こどもの吃音

1つ前の記事に続いて、時々ご相談を受けるお子さんの吃音(いわゆる、どもり)について書いてみようと思います。

まずは、吃音という症状を起こしてる感情/メンタルが何かについてですが、

ルイーズ・ヘイによると:

・不安

・自己表現にかける

・泣き叫ぶと怒られた

などから起こるそうです。

リズ・ブルボーによると:

幼いときに、恐れのために、自分はこうしたいとはっきり主張できなかった人がなりやすい

とのことです。

確かに、吃音は、大人になってから発症してるひとはあまり聞いたことがなくて、

主に幼児期に発症がみられます。

軽い場合は、その後成長とともにみられなくなっていくことが多いようですが、

完全にはなくならずストレスがかかったときだけ症状がでたり、

重度の場合は大人になっても吃音が続くというのがみられます。

まあ、つまりは、幼少期にその人が体験したことが、吃音を起こす元になった、

別の言い方をすると、それを体験するようになっていたといえるかもしれません。

私がみてきたケースでいうと、お子さんで吃音症状がみられる場合、

その子の家族のメンバーと、

その子自身の性質との「組み合わせ」で起きてるのではと思うことが多いです。

どういうことかというと、

吃音症状をだすお子さんの家族の誰か(一人もしくは複数)の言動と

その子自身の性質が合わさることにより、家庭環境の中で「自分を表現するのを抑えてきた」というパターンがみられるのです。

つまり吃音という症状は、簡単に言うと、

自分を澱(よど)みなく表現できない状態にいる、というのを教えてくれています。

以下、症状を出してる子と家族の代表的なパターンをいくつか挙げてみます:

1)口が達者な家族がいて、その子が表現する前に、その子のいいたいことを先に言ってしまっている

→ その子の代弁者のような存在が家族の中にいて、その代弁者の方が自分よりうまく話したり説明できるので、自分を表現したり主張するという手段を完全にその代弁者にゆずってしまってるパターン。

深いところでみると、自分にはできないとか自信のなさ、失敗することへの恐れがみられます。

2)頭の回転が早い家族がいて、その子自身のペースより早いペースで話したり、物事を進めてしまっている

→ 本来の自分のペースが乱されている。あせらされることで、自分のタイミングやペースで表現することが難しくなっているパターン。

深いところでみると、実は人のペースに合わせたくないという頑なさもみられます。

3)頭ごなしに自分の意見を主張する家族がいて、その子の意見を聞いていない&反論させない

→ 自分の主張をしようと思っても、簡単にその家族に自分の意見を切り捨てられるので、表現しようとすると緊張したり、すくんでしまうパターン。

深いところでみると、家族の意見の方が素晴らしくて、自分の意見や主張には価値がないと自分でジャッジをしているので、余計に言えなくなっています。

ということで、吃音の症状がでてるお子さんがいたら、上記ようなパターンを家族で形成していないか点検してみて、じゃ、どうしたらいいかなと考えてみるとよいかなと思います。

いつもそうですが、症状というのは一人で勝手に発症してるわけでなく、まわりのパターンと組み合わさっていることがほとんどです。

ですので、その症状に向き合うと、家族の他のパターンを外すことができますので、

家庭内のエネルギーも上がり、よりよい状態になると思います。

長く吃音症状が続いてる場合は、ホメオパス にかかるのがよいと思いますが、

急性的に症状がみられていて、キットのレメディを使おうと思うなら:

Nat-mur / Calc (自分以外の代弁者がいて自分を抑えてる場合)

Arg-nit / Merc / Sulph (自分のペースが乱されてる場合)

Lyco / Staph (自分より強い相手がいて自分の意見を主張できていない場合)

などが使えると思います。

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吃音の話は、私も実体験があります。

私の兄が幼少期のある時期から、どもりがちでした。

今のエネルギー療法の仕事をするようになって、上記のような感じでそれを分析してみたところ、

私の父が 3)のパターンで、私が 1)のパターンでした、ダブルで最悪、汗。

もちろん、そこに兄の性質も加味され、さらに母の方向のずれた対応により、冗長されたと思います冷汗。

しかし、人の人生というのは本当に面白い&強いもので、

兄は、人前で教える(つまり話すのがメイン)という職業につきました。

小さいころからオタク気質であったことを生かし、自分が好きなことを徹底的に研究することを選びつつ、同時に非常に苦手だった人前で話すという組み合わせに行き着いたのです。

好きと苦手のミックス!

