人智を超えてワクワクと

エネルギー療法にかかっていただくとき、

まずはコンサルテーションという対話形式のやりとりをさせていただくのですが、

このコンサルテーションが終わった段階で、

すでに 気づき や 変化 を体験する方がいます。

エネルギー療法の効果を出すエッセンスやレメディを取っていないのに、です。

なぜそういうことが起こるのかというと、

それはわたしのコンサルテーションが優れてるわけではなく(苦笑)、

レメディやエッセンスというエネルギー的に働きかける物質と同じ作用を、

ご自分の「意識」でも起こせるという現れなのです。

そしてコンサルテーションだけでこれらの現象が起こる人というのは、

比較的エネルギーブロックが少ない方だったり 、

エネルギーの流れがわりと良い方(メンタルのクリアリングが進んでる方)だと

私は理解しています。

つい先日コンサルテーションを受けてくださった方も、レメディやエッセンスを取る前に、

以下のような気づきを得たと教えてくださいました:

「今まで物事を考えたとき、

何か思う → もしこれが他人でこのシチュエーションだったら?

→ それはないわ…

といった感じで先回りしてフタをしていたことに気付いた」

のだそうです。

なにかしようとするときに、

もし自分が相手だったらどうするか/どう思うか?という自問をして、

自分ならそれは迷惑だわ、困るわみたいな自答を得たら、

その行動や言動自体を起こさないで済ませていた、というご自分のパターンに気がついたのでした。

簡単な言葉でいうなら、いつも頭の中でシュミレーションして物事に向き合っていたと言えるかもしれません。

このようなパターンは悪いというわけではなく、

事前にシュミレーションすることで無駄に自分が傷つくのを避ける自分への配慮だったとも言えますし、

いつも相手の立場でものを考えることで、相手を思いやっていたという見方もできます。

ただ、このパターンで暮らしていると、とても狭い世界で生きることになります。

なぜなら、自分の想像の範囲以上のことが起こりにくくなるからです。
(波動的な引き寄せから)

全く別の言葉でいうならば、

他人のキャパを見限ってるという言い方もできますし、

さらにいうと、

神さまという創造の源が起こすことに限界があるとあなどってる(汗)とも言えます。

なにより全て自分の想像&推測範囲でしか物事が起きないなら、

あまりワクワクしませんよね?!(苦笑)。

ということで、

自分がこうしたいなというときは、その気持ちに沿って素直に行動して

対象となる相手がどう反応するか、

全体の物事がどう動くかは、

天におまかせして、ただこちらはワクワク❤️しているのがよいとわたしは思います。

人智を超えたものが、この世には無数にある〜

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ワクワクしたいけど、ああしたらこうなるし、どうせ無理とか、

でもそれはこうでああで…..と理由をつけてワクワクしないようにしてる方(汗)、

それは何かしら心にブロックをかけてしまってるからです。

そのブロックとはなにか自分で見つけにくい方は、

コンサルテーションでそれを一緒に探るお手伝いができるかもしれません。

ご興味のある方はHPをご覧ください:https://arnicahomeo.com/

怒りと恨み

一昨日、バッチフラワー講座をしたときに頂いた質問と、ある方からいただいたメールの内容が似通っていてシンクロしたので、

これはフォーカスしたいなと思い、記事にします。

バッチフラワーエッセンスの

Holly ホリー は、怒りや嫉妬に使うエッセンス

Willowウィローは、被害者意識の怒りや恨みに使うエッセンス です。

講座で出たご質問は、「怒り」に使うとき、どちらのエッセンスか?ということでした。

「怒り」 と 「恨み」/「被害者意識の怒り」 をどう区別するかってことになると思います。

数式のように書くならば:

怒り = オンリー怒りだけの状態 (怒りという感情が単に起こっただけ)。

被害者意識の怒りや恨み = 怒り + 自分のジャッジ がくっついた状態

です。

具体例で書くと(頂いたメール内容の一部を拝借します)、

子供がおもちゃ売り場でミニカーを欲しいと泣いてせがむ

 →  買いたくないのに買ってしまったことでイライラして怒る

ここまでなら、「オンリー怒りだけの状態」です。

起こった出来事に、感情的に反応しただけです。

でも、その後に、

→ この子がしつこく泣いて聞き分けがないせいだ

というようなことを付け加えるのが、

「怒り + 自分のジャッジ がくっついた状態」です。

プラスでくっついてくるジャッジが、

この子のせいだと思うと、恨みになっていくし、

この子にいつもこんな感じで苦しめられてると思うなら、

それは被害者意識の怒りになっていくのです。

怒り は自動的に起こるものなので、そこだけで終わっていたら、それはすぐに流れます。

でもそこに自分のジャッジをつけ加えるので、恨みや被害者意識になって、エネルギーにブロックが起きるのです。

上記のバッチフラワーの解説に戻ると、

ホリー というのは怒りを出してるだけなので、メンタルの状態でいうとまだ健全で(とはいえ怒りを持つのは何かのせいにしてるから、ですが、ここではまだ固定化されてない)

ウィローの方は、怒ったあとに相手のせいだと思ったり、相手のせいで私は辛い目に遭うというジャッジを下し続けた結果、ブロックを作ってしまってる少し深い状態と言えます。

以上、怒りの例であげましたが、これはどんな感情においても同じです。

悲しみという感情でも、例えば

愛していたペットが亡くなってしまって悲しい というのは、

悲しみがただ起きた状態。

でもそこに、

私があのとき病院に連れていってあげてたら とか

私がもっと健康的な食べ物をあげていたら みたいに後悔のジャッジを付け加えると

それは罪悪感や自責の念などに変わり、エネルギーブロックを起こします。

また人によっては、このようなペットの死を過去の出来事とヒモづけて

私が何かを愛すると、それはいつも手からすり抜けていく

みたいな信念体系を作り出す人もいます。

このような信念体系は、日々起こる出来事の定義づけのもとになっていくので、そこでできていくブロックも半端ありません(汗)。

と書いてきましたが、上記のような感情に自分のジャッジをプラスしない人の方が実際には少なくて、

ほとんどの人はいつもジャッジをつけて、感情を長引かせてしまうのです。

ということで、今後、感情が起きたら、自分のジャッジをプラスして感情を保存しようとしていないか観察してみるのはどうでしょう(笑)。

あ、やっぱり、この記事の内容は大事だったな〜 →  ジャッジ?!(笑)

質問してくださった方、メールくださった方、ありがとうございました(礼)。

↑  涼しくなってきたせいか、スコッチはカゴネコ?になってます。このまま、持ち運びたくなる。

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感情にジャッジを加えるのがやめられない方、ジャッジによる強固な信念体系を作り出してしまった方、レメディを使ってそのブロックを外すお手伝いをします。

詳しくはHPの方へ:https://arnicahomeo.com/

なんでも導きのサイン

今朝6時前、息子をバス停まで送っていく途中で信号待ちになり、

フロントガラス越しに流れていく雲をみていたら、浮かんできたのが:

インスタ始めよう

でした。

きっかけは、数日前にお会いしたころあい自然楽校の佑里子さんに、

「Blogは、私を知ってる 人が読みにくるもの、

もっと多くの人に知ってもらうには インスタとか がいいですよ」

みたいなことを教えてもらったから。

ころあいさんは、インスタを始めてから、問合せの数が目に見えて増えたそうです。

このときは、へ〜そうか〜、そうだよね、と思っていただけです。

なぜなら、まだこの時点で「自分の思い込み」の方が、

「導きのサイン」よりも強かったので。

私は、Facebook や Twitter や Instagramなどは、

不特定多数に向けて情報発信したい人や、

キラキラした生活をしてる人が活用するSNS

だという思い込みを持っていたのです(汗)。

わたしは個人的にひっそり(?)してたいタイプで、

生活も、ものすごーく地味なんで(苦笑)、

SNS始めても、自然 か 猫 しかあげるもんがない、つまりキラキラした生活も情報もないから、そういうものと自分は関係ないと思い込んでいました。

この化石のような古い思い込みは、いつからもってたんだろう〜って苦笑しながら考えたら、

Facebookが普及しはじめたときのイメージかもと思いました。

当時は、どこそこでランチしたとか、

こんな素敵なもの購入しましたとか、こんなに友人たちと楽しんでますよ、

みたいな投稿しかみたことなくて、

うわ〜自分とは無縁の世界だっ!て思ったの覚えてます(汗)。

一応、わたしも個人事業しているので、Facebookを活用しようかと考えてアカウントをとってはみたものの、

仕事でお会いするクライアントさんとVサインした写真は撮るような業種じゃないし(苦笑)、
そもそもわたしのプライベート生活には華(ハナ)がない……と再確認し、

SNSとわたしはそぐわない、という「思い込みをつくった」のでした。

しかし、今朝、あの瞬間、あ〜佑里子さんから告げられた言葉は、まさにサインなんだ!、と気づいて、

即実行することにしました。

「ふっとやってきて、あなたの気をひくものはサインですから受け止めましょう」なんて人様に言ってるわりには、自分にブロックかかってた(笑)!

