あなたの使命

自分の使命とか、魂の役割が何かを知りたい人は多いと思います。

それらを教えてくれる書籍なども多数存在する時代ですが、

「あなたの使命はこれだよ」と具体的かつ個人的に告げられたわけではないので、不特定多数の人に書かれた文章では腑に落ちない人もいるようです。

自分の使命を、自(みずか)ら知っていく「鍵」になるのは、

「人に頼まれること」にあるように思います。

あなた ”だから” 頼まれること、

あなたは ”〇〇が上手だから” お願いしたい、とあなたに限定して頼まれること、

もしくはまだ頼まれてはいないけど、あなたがしてることで個人的に評価されてること、

これらは、あなたの使命につながっていくサインだと私は思います。

なぜなら、それは、他の人は持っていなくて、

あなた特有に備わった性質だったり、特技だからです。

それは個性であり、いわゆる大いなる創造主から与えられたギフトの現れであり、

それを使って何かをしていくことが、あなたの使命につながることになっていると私は思います。

あなたが好きなこと、したいこと、それらをしていくことは、そのスタートになります。

自分が好きなこと、したいことを追求していくと、それは得意なことにもなるし、”好きこそものの上手なれ” でうまくもできる。

好きを続けていくと、そのエネルギーが広がり(幸せから波動が高くなり)、人とのつながりの輪が大きくなって人の目にもとまるようになり、人に影響を与えたり、人に何かを頼まれたりします。

ということで、人に頼まれ出したら使命への道がよりはっきりとしてきたということになると思います。

実はずーっと使命の道を歩んでいるんですけどね苦笑(好きと感じる段階も含め)、ただ、人に頼まれ出したら、おや、これはもしかしてと自分でも気づきだすのだと思います。

ちなみに、あなたの使命や魂の役割といっても、

この3次元世界での、お嫁さんになるとか、歌手になるとか、お花屋さんになるとか、パイロットになるとかそういう具体的な職業や社会的地位は指してはいません。

そういう社会的な職業や地位の ”体験を通して”、あなたがこの世でなにかを味わい表現することを使命と呼んだりしてると私は解釈しています。

何を味わい表現するかというのは抽象的な言い方になるのですが、
思いきり自分の人生を楽しむことだったり、
自分を何より大切にすることだったり、
自由と平和を生活で実践することだったり、
無償の愛を学ぶことだったり、様々ですが、

これらを煮詰めると、

「愛」をこの世でいろんな形で体験/表現することをやっているのだと思います。

個人の使命/体験を全うすると(思いきりやると)、
その個人の姿勢や表現が他者(社会)に波及して、
全体にも影響を与える=これが社会的使命につながるのだと、
今の時点で私は理解しています。

ーーーー

ここで私の使命への道を話しますと、

数年前に ”こころ” に関することを教えてほしいと頼まれて、

それをいくつかの形式でやってきました(ちょうど、自分でもそういうことできたらいいなと考えていた時期と重なりました)。

そして最近、カウンセリングを教えてほしいと頼まれ、

「次の頼まれごと、きた〜」と客観的に思ったのでした。

いや、正直いうと、2、3年前にも同様のことを頼まれたことがあるのですが、そのときはそれを「頼まれごと」だとわかっていなくて保留にしていました苦笑。

今回、頼まれたことで、なるほどな、と思い、やってみることにしました。

具体的な内容は、これから決めていきますが、カウンセリングを学ぶことにご興味のある方がいたら、個人的にご連絡ください (customerarnica@gmail.com)。

カウンセリングといっても、
私がやってるのは臨床心理学に基づく心理カウンセリングではなく、

ご相談者の悩みを通して、その方のエネルギーがブロックされてるのは何か?(なぜ、これが悩みになっているか)をみていくカウンセリングです。

相談者個人にカスタマイズしたカウンセリングなので、
こころの仕組みややり方がわかれば、どんな部門においても(人事、教育、医療とかセラピーとか)役立てられると思います。

カウンセリングのやり方をマスターされた方で、
その先も学びたい方には、
そのブロックを外すエッセンスや、
しいてはレメディの使い方なども教えていきたいなと考えていますので、
エネルギー波動を整えるお仕事などをされたい方がいたら、
カウンセリングから学ぶと早道です(エッセンスなど道具の使い方から学ぶより)。

カウンセリングをするので、ある程度心の仕組みがわかってる方、つまり自分の心とすでに向き合ったことがある方を対象にします。

使命といってもゴールがあるわけじゃない。自分の歩んでる道を信頼して、その時々、思いきりやるだけ。
それにしても私のテニス好きは、どんな使命とつながっているんだろう…..笑。

神のシナリオ

誰が言い出した言葉なのか…. 
私たちの人生は「神のシナリオ」で決まっていると言われたりします。

「神のシナリオ」と聞くと、

自分の魂が望む道だとか、

自分の生涯のパートナーとの出会いとか、

自分の才能をいかす仕事に導かれるとか、

そんな人生でのドラマチックな出来事だけを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、

神のシナリオをなめてはいけません汗、
神のシナリオは、細部にいたるまで「全て」なのです。

たまたま昨日、お子さんの視力がよくないというご相談メールを受けたので、そのことを例にあげて書きますと….

