メディアと自分

気がつけば、4月はBlog記事を1つも更新していなかった(汗)。

Instagram を始めて小出しに自分の中のものをアウトプットしてることで、

Blog記事を書くという衝動が少なくなってるのかもしれません(?!)。

ところで誰でも、フォローしてるSNSやブックマークに入れてるブログなどあると思うのですが、

私はお気に入りにしていたものでも、発信者が自分のとても好きな人や尊敬する人であっても、

それを見たり読んだりしたときに、

自分の中からコメント(つまり批判)がでてくる回数が増えたら、

フォローやブックマークを外すようにしています。

批判のようなコメントがでてくるということは、

その発信内容と、自分の周波数が合わない(または合わなくなってきた)ということだと思うからです。

以前、ある海外在住の日本人の方が書いてる人気のBLOGを読んでいたことがあります。

日本人の常識からしたらナンデー?!と思うような海外生活で起こる日常の出来事を、

辛辣に面白おかしく書いてる記事でした。

ほぼ毎日更新されるので、まるでルーティンのように読んでいたわけですが、

ある日、その記事を読むと毎回自分の中にコメントが湧き上がってくるのに気がつきました。

「そこを我慢してるから、こういう出来事が起きてるんだけどな….」とか、

「ネタとして書いてるんだろうけど、この出来事の締めくくりがなんか腑に落ちないな」とかです。

つまり、ブログ記事を読むことで自分の中にノイズをつくりだしてるなと気がついたのです。

簡単に言うなら、私はあまり気分がよくなっていないな、と思ったのです。

それで、そのブログのフォローをやめました。

メディアに限らず、身の回りの物や服でもなんでもそうですが、

不満を感じていたり、コメントが浮かぶもの=つまり自分の周波数にノイズを起こしてると感じるものがあったら、

とりあえず、そのノイズから自分を遠ざけるのがよいのでは、と思います。

別の角度からみると、

自分のお気に入りやフォローのメディアのチョイスは、

自分の周波数の状態を表していると言えるかもしれません。

自分が選ぶものは、自分と合ったものだからです。

もし批判したり、けなしながらも、フォローしつづけている特定のメディアがあったら、

自分も実は同じ周波数帯にいるということかもです。

惹かれるもの、ここち がよいと思うものも、自分の成長に伴って、徐々に進化(変化)してるはず。

だから、メディアのチョイスも、時々見直そうとちょうど今朝思いました。

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近所の神社で朝陽をみる、心洗われる〜
↑ 神社の池、ノイズがないと飛行機雲までクリアに写ってる〜

特定のメディアをみて、

批判やコメントと共に「強い感情」がわきあがってくる場合は、

自分の中にもともとあったノイズが拡大されてるということ=エネルギーのブロックがある
ということなので、その場合は、それに気がついて解消するのがお勧めです。

自分はブロックがあるだろうけど、それが何かわからないという方は、

それを外すお手伝いができます。

ご興味のある方は、HPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

ミソジニー逆バージョン

昨日、とても大きな気づきがあったので記事にします。

昨夜、家族で口喧嘩になりました。

食事中に、息子とダンナさんはよく歴史上の戦争や国家戦略等についての話題を出すのですが、

そういうとき私は門外漢扱いとなります(実際そうなんですが)。

時々話題が他のことにうつったときに、私がそこに関連する精神世界の話題や、医療にまつわる裏話なんかをすると、

2人はちょっとあきれたような顔でお互いに示し合わす感じです(あ〜あ、何、空想みたいなこといってるの?!みたいな)、

昨夜もそれがみられ、しかも薄ら笑いしていたので、

私はそこで思いきり怒ったのです。

自分たちの話題は現実的で科学的で確実だけど、女性の話題って世間で通用しないよね、頭大丈夫?!みたいに(汗)思ってるよね!?

それって、森喜朗(呼び捨て汗)みたいなミソジニーだから!

