜けてるな〜と思いつつ、

この待ち時間に買い物に行って、少しでも予定を進めようと動いてたのですが、

このところの私は….

こういうときは、サレンダーするか〜と力を抜いて、車の中にとどまりました。

そんで瞑想しました。

私は車に Ipod積んでいて運転中に音楽を聞いたりするんですが、

そこに瞑想音源とかヒーリングBGMも入れてます。

このときは、チベットのヒーリングミュージックというのを聞いたのですが(雨音とマッチしたので)、瞑想して…. はっ!と気がついたら、乾燥機がすでに停止してました。

寝てた?!苦笑、5秒も経った感覚ないのに、40分以上たってた(汗)。

しかし非常にすっきりした心で、インスピレーションまで もらって、買い物もスムーズにすすみ、午後も気持ちよく予定をこなせました。

サレンダーsurrender という言葉は、

カジノ用語にもありまして(カードの賭けを途中で放棄できる)、

降伏する、放棄する、というのが文字通りの意味です。

英語版オラクルカードを使う方は、surrenderと書かれたメッセージカードはお馴染みかもしれません。

そちらの世界の意味でいうと、サレンダーは、

天にまかせよう、

エゴで動いて四苦八苦しないで、大いなる流れのままに、

みたいな意味です。

この日の私みたいに、日常の小さなことから人生の大きな出来事まで

ー「自分の思い通りに」コトが運ばないとき、

ー「自分の予想」とは違ったことが起こったとき、

サレンダーすると、とても楽になります。

自分の思い通りにコトが進まないときは、

大いなる流れと違うことを起こそうとしてるよ、というお知らせだからです。

コトがうまくいってるときは流れにのってる、

コトがうまくいかないときは違う流れにのろうとしてる(もしくは逆らおうとしてる)、

ということなので、

あーそっかー!と、自分の「思い通りをあきらめてみる」のはどうでしょうか。

ということで、私は問題解決の最短で最強、最楽な方法が、

サレンダーする、だと思っています

(というか、それが真理なのですが)。

サレンダーという言葉をわざわざ使うのは、類似表現の

手放す とか

流れに身をまかせる

という少々使い古された言葉で理解すると、

新しい習慣としてなかなか導入しにくいからです。

サレンダーというあまり聴き慣れない言葉を使うことで、

新しい概念として自分の中に導入していくことができたら、

新しい生き方に変わっていくんじゃないでしょうか。

加古郡で遭遇した満開のラベンダー! 匂いを深ーく何度も吸い込ませてもらいました!

フェリックス その後

ノラネコのフェリックス(勝手に命名)のその後ですが、

ご飯をあげたからか、完全に居着(いつ)いています….. 我が家に、と

書きたいところですが、実際はこんな状態です ↓  注)死んでません。

おーい!、ひかれるぞー!!(冷汗)

なんでこの位置かというと、フェリックスは、お向かいの奥さんからもご飯をいただいているようで、

いつのまにかフタマタ野郎になっていたんです!!→ ついついオスだから、こんな表現に(汗)、

失礼しました。

そうじゃなくて、お腹すかせたやんちゃな子なんだわ〜

あらあら、お腹がすいてるの、

じゃ、おばちゃんとこでご飯食べていきな、おやつ食べていきな〜

という感じで近所の人に生かされる昭和な子の状態になっています(笑)。

お向いの奥さんはお勝手口からあまった食べ物をくれてるようで、そこにいつでも飛んでいけるように

スタンバッているのです(汗)。

そんなんで、フェリックスは、

道の真ん中か、

お隣さんの勝手口の前か、

我が家の玄関先に住んでおります(苦笑)。

我が家は玄関をあけると、まるでコンビニ自動ドアのチャイムのように、ニャアニャア、ニャアと、

フェリックスが鳴きながら怖いくらいにご飯をねだってくる毎日です(汗)。

ずいぶん慣れてきて、エサを置けばキャリーバッグに誘導できそうなので、

フェリックスは望んでもいないだろうけど(ごめんね!フェリックス)、

今月中に去勢手術に連れていこうと思ってます。

先日、裏で読書してたら、私がつまんでいた食べ物をもらえると思ったのか、↑ 気がついたらテーブルに飛び乗ってきたのでびっくりしました。ちかっっ、フェリックス!(でもナデナデはできません….)

