爪をかむのは

小さなお子さんを持つママからメールをいただきました。

お子さんが爪をかむ癖があり

「私の態度のせいだろうか…」と気になります

とのことでした。

爪をかむのは子供だけでなくティーンエージャーや大人でもいるので、わりとありふれた癖かもしれませんが、

その行為をみかけると、なんとなく不健全に感じてしまう方がほとんどではないでしょうか。

爪を噛んでるのは愛情が足りないからだ、と世間でまことしやかに言われてきたという風潮もあるかもしれません。

身体症状をメタフィジックな分析で解説してるリズ・ブルボーによると、

爪を噛むという症状は:

「日常生活の細かな面において自分が守られていないと感じていて、ひそかに心の中で苦しんでる」

という感情を表しているそうです。

爪を噛む癖は、

「自分を守ってくれる人はいない」

「自分を助けてくれる人はいない」

「自分1人ですべてをやらなければならない」

というような思い込みをもってるときに現れる症状という言い方もできます。

私がみてきたケースから言えることも同様で、

爪を噛むクセがある子は、

家庭内で「親」から自分を守ってもらえないと感じてる子に多いように思いました。

その子たちの代弁をするなら、

「パパor ママは自分の味方じゃない」と思ってるようでした。

なぜ、彼らがそう思ってるのかというと、

親が自分に厳しくあたるから(小言が多い、注意ばかりされる)です(汗)。

親御さんたちは、お子さんたちをなんとか自分が考える良い方向に一生懸命導こうとしてるのですが、

子供たちはそういう親の言動から、

あ〜パパやママは、自分の味方じゃないんだ….

と捉えてるわけです。

そりゃ、まあ、自分のやることに賛成&支持してくれなくて、

そうじゃない!こうじゃない!と言ってくる人のことを、

自分の「味方」とは思えませんよね(汗)。

親心(おやごころ)子知らず、ですかね?!

いやいや、これは、こどもの心親知らず(苦笑)。

かくいう私の息子も、ある一時期、爪を噛んでたことありましたっけ(反省)。

話を戻しますと、

私は、このところ、爪を噛むクセというのを、以下のように捉えています。

子供たちにとっては、爪をかむという行為は、自分の心のケアを自分でしてる状態、

つまり ” セルフケア” なのです。

大人がストレスがあるときに、スイーツを食べにいったり、買い物して気を紛らわしたり、お友達とお茶したり、飲みに行ったり、パチンコ行ったりカラオケ行ったりetc.するように、

こどもたちも爪を噛むことで自分の心のバランスをとろうとしています。

子供たちは大人みたいに、外側(買い物とかスイーツとか)の物質を使う術を知らない&できないから、

自分の体をつかってそれをしてるのです。

だから、うわ〜、すごいね、ちゃんとセルフケアしてるんだねと思ってみてあげる。

そして、このセルフケアのサインに親御さんが気がついたのなら、

親御さんは自分を責めたり、子供の癖を責めたりしないで(どちらも責めるような悪いことはしてないので)、

小さな体で必死にセルフケアをして自分を守ってる子の自浄能力のすごさをまずは認めてあげて、

その次に、では自分はどうやったらこの子の味方になってあげれるかなと考える方向で対応してもらえたらと願います。

そういう親御さんは、ご自分が小さいころ、同じように自分の親に本当は”味方”になって欲しかった体験を持っていたります。

ですので、それを思い出したら、どうしたらいいかがわかってくるかなと思います。

爪を噛むクセに対してレメディやエッセンスを出して、

その子の親に対する思い込み(この人たちは自分の味方じゃない)のエネルギーを変えることもできなくはないですが、

このようなセルフケアのサインをみつけたことは、お子さんにとってだけでなく、

ご自分(親)の生き方や考え方を

もっと楽なものに変えていくためのサイン=ギフトでもあるので、

それをちゃんと自分で受け取ってみようと動き出すのをお勧めしたいです。

↑ 身体症状のメタフィジックな見方を先駆的に教えてくれたルイーズ・ヘイのサイトから
秋らしい画像を拝借。
こんなに安心していられたら爪はもう噛まなくてよいにゃ〜

ーーーーーーーーーーーーーー

お子さんのサインをみて、ちゃんと対応を変えてみた、でもうまくいかないという場合は、

ご自身の中のもう少し深いところにエネルギーブロックがあるかもしれません。

1人でそれを探るのが難しい場合は、エネルギー療法でそのお手伝いができるかもしれません。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

ルーツを知る

少し前から新しいことを始めようと準備してるのですが、その過程で

「自分のルーツを認識して土台をしっかりと」というインスピレーションが降りてきました。

それで自分のルーツを知るために私が何をしたかというと….