猫、山、空しか、うつってない地味なインスタも、全然アリだし!

そんなんで、思い込みがカチッと外れました。

折しも、わたしはこれから、新しい活動をしようと考えているところなので(そのうちお知らせします)、

まさにこれは絶好のタイミングでした。

↑ こうやって文章にしてみたら、とても小さな、しかし相当にくだらない思い込みでしたね〜

でも、誰しもこんなの持ってるんじゃないでしょうかね。

私にはそれムリ  とか

ガラじゃないとか

なんとなく手をださないでおこう とか

それら 1回点検してみたら いいかもです。

てなわけで、ジミーなインスタ開設してみました:https://www.instagram.com/arnica.pe/?hl=ja

これから、いろんなインスタみにいってフォローしていこっと♡ワクワク♡

沖縄じゃないです苦笑、山陰海岸ジオパークの一部。
やっぱ、海はいい!

行動にうつすまでの速度

行動が早い人と、遅い人の差ってなんだろう、と思ったことあるでしょうか。

エネルギー療法をやってるものからいうと、これは、

その人のエネルギーの流れにつまりがあるか、ないか

だと思っています。

ある講座を開催したときに、

この方とこの方(過去のクライアントさんで今も繋がってる方)は、

この講座を受けるのがいいだろうな〜と

思い浮かべた方々がいました。

しかし残念なことに、想定したこの2名からお申し込みはありませんでした。

別のある方に限っては、その講座はその方には必要だろうと思ったので、直接お声かけをしました。

しかし、その方は辞退されました(日時の都合の問題でなく)。

一方、フタをあけたら、その講座は特に受けなくても大丈夫でしょう(メンタル的に)、

と思う方々が申し込んでくれてました。

ここで私の講座が魅力的でないからという問題は横に置いておいて(汗、苦笑)、

このような例は、他のシーンでも同じかもな〜と思います。

良い状態で暮らしてる人は、さらに良くなるようにさっさと動き、

停滞してる状態で暮らしてる人は、停滞してるまま動きが起こりにくい。

停滞してる人は、エネルギーの流れに滞りがある、つまりエネルギーブロックも多いと言えるし、

頭で考えすぎるから動けない、つまり自分の心とつながってない、直感を信じてないという言い方もできるかと思います。

電気信号でいうなら、電気が弱い or 伝わるのに中継箇所が多すぎる、もしくは電気信号が最後の「行動」スイッチまで到達できない(汗)のかもしれません。

久しぶりに会った人で、家族内での出来事や年齢の変化はあるけど、本人にほとんど変化がない人って、いますよね(外側の環境だけでなく、心の変化も含め)。

数年前に聞いた愚痴と全く同じ愚痴を話してる人とか(汗)。

一方、環境を変えてたり、趣味でもなんでも新しいことを始めてたりする人がいる。

そういう人は会うと軽やかな感じがします。

変化が多いということは、それだけたくさんの経験をしてるということで、

経験が多ければそこで新しいなにかを学んだり、問題を乗り越えたりして、

人としての成長&進化の機会も多くなるのだろうと思います。

注)転職を繰り返す、ということとは違います。
また生活環境がずっと同じでも、内面で日々学びをしてる人もいるので全ての人に
上記の例があてはまるわけでもないです。

そういえば自分は行動までの速度が遅いな〜とか、ここ数年あまり自分に変化がない、と思ったら、

とりあえず頭で考えすぎないで、まずは目の前に流れてきたことに動いてみると、エネルギーのつまりを自分で外していくことができます。

↑ ハーバリウムというのをいただきました。青いエリンジュームや霞草が浮かんでいます。
みるだけで、ひんやり感、涼しさ、そして静けさまで感じさせてくれます。

足りてるほう

先日、あるクライアントさんから頂いた経過連絡のメールに、こんなことが書いてありました:

「ふと鏡を見ると、自分の良いところが見えるようになってきた」

これを読んで、私の心にふわっと1つの花が開いたような感覚になりました。

大きな転換点がこの方に起こったことを表すからです。

エネルギーでいうとネガティブ波動がポジティブ波動に転換された、

別の言い方をすると、1つのエネルギーブロックが外れたことを表します。

コップに入ったお水を、

もうこれだけしかないとみるか、

まだこんなにあるとみるか、という有名な例えと全く同じですが、

目の前の事象は、ただそういうコトが、ただそうあるだけなのに(コップに水が入ってるだけ)、

見る側の感覚で、それがネガティブな事象になったり、ポジティブな事象になり、

その分かれ道は、その人にどういう人生がやってくるかと関わっています。

エネルギー的にいうと、ポジティブな事柄をひきよせるか、ネガティブな事柄を引き寄せるか、です。

クライアントさんの話に戻りますと、その方はそれまでご自分の顔を鏡でみるときに、良くないところを挙げていた=つまり、足りないところばかりをみていたのに、

今は、良いところが見えるようになってきた、のです。

ご自分の顔はそれほど変わらないはずなのに(汗)。

同じ経過報告メールの中には、ダイエットしてるわけでもないのに痩せ始めていることも書かれていて、

さらに綺麗になるようもっと笑おう、ということまで書かれていました。

これらの経過報告から、ポジティブ側に波動が変わってると評価できるので、

エネルギー療法(ホメオパシー)でかかわってるものとして、とても嬉しくなりました。

ところで、このメールから数日後、知り合いの年配の男性と話す機会があったのですが、

その男性は、その日、私がしたあることを、珍しく褒めてくれたのでした(汗)。

珍しく、と書いたのは、その男性は、コップの水はもうこれだけしかない、と思う典型的なタイプの人で、

それがあまりにも露骨だったときがあったので、

私は「足りないところばっかりみてるから、幸せを感じにくいでしょうね、なんだか、かわいそうですね」と

ヒジョーに余計な一言を放っていたことがあったのでした(大汗、反省)。

ところが、その日はその人らしい足りない部分への批判がなく、褒め言葉がでてきたので、

えー、どうしたんですか、珍しく(!)褒めてくれるんですね!

と、またヒジョーに余計な一言を放った私に(冷汗)、その男性は、こう答えました:

「いや、なんかね、足りるほうをみるようにしてみようかなと思って、ね」

OMG ! (オーマイガッ)

シンクロ?! 皆の波動があがってる?! うわーい!

やっぱ、

それはもっとこうしなよ、って言われるより、

そうしてくれるのいいね、ありがとう、と、言われた方が素直に嬉しいなと、

セラピスト目線でなくて、一個人として感じました。

そして、私こそが全然気づけていなかったその人の心の柔軟さに感動して、

XXさんこそ、ほんとに素晴らしい人ですよね、と、素直に褒め言葉を口にできたのでした。

この2つのエピソードをセラピスト 目線でまとめるならば、

このお2人のポジティブ波動変換は、一過性ではなくて根幹からの強さがあると思います。

最初からポジティブ、または何でもかんでもポジティブさえ選べばよい、というのは、

片方の価値観だけを受け入れていて、もう片方のネガティブ面を見ないようにしてるor 良くないとジャッジしてる、もしくは未知のものとして体験していない状態です。

純粋無垢な子どものポジティブさと同じようなもの。

でも、ネガティブな体験をしてきたゆえに、

ネガティブな視点をいつのまにか導入してしまい、その選択で起こることも体験してきた、

つまり、両面を味わったあとで、ポジティブ変換になっていくというのは、

ネガティブな視点もあるということを十分知りつつ、

自分はポジティブな見方を選んでいくという選択をしだした、ということ。

この選択は、

ネガティブな選択に対しても共感をもてているものなので、

厚みのある寛容な意識の現れだと思います。

一朝一夕ではたどり着けない境地、だから、そこに到達されたことがわかって、

お花がふわっと咲いたように私は感じたのかもしれません。

(私個人がその境地に達してるかは置いときましょう、苦笑&汗)