「視力が弱い」

これすら、神のシナリオなのです。

視力が弱いと診断されると、親はなんとかして視力を回復させてあげたいと思うでしょう。

もちろん、ゲームやスマホのやりすぎで視力が弱った、姿勢が悪いことで視力が低下した、それらを改善しようと思うことは自然な流れです。

でも、その子が視力が弱いという、そのこと自体、神のシナリオなのです。

どういうことかというと、その子は視力がよくないことで、
その子にとって人生がうまくいくようシナリオが設定されているのです。

一番わかりやすいダイレクトな例は、

視力がよくないことがきっかけで、視力をあげることができる新しいメソッド開発や、画期的なレンズを開発する人物になることになっているとか、です。

間接的な例だと、

視力がよくなくて、そのうちメガネをかけたことで、将来のパートナーと出会えることになっていたり(相手の女性はメガネ男子が大好きで彼にひかれる)、

視力がよくないからと、大学の講義で前に座ったことで、隣に座っていた人生の大親友と出会うことになっていたり、とかです。

表面化しないため認識できない例でいうと、

視力がよくないことで、視力の正確さを求められるスポーツをやらなかったことから、そのスポーツで大怪我することを避けるように実は守られていたり、

視力が弱いことで、細かいことがあまり見えないので気にしなくなり、大事なことだけに集中できる人生になったり、

逆に細部までちゃんと見ようと意識が働いて、細かい気配りができるような人物になったり、とかです。

神のシナリオがなぜそうなっていたか、人間にはその正確な答え合わせをすることはできませんが、

いずれにしろ、そうなるようになっているのです。

つまり、すべてうまくいくようになっている、それが神のシナリオです。

だから、親ができることは、その神のシナリオを

拒絶しない、嫌悪しない、ジャッジしない、ことです。

お子さんの視力が弱いのは「悪いことだ」とか「よくないことが起きてる」「わたしのせいでそうなったのかも」と

ネガティブ評価をしないことをおすすめします。


なんでかわからないけど、

視力が弱いことになっているんだね〜とそのまま受け止めることです。

受け止めた状態で、

視力を回復することができる情報を知ったら、回復に向けて動いてもいいし、
目を悪くする姿勢に注意したり、スマホに対して時間を制限したり悪化しないよう努力したりするのは自由です。

ただ、神のシナリオ自体と戦う必要はないということです。

これは、他のことにも全て当てはまります。

例えば、体が小さいとか、ぽっちゃり体型とか、歯が弱いとか、気が弱いとか、怒りっぽいとか、感情が激しすぎるとか、

いわゆる遺伝的にうけとったものも、全てです。

それら全て、なにかのシナリオのために設定されているのです。

そのシナリオをもとに、人生がうまくいくようになっているのです。

こどもだけでなく、大人ももちろん神のシナリオを生きてますので、

どうぞ、起きてることを拒絶しないで、ただ、受け取ってください。

受け取るというのは、

今、自分が置かれてるつらい状況に甘んじろということではないです汗。

もし、今、つらい状況に置かれてる方がいたら、

あー、これを体験するシナリオになっていたんだね、と、

その状況が「起きてることを受け入れる」ということが、シナリオを受け取るということです。

なんで、これが起きちゃったの!? 嫌だ!とか、

あいつのせいだ!、親のせいでこれが起きた!とか、

起きたことを拒否したり、人のせいにしたり、

起きてることをネガティブ評価しないということです。

これを体験することになっていたんだ、と神のシナリオを受け入れたら、

その後は、自分の好きに「反応すれば」よいのです。

私たちは起きてくることはコントロールできないけれど、

起きたことに対してどう反応するかは自由なのです。

最後に、私、今、肩をいためて、趣味のテニスをお休み中なのですが、

これも当然、神のシナリオでした。

振り返ると、あそこでああなって、こうなったXXXな条件と重なって、痛めること=この期間にテニスをしないことになっていたのだと、勝手に神のシナリオの筋を追っています。

なんでこの期間にテニスをしないことになっていたか?って、その答えがわかるのは、もう少し後になってからだろうな、となんとなく推測しています(すごく良いことが起こる予感!)。

神のシナリオ、完璧ですから笑。

肩を痛めたおかげで、本来ならテニスしてる時間に、お花見できました笑。
この清々しい桜を見て、心地よくなることになっていたんですね〜笑

ーーーーーー

神のシナリオを受け入れたら、この世の苦しみは激減のはず。
そしたら、私がやってる療法もあまり必要なくなるでしょう笑。
そうなったら、次は何しよー!? ← きっと次のシナリオがみえてくる笑

シナリオとわかっていても、拒んでしまう方、なぜそうなるか、一緒に解きほぐしてみましょうか…. ご興味のある方は HPのほうへどうぞ:https://arnicahomeo.com/

あなたは何も悪くない。

Aさん、Bさん、X(エックス)さんでゲームをしていました。

まず、BさんとXさんの対戦。

途中でXさんが、Bさんのやり方に、それは不正だー! ズルしてる!とクレームをつけました。

気の弱そうなBさんはそのクレームを受け入れ、Xさんは自分に有利なポイントに変更させました。

Aさんは、Xさんってクレイマー?!とひるみつつ、自分はゲームの観戦者なのでとりあえず黙っていました。

その後、AさんとXさんの対戦になりました。

Xさんは、今度はAさんのやり方を不正だー!と言い出しました。
Aさんは、さっきのBさんとのやりとりをみていたので、自分はひるまず自分のやり方を押し通しました。が、Xさんが3度目のクレームを言ったときには我慢がならず、軽い口論になりました。その後、Xさんは黙りましたが、当然、そのゲームは不穏な空気となりました。

結局、対戦はAさんが勝ったのですが、Aさんはクレームを言われたので、この勝ちが楽しくも嬉しくもありませんでした。

それどころか、Aさんは、その後も気分がモヤモヤとしたままでした。

ゲーム仲間に、その話を愚痴ると、

そういうこともアルアル、誰でも経験するから、みたいな感じでアドバイスされました。

しかし夜になっても、Aさんのモヤモヤはおさまらない。
なぜ自分はこれをさらっと皆みたいに流せないんだろう….Aさんは自分の内側を探ってみることにしました….

まず、Aさんが自分の内側をのぞいて気がついたのは、

こんなにもモヤモヤするのは、
自分が完全に真っ白だとは胸を張っていえないからではないか、ということでした。

Xさんのクレームが、完全なるイチャモンであるならば、ここまで自分をモヤモヤさせないのではないかと思ったのです。

自分はもしかして不正をしたのではないか、という自分への疑いを持ってるということにAさんは気がついたのでした。

対戦のときは、強気でXさんに反論したけれど、Xさんの見方からみると確かに自分はズルしたようにも取れるかもしれない、それがモヤモヤの原因だとわかったのでした。

ゲームは遊びなのに、そこで真剣にクレームするXさんと同じように、自分も勝ちたいという気持ちがものすごく強くてああいうことが両者に起きたのじゃないか、

だから、ゆずらずに強気でXさんに言い返した自分もクレーマーと同じかもしれない….