バッチフラワー講座やります

バッチフラワーレメディ(Bach Flower Remedy) を使って感情を癒す講座をします。

エドワードバッチ(イギリス人医師 1886-1936)が、

最もシンプルで

最も効果的な方法

を目指して作ったこの製品は、その意図の通りに、とても簡単に使えます。

38種のフラワーレメディの中から、

自分に現れているネガティブな感情と合致するものを選び、それを経口摂取するだけです。

ですので講座を受けなくても、セラピストにみてもらわなくても、

本来は自分1人で使えます、が、

ざっと解説してもらうほうが手っ取り早く導入できますし、

講座形式にすることで他の参加者さんの質問疑問も聞けて、1人で学ぶよりも格段に選び方が明確になると思います。

バッチフラワーは、心(感情)を癒すためだけの製品と思われていますが、

バッチ自身は、この製品を、病を癒す&病の元を治すことを目的に作りました。

というのも、彼は長年の医師経験の中で

「病とはある心理状態が固化したものだから」とわかっていたからです。

実際に彼の臨床では、病の元となるネガティブな感情を癒すことで、病自体にも改善がみられるケースが多くみられます。

またネガティブな感情が起きたときに癒しておくと、病の段階まで進行しないこともよくわかっていたのです。

ということで、このように使い方がシンプルな製品で、ネガティブな感情を自分で癒すことができれば、日々を楽に過ごせるだけでなく、

病になることを未然に防ぐことにもつながるかもしれません。

そんな素晴らしい可能性のあるバッチフラワーレメディのことを学んでみませんか:

バッチフラワー講座

7月21日火曜日 10時〜12時  Zoom にて
*講座終了後、ご希望の方にはレメディ選択の簡単なアドバイスをします。

ホスト:ペルー明子(←わたしです)

募集人数: 10名くらいまで → おかげさまで満員となりました(礼)

料金: 4.000円税込
代金には、講座で使うミニ冊子(事前郵送)と
講座を受けて自身が選ぶレメディから作るトリートメントボトル22ml  1本の代金
(講座後郵送)が含まれます。
   
注)フラワーレメディをすでにお持ちの方でトリートメントボトルが不要な方は
  3.500円税込になります。

参加ご希望の方は、

  • 氏名
  • ご住所(冊子とボトル郵送先です、郵便番号からお願いします)
  • 当日の連絡先となる携帯電話番号(万が一問題があったときにだけかけます)
  • トリートメントボトル郵送が不要な場合は教えてください

を記載の上、customerarnica@gmail.com までメールしてください。

バッチフラワーレメディは、保存料としてグリセリンまたはブランデーを使用してる2種がありますが、今回送るトリートメントボトルには、上記写真にうつっているヒーリングハーブ社製ブランデータイプを使います。