再度見に行けました、ハスの花たち。これ ↑ は、葉のしたの影で開花してた一輪の蓮。
それぞれの環境で、それぞれのタイミングで、それぞれが花開く。人の人生のようです。
これはピンクが濃い種類の蓮の花。開花がすすんで、ハスの実も多くできてました。

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ポジティブにみれたらよいとわかってるけど、どうしてもネガティブで物事を捉えてしまう方。

レメディという高次のエネルギーの助けを借りて、その捉え方を転換させてみませんか。

ご興味のある方はHPのほうへどうぞ:https://arnicahomeo.com/

セルフケア講座します

ホメオパシー療法では、

ホメオパスにかかって選んでもらったレメディを経口摂取するという方法と(長く患ってる症状や重い症状、深いメンタルの症状等)、

自分でレメディを選択して経口摂取するセルフケアの方法(日常で起こる頭痛、腹痛、風邪、虫刺され等)があります。

セルフケアでは、汎用できるレメディを組み合わせたキットを使います。

キットは、18種〜42種くらいの間で組み合わされていて海外のホメオパシー薬局で販売されています。

キットを持っていると日常で起こる大体のトラブルに対応できます。いわゆる家庭の救急箱です。

そのキットを使いこなすための「36種レメディのセルフケア講座」を Zoomにて行います。

(とゴタゴタ説明していますが、ちょうど希望者が2名いらっしゃるので、他にも参加したい方はいませんかというご案内です、苦笑)

日時: 5月23日土曜日 13時〜15時 
*講座の後に、質問コーナーをもうけます。質問コーナーへの参加は自由です。

参加費: 3.000円税込 講座で使うミニ冊子代込みです。

場所:オンライン Zoomにて 
(スマホからでもPCからでも参加可能 こちらが送るリンクをクリックするだけです)

*ホメオパシーとは何かについての全くの初心者向け講座ではなく、
 レメディの使い方やどのようにレメディを選ぶかについての講座です。
 説明するレメディは36種になります。

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参加をご希望の方は、

①氏名

②ご住所(講座で使うミニ冊子を郵送します、郵便番号もご記載ください)

③ホメオパシーレメディの使用経験について(既に使ってるとか、使うのは初めてなど)

を書いて、customerarnica@gmail.com までメールしてください。

*キットをお持ちでない方は、

イギリス Helios社の36種キットを購入することができます ( 7.000円+送料500円)。

注!昨今のコロナ騒ぎでイギリスのホメオパシー薬局にオーダーが殺到していて対応に遅れがでてる&国際航空便減便の影響で、私の手持ちキットの在庫が現在残り2個だけです。
(既にオーダーして届くの待っていますが、少し先でないと届かなさそうです)

ということで、キットをこの際に購入し、すぐに使ってみたい方は早めにお申し込みください。

レメディを使うセルフケアでは、
日常に起こる風邪や頭痛、腹痛などといった体の症状から、
生理前のイライラや、例えばコロナウイルスに対する不安など、
ネガティブな感情にも対応することができます。

いろんな植物

今は、山椒の新芽の季節ですが、

こちらは山椒の木の皮です↓

この皮で何をするかというと…..