アカシックレコードAkashic Records

のリーディングをしてもらいました。

アカシックレコードとは、

「地球上の生命の意識体験のすべてが記録されている記憶の貯蔵庫」です(By ゲリーボーネル)。

大雑把にわかりやすい言い方をするならば、

地球に生まれたすべての人のすべての過去世体験が記憶されてるクラウドコンピューターと

思うといいかもしれません。

アカシックレコードにはなんと2億600万年前〜西暦6732年(つまり未来も)までの記録が貯蔵されてると言われています(ゲリーさんによると)。

私が知りたいと思った自分のルーツは、

親とか祖先のことや、住んでる国の歴史ではなくて、

自分の魂の歴史=すべての過去世でした。

多くの人は、これまで数百回輪廻転生してるそうですが、私も自分がそのくらい生まれ変わってきてるのだと認識しています。

でも、今、この地球に、またも生かされてるので、

その数百回の輪廻転生を経てきたルーツ=過去世を知りたくなったというわけです。

現在アカシックレコードを読み取ることができる人はとてもとても多くて、そういう時代なんだな〜と思います。

ということで多くの人の中から、自分にピン!と来る人を探していたら、海外のある女性の方が通訳付きでリーディングしてくれるという情報に行き着きましたので、早速申し込みました。

(ご興味のある方のために書きますが….かなり高額です、冷汗)

リーディングは1時間でオンライン。

他人のものと間違わないで、正しく私のアカシックレコードを読んでもらうには、この世で法的に記載されてる氏名を伝える必要があるのだそうです(役所仕事か?!笑)。

そんな感じで、リーディングが始まりましたが、

やはり私は何百回も転生してきた魂だそうで、その中でも今世と最も関連してる記録にアクセスしてもらうと、

「あなたは Temple Priest だった」、

日本語でいうと「神官」だったと云われました。

そして、その私の過去世の記録にアクセスしてるときに

「おお!」という表情をして

「ものすごーく威厳のある姿がみえて、そのエネルギーを感じます」とジェスチャー付きで、その感じが伝わってくるように説明されました。

きょとん….(→ 威厳とはほど遠い影のうすい現在のわたし、苦笑)。

神官だったというのは、以前にもアトランティス の過去世でそれだったといわれたことがあって、オラクルカードでもよく出てきてたので、やっぱそっか、という感じでしたが、

威厳があったというのは、正直びっくりしました。

その過去世のときは未来を見通す力もあったので、王や女王のような指導者たちに進言することもしていたそうです。

↑ これを聞いてその場で私の頭に浮かんだのが….じゃ、なんで今世はあんな庶民の家を選んで生まれたんだ?!でした(笑)。

しかし、この自問への答えは、セッション後に「それが今世の1つの目的でもあるんだ〜」と妙に納得してすっきりしました。

他には、

「こどものときに親元を離れて、特別なスピリチュアルの教育を受けるための特殊な学校に行っています」

と言われ、

なぬ?!子供のときに山寺のようなとこにつらい修行に1人でだされたわけ?!みたいな寂しいイメージを持ったら、その私の感覚を感じたのか、リーディングしてくれた女性が笑いながら、

「いや、その世界では、こどもでそういう教育を受けることはむしろ栄誉なこと、光栄なこととして認識されていたんですよ」

とフォローしてくれました。

(後日に、レムリアのクリスタルシティスクールのことを知って、そこのことか?!と思ったけど、もうセッション終わってるので残念ながら確認できません)

他には、なぜ私がエネルギー療法に導かれてるかというのを教えてもらったのですが、

「植物を使ってヒーリングをする人たちとは違って、あなたは当時から、”エネルギー”や”意識”というものを取り扱っていた」

といわれました。

なるほど、そっかー、だから、私は気がつくと、エネルギーを扱うものにばかりひかれるわけなんだ〜と、これはルーツがわかって、非常にすっきりしました。

そしてもちろん他の色んな過去世もあるけど、総括していうならば、

私の魂は、アセンション トラベラー 

と呼べて、

人が意識を上昇させる時代にそれを助けるために転生しつづけてきてるのだそうです。

私は、その人の魂の高い方の目的に気がつかせることが得意というかお役目のようなことを言われました。

なんか、↑ すごいことしてるように思いますが(汗)、

確かに、コンサルテーションのときにクライアントさんに、

それがあなたのお役目でしょうとか、それがテーマでしょう、とか勝手に口から出てくるときがあって(汗)、

そういうのは、過去世と関係してたのかもなと思うと妙に納得してしまった私でした。

このリーディングをしてくださった女性は、こちらが知りたいことにだけ答えてくださって(それがアカシックを読むルールなのかもしれませんが)、

これをあなたはやり残してますよとか、これが前世でできてないとかいう心がへこむことは(?)、

伝えられませんでした(敢えて尋ねませんでしたし)。

ただ、こういうことを大事にしなさいみたいなことを教えてくれましたけど、それ、すでに知ってた(苦笑)。でも、改めて気に留めていよう、と思いました。

というわけで、アカシックレコードリーディングは、

時間枠を超えた壮大な旅をしたような体験となりましたが(高価なアトラクションに乗ったようなもの、汗)、

あーやっぱり過去世と今はつながってるのね、そうやって今の自分がいるんだとわかって、

ものすごーいながーい根っこが自分に生えたようで、土台がしっかりできたようにも感じます。

とはいっても、過去世すらも大いなる源からみれば、

魂の長い”夢”または”幻影”であるというのはわかってるので、

過去世にこだわりすぎないで、「今」を大事に生きればよいなとも思いました。

ただ、現世に疲れたときは、時間枠を超えて壮大な流れの中の自分の魂の物語を覗くことで、

今世をありがたく生きるのもありかもしれません。

↑ 現世からちょっとだけ抜け出すイメージ(?!)