だからもう苦手は克服されたということです、偉いな〜と思います(←上から、笑)。

ちなみに兄が選んだ奥さんも、私とは正反対のいつもニコニコ優しく、話をちゃんと最後まで非常にゆっくりとうなづきながら聞いてくれる女性です笑。

幼少期から高校まで、わりと苦労したと思う兄、その兄を思い浮かべながら、

彼がつかんだ後半の満ち足りた人生を思うと、鼻の奥がツンとなる妹です…..。

梅雨のあいまに咲こうとしてるメダカ鉢の睡蓮。咲こうとするエネルギーにはいつも心打たれます。        

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吃音が長い間あらわれてる場合は、コンサルテーションを受けてみるのもよいかもしれません。

いずれにしろ、あなたに現れる症状はあなたに何かを教えてくれるものです。

ご興味のある方はHPの方までどうぞ:https://arnicahomeo.com/

こどものチック

チックという症状で時々ご相談をいただきますが、

チックは、大人でみられることは少なくて、主にこどもの時期にみられる症状だと思います。

リズ・ブルボー(症状を感情/精神的なレベルで解説してるカナダ人)によると、

チックは、

自分をコントロールしすぎたため、逆にコントロールをうしなった状態

を表します。

自分の意志とは無関係に筋肉が動く状態を

チックといいますから(目をパチパチしたり、顔をピクピクさせたり、小さな音を無意識にだしたり、小さな咳払いを繰り返したり、なにかをずっと触ったり)、

「(自分の)コントロールをなくした状態」という意味はよくわかると思います。

わたしがみてきたケースなどから、

このチックという症状をわたしの言葉で説明するなら、

いい子でいたいと頑張ってる現象

よくできる子になりたいと頑張ってる現象

と言えるかもです。

チックという症状がみられる時期には、

大概なにかしらの行事(入学式や卒業式)や発表会みたいなのがあって、

そこで親や先生にみられることと関連してると思うからです。

チックの症状がみられる子というのは、

そういう自分をみせる機会で、

親や先生から期待されてる自分の像を守りたいとか、

その像を壊さないようにしたい、という心理でいるようにみえます。

本当の自分よりも背伸びしようとしすぎて、

緊張が高まりすぎて限界がきた状態と言えるかもしれません。

大人はなぜチックになりにくいかというと、

もう自分の才能やら資質についてはかなり認識してきてるので(あきらめ?!笑)、

自分以上の状態を演じようと思わないからではないでしょうかね…..。

とにかく、こどもたちは健気に頑張ってるんですよ、

自分のためではなく親や先生や周りの人のために、が問題ですが苦笑。

でも、こういう体験もすることで、

頑張るのがしんどいときは、自分がしたいからしてるのではなくて、

誰かのためにやろうとしてるからしんどいのだ、と気づいていくのかもしれません。

ところで、チックは違う角度からみると、他の事象も教えてくれています。

チックを発症してるお子さんは、そのお子さん一人で勝手にいい子になりたくて発症したわけではないというのも、知っておいて欲しいなと思います。

チック症状をみせてるお子さんは、大体の場合、その親御さんが

そのお子さんをみつめすぎてる、という条件もあてはまることが多いように私は思います。

過剰に視線を注(そそ)ぎすぎてる、そんな親御さんが多いようにみえます。

親でなければ、

先生が過剰に監視していたり、

先生が過剰に発表会など行事を成功させようとプレッシャーをかけてる様子がみえたりします。

先生が、なぜ、そんなにプレッシャーを感じてるかというと、元をたどれば、

保護者=つまり親たちが非常にその出来具合に期待をしてる、というのを察知してるのかもしれません(先生もチック発症しそうな状態、笑)。

ですので、お子さんにチックのような症状がみられたら、

親御さんは、自分がその子を注視しすぎてないか、

その子に毎日起きることが自分の日常のメインの関心事になっていないか、

ちょっと点検するのがよいのでは、と思います。

そりゃ、子どものことは大事でしょうから、よく気をつけてみているとは思いますが、

自分自身への関心のエネルギーを自分ベクトルじゃなくて、すべて子供に向けていないか、

自分のその姿勢の方もみるとよいと思います。

想像してみてください、

親の情熱が全て、子である自分に注がれているとしたら……

ちょっとぞっとしませんか

窮屈に感じませんか。

エネルギー的にいっても、こどもはそんな親からのエネルギーは

重くてしかたないから、軽やかに自分らしくそのままでいることは難しいかもしれません。

ということで、お子さんにチック症状がみられたら、それは親であるあなたにとっても、

もっと自分に注目して自分自身の毎日を大事にしよう とか

もっと自分が好きなように生きていいんだよ とか

そんなサインでもあるかもしれません。

最後に、

チック症状がみられるお子さんにキットのレメディを使うとしたら、

以下のものが使えると思います。

Arg-nit (緊張が強い)

Ars (なんでも完璧にやろうとして神経がはりつめてる)

Ign (自然に起こる感情をおさえぎみ)

Lyco (よくできると思われようと必死)

Rhus-t (できないことが不安)

↑ 今の我が家にはびこる雑草でつくったミニブーケ。
手前の白い可愛い花「ハコベ」は、ニワトリやひよこの餌にもなるらしく、
さらには乾燥させた粉末を塩とまぜてつかうと、
歯槽膿漏や歯茎からの出血にとてもよい薬草だそうです。

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チックが発表会や新学期だけなどの一時的なものじゃなくて、