学校に行きたくない3

子供が学校に行きたくないということを言い出したら、

私なら、個人的にどうするかについて追加で書きます。

学校に行きたくないと言い出したら、まずは、その気持ちを受け取って休ませると思います。

次に何が起こってるか、理解しようとします。

友達や先生といった心の問題からきてるのか、

疲れてるとか体力の問題なのか、

それとも学校のシステム自体が本人に合わないのか。

心の問題なら、克服するのをヘルプするようにします。

学校の拘束時間が長すぎてただ単に疲れてるなら、生活リズムを変えるとか、
体になにか問題があるなら、例えばホメオパシーのレメディを使ってみます。

学校のシステム(集団行動や規則に従う)がそもそも本人に合わないのだとわかったら、

代替となる別の学校を探すかなと思います。

まだ子どもが小さいときに、

本人の代わりに親がなにかを選択することがあるならば(幼稚園とか小学校とか)、

そこが本人に合ってるか、を私は大事にしたいです。

その子の「気」と合ってるか=エネルギーと合ってる環境かどうかを

大事にみようと思います。

学校に通うのは、親でなく、子ども。

親がこれが良いだろうと思う学校と、子どもに合う学校が同じとは限りません。

メダカ を育てる(私、たくさん飼ってます、笑)のに大事なのは、メダカ に合う水環境を作ってあげること。

水が合うと生き生きとメダカ は泳ぎます。

子供も同じで、その子の「気」に合う環境なら、その子はのびのびとしていられると思います。

大人も同じですよね。

自分に合ってる環境で暮らすと(エネルギー、周波数が合うということなんですけど)、

とてもよい状態で暮らせると思います。

私の息子が今年から高校生なのですが、彼が高校を選択するときに、

私からあげたアドバイスは、

「実際行ってみて、自分の ”気が合う” と感じるところを選んだらいいよ」でした。

といっても田舎の車社会なので、私が車で連れて見学にいかないといけなかったのですが、

複数の高校に一緒に見学にいって、

私が、わー、ここ「気が合う」と自分が感じた高校と、

息子が第一志望に選んだ高校は同じでした。

そして、今、そこに通っています。

あの自分が気が合う感覚を感じたときに、そして息子の顔もそこで輝いてるのをみたときに、ここに通うことになってるんだろうなとひそかに思いました。

こういうことが大事と思うようになったのも、過去の経験の学びからです。

息子がまだ小さいとき、東京にすんでた頃、たくさん習い事をしてました。

親がこれがよさそうとエゴで選んだものも多かったし(汗、反省)、
お友達に誘われただけで、これする!と言って始めた習い事もありました。

でもフタをあけて続かなかった習い事は、振り返ると本人には合わないもの、
「気」があってなかったものでした。

あれらの習い事は、私の勝手な願望や(苦笑)、

頭で条件を考えて選んだものだったなとよくわかりました。

なにかを選ぶとき、頭で選ばないで心で選ぶとうまくいくと1つ前の記事に書きましたが、

心で選ぶというのが抽象的すぎてわからないときは、

「気=エネルギーが合うか」を感じて、選ぶようにしたらいいと思います。

そこにいていい感じがしたら、そこは合ってると言うことができます。

そこで子供が生き生きとしていられるイメージを持てるか、

それをイメージすると自分がリラックスして呼吸をすることができるか、それを指標にできます。

(エネルギーが合ってると、リラックスして呼吸ができます)

↑ メダカ によい水環境は、カエルにも合うようで、いつのまにか住みついてるようです(大汗)。メダカ 食べられてるかも….(!)

学校に行きたくない2

1の続きです。

1では、学校に行きたくないと子供たちが反応しだすことは、その子個人の問題とは限らず、パラダイム変化1つの現象かもしれないと書きました。

ただ、そうはいっても、現時点で、どう対応するのか?についても書いてみます。

対応といっても、

この子にどういう言葉をかけたらいいの?

先生に何と言えばいいの?

みたいに他人軸で考える前に、

子供が学校に行かないという問題があなたにとって(子供にとってではなく)何を表してるか? 

と自分軸で見ていくのをオススメします。

一見、お子さんに起こってる問題のようにみえますが、これはご自分の中で未解決だった問題の反映であることが多いのです。

だから、どうにかしないといけないのはお子さんじゃなくて、ご自分の内面だったりするわけです。

(というのも、お子さんは学校に行きたくない気持ちを体現してるだけで、今の時点では悩みにはなっていない)

このお悩みを相談してきた方は、お子さんが学校にいくのをしぶり、泣き叫ぶので、その気持ちを尊重してお休みさせたりしています。

その対応をしている中で、この方が一番気にかかっているのは、

「もしずっとこのまま学校にいかなかったらどうなるの?」

です。

なぜなら、自分の中に、普通に学校に行く道を歩ませたい、という思いも持っているからです。

この方のお悩みの核は、

子供の気持ちを優先する VS  自分の価値観を優先する

のはざまでゆれる葛藤と言えるかなと私は思います。

なぜこう言えるかというと、過去にいじめっこの問題をかかえていてそれを解消していないまま親になった方なら、

同じ状況でも問題をこんなふうに話すのです ↓

子供が苦手な子がいるみたいで学校に行きたくないって言うんです、と。

他人にみえてる問題というのは、元をたどると、

このように自分のフィルターを通して話される「自分の問題の投影」であることがほとんどです。

さて、この方の場合でいうと、自分の中で抱えている葛藤の問題をどうしたらいいか?ですが、

答えや正解はないので、ご本人がみつけるだけです。

どうしたいのか、どういう選択をしていくのか、自分の「心」でこの機会に決めるのです。

世間からずれてようが、お子さんの気持ちを優先してあげることが何より大事だと思うのなら、

そうしたらいいのです。

行きたくない、と泣き叫ぶなら、それを第一に受け入れて休ませていいんです。

そのうちどうにかなるものです。何をどうしたって、最後にはその子の人生らしくなるのですから。

学校にいかないと暴れても、その子が普通に小学校に通うようになってる人生なら、

やっぱり行ってみるってそのうち、その子は言うようになります。

でも、その子が小学校に通わず、少し違う道の人生を歩むようになってるなら、そうなります。

でもそれで人生がダメになるわけではなくて、なにかが動いて導かれて、いずれにしろその子らしい人生を歩むようになってるのです。

だから、何も心配しなくていいのです。

でも、あなたが小学校というのは学ぶことがたくさんあるし、友達とも触れ合えるし、それを体験して欲しいと心から思ってるなら(世間体のためでなく)、
そんな風に率直にお子さんに話して、頑張って行ってみるように促せばいいのです。