あなたのかわいい身体

指のささくれ(さかむけ)で、ご相談をいただきました。

ささくれは、肌が乾燥するときなどに、親指だったり人差し指にできやすいかと思うのですが、

この女性のささくれは、ある特定の指でなく、全部の指!にあらわれてるのでした(汗)。

このような身体症状の急性相談だと、

具体的にどういう様相の症状か、
いつ頃から始まったか、
原因として考えられることはあるか、
この症状が起きた頃にメンタルでなにか特筆すべきことがあるか等を、質問形式でお尋ねします。

ご相談者からのメールには原因として

コロナ対策で手指を消毒する回数がこのところ多い

とありました。

そりゃ、消毒という名のもとに「エタノール」や「次亜塩素酸」を毎回手指に塗りこんでたら、肌は乾燥するし痛むしささくれますわ(汗)。

コロナ対策のため、公共の場で消毒をスルーすることは難しいかもしれませんが、具体的な原因を外さずにレメディを取っても焼石に水となることでしょう。

私はチョコを毎日食べ続けます、でも体重を減らしたいのでレメディでなんとかしてくださいとお願いされてるようなもの(苦笑)。

とはいえ、いつも原因の深い根っこはメンタルにあるものです。

体が悲鳴をあげてるのに(全指乾燥してささくれ)、

なぜ体に過剰な消毒を続けているのかな、という方に着目するのがよいかと思います。

ささくれというのは、爪周囲の肌・角質が細かく剥けてる状態です。

メンタルの意味でいうならささくれは、その細かいエリアで起きる細かい症状と同じくらい、日常の(もしくはある特定の出来事の)細部にこだわりすぎてるといえるかなと思います。

やりとりしたメールで読みほどいていくと、

ご相談者の方は、このところ仕事やプライベートでご自分の手を見る機会が多いようで、

ジム通いするうちにゴツゴツしてきた自分の手に、コンプレックスを持っていらっしゃるとのこと、

特に爪の形が丸くて小さく「綺麗でない」と思っていらっしゃることがわかりました。

ですから、原因、それだってば(苦笑)。

この女性の場合、指のさされくは、ささないなことを気にしすぎてるという現象ではなく、

細部に愛が足りなかった →  自分の指たちを愛してなかった

ということだと思いました。

だから体は、全指の毛細血管まで栄養&血液=つまり愛、をうまく流せなくて、ささくれていたのでしょう。

無理やり解釈するならば、

指を好きでない愛せていなかったから、その指たちを痛める消毒液を毎回つけても気にもしていなかった、

もしくは、

指を綺麗にしたい=消毒したい、という潜在意識の現れだったとも言えるかもしれません。

心がささくれる、という表現がありますが、

彼女の指たちは、まさに愛をもらえず、拗(す)ねてささくれていたようです(汗)。

うわー、なんか、かわいい、指たち ❤️!

結局、このご相談者は、メールのやりとりで上記の内容が腑に落ちたようですので、

レメディは出さず、ネイルケア製品を購入して爪も含めた爪周辺をケアするということで落ち着きました。

そのように愛を込めてケアしたら、きっとさかむけはなくなっていくでしょう。

そして、彼女はそんな自分のかわいい指たちをこれから愛するだろうな、と思いました。

私も、先日のテニスの後に痛くなってたゴリゴリいってる右肩甲骨に愛をたっぷりそそごうっと!

満開のコスモス群生をみかける時期ですが、写真を綺麗にとるの難しい(汗)。
よってこの画像、お借りしました……色と角度がステキ。

ーーーーーーーーーーーーーーー

体はいつもこのように、あなたにコミュニケーションをとってきています。

そのコミュニケーションに気がついてちゃんと答えていくと、

何かに頼らなくても、自分で自分の心身を癒すことができます。

あなたに起こってる症状がどんなコミュニケーションなのかわからないとき、

一緒にあなたの体からの言語を解くお手伝いをします。

そして必要なエッセンスやレメディで改善のサポートをします。

ご興味のある方は、HPの方へどうぞ: https://arnicahomeo.com/

草むしり効用

草むしりの、「むしる」はつかんで引き抜くという意味だそう。

関西の方では、「草ひき」と言います。

少し前ですが、草むしりするぞー!と意気込んでやったところ(いつもはダンナさんにさせてる笑)、

家の前側に伸びた草だけなのに、延べ3時間もかかりました……!