長いこと続いてる場合は、

ブロックが少し深くなっているかもしれませんので、

コンサルテーションを受けるのも、よいかもしれません。

症状はいつも、人生をもっと生きやすくするためのサインです。

一緒にそのサインの意味を探ってみませんか、人体というのは本当に面白くて

よくできているものです。

ご興味のある方はHPをご覧ください:https://arnicahomeo.com/

かくも長く続く「親」の型

習字を習うとき、まずはお手本をみて、

とめ、はね、はらいというような技術から、

字全体の整った型を学んでいくと思います。

それと同じで、人は自分の周りにいる人から「型」を学んで育っていくのだと思います。

毎日みたり、聞いたりする言葉の使い方から、

言葉にしていなくてもぐっと我慢している態度とか、

いつもニコニコしてることとか、怒ってるのにそれを見せない態度なども含めて、

全てを見聞きして感じながら、いつのまにかそれを型としているものです。

その型は大概において、親のことが多いと思いますが、

女性の場合は、主に「母」、

男性の場合は「父」の型を

採用してる人が多いように思います。

親の型をそのまま写しながらいく人が多いかもしれませんが、

初期のうち=つまり幼少期から、親の型を嫌って、

その型をやぶって生きていく人もいます。

いわゆる親を反面教師としてるわけですが(私もそのタイプ苦笑)、

いずれにしろ、元型である親を支点にして違う型を選んでいるので、

そういう人であっても親の「型」から学んだことに変わりはありません。

人は家庭内で型を学んだ後は、

学校など社会の中で、他の型をみていきながら、

自分の親の型に疑問をもったり、否定したり、もしくは肯定したりします。

そして、だんだんと自分はどうやって生きていきたいかを学びながら、親の型をいじくったり、

壊したりと、それまでの型を調整して、自分のオリジナルの型になっていくのだと思います。

そういう「型」という視点でみるならば、

自分の意思表示や自己表現といった問題を持ってる人は、

この親からの「型」を擬(なぞら)えているのが原因のようにみえます。

親の型を今も自分の型として生きてるので、自分を発揮できていないようです。

親の型があまり好ましくない型だった場合は、
子供だった自分も、その型にはまりたくないなと認識してるからわかりやすいのですが、

厄介なのは、親の型をとても良かったと評価してる場合です。

良い型だから、といっても、それは完全にあなたを表すものではないのに、その型で

生きていこうとしてるから苦しいのです。

なぜなら、あなたと親は違う人間なのだから。

体も違うし、

心も違うし、感覚も違っています(似てるところはあったとしても)。

だから、親の型通りで生きていってると、

あなたとして生きてるわけではないので、とても苦しいのです。

着ぐるみきてるみたいな感じ?!笑

「習字」が進んだ先にある芸術「書道」というのは、検索すると

ー自分の個性や感情を文字で表現するもの

ー書によって表現する芸術

という説明がありました。

まさに、人生も同じことだなと思います。

母や父の型をいつまでも擬(なぞら)えないで、

自分の型で人生を過ごしていくこと、

習字から書道の道を極めていくように、

過去に学んだ親の型から自由になり、

自分というたった一人の人間をこの世で表現していくことが人生の芸術なんじゃないかな〜と思います。

今年も新茶の季節。↑ 一番茶といわれる新芽を摘みました。
毎年一緒につくらせてもらってる仲良し御近所さんの鉄鍋で炒っては干して乾かすを繰り返します。
鉄鍋で茶葉を炒ってます、ものすごーい良い香り!浄化される感じ。
今年の一番茶。甘みがあって、口の中がさっぱりします。美味い!