みたいな感じでまくしたてました。

しかし、それをわかってもらって話し合いにもっていこうとしてもなかなか話はまとまらず、

非常にいやーな感じで終わりました(ダンナさんは、その後、ふて寝した、汗)。

少し時間が経って、なんでこれが起きてるのかな〜?と

思いを巡らせていたら(目の前で起こることは自分の内側の反映なので)、

なんと!私の中にも、同様の意識があることにはっきり気がついたのでした。

私は、どこか深いところで

男の人って表面的なことしか理解してないよね とか

男の人の心の進歩は遅れてるな とか

戦争を引き起こしてるのは男たちなんだから、ほんとにもう! とか

そんな意識をもっていたのでした。

ダンナさんや息子や知ってる男性たちに対してダイレクトにそう思ってるわけではないのですが、

でも深い意識のどこかで、

「男たち全体」にそういう思いを持っていたことに気がついたのでした。

ミソジニー逆バージョンです(汗)。

ちなみにミソジニー(女性軽視、蔑視)の逆は、ミサンドリー(男性憎悪、嫌悪)というそうです。

短い言葉でいうなら、あ〜男はしょうもない、女性の方が実はなんでもわかってる、みたいな意識です。

その自分が持っていた意識に気づいたら、

腰が抜けたような、つきものがとれたみたいな感覚になりました。

そして早速、まだ起きていた息子に謝りにいきました。

ごめんね、ママも同じ感覚もってたよ、と。

そして、さらに思いました、これはおそらく多くの女性がもつ集合意識なんだろうなと。

女性って、例えば父親やダンナさんや上司など男性に上から言われることがあっても、

心のどこかで、

あ〜あ、男の人ってどうしようもないよね〜

と思ってるところないでしょうか。

男性に蔑視されてるようで、実はその奥で女性も男性のこと、そんなふうに 評価してるのでは

ないのかなと思うのです。

そして、この一見外側では見えにくい女性から男性への上から目線ってどこから来るのかな?と考えてみたら、

女性ってもとは皆が母だから、かもなと思ったのです。

どんな人間もつまりどんな男性も母から生まれてきてます。

そして母として男の子を育てる過程で、

もう男なんだからしっかりしなさい、とか

あーあ、もうだらしない、とか、そんな上から目線の感覚を歴代の母たちは

もっていたのではないのかなと。

それが歴史的に重なっていって集合意識で女性に備わっているのではと思い至ったのでした。

実際、夫婦関係でも、

ダンナさんになにか言われて黙って聞いてるその裏で、

多くの奥サマ達が、

あー、もっと尊敬できるような男になれないのかな、とか、

もっとしっかりしてくれたらな、とか

もっと器の大きな男になれないのかな、とか

もっと社会で成功する男になってよね、とか

そんな母親のような感覚でご主人のことをみてたりしませんかね(汗)。

そのような女性の無意識的な男性への裁き(息子のような感覚で)を、

男性はどこかで感じるから、その反応として社会は男性優位になっていったのでは?!

そんなことまで思いを巡らせてしまいました。

女性&男性蔑視は、どちらが卵かニワトリなのかはわかりませんが、

そんな感じで、実はお互いがそれぞれを下にみる気持ちを持っていたのかもしれません。

本来なら男性と女性は、お互いの違いを尊重して協力することでうまくいき、違うからこそ惹かれあい愛し合う存在なのに…..

と、話が広がりましたが、

いずれにしろ、私も森氏のことなど批評してる立場ではなかったのでした(苦笑)。

ということで、今朝は起きてすぐに、ダンナさんのところに行き(先に起きてた)、
上記の説明をして、ごめんね、と謝りました。

そして女性を代表して(?)、

世の中の「男たち」にも、これまで、ごめんなさい、です。

これからは、フラットな意識でお互いを補完する同胞として心を通わせていきたいなと思いました。

あ、↑ この言い方固いな(苦笑)

書き直しますと、

たった今、この場から、性がどちらであろうと、お互いの違いを尊重して、そしてその違いに愛をもって接していきたいなと心の底から思いました。

↑ イメージ画像です(私とダンナさんではありません、笑)

あなたの大事な家族なら

1つ前の森氏に関しての記事の後記になります。

あの記事を書いたとき、まだ一側面しか報道されていませんでしたが、

その後、他の側面の情報を読んだり(オリンピックに関する仕事については森氏は無報酬でやってきたのだそうです)、森氏の謝罪会見を見たりして感じたことがあったので書きます。