草むしりは、ヒジョーにしんどいので、できたらやらないで済ませたいものですが(汗)、

ちゃんと向き合って草むしりしてみると、雑草がなくなって見た目や気分がすっきりする以外にも非常にありがたい機会なのだとわかります。


*その1

アーシングできる。

Earthing というのは、体にたまった電気(電磁波)を地面に触れることで地中に流す方法です(電気製品のアース線と同じことを自分の体でする)。

また地面(土)に触ることで地球のエネルギーとつながるという効用もあります。

草むしりすると、足と手から両方アーシングできるということになります。
(理想をいうなら裸足で、手にも軍手をはめないことですが)

畑をやってるのと同じ効果です。

森にでかけていかなくても、家周りを綺麗にしながらアーシングもできる、一石二鳥。


*その2

頭(こうべ)を垂れる機会になる。

地面に座り込んで、草をみながら、引き抜く、むしる。

草をむしるためには、どうしても頭を下に向ける姿勢になります。

このように頭を下げる機会というのは、

大人になると、そして歳をとればとるほどなくなっていきます。

これ、大事だな〜と思いました(→ 私にとって特に、汗)。

知らない間に態度がでかくなってる、知らない間に謙虚さがなくなってる、
草むしりでは思い切り頭を下げることができます。

エネルギー的にいっても、頭のほうに淀んでる思考まみれのエネルギーを振り落とすことができます。

更にいうなら、地球にこの土地にいさせてもらってありがとうねという意識をもつと、よりエネルギーの流れがスムーズになると思います。

*その3

雑念の掃除になる。

これは以前参加したあるワークショップで体験したことです。

ワークショップ会場が神社だったので、プログラムに神社の早朝お掃除奉公が組み込まれていて、その一環で草むしりを終えた後に非常にリアルに感じたのですが、

雑草抜きをしてると、同時に心の雑念抜きが行われるのでした。

雑草を抜いてると、その単純作業に並行して頭に雑念が湧いてきます。
しかし雑草を抜き終わったあと、雑念も同時になくなっていて頭がすっきりしてたのです。

雑草という言葉にかけて「雑念」とかきましたが、必要のない無駄な考え事のことです。

必要なもの(残す植物)と不要なもの(雑草)を体で取捨選択してる行為が、

思考にも並行して起こったのだと思います。

まめに草むしりしようとはなかなか思えないのですが(汗)、雑草が目につきだしたら、

それは自分の雑念も増えたサインだと思って、草むしりしようと思いました。

↑  この1輪車4、5杯分の雑草でした、どんだけ雑草+雑念ためこんでたんだ〜(大汗)
しかし、この記事書いて、前庭をみまわしたら、またごっそり雑草生えてました…..ひー。

怒りと恨み

一昨日、バッチフラワー講座をしたときに頂いた質問と、ある方からいただいたメールの内容が似通っていてシンクロしたので、

これはフォーカスしたいなと思い、記事にします。

バッチフラワーエッセンスの

Holly ホリー は、怒りや嫉妬に使うエッセンス

Willowウィローは、被害者意識の怒りや恨みに使うエッセンス です。

講座で出たご質問は、「怒り」に使うとき、どちらのエッセンスか?ということでした。

「怒り」 と 「恨み」/「被害者意識の怒り」 をどう区別するかってことになると思います。

数式のように書くならば:

怒り = オンリー怒りだけの状態 (怒りという感情が単に起こっただけ)。

被害者意識の怒りや恨み = 怒り + 自分のジャッジ がくっついた状態

です。

具体例で書くと(頂いたメール内容の一部を拝借します)、

子供がおもちゃ売り場でミニカーを欲しいと泣いてせがむ

 →  買いたくないのに買ってしまったことでイライラして怒る

ここまでなら、「オンリー怒りだけの状態」です。

起こった出来事に、感情的に反応しただけです。

でも、その後に、

→ この子がしつこく泣いて聞き分けがないせいだ

というようなことを付け加えるのが、

「怒り + 自分のジャッジ がくっついた状態」です。

プラスでくっついてくるジャッジが、

この子のせいだと思うと、恨みになっていくし、

この子にいつもこんな感じで苦しめられてると思うなら、

それは被害者意識の怒りになっていくのです。

怒り は自動的に起こるものなので、そこだけで終わっていたら、それはすぐに流れます。

でもそこに自分のジャッジをつけ加えるので、恨みや被害者意識になって、エネルギーにブロックが起きるのです。

上記のバッチフラワーの解説に戻ると、

ホリー というのは怒りを出してるだけなので、メンタルの状態でいうとまだ健全で(とはいえ怒りを持つのは何かのせいにしてるから、ですが、ここではまだ固定化されてない)

ウィローの方は、怒ったあとに相手のせいだと思ったり、相手のせいで私は辛い目に遭うというジャッジを下し続けた結果、ブロックを作ってしまってる少し深い状態と言えます。