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子育て中に、私はよくない親の見本(型)を子供にみせてしまっていないだろうか、と不安になる人がわりといるのですが、親はどんな型をみせてもいいのではと私は思います。

なにか学ぶとき最初は型がいるものですから。

いずれにしろ、その子が親の型をみて学びながら、自分で自分の型を獲得していくことになるのだと思います。

そういう意味でいうと、家系のカルマというのは、延々となぞらえて苦しんできたご先祖様からの型という言い方もできるかもしれません苦笑。

あまりにも長い間、親の型を擬(なぞら)えすぎて、

自分で親の型を壊すのが難しい場合は、

その型を変えるエネルギー物質を使って、型を壊すお手伝いができます。

(親の型は、1種のエネルギーパターンみたいなものですので)

詳しくはHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

薬と自然療法

このところ、自然療法と薬との併用について相談を受けることが重なったので、

そのことについて記事にしたいと思います。

自然療法家でもある私の個人的な考えですが、

私が思う薬が必要なときというのは;

重篤もしくは

緊急と思われる症状のとき

です。

そういうときに、薬は本当に強い味方だと思います。

逆に薬が不要だと思うときは、

未然の状態で使うとき(このままだとXXXになるかもしれないので、という不安や恐れが動機)と、

重篤や緊急時を脱したのに、延々と薬という外部の力に頼ってるとき

です。

薬が不要な状態というのは、

自分に備わった自然治癒力を使っていないとき → 自然治癒力を発揮できるときという

言い方もできます。

薬は、松葉杖や車椅子と同じようなものだと思います。

足を折って骨が固定されていないときに、車椅子や松葉杖は必要だと思います。

でも、骨がくっついたあとまで、松葉杖や車椅子に乗り続けていこうと思う人はいないのではないでしょうか。

また一方で、松葉杖や車椅子を長いこと使っていたひとが、

いきなりそれをはずして、すぐに歩けるか?

ということも考えるとよいと思います。

これまで、長い間、薬を体内に取り込んでいたのに(その状態で体が安定してるのに)、

薬をやめたから、すぐに自然治癒力が魔法のように発動するかというとそれもないと思います。

骨折の例でいうなら、これから自分の力で歩いていきたいと決めたのなら、

最初は車椅子に少し頼りながらも、同時にリハビリをして筋肉をつけていきながら、

段々と歩けるようになっていくのが体の自然な治癒過程だと思います。

また、自力で歩きたいと決めた人に、

「じゃ、歩いてみてください」といって車椅子から降ろして歩かせたら、すぐには歩けない、

そのときに「ほら、やっぱり歩けないよね、じゃ車椅子を使い続けてね」というような判断は、

目の前の現実だけ=そのときの検査の数値だけで評価してるので、

いつまでたっても自分の治癒力を発揮できない状態に留めるとも思います。

こういうことを考えると、医療と自然治癒力をつかった自然療法は、

途中でバトンタッチするように共存していくのがベストでは、と思います。

どちらが患者さんを「治した」ということに拘らないで、

患者さんが治っていく=自立した健康を取り戻すために、お互いの得意なところを発揮したらよいと思います。

昨今では統合医療という考えもかなり浸透してきましたので、これからそれがさらに普及&具体化していくと、

薬との併用に悩んだり、

自然療法にかかりたいけどお医者様のいうことに従わなきゃいけないのではと葛藤する悩みは減っていくのではないかなと思います。

ちなみに厚生労働省の統合医療ページに、過去にあんなにバッシングされた(汗)、
ホメオパシーという文言すら載る時代になってますので、統合医療の考えはさらに進んでいくと思います:

https://www.ejim.ncgg.go.jp/public/about/

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今が旬のかきつばた、この深い紫をみると体のエネルギーが動きます。
今年は苗をゲットできたので来年から自宅で咲くのがみれるかも〜
ホームセンターでみかけたバラ。清楚で上品なピンク、パーフェクトな形態の花弁、しばし見惚れました(でも買わなかった苦笑)。

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上記に書いた、お医者様が言うことに従わないと、というジレンマを抱えてる人はすごく多いです。

そのジレンマを深くみていくと、

言うことをきかないと見放されるという幼少期の親との問題がみえたり、

権力には逆らえないという無力感がみえたり、

自分が決めたことに自分で責任を取る自信がない、

というような自立の問題がでてきます。

究極は、健康に関する問題も、

自分の深いところで自分が望んでいることにつながっていくと、

自分にとってベストの療法にいきつけます(医療にしても、自然療法にしても)。

自然療法の扉もたたいてみたい方、

私がやってるのはエネルギーを扱う療法です。

詳しくはHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

別れとは

一昨日、「別れ」について話す機会があったからか、

今朝起きたら、そのむかーし、わりと長くつきあった彼と別れたときのことを思い出しました。

その彼とは少し前に別れていたのだけれど、

私がまだ持っていた彼の私物を渡すためだけに、その日 ”最後に会った” のでした。

その時点で、彼のことはもう1ミリも好きではなく(だから、別れたのですけど)、

むしろ何故私はこの人とつきあってたんだろう?!と自問するほど(→ 顔がよかった笑)の気持ちでした。

駅で会って、私物をただ渡し、彼は改札を抜けて電車に乗る、これが最後の瞬間でした。

特に何の感情もなく、「じゃあね、バイバイ!」とあっさり終わろうとして、

「これまで、ありがとぅ…」と言った瞬間、私に涙がぶわっとこみ上げてきました。

彼はそれを見たのかわかりませんが、静かに背をむけて改札をくぐって、

そこでこちらを振り向き、少し笑顔で手を振る仕草をして行ってしまったのですが、
私はその場でしばらく泣いていました….

ある時期を一緒に過ごし、

そばにいるのが当たり前のようになっていたどころか、

最後には嫌なところばかり目につくようになっていた彼、

その彼にこれまでしてもらったたくさんのことが、ありがとうという言葉でうわーっと回想されて、
涙が止まらなくなったのでした。

あの涙は、自分でもびっくりするくらい想定外でした(汗)。

少し前に記事にした外猫フェリックスでもそうでしたけど、

当たり前と思っていたことのありがたさに気づくのは、それを失くしたときなんだなとつくづく思います。

病気で寝込んではじめて、普通に動けていたことがありがたかったと気づくように、

「別れ」をとおして、その人との関係のありがたさに気づくのだなと思います。


ですので「別れ」というのは、

自分の中にあった相手への感謝を感じる機会でもあるなと今は思っています。


その視点でいうならば、別れのときに過度な悲しみがおそってくるとしたら、

これまでその相手に対して感謝をもてていなかったり、

感謝を表現できていなかったときではないのかなとも思われます。

別れというのをスピリチュアル的にみると、

その人とあなたの体験は終了しました、ということだと私は思っています。

そして、ある体験が終了したということは、

今後はお互いの新しい体験が始まるときでもあると思います。

ですので、「別れ」は感情では確かに悲しかったり、寂しかったりしますが、

そこで終わらないで、

次の体験に向けて ”心を開く” 状態にお互いを持っていくことで、

別れを「終わりの点」じゃなくて、「輝く通過点」にできるのではと思います。

これまで体験をさせてくれてありがとうという感謝とともに、

次の新しい体験にお互いが向かっていこう!(鼻息っ)

わたしは大丈夫!