彼の謝罪会見をみて、

「あ〜、この人は全然ブレていないんだな」と思いました。

本当に心から女性を蔑視してるか、については実際はどうなのかな?と私は疑問に思いました。

森氏が最も大事にしてること&自分の役割だと思ってることは、

「自分たち(所属政党)が決めたことをつつがなく進行する」

だと思いました。

そういうわけで議論して進行をさまたげる女性や、わずらわしい質問をしてくる記者を制するのだと私には見えました。

女性だから、記者だから、というくくりというより、自分たちが決めたことを邪魔してくる人を除外したい思考なのだと思いました。

しかし、森氏が彼の役割をつつがなく遂行して、それで何が起こるかといえば、

当の国民は、え?、そんなこと誰が望んだっけ?みたいなことになってるのが現実ではないかなと思います。

彼がつつがなく遂行したいのは、いろんな団体の利害を守るためのもので、国民の希望や幸せがあまり反映されていないから、だと思うのです。

なにかを政治的に決断するときに、A団体の利害とB側の利害、C団体の利害etc.をどう折衷させるかがメインになってるからかなと思われます。

国を自分の大事な家族に例えてみたら、もっと違う選択になるのでは、といつも思います。

7人家族だとしましょう。

2021年、家族でオールスターの野球観戦にいくのを楽しみにしてました。

チケット予約したり、ホテルもとったし、旅程もばっちり。

でも直前でおじいちゃんとおばあちゃんが感染症で床にふせってる。

お母さんは看病で疲弊してる。

そんなときに、残りの4人家族で、さあ、野球観戦に行くぞ!とお父さんは決めるでしょうか。

もし観戦日を変更できるなら、手数料をはらってでも変更して、家族が元気になって全員で行こうとお父さんは決めませんかね。

例えば、お母さんはガーデニングが趣味です。
草むしりが大変なのであるときから除草剤を使い始めました。

すると、そのあたりからお母さんは具合が悪くなりはじめました。
お母さんはなんとなく、その除草剤のせいではないかとお父さんに話しました。

そしたら、お父さんは科学的な因果関係は証明できないから、これは引き続き使用してもいいんじゃないとは言わないでしょう。

それはすぐに捨てなさい、そしてもしお嬢さんもガーデニングをやってるなら、それは使わないようにアドバイスするでしょう。

もし近所の人もそれを使ってると知ったなら、警告するだろうし、なんならメーカーに電話するかもしれません。

さらに例えると、住んでる家が古くなって大幅なリフォームしようという案がでたら、家族で話すでしょう。

お母さんの要望がたくさんあって話が長くなりそうだとしても、「母さんは話が長いから」といって、リフォームの話し合いのメンバーからお母さんを外しはしないでしょう。

「話、長いな〜」と思いながらも、お母さんの要望について聞き取るでしょう。

もし長男が自分の要望を述べたら、「お前は、混ぜっ返すから黙っとけ」なんて、彼の発言を途中で止めないでしょう。

もし、お父さんが1人で「ワシが思った通りに決めればそれでいい!」と、
リフォーム会社と予算を話し合って両者で全てを決めてサクサクっと完成までこぎつけたとして、

その家に入居した家族の皆は何を感じるでしょう。

これ、誰のための家?!

わたしたち、こんな家望んだっけ?!

森喜朗氏だけでなく、今、私たちが変えていきたいのは、

そんな誰のために行われてるかわからない政治だなと、会見をみてつくづく思いました。

国のことを決めていくとき、まるで自分の家族のことを決めるように、皆が幸せで社会が平和になるようなことを選んでいく、そんな政治家を望んでいこう、

そう強く思いました。

様々な意見や要望を聞きながら、皆が幸せで平和になるように、決断し遂行していく、そんな仕事である政治。母性(幸せ、平和になるように)と父性(決断、遂行)がうまく統合されていくこと、願います。

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その人の性格性質、体質を大きく左右すると言われてるあなたの腸内細菌叢。
腸内細菌のバランスを整える腸内細菌レメディプログラムを実施します。

まだ若干空きがありますので、ご興味のある方はこちらの記事をご覧ください〜。

#M氏は引退してください、について思う

今日は仕事が入ってなくて、とある本を読み込む日と決めていましたが、
半分ほど読んだところで、寝てましたzzz(苦笑)。

ぼんやりした頭を目覚めさせるために、ネットニュースを何気なくみてみたら、東京五輪組織委員長の森氏のトンデモ発言の記事が目に入ってきました。

ツイッターでは、”森氏は引退してください”というハッシュタグがトレンドになっており、それも読みにいきました。

この一連の報道等を読んで、

1人の単なる女性としてまず思ったのは、

「まだ、こんな昭和の怪物がおったか〜!老害の典型だ!(怒)」でした。

そして、こんな人を五輪組織委員会の会長という現役職に据えてたのは、選挙権をもつ他ならぬ自分でもあることにも当惑しました(どうやってこの人選ばれたんだっけ?!…汗)。

ただ、このような事件や出来事をみるときに、
森氏個人を軽蔑&敵視したり老害視(汗)していると、

正しい自分たち VS 間違ってる輩 という分断が起きてしまいます。

そのような分断が起きることが、様々な戦いの元ですから、私たちが求めてるのは究極何かを忘れないようにしたいと、自戒もこめて思いました。

私たち皆が求めてるのは「平和」のはずですよね。

私たちが憎むのは、森氏が持っているような時代の遺物の「差別意識」であって、
森氏個人ではないことは忘れないように、と思いました。

こういうイヤーな出来事が起きたとき、私たちにまず、できることは、

もう、このような差別意識はいらない!
このような差別意識にはNo!

とはっきり意識を持つことだと思います。

どうせ大きな組織だから変わらないでしょとか、
ニュースで叩かれてもまた裏で続くんでしょ、とかあきらめないで、

もうそういうことを許していかない!
許さない、Noだ!

とはっきりと意識を持つこと、

それが集合意識を変えていく力になりますから、それをちゃんと持つようにしたいです。

(逆の言い方でいうと、そういうときに、どうせXXXだから、と許してきたから、このような不要な差別意識が長続きしてきた)

たとえ、公で反対発言できなくても、抗議の電話をしなくても、デモ活動に参加できなくても、
そういうものはもう望んでいないんだとはっきりと自分の意識をもつこと、これがとても大事だと思います。

もちろん、その意識をちゃんと発言したり、行動したりすることはさらに大事ですが。

でも何も表立って動けなくても、意識をはっきり持つことで、公で活動するくらい大きな流れを起こすことが、実は私たちにはできるのです(祈りの力と同じ)。

ですので、私も、
もうこんな差別意識はいらない!
権力を個人の得のために使う政治家もNo!