心が伴ってるメッセージというのは伝わりますから。

メッセージがちゃんと伝われば、お子さんが学校に行くか行かないかどちらを選んでもご自身は受け入れられると思います。

いずれにしろ、どんなことが起こっても、なるようになってますので、

自分の「心」が望むように動けばそれでいいのです。

こう書くと ↑

「”自分の心が望むように”というのが、自分でもわからないのです」

と尋ねてくる方がいます。

そういう人は、「心」でなく「頭で考えてる」人です。

頭で考えると、いろんな損得や条件を比べるだけになるので、自分が何を望んでるかわからなくなります。

「心」で選べるようにする具体的な方法を紹介しますと、

①呼吸に意識を集中します。

②呼吸しながら、ハートチャクラ(第4チャクラ)の場所に自分の「意識」をとどめるようにします。

思考をストップして、自分の中心を「頭」から「心」に移動してくるというイメージを持つとやりやすいかもしれません。

しばらく静かに「心」に ”意識をおいて” 呼吸してください。

この問題を「心」で見よう、と思いながら、呼吸してもいいです。

そうすると、自分が本当に望んでいることに、ふっとアクセスできます。

(そのとき、アクセスできなくても、時差があって、あとでふっと気がついたりします)

「心」で選んだことは、いつもとてもうまくいくようになっていますので、どんな問題のときにもこのやり方はおすすめです。

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蓮の花をみると、”宝物、みつけた〜!” みたいにテンションあがります。
近々もう一度見に行こうっと。

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心が望むように、と思っても、過去の価値観に縛られて身動きが取れない方、
エネルギー的にいうと、それはエネルギーフィールド にブロックされてる箇所があるからだと思います。

ホメオパシーのレメディを使って、そのブロックをとって、もっと軽々と生きてみませんか。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/


学校に行きたくない1

コロナ休校が終わって、ほとんどの学校が以前のようなスケジュールに戻ってきてますが、

そのせいか例年なら4月末や5月頃にいただくお悩みを、この時期に耳にしています。

子供が学校に行きたくない、と。

いやーわかりますよね、学校は友達にあえたり、大勢でなにかを共有&体験できるという嬉しさがある反面、

きちきちした時間割で、

小学生でも8時に家をでて3時くらいまで家に戻れないので、

先生やクラスメートに溶け込めてなくて緊張してる子なら心身ともにヘトヘトだと思います。

特に今年はコロナ休校で、ゆっくり毎日を過ごせるというのを体験してしまってるので、行きたくないと口にするのも、よくわかります。

そして、昨今は、親御さんもそういう場合は無理にいかなくていいよと受け入れてあげる方が多いように思います。

集団意識が変わってきたな〜と思います。

昔の私の小学校時代というのは、

学校は行くもんだ! 

「義務」教育なんだから!

みたいな意識が世間全体に蔓延していたので、

親は子供が学校が嫌いだろうがなんだろうが行かないという選択肢は思いもつかなかったし、

子供もよほど個性の強い子でないと、その集団意識には抗えなくて、

行きたくない気持ちを飲み込んで(無意識に)皆が通っていたと思います。

でも、不登校やひきこもりという現象がどんどん表面化してきて、

一般化してきたといえるこの頃は、

そういう集団意識も相当に変わってきたと感じます。

学校行きたくない、それ、フツーだよ、と思える時代になってきてると思います。

このようなパラダイム(ある時代のものの見方)のシフトは、

大人社会の中でも起こっていて、

サラリーマンとして会社にいって働き続ける生活が標準だったのが、

今や、個人がスモールビジネスで起業したり、Youtuberやプロのゲーマーといった職業が成り立ったり、自給自足の生活をしたりと、「当たり前」だった大人の仕事に対する感覚も相当に変わってきてると思います。

ですので、パラダイムがシフト中という広い視点でみるならば、

子供が学校に行きたくない現象をあちこちで見聞きすることや、

自分の子供にもそれが起きているのは、個人の問題とは限らず、

集合意識が変化する途中に起きてる現象の一部分ともいえると思います。

このような過渡期に問題となるのは、

学校に行きたくない(=既存の学校システムにもう合わなくなってる)子たちの意識と

学校という外側のシステムの現状に、まだズレがあることです。

(意識がいつも先で、カタチはあとでついてくるものだから)

あと10年もしたら、ホームスクーリングとか、サドベリーやオルタナティブなどのフリースクールがもっと充実して、子供たちの個性や気質に合った学校選びがフツーにできるようになってるかもしれないし、

学校のシステム自体が様変わりして、登校 するか オンライン授業かを好きに選択できるようになって、学校行きたくない→そもそも無理に行く必要なし!、と変化してるかもしれません。

長くなりましたので(苦笑)、いったん、ここできります。

↑ 今年は満開の時期にみれました!見事な蓮の花たち!