という感じで、良心の呵責がおきました。

そして、次に、

自分は勝ちたいために、そういうことをしてしまったんだ

自分はそういうずるい人間だったのだ

というような自責の念がでてきて、Aさんはどんどん落ちこんでいきました….チーン。

ーーーーーーーー

さて、このAさんのエピソードと内側への旅が教えてくれることは何でしょうか。

まず1つめは、

Xさんというわかりやすいクレーマーが現れて

Aさんの中にもあった、ずるい部分を鏡のようにみせてくれました。

XさんがBさんにしたような、

自分にとって有利なポイントに変えさせたようなずるい側面を

Aさんも実は持っていた(Xさんほど強くはないにしても)、というのを教えてくれました。

2つめは、

Aさんには、良心がちゃんと健在してるというのを教えてくれました。

モヤモヤしたということは、Aさんの良心がどこかで痛むからで、

ずるいことはよくないとか、そんなずるい自分を受け入れたくない(自分らしくない)という深い指針がある、というのを教えてくれています。

もし良心に蓋をしてたり、良心を麻痺させてる人なら、このエピソードは、
”そんなこともあるさ” くらいで通り過ぎてしまう出来事だからです。

3つめは、

Aさんは、自分のことをいい人だと思い込んでいたかった、自分は良い人だと評価しておきたかったことを教えてくれています。

もし、自分がずるい部分を持ってるとちゃんと認識していたら、こんなにひきずりはしないからです。あ、やっちゃった、自分はそういうところある笑、とすぐに認められなかったから、長くひきずったのです。

心理の分析だけだと、ここで終わりじゃないかなと思いますが、

ここで終わったら、落ち込んだままになりませんかね?!汗。

あー自分はずるかったんだな、とか、

自分をどこかでいいひとだと思い込んでいたんだな、とか、

それに気づいて、その内側の心理を認めたとしても、これで心は晴れるでしょうか。

そういうずるい部分があった自分を認めたことで心地よくなるなら、それでよいのですが、そうじゃなくて落ち込んだままの人の方が多いように思うので、

ここで、違う視点からの捉え方をオススメしたいです。

それはこのようなエピソードを、

こんな人間達が起こした「人」による事象としてみるのではなく、

エネルギーの引き合い(意識がつくりだした現象)としてみる見方です。

ーーーーーー

上記の事象は、なぜ起きたかというと……

Aさんが
「自分はずるい人間だ」「自分は不正なことをするところがある」という波動、
そういう潜在意識(深いところに隠れてる意識)を、自分自身が持ってるからなのです。

Aさん本人が「自分はずるいことをしてしまう人間だ」という意識をもってるから、
その意識を反映した波動により X さんが引き寄せられて、具体的な事象として体験したという仕組みなのです。

だから、Aさん、

あなたは何も悪くない。

自分はずるい人間なのだと落ち込まなくていいのです。

Aさんは、Aさんが人生のどこかで持ってしまったその不要な波動、

その意識を、ただ捨てさってしまえばよいのです。

本当に、ただ、それだけのこと、そういう仕組みでその現象が起きたというだけのことなのです。

あなたは何も悪くない、

ただ、そのくっついた不要な波動(乱れた波動)を払い落とすだけなのです。

Aさんが、なぜ、そんな波動を持ってしまったのかって?!

それは例えば、

小さいころ親に「お前はほんとにずるい子だね」ときつい顔で言われて、
えーわたしってずるい子なんだ!と思い込んでしまったからかもしれないし、

学校で先生や友達に「そのやりかたはずるいんじゃない?」みたいに言われて、
「そうなんだ、私はずるい人間なんだ」と衝撃を受けたときからかもしれません。

その波動を身につけてしまった機会は、人生の体験により人様々ですが、
いずれにしろ、あることにより波動が乱れて、真のピュアな自分とは違う不要な波動を持ったままになってるのです。

その不要な波動は、もともとのあなたのものではないので、それを排除するために、

Xさんという人が現れることで、あなたにそれを教えてくれたのです。

だから上記のゲームで起きた出来事は、
Aさんの低い波動を解除するためにおきたエネルギー現象なのです。

ということで、不快な現象、モヤモヤする現象が起きたら、

それはあなたを落ち込ませたり、自責の念や良心の呵責を起こすためではなく、

ただ、あなたにとって本来の自分とは違う波動になってるよ、と教えてくれる現象だということを知ってもらいたいなと思います。

とはいっても、感情を持つ人間ですから笑、最初は自動的に落ち込んだり、モヤモヤしたりしますけどね汗。

ただ、そこで終わらないで、それを使って波動上昇に転換させて欲しいなと願います。

昨日3/26 はいろんな人が岐路に立った日と感じました。                               
その流れでこのお花のアレンジメントもいただきました、私にはお花はもっとも嬉しいプレゼントの1つです。 
       

ーーーーーー

不要な波動を捨てるには、イメージワークが効果があります。
重石(不要な意識)をよっこらしょと海に投げ捨て去るイメージとか、
天に放出する光となって返すイメージとか、地球に足の裏から流していくイメージとか、自分がしっくりくるイメージで捨て去れます(1回ですっきりしなかったら何回もやる)。

トラブルに巻き込まれるけど、不要な波動がなにかわからないとか、
不要とわかってるけど、自分では排除するのが難しい方は、エネルギー療法を使って不要な波動の掃除をお手伝いできます。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/




パワーストーンレメディプログラム2022

1つ前の記事で予告しましたように、パワーストーンのレメディを使って、ボディチャクラ 1 から 7 までを整えていくプログラムへの参加メンバー募集記事です。

心身への影響を考え、10ヶ月ほどかけ、ゆっくりと行っていきます。

プログラムの基本的な流れ
第1チャクラレメディを取る → 5,6週間様子をみる → zoomにて第1チャクラについてのレクチャーとシェア会 → シェア会後、第2チャクラレメディを取る → 5,6週間様子をみる → zoomにて第2チャクラについてのレクチャーとシェア会 …..