とはっきりと意識しました(鼻息っ)。

この話題から派生して、ロンブー淳さんの聖火ランナー辞退のYoutubeまでみることに(苦笑):

TwitterやらYoutubeやらメディアの多様化のおかげで、社会で起きてる出来事に透明性がどんどんでてきて、いいな〜と思います。

今はアセンションの時代ですから、今回のような出来事は、新しい時代に向かう途中の古い膿み出しのような出来事という見方もできるかもしれません。

ティーンエージャーの幸せ

私には180cmを超えるデカい高校生の息子がおりまして、登下校時に峠を超えて10kmほど離れてる隣町のバス停まで車で送迎しています。

少し前のことですが、夕方、車でいつものように迎えにいくと、車に乗った途端、彼は崩れ落ちるように後部座席に座り込み、

「疲れた….」

とつぶやきました。

”お疲れ〜” と声をかけましたが、ぎちぎちのスケジュールの高校生活に加え、家ではネット&ゲームする時間もたっぷりなので(汗)そりゃ疲れるだろうね(体力の問題か)と思っただけでした。

しかし、次の日も迎えにいくと

「疲れた….」

と後部座席にすぐにも横たわりそうな様子で顔色もそんなによくありません。

しばらく無言で運転したあと「なにかあったの?」と声をかけると、

友達関係で悩んでるようでした。

かなり悩んでるところ悪いけど、母が問題を簡単にまとめるなら、

”人の気持ちを優先しすぎて疲れてる” でした(苦笑)。

しかしこういうとき、そんなに気にしないでいいんじゃない、と言ったとしても、

それはこちらの感覚で、彼の感覚をそんなに簡単に切り替えることはできません。

軽い悩みならほおっておきたいところですが、かなり消耗しているようでしたので、

ちょっとヘルプするのがよいかなと思い、私ができることとして2つ提案してみました:

① (母と子という立場だと難しいので、そこから離れて)
  時間をちゃんととってカウンセリングをする

② エネルギーが乱れてるから、対応できるエッセンスかレメディを処方する

そしたら「じゃ②で」と答えました。

これまでなら断る母からのこのような提案を受け入れたから、よほど、疲れて(悩んで?)いたのでしょう….. (汗)。

早速、とあるエッセンスを選んであげて、その夜からとってもらうことにしました。

エッセンスというのは、自分の体験上&クライアントさんの反応からみて、かなり速攻性があります。

エッセンスを取り出した翌日:

迎えの車にて

母「今日はどうだった?」

息子「普通だった」….. 会話以上 (汗)

母の推測:まーまーよかった or 今日は特に悩まなかった

2日目:

お迎えのとき、彼、笑顔でした。

よって何も問わず(苦笑)。

そして家について、家の中にて :

息子「あー、なんか幸せだな〜

こうやって車で迎えにきてもらったり、

帰ってきたらご飯が作ってあってそれを食べることができるってさ〜 幸せだね」

母「!!!」(心の中:エッセンスめっちゃ効いてる!!?)

母「そっか、よかったね〜、幸せで〜」会話以上(汗)。

中年〜老年期に入り、なんでもないことが幸せだと感じることあると思うのですが、

思春期の男子が、日々の当たり前のことを幸せに感じることができたとは。

これいい〜!この解決法いい〜(笑)

エネルギーを変えることができるエッセンスをとったからといって、

友達とのつきあい方のHow toを学べるわけじゃない、

彼のもってる自分を苦しめてしまう他人軸の思考法がすぐに改善されたわけでもない。

でも、苦しい出来事へのフォーカスからふっと離れて、

実はずっとそこにあった当たり前なことが幸せだと気づけた。

このとてつもなくわかりやすい&早い反応は、まだ若くてエネルギーブロックが少ないからかもしれませんが、

大人もこうなったら、そんなに日々悩んだり苦しんだりしなくていいよなと思います。

彼の友達とのコミュニケーションの問題は、彼が追々、これからの人生の中で学んでいくでしょう。

だから、その学びはちゃんと自分で習得して体験していったらよいと思います。

でも、そんな渦中であっても、ふっと気づけばいつもそこにいろんな幸せがあるってこと、

そこに気づく体験ができたこと良かったな〜と思いました。

私が処方したエッセンスの小瓶は、結局10日ほど自主的にとっていましたが、

その後はそれを必要と思わなくなったようで、とらなくなりました(つまりほったらかし….オイ!)。

とりあえず、その後、彼はそんなに疲れてはいないようです(苦笑)。

↑ 息子の日々の癒し:スコッチ 脚の指がなぜかパーに開いてる(謎)