以上、怒りの例であげましたが、これはどんな感情においても同じです。

悲しみという感情でも、例えば

愛していたペットが亡くなってしまって悲しい というのは、

悲しみがただ起きた状態。

でもそこに、

私があのとき病院に連れていってあげてたら とか

私がもっと健康的な食べ物をあげていたら みたいに後悔のジャッジを付け加えると

それは罪悪感や自責の念などに変わり、エネルギーブロックを起こします。

また人によっては、このようなペットの死を過去の出来事とヒモづけて

私が何かを愛すると、それはいつも手からすり抜けていく

みたいな信念体系を作り出す人もいます。

このような信念体系は、日々起こる出来事の定義づけのもとになっていくので、そこでできていくブロックも半端ありません(汗)。

と書いてきましたが、上記のような感情に自分のジャッジをプラスしない人の方が実際には少なくて、

ほとんどの人はいつもジャッジをつけて、感情を長引かせてしまうのです。

ということで、今後、感情が起きたら、自分のジャッジをプラスして感情を保存しようとしていないか観察してみるのはどうでしょう(笑)。

あ、やっぱり、この記事の内容は大事だったな〜 →  ジャッジ?!(笑)

質問してくださった方、メールくださった方、ありがとうございました(礼)。

↑  涼しくなってきたせいか、スコッチはカゴネコ?になってます。このまま、持ち運びたくなる。

ーーーーーーーーーーーー

感情にジャッジを加えるのがやめられない方、ジャッジによる強固な信念体系を作り出してしまった方、レメディを使ってそのブロックを外すお手伝いをします。

詳しくはHPの方へ:https://arnicahomeo.com/

行動にうつすまでの速度

行動が早い人と、遅い人の差ってなんだろう、と思ったことあるでしょうか。

エネルギー療法をやってるものからいうと、これは、

その人のエネルギーの流れにつまりがあるか、ないか

だと思っています。

ある講座を開催したときに、

この方とこの方(過去のクライアントさんで今も繋がってる方)は、

この講座を受けるのがいいだろうな〜と

思い浮かべた方々がいました。

しかし残念なことに、想定したこの2名からお申し込みはありませんでした。

別のある方に限っては、その講座はその方には必要だろうと思ったので、直接お声かけをしました。

しかし、その方は辞退されました(日時の都合の問題でなく)。

一方、フタをあけたら、その講座は特に受けなくても大丈夫でしょう(メンタル的に)、

と思う方々が申し込んでくれてました。

ここで私の講座が魅力的でないからという問題は横に置いておいて(汗、苦笑)、

このような例は、他のシーンでも同じかもな〜と思います。

良い状態で暮らしてる人は、さらに良くなるようにさっさと動き、

停滞してる状態で暮らしてる人は、停滞してるまま動きが起こりにくい。

停滞してる人は、エネルギーの流れに滞りがある、つまりエネルギーブロックも多いと言えるし、

頭で考えすぎるから動けない、つまり自分の心とつながってない、直感を信じてないという言い方もできるかと思います。

電気信号でいうなら、電気が弱い or 伝わるのに中継箇所が多すぎる、もしくは電気信号が最後の「行動」スイッチまで到達できない(汗)のかもしれません。

久しぶりに会った人で、家族内での出来事や年齢の変化はあるけど、本人にほとんど変化がない人って、いますよね。

数年前に聞いた愚痴と全く同じ愚痴を話してる人とか(汗)。

一方、環境を変えてたり、趣味でもなんでも新しいことを始めてたりする人がいる。

そういう人は会うと軽やかな感じがします。

変化が多いということは、それだけたくさんの経験をしてるということで、

経験が多ければそこで新しいなにかを学んだり、問題を乗り越えたりして、

人としての成長&進化の機会も多くなるのだろうと思います。

注)転職を繰り返す、ということとは違います。
また生活環境がずっと同じでも、内面で日々学びをしてる人もいるので全ての人に
上記の例があてはまるわけでもないです。

そういえば自分は行動までの速度が遅いな〜とか、ここ数年あまり自分に変化がない、と思ったら、

とりあえず頭で考えすぎないで、まずは目の前に流れてきたことに動いてみると、エネルギーのつまりを自分で外していくことができます。

↑ ハーバリウムというのをいただきました。青いエリンジュームや霞草が浮かんでいます。
みるだけで、ひんやり感、涼しさ、そして静けさまで感じさせてくれます。

足りてるほう

先日、あるクライアントさんから頂いた経過連絡のメールに、こんなことが書いてありました:

「ふと鏡を見ると、自分の良いところが見えるようになってきた」

これを読んで、私の心にふわっと1つの花が開いたような感覚になりました。

大きな転換点がこの方に起こったことを表すからです。

エネルギーでいうとネガティブ波動がポジティブ波動に転換された、

別の言い方をすると、1つのエネルギーブロックが外れたことを表します。

コップに入ったお水を、

もうこれだけしかないとみるか、

まだこんなにあるとみるか、という有名な例えと全く同じですが、

目の前の事象は、ただそういうコトが、ただそうあるだけなのに(コップに水が入ってるだけ)、

見る側の感覚で、それがネガティブな事象になったり、ポジティブな事象になり、

その分かれ道は、その人にどういう人生がやってくるかと関わっています。

エネルギー的にいうと、ポジティブな事柄をひきよせるか、ネガティブな事柄を引き寄せるか、です。

クライアントさんの話に戻りますと、その方はそれまでご自分の顔を鏡でみるときに、良くないところを挙げていた=つまり、足りないところばかりをみていたのに、

今は、良いところが見えるようになってきた、のです。

ご自分の顔はそれほど変わらないはずなのに(汗)。

同じ経過報告メールの中には、ダイエットしてるわけでもないのに痩せ始めていることも書かれていて、

さらに綺麗になるようもっと笑おう、ということまで書かれていました。

これらの経過報告から、ポジティブ側に波動が変わってると評価できるので、

エネルギー療法でかかわってるものとして、とても嬉しくなりました。

ところで、このメールから数日後、知り合いの年配の男性と話す機会があったのですが、

その男性は、その日、私がしたあることを、珍しく褒めてくれたのでした(汗)。

珍しく、と書いたのは、その男性は、コップの水はもうこれだけしかない、と思う典型的なタイプの人で、

それがあまりにも露骨だったときがあったので、

私は「足りないところばっかりみてるから、幸せを感じにくいでしょうね、なんだか、かわいそうですね」と

ヒジョーに余計な一言を放っていたことがあったのでした(大汗、反省)。

ところが、その日はその人らしい足りない部分への批判がなく、褒め言葉がでてきたので、

えー、どうしたんですか、珍しく(!)褒めてくれるんですね!

と、またヒジョーに余計な一言を放った私に(冷汗)、その男性は、こう答えました:

「いや、なんかね、足りるほうをみるようにしてみようかなと思って、ね」

OMG ! (オーマイガッ)

シンクロ?! 皆の波動があがってる?! うわーい!

やっぱ、

それはもっとこうしないとだめだよ、って言われるより、

それしてくれて、いいね、ありがとう、と、ポジティブに表現してもらう方が素直に嬉しいなと、

一個人として感じました。

そして、私こそが全然気づけていなかったその人の心の柔軟さに感動して、

XXさんこそ、ほんとに素晴らしい人ですよね、と、素直に褒め言葉を口にできたのでした。

この2つのエピソードをセラピスト 目線でまとめるならば、

このお2人のポジティブ波動変換は、一過性ではなくて根幹からの強さがあると思います。

最初からポジティブ、または何でもかんでもポジティブさえ選べばよい、というのは、

片方の価値観だけを受け入れていて、もう片方のネガティブ面を見ないようにしてるor 良くないとジャッジしてる、もしくは未知のものとして体験していない状態です。

純粋無垢な子どものポジティブさと同じようなもの。

でも、ネガティブな体験をしてきたゆえに、

ネガティブな視点をいつのまにか導入してしまい、その選択で起こることも体験してきた、

つまり、両面を味わったあとで、ポジティブ変換になっていくというのは、

ネガティブな視点もあるということを十分知りつつ、

自分はポジティブな見方を選んでいくという選択をしだした、ということ。

この選択は、

ネガティブな選択に対しても共感をもてているものなので、

厚みのある寛容な意識の現れだと思います。

一朝一夕ではたどり着けない境地、だから、そこに到達されたことがわかって、

お花がふわっと咲いたように私は感じたのかもしれません。

(私個人がその境地に達してるかは置いときましょう、苦笑&汗)

再度見に行けました、ハスの花たち。これ ↑ は、葉のしたの影で開花してた一輪の蓮。
それぞれの環境で、それぞれのタイミングで、それぞれが花開く。人の人生のようです。
これはピンクが濃い種類の蓮の花。開花がすすんで、ハスの実も多くできてました。