という繰り返しで、第7チャクラまで行っていきます。

プログラムの意図
ボディチャクラに対応するレメディをとっていくことで、各チャクラのエネルギーの流れを活性化する。
それぞれのチャクラについて理解しながら、実際に自分に何が起きたかをシェア会で話していくことで、気づきや意識を広げていく。

想定される効果
各チャクラのエネルギーの流れが整えられて心と体がより健康になるかも。
各チャクラに滞っていた感情、トラウマ、カルマなどが浮上してくることで、それに気づき、そして癒される可能性があります。
1から7チャクラまで取り組むので全体的に波動が上がっていき、結果、自己成長したり、人生が生きやすくなるのではと思います。

ということで、2022年に行う

パワーストーンレメディプログラム参加メンバー 募集します!

募集人数: 各グループ 4名 x 4つのグループ = 合計 16名の募集になります

募集資格:
①フツーに健康な方 (重い持病のない方、処方薬を常用していない方)
*レメディが体に反応を起こす可能性があるからです

②オンラインシェア会に参加できる方
用事で欠席などはOK
シェア会に参加せず、レメディだけ取りたい方は参加できません

参加費: 22.000円税込

レメディは、1-7までのチャクラ対応の7種を一括郵送します。
シェア会は、7回開催します。
レメディ1種+シェア会1回のセットで3.000円設定にしています。
必要となるレスキューレメディのトリートメントボトル1本1.000円をつけます。

注意事項:
レメディ名は、毎回シェア会でお伝えしていきます。
都合等でシェア会欠席となってしまった方には、当日のシェア会の簡単なリポートを送信します(動画配信はなし)。
参加者さんの都合で途中からプログラムに参加できなくなった場合の返金等は、
すみませんが対応致しません。
万が一運営側の私の都合でシェア会が開催されなかった場合は代替日をもうけますが、開催不可能な場合は返金にて対応します。

応募締め切り日: 2021年 12月23日木曜

ただし、各グループごとの定員人数が集まった時点で募集終了

レメディ一括送付: 12月23日以降随時 2021年中に郵送します

最初のレメディ摂取開始:12月年末〜1月上旬 各人都合のよい日

シェア会スタート:2022年 1月下旬 *正確な日程は下記参照

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シェア会開催日は以下の通りです、それぞれ7回開催します。

固定メンバー制ですので、途中の曜日入れ替えなどはできません:

月曜グループ:10時〜12時 定員になりました
①1月24日 ②3月7日 ③4月18日 ④5月30日 ⑤7月11日 ⑥8月22日 ⑦10月3日

水曜グループ:10時〜12時 定員になりました
①1月26日 ②3月9日 ③4月20日 ④6月1日 ⑤7月13日 ⑥8月24日 ⑦10月5日

金曜グループ:10時〜12時 定員になりました
①1月28日 ②3月11日 ③4月22日 ④6月3日 ⑤7月15日 ⑥8月26日 ⑦10月7日

土曜グループ:10時〜12時
①1月29日 ②3月12日 ③4月23日 ④6月4日 ⑤7月16日 ⑥8月27日 ⑦10月8日

応募されたい方は、

①希望グループ曜日
② 参加者氏名
③レメディ郵送先 (郵便番号からお願いします)
④携帯電話番号(SPAM対策がされていて連絡がつかないときのため)
⑤応募動機やコメント等

以上の項目を記載して、

customerarnica@gmail.com まで送信してください。

メンバーとなった方には、返信にて振込み口座をお知らせしますので参加費用22.000円税込のお振込をお願いします。お振込いただいてから、レメディを順次、郵送していきます。

応募メールには基本的に2日中に返信します。
返信がない場合はメールが届いていない可能性がありますので、
その場合は再度送信をお願いします。

14,5年前にハワイ島で惹かれて衝動的に買ったスモーキークォーツ。
ゼリーみたいに美味しそうで心躍る石、笑。それにしても、ハワイ島、死ぬ前に再度行きたい〜!

チャクラを通して本当の自分に気づいていく

今年行った腸内細菌レメディプログラム(詳しくはこちら)と似たような企画で、

パワーストーンのレメディを使ったプログラムを 2022年に行おうと思います。

腸内細菌レメディプログラムは、

第1チャクラから第7チャクラに刺激を与えるレメディを毎月順番にとっていき、

オンラインのシェア会で、参加者の方々と起きた変化や気づきをシェアしていきましたが、それと同じ仕組みのプログラムを、来年はパワーストーンのレメディを使って行おうと思います。

近々、詳細をブログ記事にあげますので、ご興味のある方はチェックしてみてください。

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今年やった腸内細菌レメディプログラムで起きたことを記してみます。

チャクラを順番に1から7まで活性化していきましたが、

始める前の自分と、今の自分は、もう同じではないと思います。

自分の言葉でいうと「一皮むけた」と言えます。

心の気づきや、意識の変化は、書ききれないくらい多数起きましたので省略しますが、

我が家でおきた非常にわかりやすい現実的な変化でいうならば、

(私の家族もプログラムのレメディをとった)

私とダンナさんがプログラム中に週1ファスティングをはじめることになり、

これは今も続いています。

(ダンナさんは、週1 に加え 16時間ファスティングも始めた)

他には、パン食がなくなりました。

パンは朝だけだった我が家ですが(私はお米好きなのでご飯でした)、

息子がプログラム中に朝食もご飯にしてほしいと言いだして、パンが主食だったダンナさんも同時期に移行して完全に米食になりました。

(パンは好きなので嗜好品として時々食べます)

ファスティングは、私にとっては断捨離のボディバージョンで、
体にあれもこれもと入れていたものを減らすことを始める体験となり、

また同時に「命」をいただいてることに再度気がつく体験になりました(詳しくは記事にしてます)。

ダンナさんにとっては、不要な「欲」を1つ手放すことになった体験だそうです。

本当はそんなに食べなくてもいいのになんとなく食べてたことに気がついたり、
朝はパンという習慣だっただけで無意識に続けていた、そんな不要な習慣を意識的に見直すことになったそうです。