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幸せになるのも自分の意識次第。

実は、当たり前の中に幸せいっぱい。

けれど、どうしても幸せと感じられない方、

レメディやエッセンスで、あなたのエネルギー波動を変えてみるお手伝いができるかもしれません。

ご興味のあるかたは、HPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

人智を超えてワクワクと

エネルギー療法にかかっていただくとき、

まずはコンサルテーションという対話形式のやりとりをさせていただくのですが、

このコンサルテーションが終わった段階で、

すでに 気づき や 変化 を体験する方がいます。

エネルギー療法の効果を出すエッセンスやレメディを取っていないのに、です。

なぜそういうことが起こるのかというと、

それはわたしのコンサルテーションが優れてるわけではなく(苦笑)、

レメディやエッセンスというエネルギー的に働きかける物質と同じ作用を、

ご自分の「意識」でも起こせるという現れなのです。

そしてコンサルテーションだけでこれらの現象が起こる人というのは、

比較的エネルギーブロックが少ない方だったり 、

エネルギーの流れがわりと良い方(メンタルのクリアリングが進んでる方)だと

私は理解しています。

つい先日コンサルテーションを受けてくださった方も、レメディやエッセンスを取る前に、

以下のような気づきを得たと教えてくださいました:

「今まで物事を考えたとき、

何か思う → もしこれが他人でこのシチュエーションだったら?

→ それはないわ…

といった感じで先回りしてフタをしていたことに気付いた」

のだそうです。

なにかしようとするときに、

もし自分が相手だったらどうするか/どう思うか?という自問をして、

自分ならそれは迷惑だわ、困るわみたいな自答を得たら、

その行動や言動自体を起こさないで済ませていた、というご自分のパターンに気がついたのでした。

簡単な言葉でいうなら、いつも頭の中でシュミレーションして物事に向き合っていたと言えるかもしれません。

このようなパターンは悪いというわけではなく、

事前にシュミレーションすることで無駄に自分が傷つくのを避ける自分への配慮だったとも言えますし、

いつも相手の立場でものを考えることで、相手を思いやっていたという見方もできます。

ただ、このパターンで暮らしていると、とても狭い世界で生きることになります。

なぜなら、自分の想像の範囲以上のことが起こりにくくなるからです。
(波動的な引き寄せから)

全く別の言葉でいうならば、

他人のキャパを見限ってるという言い方もできますし、

さらにいうと、

神さまという創造の源が起こすことに限界があるとあなどってる(汗)とも言えます。

なにより全て自分の想像&推測範囲でしか物事が起きないなら、

あまりワクワクしませんよね?!(苦笑)。

ということで、

自分がこうしたいなと感じたときは、その気持ちに沿って素直に行動して

対象となる相手がどう反応するか、

全体の物事がどう動くかは、

天におまかせして、ただこちらはワクワク❤️しているのがよいとわたしは思います。

人智を超えたものが、この世には無数にある〜

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ワクワクしたいけど、ああしたらこうなるし、どうせ無理とか、

でもそれはこうでああで…..と理由をつけてワクワクしないようにしてる方(汗)、

それは何かしら心にブロックをかけてしまってるからです。

そのブロックとはなにか自分で見つけにくい方は、

コンサルテーションでそれを一緒に探るお手伝いができるかもしれません。

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爪をかむのは

小さなお子さんを持つママからメールをいただきました。

お子さんが爪をかむ癖があり

「私の態度のせいだろうか…」と気になります

とのことでした。

爪をかむのは子供だけでなくティーンエージャーや大人でもいるので、わりとありふれた癖かもしれませんが、

その行為をみかけると、なんとなく不健全に感じてしまう方がほとんどではないでしょうか。

爪を噛んでるのは愛情が足りないからだ、と世間でまことしやかに言われてきたという風潮もあるかもしれません。

身体症状をメタフィジックな分析で解説してるリズ・ブルボーによると、

爪を噛むという症状は:

「日常生活の細かな面において自分が守られていないと感じていて、ひそかに心の中で苦しんでる」

という感情を表しているそうです。

爪を噛む癖は、

「自分を守ってくれる人はいない」

「自分を助けてくれる人はいない」

「自分1人ですべてをやらなければならない」

というような思い込みをもってるときに現れる症状という言い方もできます。

私がみてきたケースから言えることも同様で、

爪を噛むクセがある子は、

家庭内で「親」から自分を守ってもらえないと感じてる子に多いように思いました。

その子たちの代弁をするなら、

「パパor ママは自分の味方じゃない」と思ってるようでした。

なぜ、彼らがそう思ってるのかというと、

親が自分に厳しくあたるから(小言が多い、注意ばかりされる)です(汗)。

親御さんたちは、お子さんたちをなんとか自分が考える良い方向に一生懸命導こうとしてるのですが、

子供たちはそういう親の言動から、

あ〜パパやママは、自分の味方じゃないんだ….

と捉えてるわけです。

そりゃ、まあ、自分のやることに賛成&支持してくれなくて、

そうじゃない!こうじゃない!と言ってくる人のことを、

自分の「味方」とは思えませんよね(汗)。

親心(おやごころ)子知らず、ですかね?!