ーーーーーーーーーーーーー

ポジティブにみれたらよいとわかってるけど、どうしてもネガティブで物事を捉えてしまう方。

レメディという高次のエネルギーの助けを借りて、その捉え方を転換させてみませんか。

ご興味のある方はHPのほうへどうぞ:https://arnicahomeo.com/

学校に行きたくない3

子供が学校に行きたくないということを言い出したら、

私なら、個人的にどうするかについて追加で書きます。

学校に行きたくないと言い出したら、まずは、その気持ちを受け取って休ませると思います。

次に何が起こってるか、理解しようとします。

友達や先生といった心の問題からきてるのか、

疲れてるとか体力の問題なのか、

それとも学校のシステム自体が本人に合わないのか。

心の問題なら、克服するのをヘルプするようにします。

学校の拘束時間が長すぎてただ単に疲れてるなら、生活リズムを変えるとか、
体になにか問題があるなら、例えばホメオパシーのレメディを使ってみます。

学校のシステム(集団行動や規則に従う)がそもそも本人に合わないのだとわかったら、

代替となる別の学校を探すかなと思います。

まだ子どもが小さいときに、

本人の代わりに親がなにかを選択することがあるならば(幼稚園とか小学校とか)、

そこが本人に合ってるか、を私は大事にしたいです。

その子の「気」と合ってるか=エネルギーと合ってる環境かどうかを

大事にみようと思います。

学校に通うのは、親でなく、子ども。

親がこれが良いだろうと思う学校と、子どもに合う学校が同じとは限りません。

メダカ を育てる(私、たくさん飼ってます、笑)のに大事なのは、メダカ に合う水環境を作ってあげること。

水が合うと生き生きとメダカ は泳ぎます。

子供も同じで、その子の「気」に合う環境なら、その子はのびのびとしていられると思います。

大人も同じですよね。

自分に合ってる環境で暮らすと(エネルギー、周波数が合うということなんですけど)、

とてもよい状態で暮らせると思います。

私の息子が今年から高校生なのですが、彼が高校を選択するときに、

私からあげたアドバイスは、

「実際行ってみて、自分の ”気が合う” と感じるところを選んだらいいよ」でした。

といっても田舎の車社会なので、私が車で連れて見学にいかないといけなかったのですが、

複数の高校に一緒に見学にいって、

私が、わー、ここ「気が合う」と自分が感じた高校と、

息子が第一志望に選んだ高校は同じでした。

そして、今、そこに通っています。

あの自分が気が合う感覚を感じたときに、そして息子の顔もそこで輝いてるのをみたときに、ここに通うことになってるんだろうなとひそかに思いました。

こういうことが大事と思うようになったのも、過去の経験の学びからです。

息子がまだ小さいとき、東京にすんでた頃、たくさん習い事をしてました。

親がこれがよさそうとエゴで選んだものも多かったし(汗、反省)、
お友達に誘われただけで、これする!と言って始めた習い事もありました。

でもフタをあけて続かなかった習い事は、振り返ると本人には合わないもの、
「気」があってなかったものでした。

あれらの習い事は、私の勝手な願望や(苦笑)、

頭で条件を考えて選んだものだったなとよくわかりました。

なにかを選ぶとき、頭で選ばないで心で選ぶとうまくいくと1つ前の記事に書きましたが、

心で選ぶというのが抽象的すぎてわからないときは、

「気=エネルギーが合うか」を感じて、選ぶようにしたらいいと思います。

そこにいていい感じがしたら、そこは合ってると言うことができます。

そこで子供が生き生きとしていられるイメージを持てるか、

それをイメージすると自分がリラックスして呼吸をすることができるか、それを指標にできます。

(エネルギーが合ってると、リラックスして呼吸ができます)

↑ メダカ によい水環境は、カエルにも合うようで、いつのまにか住みついてるようです(大汗)。メダカ 食べられてるかも….(!)

学校に行きたくない2

1の続きです。

1では、学校に行きたくないと子供たちが反応しだすことは、その子個人の問題とは限らず、パラダイム変化における1つの現象かもしれないと書きました。

ただ、そうはいっても、現時点で、どう対応するのか?についても書いてみます。

対応といっても、

この子にどういう言葉をかけたらいいの?

先生に何と言えばいいの?

みたいに他人軸で考える前に、

子供が学校に行かないという問題があなたにとって(子供にとってではなく)何を表してるか? 

と自分軸で見ていくのをオススメします。

一見、お子さんに起こってる問題のようにみえますが、このようなときは、ご自分の中で未解決だった問題の反映であることが多いのです。

だから、どうにかしないといけないのはお子さんじゃなくて、ご自分の内面だったりするわけです。

(というのも、お子さんは学校に行きたくない気持ちを体現してるだけで、今の時点では悩みにはなっていない)

このお悩みを相談してきた方は、お子さんが学校にいくのをしぶり泣き叫ぶので、その気持ちを尊重してお休みさせたりしています。

その対応をしている中で、この方が一番気にかかっているのは、

「もしずっとこのまま学校にいかなかったらどうなるの?」

です。

なぜなら、自分の中に、普通に学校に行く道を歩ませたい、という思いも持っているからです。

この方のお悩みの核は、

子供の気持ちを優先する VS  自分の価値観を優先する

のはざまでゆれる葛藤と言えるかなと私は思います。

なぜこう言えるかというと、過去にいじめっこの問題をかかえていてそれを解消していないまま親になった方なら、

同じ状況でも問題をこんなふうに話すのです ↓

子供が苦手な子がいるみたいで学校に行きたくないって言うんです、と。

他人にみえてる問題というのは、元をたどると、

このように自分のフィルターを通して話される「自分の問題の投影」であることがほとんどです。

さて、この方の場合でいうと、自分の中で抱えている葛藤の問題をどうしたらいいか?ですが、

答えや正解はないので、ご本人がみつけるだけです。

どうしたいのか、どういう選択をしていくのか、自分の「心」でこの機会に決めるのです。

世間からずれてようが、お子さんの気持ちを優先してあげることが何より大事だと思うのなら、

そうしたらいいのです。

行きたくない、と泣き叫ぶなら、それを第一に受け入れて休ませていいんです。

そのうちどうにかなるものです。何をどうしたって、最後にはその子の人生らしくなるのですから。

学校にいかないと暴れても、その子が普通に小学校に通うようになってる人生なら、

やっぱり行ってみるってそのうち、その子は言うようになります。

でも、その子が小学校に通わず、少し違う道の人生を歩むようになってるなら、そうなります。

でもそれで人生がダメになるわけではなくて、なにかが動いて導かれて、いずれにしろその子らしい人生を歩むようになってるのです。

だから、何も心配しなくていいのです。

でも、あなたが小学校というのは学ぶことがたくさんあるし、友達とも触れ合えるし、それを体験して欲しいと心から思ってるなら(世間体のためでなく)、
そんな風に率直にお子さんに話して、頑張って行ってみるように促せばいいのです。