そしてあなたもきっと大丈夫!

お互いに次の冒険、頑張ろう!

みたいな感じで、別れを「終点」じゃなくて「スタート」として

捉えたいなと思っています。

ここから、おまけですが、

「別れ」にまつわる私の友人の話です。

彼女は、息子さんが就職で家をでてから(大学まで自宅通いだった)、

わりと長いこと落ち込んでいました。

息子さんが巣立った後、夕方、買い物にいって何をつくろうかなと考えるとふっと息子さんのことが頭をよぎって、せつなくて寂しくてたまらなかったそうです。

そんな彼女の思いが通じたのか、就職して数年後に息子さんは転勤で地元に戻ってきました。

そして家賃がもったいないからと実家で再び暮らし始めたのです(!)。

あんなに離れて寂しがっていた息子さんが戻ってきて嬉しいのかと思いきや、
再度ご飯やら洗濯などのお世話が始まり、現実には大変だなと彼女は困ってしまったそうです(苦笑)。

客観的的にみるなら、彼女と息子さんの体験というかレッスンは、まだ終わってなかったんだろうなと思いましたが、

引き寄せの法則的にみるなら、望むと叶うから、本当に望んでいないことは望まないほうがいいな(汗)でした。

今、現在は、息子さんは別のところに就職して、家は出ています。

そして彼女はもう寂しがったりはしていません(笑)。

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↓ 4年目にやっと咲いたさくらんぼの花たち(これまで毎年葉っぱだけだった)。

今年は自分ちのさくらんぼが食べられるかな〜

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ずるずると続く関係や、依存的な関係から、なかなか離れられない方、

その体験はもう終了してもよい時期かもしれません。

新しい体験に旅立ちたいと思うけど、自分ではどうしたらよいかわからないとき、

あなたの意識やエネルギーを変えることでそのお手伝いをさせていただきます。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

花粉症が知らせてくれる

今年は、花粉症で困ってるというお声を例年より早く、そして例年より多く聞いてるように感じます。

さらに、先日、花粉症についての記事を書いてくださいというメールまでもらいましたので、
いよいよ花粉症とはいったい何を教えてくれてるのかと考えました。

私にとって花粉症の症状というのは、

代謝の落ちる冬に蓄積された老廃物のデトックスが春先に行われるのと同じように、

芽吹く時期に高まるエネルギーが、不要な意識もデトックスしようと起こしてるものだと
理解しています。

自分たちがまだ持ってる「要らない意識や信念体系」に気づいて、それを掃除して、

新しい生命サイクル(芽吹き)を楽しもうみたいなことだと思うのです。

花粉症は、具体的にいうと飛散する花粉が原因で引き起こされる(花粉だけでなく空中を浮遊している化学物質、例えば排気ガス、PM2.5等も付着してるという説も)わけですが、

花粉症という症状を起こすひとと起こさない人がいますよね。
「免疫力が違うから」と言われたら、なんとなく納得してしまいそうですが、
それって具体的に何の違い?でしょうか。

「意識」が全ての現象を起こしてる、という視点でみると、以下のように言えます。

体が花粉という異物が侵入したことを知らせるために、
鼻水や目の痒みという「花粉症」と名づけられた症状を起こす

これをめちゃくちゃ単純化して書くと

「自分に関わってくる何かに対して、アラームを鳴らしてる」

と言えるかなと思います。

どうして、アラームを慣らさないひと(花粉症でないひと)がいるかというと、

花粉=自分に関わってくる何か を アラーム対象とは思っていない からです。

具体的な例を、花粉症の典型的な症状を通してみていくならば、こんな感じです:

目が痒くてたまらない: 自分がみてる何かに対してイライラしてる、
            それをみたくないと思ってる

(具体例)

弟ばっかりママに可愛がられいていやだ、弟をみてるとイライラする

部活の先生が嫌い、先生の指導の仕方をみてるとムカムカする

鼻水ズルズル: 嗅覚というのは本能的な(もっとも原始的)五感の1つ、
        その鼻が拒否反応してるということは、
        ある人にたいして、そもそもの存在自体を認めたくないと感じてる
        ある人のことを自分は全く受け付けたくないと思ってる