いやいや、これは、こどもの心親知らず(苦笑)。

かくいう私の息子も、ある一時期、爪を噛んでたことありましたっけ(反省)。

話を戻しますと、

私は、このところ、爪を噛むクセというのを、以下のように捉えています。

子供たちにとっては、爪をかむという行為は、自分の心のケアを自分でしてる状態、

つまり ” セルフケア” なのです。

大人がストレスがあるときに、スイーツを食べにいったり、買い物して気を紛らわしたり、お友達とお茶したり、飲みに行ったり、パチンコ行ったりカラオケ行ったりetc.するように、

こどもたちも爪を噛むことで自分の心のバランスをとろうとしています。

子供たちは大人みたいに、外側(買い物とかスイーツとか)の物質を使う術を知らない&できないから、

自分の体をつかってそれをしてるのです。

だから、うわ〜、すごいね、ちゃんとセルフケアしてるんだねと思ってみてあげる。

そして、このセルフケアのサインに親御さんが気がついたのなら、

親御さんは自分を責めたり、子供の癖を責めたりしないで(どちらも責めるような悪いことはしてないので)、

小さな体で必死にセルフケアをして自分を守ってる子の自浄能力のすごさをまずは認めてあげて、

その次に、では自分はどうやったらこの子の味方になってあげれるかなと考える方向で対応してもらえたらと願います。

そういう親御さんは、ご自分が小さいころ、同じように自分の親に本当は”味方”になって欲しかった体験を持っていたります。

ですので、それを思い出したら、どうしたらいいかがわかってくるかなと思います。

爪を噛むクセに対してレメディやエッセンスを出して、

その子の親に対する思い込み(この人たちは自分の味方じゃない)のエネルギーを変えることもできなくはないですが、

このようなセルフケアのサインをみつけたことは、お子さんにとってだけでなく、

ご自分(親)の生き方や考え方を

もっと楽なものに変えていくためのサイン=ギフトでもあるので、

それをちゃんと自分で受け取ってみようと動き出すのをお勧めしたいです。

↑ 身体症状のメタフィジックな見方を先駆的に教えてくれたルイーズ・ヘイのサイトから
秋らしい画像を拝借。
こんなに安心していられたら爪はもう噛まなくてよいにゃ〜

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お子さんのサインをみて、ちゃんと対応を変えてみた、でもうまくいかないという場合は、

ご自身の中のもう少し深いところにエネルギーブロックがあるかもしれません。

1人でそれを探るのが難しい場合は、エネルギー療法でそのお手伝いができるかもしれません。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

ルーツを知る

少し前から新しいことを始めようと準備してるのですが、その過程で

「自分のルーツを認識して土台をしっかりと」というインスピレーションが降りてきました。

それで自分のルーツを知るために私が何をしたかというと….

アカシックレコードAkashic Records

のリーディングをしてもらいました。

アカシックレコードとは、

「地球上の生命の意識体験のすべてが記録されている記憶の貯蔵庫」です(By ゲリーボーネル)。

大雑把にわかりやすい言い方をするならば、

地球に生まれたすべての人のすべての過去世体験が記憶されてるクラウドコンピューターと

思うといいかもしれません。

アカシックレコードにはなんと2億600万年前〜西暦6732年(つまり未来も)までの記録が貯蔵されてると言われています(ゲリーさんによると)。

私が知りたいと思った自分のルーツは、

親とか祖先のことや、住んでる国の歴史ではなくて、

自分の魂の歴史=すべての過去世でした。

多くの人は、これまで数百回輪廻転生してるそうですが、私も自分がそのくらい生まれ変わってきてるのだと認識しています。

でも、今、この地球に、またも生かされてるので、

その数百回の輪廻転生を経てきたルーツ=過去世を知りたくなったというわけです。

現在アカシックレコードを読み取ることができる人はとてもとても多くて、そういう時代なんだな〜と思います。

ということで多くの人の中から、自分にピン!と来る人を探していたら、海外のある女性の方が通訳付きでリーディングしてくれるという情報に行き着きましたので、早速申し込みました。

(ご興味のある方のために書きますが….かなり高額です、冷汗)

リーディングは1時間でオンライン。

他人のものと間違わないで、正しく私のアカシックレコードを読んでもらうには、この世で法的に記載されてる氏名を伝える必要があるのだそうです(役所仕事か?!笑)。

そんな感じで、リーディングが始まりましたが、

やはり私は何百回も転生してきた魂だそうで、その中でも今世と最も関連してる記録にアクセスしてもらうと、

「あなたは Temple Priest だった」、

日本語でいうと「神官」だったと云われました。

そして、その私の過去世の記録にアクセスしてるときに

「おお!」という表情をして

「ものすごーく威厳のある姿がみえて、そのエネルギーを感じます」とジェスチャー付きで、その感じが伝わってくるように説明されました。

きょとん….(→ 威厳とはほど遠い影のうすい現在のわたし、苦笑)。

神官だったというのは、以前にもアトランティス の過去世でそれだったといわれたことがあって、オラクルカードでもよく出てきてたので、やっぱそっか、という感じでしたが、

威厳があったというのは、正直びっくりしました。

その過去世のときは未来を見通す力もあったので、王や女王のような指導者たちに進言することもしていたそうです。

↑ これを聞いてその場で私の頭に浮かんだのが….じゃ、なんで今世はあんな庶民の家を選んで生まれたんだ?!でした(笑)。

しかし、この自問への答えは、セッション後に「それが今世の1つの目的でもあるんだ〜」と妙に納得してすっきりしました。

他には、

「こどものときに親元を離れて、特別なスピリチュアルの教育を受けるための特殊な学校に行っています」

と言われ、

なぬ?!子供のときに山寺のようなとこにつらい修行に1人でだされたわけ?!みたいな寂しいイメージを持ったら、その私の感覚を感じたのか、リーディングしてくれた女性が笑いながら、