食べるんです(!)。

ご近所の方が、山椒の木の皮を剥いで、水に数日さらした上記のものをくださいました。

木の皮を食べる!?サバイバー!?と思いましたが、

ネットで検索すると、この皮は幻の珍味?!などといわれてるらしく、地域によっては佃煮にして昔から食べられているようです。

山椒の木ですから、しびれます、辛(から)いです。

まさにその通りに、この皮は 辛皮(からか or からかわ)と呼ばれてるそうです。

私はテニスメイトからもらった干し大根と合わせて佃煮にしてみました ↓

細い昆布みたいにみえるのが辛皮です。

味も食感も昆布みたいな感じなのですが、しばらくしたら舌がじんじんと痺れてきます。
5分以上は痺れてる…..しかしクセになりそうな痺れ具合(苦笑)。

酒飲みのアテ(=おつまみ)です、これは(汗)。

ビールでつまむと舌の痺れのせいかビールが無味になったので(苦笑)、白ワインか辛口の日本酒が合うように思います。

佃煮にしない場合は、お魚を煮付けるときに皮をきざんで入れると、魚の臭みがなくなってほどよい山椒の風味がつきました。

こちらは、楠(くすのき)の木 ↓ 姫路のあるお寺の敷地で伐採されたクスノキをツテでもらいました。

割って薪(まき)にしていくのですが、割ると中からものすごーくよい香りがしてきます。

クスノキから取れる成分:樟脳(しょうのう)は防虫剤として使われるので有名ですが、

木自体から発せられるこの香りは、商品化されてる樟脳とは違って、

ずーっと吸い続けていたくなるような清らかな匂いで、吸い込んでると浄化されていくような感じがしました ↓

玄関の土間に割ったばかりの薪を1本置いていたら、消臭剤&芳香剤の役目をしてくれました。

樟脳という成分は、カンフルとかカンファーと呼ばれますが、ホメオパシーのレメディにもCamphora(カンフォラ) があります。

Camphora のレメディは、全てのレメディ(何千種類とあります)の効用を打ち消す効果(アンチドートといいます)を持つというある意味すごいレメディです。

他のレメディの効果を打ち消すだけでなく、麻薬や薬の害の影響をとる作用もあったりするのですが、割った木の内側から発せられる匂いを嗅いで、なんとなくその意味がわかったような気がしました。

こちらは、見るたびにはっとする綺麗なレモン色のミムラス ↓ (下側の花です、レモン色を綺麗にうつせていませんが….)

バッチフラワーレメディをご存知の方は、ミムラスという名を聞くとバッチフラワーに入ってる!と連想するだろうと思います。

イギリス人のエドワード・バッチは、現代医療の医師でしたが、細菌学者としても有名で腸内細菌を使ってたくさんの病を治した人でもあり、ホメオパシー医として働いていた経歴もあります。

人の病を治すことに生涯をかけてきたバッチは、

最後に究極の癒しのツールとして、花のエネルギーを使ったフラワーレメディ38種を発見&作成しました。

彼がまだ若いときに癌であと数ヶ月しか生きられないと宣告されたことがあったのですが、そのとき彼の死に対する「恐れや不安」をなくしてくれたのが、この黄色いミムラスの花のエネルギーだったと言われています(結局癌からは生き延びた)。

今、このミムラスの鉢を玄関前に置いているのですが、出たり入ったりするときに毎回自然にこのレモン色を目にしています。

緊急事態宣言も延長となり、なんとなく落ち着かない日々に、不安を癒してくれるミムラスの鉢を買ってきたのも意味があるな〜と思います。

バッチという人は、個人で診療所を構えてから治療費をいっさいとらず、レメディ代金すら請求せずに(つまり経費を自己負担してた)、全て無料で人を癒していました(亡くなったとき、彼は無一文、生きていけてたのは周りの人がそんな彼をいつも助けていたからです)。

彼が自ら作り上げたレメディ38種も、もっと多くの人に広めるためにとイギリスの薬局に譲りました。

そんな利他精神で作成されたフラワーレメディは、気軽にセルフケアで使えるだけでなく、病の元となる感情を癒してくれる本当に素晴らしい製品です。

コロナ時代に必要なものだと思うので、そのうち講座などでご紹介できたらいいなと思っています。

心のstudy group 追記

昨日メンバーを募集しました 「心のstudy group」 ですが

平日ご希望の方がいましたので、平日の集いも追加します:

平日グループは、

第一木曜日 10時〜13時 で行います。

オンラインでZoomを使ったグループ会議になります。
PCまたはスマホでできますが、Zoomは受ける側は何も設定する必要がありません。
運営側から送られてくるメールにあるリンクをクリックするだけなので、参加はとても簡単です。

初回は 5/7 木 になります。

期間:2ヶ月毎の開催で1年間
   *5月 7月 9月 11月 1月 3月の6回開催予定
   *各月第1木曜日 初回は 5/7(木)です。

その他の条件は、昨日の記事内容と同じです。

↓ ウォーキングしていたら、近所の方にわらびと竹の子をもらいました。

炊き込みご飯ができました、ありがたや〜

見るのも聞くのもつらいとき

学校でのお子さんのことで、ちょっとしたご相談がありました。

そのお子さんは、先生がクラスの誰かを怒っているのを聞いているのがとてもつらい

のだそうです。

大人でも誰かが叱責されてるのを聞けば不快になると思いますので、心が摩耗していない(汗)子供たちなら尚更そういうシーンでは嫌な思いをすると思います。

特に繊細だったり、心の優しいお子さんは、それを自分のことのように捉えてしんどくなるのかもしれません。

まず、こういうとき、最初に確認したいのは、

その先生の怒りが、叱責してる生徒の言動や行為にたいして「適当であるか」だと思います。

ー生徒への叱責が先生の個人的な感情の噴出口になっていないか

ー叱責が生徒達をコントロールするために使われていないか(指導なのか威嚇なのか)