食生活というのは日々のことなので、この変化は我が家にはとても大きな変化となりました。

我が家だけでなく参加者の方々に起こった変化も、ここに書ききれないくらい様々にみられました。

人によっては、完全に一皮むけた、と思われる方々もいましたし、

あるチャクラから上は、反応があまりみられなかった方々もいました。

いずれにしろ、

レメディというエネルギー物質をとって、それにより起こることを複数の人たちと一緒に体験できたことは、私たちがエネルギーに影響を受けて存在してることを確認できたのではないかなと思います。

レメディでチャクラを活性化していく、と書くと、

それをとれば楽にエネルギー上昇できそうみたいな印象を持つかもしれませんが、

実際には、滞留していたエネルギーが動くことで、

そこに留めていた自分の触れたくない過去の感情や

自分の統合されていない部分と向き合うことになるので、

現実にそれが起こると、なかなかしんどかったりします。

途中、逃げ出したくなったひともいると思います苦笑。

でも、フタをあけると、

実はそれは自分にだけ起こってるのではなく、

他のメンバーにも同様なことが起こってるとわかり、

ちょっとほっとして、そして、

客観視してみつめていけるようになります。

それを毎月繰り返していくと、気がつけば、

いつのまにかそれまでとは少し違う自分になっていた、というのが結果です。

自分がそんな感じで変化すると、

まわりで起こることが変わってきたり、

かかわっていく人間関係にも変化がみられます。

何故なら、私たちに起こる事象や人間関係は、エネルギー的な引き合いで起きてるからです。

つまり、起こる出来事や人間関係が変わるというのは、自分の波動が変わったという証でもあるのです。

かくいう私も、プログラムのあとに、

人間関係でいうと、長年所属していたテニスのコミュニティを離れて、

新しいテニスコミュニティに入ることになりました。

そこで、今、落ち込んだり、チャレンジしたりして、リフレッシュしてます汗。

ということで、チャクラを整えていくと、心や感情がゆさぶられてしまうことも

起きますが(それとヒモづいてる体の症状が動くこともあります)、

しばらく経って振り返れば、あーひと山超えた、みたいな清々しい境地にもいけます。

それをシェア会というグループで行っていくというのは、一人ぼっちじゃなく皆で登山してるみたいな感じかもしれません。

ご興味をひかれた方は、近々アップします募集記事をどうぞご覧ください〜

↑ ビワの葉を干すときに、自分のパワーストーンたちにも太陽光を浴びせたときの写真(笑)。
ちなみに日光浴に弱いローズクォーツ等は早めに取り入れました汗。

異なる意見を合わせるとき

メールでご相談をいただきまして、そしてそれはわりとよく頂くご相談なので、この機会に記事にしてみようと思います。

内容を簡単に書くと、

ご相談をしてくださった女性は、子供や家族の日常の健康維持のためにホメオパシー療法を使いたい

ご主人は、それを快く思っていない、むしろ使ってほしくない

いくら話し合っても平行線、どうしたらよいでしょうか、です。

こういう問題が浮上してきたとき、

対象が「ホメオパシー療法」というマイナーな(笑)療法なので、

それがそもそもどうなのか?という

対象物にフォーカスをしていくと、解決にはつながりにくいと私は思います。

対象物にフォーカスをすると、

それは怪しいとか(苦笑)、エビデンスがなんちゃら、とか、

かたや、これは健康にいいんだとか、免疫力があがるとか、

どっちが正しいか間違ってるかという結論の出ない論争になるからです。

もし、夫婦で意見が合わない対象が、

子供の学校をどこにするか? とか、

どこの地域で家を買うか? とか、

親の介護はどうするか?

みたいな、大きな人生の選択だとしたら、

夫婦で意見が違うときはどうしますか?

これと同じような問題が起きてるとみるとよいのでは、と私は思います。

対象が

ホメオパシー療法であろうと、

家を買う町をどこにするか、であろうと、

複数の人間の意見が異なっているときに、

どのようにしていけばお互いが気持ちよく理解しあって、納得がいく選択ができるか、というレッスンに対面してるのだと思います。

ここから、あくまで私個人の考え方というかやり方ですけど、

そういうとき、いつもお互いの「ツボ」があるなと思っています。

ご相談の例でいうと、

ご主人にはご主人の反対意見のツボがあるのです。

メールから読み取ると、私が思うご主人のツボは、

ホメオパシーはいいのか悪いのか実際よくわからない、

でも嫌だなと思うのは、それを良いと思い込んでる奥さんの頑(かたくな)さで、

それは別の言葉でいうと、それを信じすぎてる感じがして違和感を感じるということだと思います。

いわゆる宗教に入って洗脳されてるような不気味さを感じるのだと思います。

これを心の言葉でいうならば、

そっちを頼りにしてるけど、俺の考えは信頼していないし、俺を頼りにもしてないよな、

というような寂しい気持ちもあるのでは、と思います。

私はそのホメオパシー療法をやっていますが笑、このご主人の気持ちはとてもよくわかります。

だって、もし、ご主人がセミナーかなにかである人に感化を受けてきて、これをやったら人生が好転するよ、とかいいだして、なにか特定のことを真剣にやり出したら、

うわ、大丈夫?!って思いますよね?

それと同じだと思います。

ちなみに、奥さんの方も同じで、奥さんがそれを使いたいと思うツボ(もしくは医療をなるべく使いたくないというツボ)があると思いますので、

それをちゃんと自分で把握しておくのが大事と思います。

ということで、私は、意見が違う人となにかを決めていかないとならないときは、

反対してる相手が一番恐れてることは何か?

反対してる相手が最も嫌がってることは何か?