心が伴ってるメッセージというのは伝わりますから。

メッセージがちゃんと伝われば、お子さんが学校に行くか行かないかどちらを選んでもご自身は受け入れられると思います。

いずれにしろ、どんなことが起こっても、なるようになってますので、

自分の「心」が望むように動けばそれでいいのです。

こう書くと ↑

「”自分の心が望むように”というのが、自分でもわからないのです」

と尋ねてくる方がいます。

そういう人は、「心」でなく「頭で考えてる」人です。

頭で考えると、

いろんな損得や条件を比べるだけになるので、自分が何を望んでるかわからなくなります。

「心」で選べるようにする具体的な方法を紹介しますと、

①呼吸に意識を集中します。

②呼吸しながら、ハートチャクラ(第4チャクラ)の場所に自分の「意識」をとどめるようにします。

思考をストップして、自分の中心を「頭」から「心」に移動してくるというイメージを持つとやりやすいかもしれません。

しばらく静かに「心」に ”意識をおいて” 呼吸してください。

この問題を「心」で見よう、と思いながら、呼吸してもいいです。

そうすると、自分が本当に望んでいることに、ふっとアクセスできます。

(そのとき、アクセスできなくても、時差があって、あとでふっと気がついたりします)

「心」で選んだことは、いつもとてもうまくいくようになっていますので、どんな問題のときにもこのやり方はおすすめです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

蓮の花をみると、”宝物、みつけた〜!” みたいにテンションあがります。
近々もう一度見に行こうっと。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

心が望むように、と思っても、過去の価値観に縛られて身動きが取れない方、
エネルギー的にいうと、それはエネルギーフィールド にブロックされてる箇所があるからだと思います。

ホメオパシーのレメディを使って、そのブロックをとって、もっと軽々と生きてみませんか。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/


学校に行きたくない1

コロナ休校が終わって、ほとんどの学校が以前のようなスケジュールに戻ってきてますが、

そのせいか例年なら4月末や5月頃にいただくお悩みを、この時期に耳にしています。

子供が学校に行きたくない、と。

いやーわかりますよね、学校は友達にあえたり、大勢でなにかを共有&体験できるという嬉しさがある反面、

きちきちした時間割で、

小学生でも8時に家をでて3時くらいまで家に戻れないので、

先生やクラスメートに溶け込めてなくて緊張してる子なら心身ともにヘトヘトだと思います。

特に今年はコロナ休校で、ゆっくり毎日を過ごせるというのを体験してしまってるので、行きたくないと口にするのも、よくわかります。

そして、昨今は、親御さんもそういう場合は無理にいかなくていいよと受け入れてあげる方が多いように思います。

集合意識が変わってきたな〜と思います。

昔の私の小学校時代というのは、

学校は行くもんだ! 

「義務」教育なんだから!

みたいな意識が世間全体に蔓延していたので、

親は子供が学校が嫌いだろうがなんだろうが行かないという選択肢は思いもつかなかったし、

子供もよほど個性の強い子でないと、その集団意識には抗えなくて、

行きたくない気持ちを飲み込んで(無意識に)皆が通っていたと思います。

でも、不登校やひきこもりという現象がどんどん表面化してきて、

一般化してきたといえるこの頃は、

そういう集合意識も相当に変わってきたと感じます。

学校行きたくない、それ、フツーだよ、と思える時代になってきてると思います。

このようなパラダイム(ある時代のものの見方)のシフトは、

大人社会の中でも起こっていて、

サラリーマンとして会社にいって働き続ける生活が標準だったのが、

今や、個人がスモールビジネスで起業したり、Youtuberやプロのゲーマーといった職業が成り立ったり、自給自足の生活をしたりと、「当たり前」だった大人の仕事に対する感覚も相当に変わってきてると思います。

ですので、パラダイムがシフト中という広い視点でみるならば、

子供が学校に行きたくない現象をあちこちで見聞きすることや、

自分の子供にもそれが起きているのは、個人の問題とは限らず、

集合意識が変化する途中に起きてる現象の一部分ともいえると思います。

このような過渡期に問題となるのは、

学校に行きたくない(=既存の学校システムにもう合わなくなってる)子たちの意識と

学校という外側のシステムの現状に、まだズレがあることです。

(意識がいつも先で、カタチはあとでついてくるものだから)

あと10年もしたら、ホームスクーリングとか、サドベリーやオルタナティブなどのフリースクールがもっと充実して、子供たちの個性や気質に合った学校選びがフツーにできるようになってるかもしれないし、

学校のシステム自体が様変わりして、登校 するか オンライン授業かを好きに選択できるようになって、学校行きたくない→そもそも無理に行く必要なし!、と変化してるかもしれません。

長くなりましたので(苦笑)、いったん、ここできります。

↑ 今年は満開の時期にみれました!見事な蓮の花たち!

ヤマサ蒲鉾さんが栽培されていて、無料でみれる広大な蓮の花苑、圧巻です。
ご興味のある方はこちらへ:https://www.e-yamasa.com/special/hasunohana.html