もし、お子さんが怯える先生の叱責に上記のような可能性があるなら、学校の管理組織か上部組織に相談するのがよいと思われます。

でも、もし、先生の叱責の度合いが許容範囲(それなら怒ってもしかたないなと思える)ならば、

他人の叱責を聞くのがつらいお子さんのケアはどのようにしたらよいでしょうか。

そんなに気にしなくてもいいよ、と言われても、声は聞こえますし、見えてますから、それをスルーするのは難しいかもしれません。

私は、こういう状態というのは、

遠い国で起こっている戦争を見聞きする

のと似ていると思います。

被害の度合いやリアリティは違うけれど、遠い国で攻撃をうけて破壊されたり、そこに暮らす人々、特に子供達が被害に遭ってる事実をニュースで見聞きすると、つらくてたまらなくなる、それと似た状況だと思うのです。

(そういうニュースを聞いて寄付するとか署名集めるとかのアクションのことは横においておきます)

先生に向かって、そんなに怒らないでくださいと児童が言えないように、

攻撃する国に直接抗議することは簡単にはできないし、

怒られてる生徒に声をかけることがその場でできないように、

攻撃されてる民衆を助けようとするのは距離的&物理的に難しいし、

そもそも、その戦争はどちらが悪くてどうして起こってるのかがわからないように、

怒る先生が悪いのか、怒られてる生徒が悪いのかも、その子に判断つかないようなそんな状況かなと思います。

ただ見聞きするしかない状況という意味で似ていると思うのです。

こういうシーンにいるとき、子供によって反応は違います:

先生は怒ってばかりで嫌い 

と先生を非難したり怒りを感じる子もいれば、

あの子怒られてかわいそうと

クラスメートに同情したり、悲しくなったりする子もいれば、

ああ、この怒られてる雰囲気はいやだ〜と

心がただ重くなる子もいます。

私の場合、いじめでも戦争でも話を聞くと、やってる側を憎む気持ちを自動的に感じてしまいます。

こういう感情や思いは、自然と起きてしまうので、そこは変えられません。

でも、この地点で終わってしまうと、人は、言葉にするならただ無力感を感じてしまうのだと思います。

嫌な状況を知ったり、見たりして、それに対して感情がわき起こるのに、何もできない自分で終わってしまうからでしょう。

こういう一見何もできなさそうときであっても、私たちが能動的にできることがあります。

それは

祈る

というアクション。

祈る、というと、祈りの言葉でも唱えるように宗教チックなイメージを持つかもしれないので、

もっとわかりやすい言葉でいうと、

幸せを願う

平和を願う

というアクションです。

先生が生徒を怒ってる 

→ 怒ってる声、いやだな、つらい、聞いていたくない とまず自分の感覚を感じる

→ つぎに皆の前で怒られて嫌な思いをしてる生徒を思いながら

 XXちゃんが幸せでいますように と怒られてる間、願ってあげる

怒ってる先生、全然好きじゃないけど、

XX先生も幸せでいますように と先生が怒ってる間、願ってあげる

こうすると、ただ嫌なシーンをみせられ続けてる自分から、能動的にアクションを起こしてる自分になれます。

全然違う気持ちでいることができるのです。

私は子供の頃、平和の祈り(長崎出身なので)という言葉を何度も聞きました。

祈りって、ただのごまかしじゃないの?!、具体的に何か進めるほうがよい、と長いこと思ってました。

でも、特に、この仕事をするようになって、エネルギーというのを意識するようになって、

祈りや願いというのは、ごまかしでも、ただの「形」でもなく、

とても能動的なアクションで、見えないけれどもとても大きな力があるのだと腑に落ちました。

私たちの元は1つにつながってる波動みたいなもので、誰かが誰かの幸せを願う、そのエネルギーというのは私たちに強く影響を与えるものなのです。

その影響は周りの人だけでなく、自分自身にもです。

ですので、自分が実際にはなにもアクションできないけど、心が痛くなる出来事があったら、

あなたやわたしができること、

それは、その当事者たちの

幸せを願う

もしくは全体の平和を願う

ことだと思います。

長くなりましたが、

私が、その心優しいお子さんにアドバイスをあげるなら、

今度、先生が怒ってる間、

先生と怒られてるお友達が幸せでいられますように、って願ってみてね、

もっと願いたかったら

クラス皆が幸せで平和でいられますようにって、心の中で願ってみてね!

と言うと思います。

憎い相手ほど、幸せを願ってみる。→ ハードルとっても高いのですが(冷汗)、そうすると、相手だけでなく自分にも幸せな感覚がやってきます〜 

わかりあう

仕事の話ですが、たまに話が長くなってコンサルテーションの予定時間を大幅に過ぎてしまうケースがあります。

先日お会いした方のコンサルテーションがそうで、会議室の担当者が(時間がかなり過ぎたので)注意に来たほどでした(汗)。

もちろん私の時間管理問題や金額設定(追加料金無設定)の問題もあるのですが、その方は前の回のときも、同様に時間がかなりオーバーしたのでした。

これはどういうわけで起こってるのかな、何に気がつかないといけないのかな、と少し考えてみました。

この方が、今の時点で直面してるテーマは「わかりあう」ということです。

そのテーマとコンサルテーションの時間が長引いてしまうことが関係してるのだろうなと、翌朝起きたときに思い至りました。

その方に主要な問題について話をしてもらう

私の方は、その方に不調が起こってるのは、その方の深いところ(いわゆる魂)が望んでるのと違う方向だよというサインなので、それに気がついてもらおうと、その話の中で気づいたことを話す

その方は、ご自分がされてること&考えていることを私が理解するようにさらに話をする

私はサインに気づいてもらうよう、言葉を変えたり、違う角度からみえることを話す

その方は、さらに自分の思いを私にわかるように説明する

その方と私は「わかりあう」ために話が長く続いていく、これが延々と行われていたのでした(汗)。

こりゃ、何時間あっても時間が足りないわ〜

つまり、私もその方のテーマにどっぷり浸かってしまっていたわけです(大汗)。

その方は、とても優しく利他的な方で、どんな場面においても、相手の気持ちを尊重しつつお互いにわかりあえることを目指しています。

しかしわかりあえないときは、時間をいったんおいたり、ご自分のトークのスキルアップをしていけば、わかりあえるものだと考えているようでした。

「わかりあう」は、漢字だと

解り合う

と書くのでしょうか、それとも

分かり合う

どちらなのか、わかりませんが、

分かり合う だとしたら、それはお互いに「分かち合う」なんですよね。

どちらかの意見に合わせていくのではなく、それぞれの意見を「分け合う」。

ケーキでイメージするなら(苦笑)、こちらが頼んだ美味しいと思うチーズケーキを一部あげて、

相手が美味しいと思うガトーショコラを一部もらう。

私はやっぱりチーズケーキの方が好きだけど、ガトーショコラも、味わってみる、まあ、これも美味しいね。

もしくは、ガトーショコラはやっぱり美味しくない、でも、あなたがガトーショコラを好きなのは分かった。

それが分け合う、つまり、分かり合う。

わかりあう、ってそのくらいカジュアルでよいのかなと私は思います。


わかりあう = 解り合う の方の漢字だったとしても、

解り合う、というのは、相手が解ってくれることも、そして解ってくれないことも含めて、そのどちらであっても理解し合うってことかなと思いました。

こちらの思いや意見を相手がわかってくれたら、とても嬉しいし、物事はうまくすすむ。

でも相手がわかってくれなくて背を向けていくことも、理解する。

それが、わかりあう ってことかなと私は思いました。

↑ 薪ストーブ横においてる爪とぎダンボールを奪い合う2匹。
猫はわかりあわないけど、お互い毛づくろいはしてあげてます(苦笑)。

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昨年、毎月行ってきたちょこっとカウンセリング、なかなか日程が確保できず、
今年は不定期に気まぐれに苦笑、日程の都合がつきそうなときに開催することにします。