を知るのが、もっとも早い解決法だと思っています。

誰かが何かに反対!というとき、

隅から隅まで全て真っ黒に反対!と思ってることは少なくて、

ある数点のみの部分が、真っ黒で反対!で、

残りの部分は、意外とグレーか白で、そこまで反対では、なかったりすることがほとんどなのです。

ですので、真っ黒な部分=ツボ をまずは知ることが、解決の糸口になると思います。

頂いたご相談の例に戻ると、

ご主人がもっとも嫌だと思ってることを、具体的に話してもらって、

それをまずは理解して共感する。

例えば、私の推測のように、ご主人が奥さんの狂信的なところを嫌だと感じてるなら、

「そうか、なるほど、それはわかるわ、確かに不気味だよね、そうだよね〜 心配するのもわかるわ」

「でも大丈夫だよ、そこまで狂信的じゃないけど、そうみえるなら理性的でいるように注意するね。そして、今後はあなたの意見をまず聞くようにするね」

という感じで、相手の最も嫌だと思う部分に対する理解や妥協案を示すと、

相手のツボはおされてゆるむ、と思います。

ここで相手はどう感じるかをそこで再度聞くのもよいと思います。

そしたら、次に、自分のツボもそこでいれるといいと思います。

「なにか重大な症状とかはちゃんと医療にかかるけど、

でもできたら日常のケアは、ホメオパシーを使っていこうと思うんだ。

使ってみて効果を感じるし、あと、私は、あまり薬という化学的に合成された物質を体に入れたくないんだ」

みたいな自分のツボを知らせて、相手に私はそこが大事だと思ってるんだ、とわかってもらえるといいなと思います。

人は、できたら、わかりあいたい

それはどんな人も同じだと思います。

そのためには、まずは、自分の方から先に相手をわかってあげるのが大事

→ かといって、そんな寛容な人間になれないかもしれません(わたしもなれない笑)。

そんなとき

相手を全部わかってあげなくてもいいし

相手を全て受け入れなくてもいい…..

相手のツボだけ、わかってあげて、そこだけ受け入れるなら、

できるんじゃないでしょうか。

面白いのは、そのお互いのツボが通ったとき、心が通い合ったように感じるのです。

それはとっても心地よい体験です、お試しあれ。

お互いの心が一部でも通いあったときは、雲の隙間から光が差し込むような感じ。希望がもてます〜

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いつも誰かとぶつかってしまう、

誰かともめたらいつもあきらめてしまう

それが自分の人生の大きな問題だと思ってる方、

それはあるエネルギーパターンを身につけてしまってるから、のことが多いです。

コンサルテーションで、それが何か一緒にみていくことができます。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

いちどきにひとつのことだけ

今年、腸内細菌レメディプログラムというのに取り組んでいるのですが(ご興味のある方は、こちらの記事へ)、

今月は第7チャクラを開く効果のあるレメディをとったせいなのか、

こんなメッセージがインスピレーションで降りてきました。

いちどきにひとつのことだけをする

です。

一行三昧(いちぎょうざんまい)という言葉はまさにそれを表してると思いますが、

マインドフルネスとか、いまここにいる、とかも同じ意味と思います。

ということで、いちどきにひとつのことしかしない、を意識して毎日過ごし始めてるのですが、

ヒジョーにびっくりします。

わたし、こんなにいちどきにたくさんのことやってたの!?

自分でもあきれるぐらいのマルチタスカーでした笑。

例えば、

コーヒーを片手に持ってテーブルに運びながら、その途中で目についたキャットフードの袋を別の手でちょいっと元の場所に戻すとか、

歯磨きしながら、洗面台の汚れに目がいって、スポンジで少しこすったり、または鏡のくもりに気がついてタオルでふいたり(歯ブラシを口にくわえたまま!)、

本を読んでる途中で、ふと気になってスマホをいじってるとか、ふとお腹すいたとお菓子をさがしにいってつまみながら本読みはじめるとか etc…

ほとんど全てがこんな感じで日常を過ごしているのです。

そんな私が、いちどきにひとつのことをやっていくには、段階があるなと思いました。

まず最初の段階は、

行動として、ひとつのことしかしない

です。

行動を1つに絞ることから、始めてます。

上の例でいうと、コーヒーをテーブルに運ぶなら、まずは運ぶことを完了する。

キャットフードの袋が目に入って気になっても、コーヒーをまずは置く、そして置いたら次は袋を片付ける、みたいな感じです。

そうやって段々と、いちどきにひとつのことしかしなくなってきたら(それでもまだ複数やってたりしますが笑)、

行動だけでなく、その目の前のことにしか「意識を向けない」を、

次の段階としてやっています。

目の前で起こってること以外の思考をしないようにする、という感じです。

ご飯をたべながら、あとでしないといけないことを頭の中で想定してるときや、

ふと過去の出来事が浮かんであれやこれやと思っても、

それらのことを思考するのをいったんストップして、

ご飯をたべることだけに意識をもっていくような練習です。

とはいえ、これが、もう、とにかく、なかなかできません……

このようなブログ記事を書いてるときは、記事の内容に思考自体がいっていますので、

わりとできます。

でも、ご飯を食べるとか、洗濯物を干すとか、車の運転をしてるようなとき、

つまり体の動きがメインでなにかをしてるとき(特にその行動が慣れているもののとき)、

ふっと思考はどこかをさまようんですよね笑。

そして目の前のことから意識が離れてることに気がつきます。

あれ、また離れてた、ってこの繰り返し笑。

とにかくすごい頻度です大汗。

それにしても、いちどきにひとつのことしかしなくなったら、

行動がとても丁寧になるなぁ、 と思います。

つまり、自分にしたらいつもよりゆっくりなペースになってるなと思うのですが、

でも、それでこなしてる日常の仕事量に変化はありません。

マルチタスクしてたから、ひとつのことしかしないと効率が悪いのかと思いきや、

それは全くないどころか、

逆にもっと物事はうまくまわってるように感じます。

ひとつ、ひとつの物事を完了した感覚が伴うからなのかもしれません。

いちどきにひとつのことだけやる

いちどきにひとつのことだけに意識を向ける

これは、自分を新しい境地に連れていってくれる習慣だと思います。

つづけよっと!