「いや、その世界では、こどもでそういう教育を受けることはむしろ栄誉なこと、光栄なこととして認識されていたんですよ」

とフォローしてくれました。

(後日に、レムリアのクリスタルシティスクールのことを知って、そこのことか?!と思ったけど、もうセッション終わってるので残念ながら確認できません)

他には、なぜ私がエネルギー療法に導かれてるかというのを教えてもらったのですが、

「植物を使ってヒーリングをする人たちとは違って、あなたは当時から、”エネルギー”や”意識”というものを取り扱っていた」

といわれました。

なるほど、そっかー、だから、私は気がつくと、エネルギーを扱うものにばかりひかれるわけなんだ〜と、これはルーツがわかって、非常にすっきりしました。

そしてもちろん他の色んな過去世もあるけど、総括していうならば、

私の魂は、アセンション トラベラー 

と呼べて、

人が意識を上昇させる時代にそれを助けるために転生しつづけてきてるのだそうです。

私は、その人の魂の高い方の目的に気がつかせることが得意というかお役目のようなことを言われました。

なんか、↑ すごいことしてるように思いますが(汗)、

確かに、コンサルテーションのときにクライアントさんに、

それがあなたのお役目でしょうとか、それがテーマでしょう、とか勝手に口から出てくるときがあって(汗)、

そういうのは、過去世と関係してたのかもなと思うと妙に納得してしまった私でした。

このリーディングをしてくださった女性は、こちらが知りたいことにだけ答えてくださって(それがアカシックを読むルールなのかもしれませんが)、

これをあなたはやり残してますよとか、これが前世でできてないとかいう心がへこむことは(?)、

伝えられませんでした(敢えて尋ねませんでしたし)。

ただ、こういうことを大事にしなさいみたいなことを教えてくれましたけど、それ、すでに知ってた(苦笑)。でも、改めて気に留めていよう、と思いました。

というわけで、アカシックレコードリーディングは、

時間枠を超えた壮大な旅をしたような体験となりましたが(高価なアトラクションに乗ったようなもの、汗)、

あーやっぱり過去世と今はつながってるのね、そうやって今の自分がいるんだとわかって、

ものすごーいながーい根っこが自分に生えたようで、土台がしっかりできたようにも感じます。

とはいっても、過去世すらも大いなる源からみれば、

魂の長い”夢”または”幻影”であるというのはわかってるので、

過去世にこだわりすぎないで、「今」を大事に生きればよいなとも思いました。

ただ、現世に疲れたときは、時間枠を超えて壮大な流れの中の自分の魂の物語を覗くことで、

今世をありがたく生きるのもありかもしれません。

↑ 現世からちょっとだけ抜け出すイメージ(?!)

あなたのかわいい身体

指のささくれ(さかむけ)で、ご相談をいただきました。

ささくれは、肌が乾燥するときなどに、親指だったり人差し指にできやすいかと思うのですが、

この女性のささくれは、ある特定の指でなく、全部の指!にあらわれてるのでした(汗)。

このような身体症状の急性相談だと、

具体的にどういう様相の症状か、
いつ頃から始まったか、
原因として考えられることはあるか、
この症状が起きた頃にメンタルでなにか特筆すべきことがあるか等を、質問形式でお尋ねします。

ご相談者からのメールには原因として

コロナ対策で手指を消毒する回数がこのところ多い

とありました。

そりゃ、消毒という名のもとに「エタノール」や「次亜塩素酸」を毎回手指に塗りこんでたら、肌は乾燥するし痛むしささくれますわ(汗)。

コロナ対策のため、公共の場で消毒をスルーすることは難しいかもしれませんが、具体的な原因を外さずにレメディを取っても焼石に水となることでしょう。

私はチョコを毎日食べ続けます、でも体重を減らしたいのでレメディでなんとかしてくださいとお願いされてるようなもの(苦笑)。

とはいえ、いつも原因の深い根っこはメンタルにあるものです。

体が悲鳴をあげてるのに(全指乾燥してささくれ)、

なぜ体に過剰な消毒を続けているのかな、という方に着目するのがよいかと思います。

ささくれというのは、爪周囲の肌・角質が細かく剥けてる状態です。

メンタルの意味でいうならささくれは、その細かいエリアで起きる細かい症状と同じくらい、日常の(もしくはある特定の出来事の)細部にこだわりすぎてるといえるかなと思います。