ヤマサ蒲鉾さんが栽培されていて、無料でみれる広大な蓮の花苑、圧巻です。
ご興味のある方はこちらへ:https://www.e-yamasa.com/special/hasunohana.html

みんな同じ旅をしてる

先日、

久しぶりに話をする機会があった男性(60前後くらいの人)から、

自粛期間中の彼の状況を聞いていました。

仕事上に起こった変化の話がメインでしたが、最後にそのことで彼の心にもなにか変化があったか尋ねてみました。

この男性に、以前、いわゆる精神世界のことを話したことがありましたが(彼の話題にそういう意味を感じたので伝えてみた)

「それは怪しい宗教みたいなもんだよね!」

という反応でした(苦笑)。

(「肉眼で見える物質世界」だけしか存在しないと信じてる人も多いようですが、逆にそういう人たちは、自分たちが受け入れやすい学術の知識:最新の科学、物理学や天文学等で解明されはじめてる現状の方にも触れていないのかもしれません)

そのような男性が、私からの質問にこう答えました:

「なんだかね….なんで自分は生まれてきたんだろう、って思って、

それが知りたいなと思ったんだよ」と。

!!!(→ 無言で目をむく私)。

「そうなんですか!」(→ これは、声にでた)

やっぱり、どんな人もそこにたどり着くんだな〜としみじみ思いました。

私もずっと探してきました。

私の場合は、

子供の頃から、なぜかわからないけど、お金とか物より

「心」が一番大事だなと思っていました。

もちろん、お金や物や外側のものに目がくらんだ(汗)こともたくさんありますが(今も、苦笑)、

でもいっつも「心」がなによりも大事なものだと感じてました。

昔は、そのことを、自分は「心理」に興味があるのだと思っていました。

そのうち、その思いは「自己実現したい」という言葉に変わり、

そして「真実を知りたい」という言葉になっていきました。

やがて「真実」を探している途上で、

ホメオパシー療法に流れていって、

ホメオパスをやって、コンサルテーションで人々の人生を一緒に追体験するうちに、

今度はこれら全てが起こってる「この世の仕組みを知りたい」という探求になりました。

そして、この世の仕組みがわかっていく途上で、

自分が探し求めていた「真実」とは何のことだったのか、

「自分」とは何だったのか、にたどり着きました。

たどり着いたといっても、覚醒したわけではありませんが(苦笑)。

けれどそこで真実探求の道はいったん終わって、

今度はそれを分かち合っていきたい状態に変わり、今があります。

人は、究極の問いとして、

ー自分が何であるか知りたい(自分は何者なのか、自分は何で生まれてきてここにいるのか)

ーこの世とは何か(この世の真実とは何か)

ー神は本当にいるのか

を深いところに持ってると思います(上記3つは、言葉は違うけど同じ問いだと思います)。

意識的でも無意識でもこの問いをどこかに持ちながら、

その答えにたどり着いていって、自分が何者だったかを思い出す、

それが人生だと私は思っています。

色んな悩みを持つのも、

問題にぶつかるのも、

そして病になるのも、

とにかくそういう様々な用意されてる経験が、

その答えにたどり着くための 

きっかけであり、

ツール 

なのだと思います。

話を戻しますと、その男性に、

「(なんで生まれてきたのか)よかったら、私が説明しましょうか〜」

と冗談ぽく提案してみたら、

「結構です!」

と断られました(笑)。

彼は、それを知りたいとはっきり認識したのだから、それにたどり着くでしょう。

今後の時代は、そういう内面の旅をしていく人がさらに増えるのだろうと思います。

道端のアジサイが美しい季節になりました:

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少し前に始めた「心のスタディグループ」は、自分だけの体験でなく、他の人の悩みや体験をもツールにして、各々の心の旅をしていくものです。

上記の究極の問いが心に浮かんでいる方、今、もっている悩みや病の症状をツールにして
内面の旅を始めるてみるのはどうでしょうか。

ホメオパシーのレメディなど高次のエネルギーを使って、その旅のサポートをします。
ご興味のある方は、HPをご覧ください:https://arnicahomeo.com/