茶道とはまさにそれ!ですね。

思考の数々を可視化できるなら

今朝、

「ネガティブに推理し続ける思考を止めらない」

というようなお悩みについて話していたせいか、

午後に久しぶりに庭の草むしりをしていたら、

「その思考が止められない状態というのは、つまりこういう感じだよね」

と生い茂った雑草がみせてくれてました ↓

これはヘクソカズラ(すごいネーミング汗)という植物ですが、つる性で、少し紫がかった茎が何重にもあちこちに巻きついていて、なにがなんだかわからない状態でした。

もし思考がこの植物のツルのように育っていくのが目に見えるなら、

それでもわたしたちは、その育っていく思考を止めないでしょうか!?汗

何度も何度も同じことについてああかもしれない、いやこうかもしれないと推理したり、

何度も何度も嫌な体験を蒸し返して思い出したり、

何度も何度も心配なことを予想してどうなるだろうと思考する…..

思考して思い浮かべるということは、その事象にエネルギーを与えてるということになりますから、

まさに頭の中で育てているわけです笑、みえないけど。

もし、思考してるときに出てくる言葉の数々が、

雲のような黒い文字として発生していき、頭の周りに浮かんでいくとしたら、

ほとんどの人の頭部は、真っ黒な雲で覆われて、顔や頭が判別できないかもしれません汗。

人によっては、全身真っ黒な文字の雲に覆われて存在がみえなくなってる人もいるかも笑。

でもそうやって可視化できたり、植物のように物質として思考が育っていくなら、

私たちは思考を途中で止めることができるのではないでしょうか。

思考がツルのようにグルグル自分に巻きついてきたら、うっとおしくってしようがないから、

私が午後の草むしりでしたように、つるを束で思い切りひっぱってブチッ!って切ったり、

園芸はさみでジョキッ!!と切り落とし、すべてのツルを払い落としてスッキリしたくなると思います。

そして、あーすっきりした、なんで伸び放題にしてたんだろう、って苦笑するのではないでしょうか。

しかし、残念ながら、わたしたちの思考は外からはみえないし、

自分でもその量を客観視することができない。

だから、思考の数々がいかに自分を縛りつけているかみれないし、

同じ思考にどんどんエネルギーを与えて日々育ててることにもなかなか気づけないのかもしれません。

もちろん、わたしも常に思考しています。

気になることがあったときなど、ずーっと考えていたりもします。

ただ、その思考をツルのようにぐるぐる絡ませたり、何重にも大きく育ててしまう

ようなことはかなり少なくなってきたかもしれません。

考えてもなんの成果もでないどころか、自分を苦しませる思考については、

神にまかせた!(流れにまかせる)

と、自分でかかえこまないようにしたり、

瞑想して思考を洗い流したり(思考はわくけど、どんどん流していって留めない)、

例えばテニスに集中することで、思考しない時間をつくって、思考回路を完全に切り替えるとか、

そんなのが、グルグル巻きの思考に陥らないわたしの方法かもしれません。

そして、今日体験した草むしりも1つの方法として使えるなと思いました。

なにか気になることを思考しだして、

それがツルを巻いたようにグルグルしてきたら(思考するのを止められなくなったら)、

そこでぶちっと引っこ抜いて、その思考が育つのを終わりにする、ってイメージです。

その引っこ抜いたツルは、丸めて土に返してあげるイメージがよいかも笑。

グルグル巻きを利用して緑のリースにしてみた。                           
止まらない思考もリースにできたら、素敵?!                             

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私がみてきた思考が止められない人たちの大きな原因の1つは、

自分が全て考えていかねばならない

と思ってることです。

自分が全てをなんとかしないといけないと思ってるから、

とことん考えるしかなくて、

だから延々と思考が手放せないのです。

だから思考を手放すには、

この世界の流れをつくっている創造主がいることに気がつき、

考えても自分ではどうしようもできないこと(先の不安とか、他人の心の中や、過去の出来事など)は、

そちらに任せておこう

その流れを信頼しよう

と思えていけるようになるのが鍵かなと思います。

そうなるには、

静かな一人の時間をもってみるとか、

自然の中に身をおく時間を長くもつとか、

瞑想をやってみるとか、

思考でなく感性を研ぎ澄ます方に時間をつかってみるのがお勧めです。

(左脳を休めて、右脳を使う)

そうすると、思考が静まって、その奥の深淵な世界を体験できていき、

全て自分でやらなくてもいいんだ、というのがわかってくると思います。

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どうしても思考から離れられない人には、

高次元の力をかりたエッセンスやレメディなどを使う方法もあります。

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メディアと自分

気がつけば、4月はBlog記事を1つも更新していなかった(汗)。

Instagram を始めて小出しに自分の中のものをアウトプットしてることで、

Blog記事を書くという衝動が少なくなってるのかもしれません(?!)。

ところで誰でも、フォローしてるSNSやブックマークに入れてるブログなどあると思うのですが、

私はお気に入りにしていたものでも、発信者が自分のとても好きな人や尊敬する人であっても、

それを見たり読んだりしたときに、

自分の中からコメント(つまり批判)がでてくる回数が増えたら、

フォローやブックマークを外すようにしています。

批判のようなコメントがでてくるということは、

その発信内容と、自分の周波数が合わない(または合わなくなってきた)ということだと思うからです。

以前、ある海外在住の日本人の方が書いてる人気のBLOGを読んでいたことがあります。

日本人の常識からしたらナンデー?!と思うような海外生活で起こる日常の出来事を、

辛辣に面白おかしく書いてる記事でした。

ほぼ毎日更新されるので、まるでルーティンのように読んでいたわけですが、

ある日、その記事を読むと毎回自分の中にコメントが湧き上がってくるのに気がつきました。

「そこを我慢してるから、こういう出来事が起きてるんだけどな….」とか、

「ネタとして書いてるんだろうけど、この出来事の締めくくりがなんか腑に落ちないな」とかです。

つまり、ブログ記事を読むことで自分の中にノイズをつくりだしてるなと気がついたのです。

簡単に言うなら、私はあまり気分がよくなっていないな、と思ったのです。

それで、そのブログのフォローをやめました。

メディアに限らず、身の回りの物や服でもなんでもそうですが、

不満を感じていたり、コメントが浮かぶもの=つまり自分の周波数にノイズを起こしてると感じるものがあったら、

とりあえず、そのノイズから自分を遠ざけるのがよいのでは、と思います。

別の角度からみると、

自分のお気に入りやフォローのメディアのチョイスは、

自分の周波数の状態を表していると言えるかもしれません。

自分が選ぶものは、自分と合ったものだからです。

もし批判したり、けなしながらも、フォローしつづけている特定のメディアがあったら、

自分も実は同じ周波数帯にいるということかもです。

惹かれるもの、ここち がよいと思うものも、自分の成長に伴って、徐々に進化(変化)してるはず。

だから、メディアのチョイスも、時々見直そうとちょうど今朝思いました。

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近所の神社で朝陽をみる、心洗われる〜
↑ 神社の池、ノイズがないと飛行機雲までクリアに写ってる〜