(具体例)

できたら縁を完全にきりたいと思ってるお姑さんと同居してる、彼女がとても嫌い

夫がとにかくうっとおしい、何か言われるのも嫌だし、みるのも嫌

くしゃみ連発: くしゃみが出る時、自分がしてる行為全てをいったんとめて、
        へ、へっくしょんっ!となります。
        くしゃみが何回もでるというのは、何かorある人に自分の行為を
        くしゃみのように毎回止められてる、邪魔されるという意識を持ってる

(具体例)

自分の仕事と家事を終わらせたいのに、子供がしょっちゅういろんな要求をしてくるから、自分のやりたいことが思い通りにできない

趣味のガーデニングをたっぷりやりたいのに、ママ友がお茶しようと頻繁にLINEしてきて、いつも中断してしまう

という感じで、上記のような意識をもってることを花粉症が教えてくれてます。
もっというと、上記のような意識があるのは薄々知ってても、そこから逃げてるときに症状が起こっているのです。対面しないで、ほったらかしの状態、それをなんとかしよーというサインなのです。

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ちなみに、花粉症と診断されやすい家系というのがあります。
過去のご先祖様が結核だった家系の人々です。

実際にご先祖様が結核だったかを調べなくてもいいのですが、そういう家系の人は、
大概において呼吸器系疾患、たとえば喘息などを幼少期に発症してたりします。

そういう家系の人は、呼吸器系が弱い体質なわけですが、
これを「意識」でいうならば、「外側からはいってくるものに対して過剰にアラームを鳴らしてしまう意識」を持ってる傾向が代々受け継がれてるとも言えます。

それをカルマというならカルマと言えるかもですが、今世で発症したのなら、それを解放するチャンスという見方ができます。

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花粉症の方で、上記に当てはまるような意識や思いがあるな〜と思うなら、
まずは、その自分がもってる意識に気がつくことが大事です。

あー、私はXXXをXXXと思って、アラーム鳴らしてたんだなと。

次に、その意識を変えられるなら、変える、のがよいです。

例)お姑さんを見たくもない、縁をきりたい →  すごい嫌いだけど、なにか意味があって一緒に今はいるんだな、仕方ない、受け入れよう、みたいな感じです。

別にお姑さんを愛するところまで(苦笑)いかなくても、いいのです。

この機会にそのネガティブな感情を浄化できそうなら、それがよいのですが、
手っ取り早いのは、ただ受け入れることです。

そしてできたら、この姑との体験は私に何を教えてくれてるんだろう、という視点で2人の関係をみることをおすすめします。

もしくは、こんなに嫌なんだから、もう我慢しない!お姑さんとは別居しよう!

と生活を変えるのでもよいと思います(そしたら、その意識をもたなくなるので)。

ただ、頭ではわかっても、どうしてもその自分の意識を変えられなさそうなときは、

エネルギーを扱う、ホメオパシーのレメディなどが便利です。

セルフケアキットでいうならば、下記のように体の症状で選んでつかいますが、
同時に意識をつくりだしてるエネルギーも少し変えてくれるからです。

*目の痒み 
ヒリヒリする感じ 刺激のあるような痒さ Ars  
痒い 何回もこすってしまう Staph
痒みがなんとかならないのか!とイライラしてる Nux-v
目が刺されてるようなくらい痒い  Apis
花粉症といえば目の症状だけ  Euphrasia(これ36種キットに入ってませんが目からの花粉症にお困りなら使えるレメディです)

*鼻水ズルズル
透明の鼻水とろっとしてる 完全に鼻が充満してつまってる感じ 花粉症で気分が落ちてる Nat-mur
鼻水は大量だけど水っぽい しょっちゅう鼻をかまないとならない 鼻の下がひりひりする Ars
鼻水は黄色っぽい 副鼻腔炎みたいに奥の方でつまっててかんでもあまりでない Hepar-sulph
鼻水は黄色っぽい もしくは黄緑 片方の穴だけがつまってる Puls
鼻水はかんでもほぼでてこない 奥で完全につまってる Kali-bich
目はそうでもないけどとにかく鼻水がでる花粉症 Allium cepa(これも36種キットに入ってませんが鼻水の花粉症にお困りなら使えるレメディです)