やりとりしたメールで読みほどいていくと、

ご相談者の方は、このところ仕事やプライベートでご自分の手を見る機会が多いようで、

ジム通いするうちにゴツゴツしてきた自分の手に、コンプレックスを持っていらっしゃるとのこと、

特に爪の形が丸くて小さく「綺麗でない」と思っていらっしゃることがわかりました。

ですから、原因、それだってば(苦笑)。

この女性の場合、指のさされくは、ささないなことを気にしすぎてるという現象ではなく、

細部に愛が足りなかった →  自分の指たちを愛してなかった

ということだと思いました。

だから体は、全指の毛細血管まで栄養&血液=つまり愛、をうまく流せなくて、ささくれていたのでしょう。

無理やり解釈するならば、

指を好きでない愛せていなかったから、その指たちを痛める消毒液を毎回つけても気にもしていなかった、

もしくは、

指を綺麗にしたい=消毒したい、という潜在意識の現れだったとも言えるかもしれません。

心がささくれる、という表現がありますが、

彼女の指たちは、まさに愛をもらえず、拗(す)ねてささくれていたようです(汗)。

うわー、なんか、かわいい、指たち ❤️!

結局、このご相談者は、メールのやりとりで上記の内容が腑に落ちたようですので、

レメディは出さず、ネイルケア製品を購入して爪も含めた爪周辺をケアするということで落ち着きました。

そのように愛を込めてケアしたら、きっとさかむけはなくなっていくでしょう。

そして、彼女はそんな自分のかわいい指たちをこれから愛するだろうな、と思いました。

私も、先日のテニスの後に痛くなってたゴリゴリいってる右肩甲骨に愛をたっぷりそそごうっと!

満開のコスモス群生をみかける時期ですが、写真を綺麗にとるの難しい(汗)。
よってこの画像、お借りしました……色と角度がステキ。

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体はいつもこのように、あなたにコミュニケーションをとってきています。

そのコミュニケーションに気がついてちゃんと答えていくと、

何かに頼らなくても、自分で自分の心身を癒すことができます。

あなたに起こってる症状がどんなコミュニケーションなのかわからないとき、

一緒にあなたの体からの言語を解くお手伝いをします。

そして必要なエッセンスやレメディで改善のサポートをします。

ご興味のある方は、HPの方へどうぞ: https://arnicahomeo.com/

草むしり効用

草むしりの、「むしる」はつかんで引き抜くという意味だそう。

関西の方では、「草ひき」と言います。

少し前ですが、草むしりするぞー!と意気込んでやったところ(いつもはダンナさんにさせてる笑)、

家の前側に伸びた草だけなのに、延べ3時間もかかりました……!

草むしりは、ヒジョーにしんどいので、できたらやらないで済ませたいものですが(汗)、

ちゃんと向き合って草むしりしてみると、雑草がなくなって見た目や気分がすっきりする以外にも非常にありがたい機会なのだとわかります。


*その1

アーシングできる。

Earthing というのは、体にたまった電気(電磁波)を地面に触れることで地中に流す方法です(電気製品のアース線と同じことを自分の体でする)。

また地面(土)に触ることで地球のエネルギーとつながるという効用もあります。

草むしりすると、足と手から両方アーシングできるということになります。
(理想をいうなら裸足で、手にも軍手をはめないことですが)

畑をやってるのと同じ効果です。

森にでかけていかなくても、家周りを綺麗にしながらアーシングもできる、一石二鳥。


*その2

頭(こうべ)を垂れる機会になる。

地面に座り込んで、草をみながら、引き抜く、むしる。

草をむしるためには、どうしても頭を下に向ける姿勢になります。

このように頭を下げる機会というのは、

大人になると、そして歳をとればとるほどなくなっていきます。

これ、大事だな〜と思いました(→ 私にとって特に、汗)。

知らない間に態度がでかくなってる、知らない間に謙虚さがなくなってる、
草むしりでは思い切り頭を下げることができます。

エネルギー的にいっても、頭のほうに淀んでる思考まみれのエネルギーを振り落とすことができます。

更にいうなら、地球にこの土地にいさせてもらってありがとうねという意識をもつと、よりエネルギーの流れがスムーズになると思います。

*その3

雑念の掃除になる。

これは以前参加したあるワークショップで体験したことです。

ワークショップ会場が神社だったので、プログラムに神社の早朝お掃除奉公が組み込まれていて、その一環で草むしりを終えた後に非常にリアルに感じたのですが、

雑草抜きをしてると、同時に心の雑念抜きが行われるのでした。

雑草を抜いてると、その単純作業に並行して頭に雑念が湧いてきます。
しかし雑草を抜き終わったあと、雑念も同時になくなっていて頭がすっきりしてたのです。

雑草という言葉にかけて「雑念」とかきましたが、必要のない無駄な考え事のことです。

必要なもの(残す植物)と不要なもの(雑草)を体で取捨選択してる行為が、

思考にも並行して起こったのだと思います。

まめに草むしりしようとはなかなか思えないのですが(汗)、雑草が目につきだしたら、

それは自分の雑念も増えたサインだと思って、草むしりしようと思いました。

↑  この1輪車4、5杯分の雑草でした、どんだけ雑草+雑念ためこんでたんだ〜(大汗)
しかし、この記事書いて、前庭をみまわしたら、またごっそり雑草生えてました…..ひー。