特定のメディアをみて、

批判やコメントと共に「強い感情」がわきあがってくる場合は、

自分の中にもともとあったノイズが拡大されてるということ=エネルギーのブロックがある
ということなので、その場合は、それに気がついて解消するのがお勧めです。

自分はブロックがあるだろうけど、それが何かわからないという方は、

それを外すお手伝いができます。

ご興味のある方は、HPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

ミソジニー逆バージョン

昨日、とても大きな気づきがあったので記事にします。

昨夜、家族で口喧嘩になりました。

食事中に、息子とダンナさんはよく歴史上の戦争や国家戦略等についての話題を出すのですが、

そういうとき私は門外漢扱いとなります(実際そうなんですが)。

時々話題が他のことにうつったときに、私がそこに関連する精神世界の話題や、医療にまつわる裏話なんかをすると、

2人はちょっとあきれたような顔でお互いに示し合わす感じです(あ〜あ、何、空想みたいなこといってるの?!みたいな)、

昨夜もそれがみられ、しかも薄ら笑いしていたので、

私はそこで思いきり怒ったのです。

自分たちの話題は現実的で科学的で確実だけど、女性の話題って世間で通用しないよね、頭大丈夫?!みたいに(汗)思ってるよね!?

それって、森喜朗(呼び捨て汗)みたいなミソジニーだから!

みたいな感じでまくしたてました。

しかし、それをわかってもらって話し合いにもっていこうとしてもなかなか話はまとまらず、

非常にいやーな感じで終わりました(ダンナさんは、その後、ふて寝した、汗)。

少し時間が経って、なんでこれが起きてるのかな〜?と

思いを巡らせていたら(目の前で起こることは自分の内側の反映なので)、

なんと!私の中にも、同様の意識があることにはっきり気がついたのでした。

私は、どこか深いところで

男の人って表面的なことしか理解してないよね とか

男の人の心の進歩は遅れてるな とか

戦争を引き起こしてるのは男たちなんだから、ほんとにもう! とか

そんな意識をもっていたのでした。

ダンナさんや息子や知ってる男性たちに対してダイレクトにそう思ってるわけではないのですが、

でも深い意識のどこかで、

「男たち全体」にそういう思いを持っていたことに気がついたのでした。

ミソジニー逆バージョンです(汗)。

ちなみにミソジニー(女性軽視、蔑視)の逆は、ミサンドリー(男性憎悪、嫌悪)というそうです。

短い言葉でいうなら、あ〜男はしょうもない、女性の方が実はなんでもわかってる、みたいな意識です。

その自分が持っていた意識に気づいたら、

腰が抜けたような、つきものがとれたみたいな感覚になりました。

そして早速、まだ起きていた息子に謝りにいきました。

ごめんね、ママも同じ感覚もってたよ、と。

そして、さらに思いました、これはおそらく多くの女性がもつ集合意識なんだろうなと。

女性って、例えば父親やダンナさんや上司など男性に上から言われることがあっても、

心のどこかで、

あ〜あ、男の人ってどうしようもないよね〜

と思ってるところないでしょうか。

男性に蔑視されてるようで、実はその奥で女性も男性のこと、そんなふうに 評価してるのでは

ないのかなと思うのです。

そして、この一見外側では見えにくい女性から男性への上から目線ってどこから来るのかな?と考えてみたら、

女性ってもとは皆が母だから、かもなと思ったのです。

どんな人間もつまりどんな男性も母から生まれてきてます。

そして母として男の子を育てる過程で、

もう男なんだからしっかりしなさい、とか

あーあ、もうだらしない、とか、そんな上から目線の感覚を歴代の母たちは

もっていたのではないのかなと。

それが歴史的に重なっていって集合意識で女性に備わっているのではと思い至ったのでした。

実際、夫婦関係でも、

ダンナさんになにか言われて黙って聞いてるその裏で、

多くの奥サマ達が、

あー、もっと尊敬できるような男になれないのかな、とか、

もっとしっかりしてくれたらな、とか

もっと器の大きな男になれないのかな、とか

もっと社会で成功する男になってよね、とか

そんな母親のような感覚でご主人のことをみてたりしませんかね(汗)。

そのような女性の無意識的な男性への裁き(息子のような感覚で)を、

男性はどこかで感じるから、その反応として社会は男性優位になっていったのでは?!

そんなことまで思いを巡らせてしまいました。

女性&男性蔑視は、どちらが卵かニワトリなのかはわかりませんが、

そんな感じで、実はお互いがそれぞれを下にみる気持ちを持っていたのかもしれません。

本来なら男性と女性は、お互いの違いを尊重して協力することでうまくいき、違うからこそ惹かれあい愛し合う存在なのに…..

と、話が広がりましたが、

いずれにしろ、私も森氏のことなど批評してる立場ではなかったのでした(苦笑)。

ということで、今朝は起きてすぐに、ダンナさんのところに行き(先に起きてた)、
上記の説明をして、ごめんね、と謝りました。

そして女性を代表して(?)、

世の中の「男たち」にも、これまで、ごめんなさい、です。

これからは、フラットな意識でお互いを補完する同胞として心を通わせていきたいなと思いました。

あ、↑ この言い方固いな(苦笑)

書き直しますと、

たった今、この場から、性がどちらであろうと、お互いの違いを尊重して、そしてその違いに愛をもって接していきたいなと心の底から思いました。

↑ イメージ画像です(私とダンナさんではありません、笑)