*くしゃみ連発
鼻の奥は乾燥してひりひりしてる Sulph
くしゃみがでだしたらとまらない 鼻水もでる  疲労気味 Phos
鼻水が多量でくしゃみ連発 Allium cepa

セルフケアキットを使って一時的に軽減しても、大きな変化がないようなときは、
花粉症の症状とともに意識も軽くできるかもなので、専門家(わたしのような)にかかってみるのもよいかもです。

セルフケアでレメディを使ってる方で疑問や質問がある方へ:
3/27土曜に無料のフォローアップをします、詳しくはこちらの記事までどうぞ。

春は本来ワクワクするもの、戸外を存分に楽しみたい〜

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自分がどんなアラームを鳴らしてるかわからない方、
そしてアラーム鳴らしてる期間がすでにとても長い方、

ご一緒にそのアラームを鳴らすのをやめるのをお手伝いします。

ご興味がある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

爪をかむのは

小さなお子さんを持つママからメールをいただきました。

お子さんが爪をかむ癖があり

「私の態度のせいだろうか…」と気になります

とのことでした。

爪をかむのは子供だけでなくティーンエージャーや大人でもいるので、わりとありふれた癖かもしれませんが、

その行為をみかけると、なんとなく不健全に感じてしまう方がほとんどではないでしょうか。

爪を噛んでるのは愛情が足りないからだ、と世間でまことしやかに言われてきたという風潮もあるかもしれません。

身体症状をメタフィジックな分析で解説してるリズ・ブルボーによると、

爪を噛むという症状は:

「日常生活の細かな面において自分が守られていないと感じていて、ひそかに心の中で苦しんでる」

という感情を表しているそうです。

爪を噛む癖は、

「自分を守ってくれる人はいない」

「自分を助けてくれる人はいない」

「自分1人ですべてをやらなければならない」

というような思い込みをもってるときに現れる症状という言い方もできます。

私がみてきたケースから言えることも同様で、

爪を噛むクセがある子は、

家庭内で「親」から自分を守ってもらえないと感じてる子に多いように思いました。

その子たちの代弁をするなら、

「パパor ママは自分の味方じゃない」と思ってるようでした。

なぜ、彼らがそう思ってるのかというと、

親が自分に厳しくあたるから(小言が多い、注意ばかりされる)です(汗)。

親御さんたちは、お子さんたちをなんとか自分が考える良い方向に一生懸命導こうとしてるのですが、

子供たちはそういう親の言動から、

あ〜パパやママは、自分の味方じゃないんだ….

と捉えてるわけです。

そりゃ、まあ、自分のやることに賛成&支持してくれなくて、

そうじゃない!こうじゃない!と言ってくる人のことを、

自分の「味方」とは思えませんよね(汗)。

親心(おやごころ)子知らず、ですかね?!

いやいや、これは、こどもの心親知らず(苦笑)。

かくいう私の息子も、ある一時期、爪を噛んでたことありましたっけ(反省)。

話を戻しますと、

私は、このところ、爪を噛むクセというのを、以下のように捉えています。

子供たちにとっては、爪をかむという行為は、自分の心のケアを自分でしてる状態、

つまり ” セルフケア” なのです。

大人がストレスがあるときに、スイーツを食べにいったり、買い物して気を紛らわしたり、お友達とお茶したり、飲みに行ったり、パチンコ行ったりカラオケ行ったりetc.するように、

こどもたちも爪を噛むことで自分の心のバランスをとろうとしています。

子供たちは大人みたいに、外側(買い物とかスイーツとか)の物質を使う術を知らない&できないから、

自分の体をつかってそれをしてるのです。

だから、うわ〜、すごいね、ちゃんとセルフケアしてるんだねと思ってみてあげる。

そして、このセルフケアのサインに親御さんが気がついたのなら、

親御さんは自分を責めたり、子供の癖を責めたりしないで(どちらも責めるような悪いことはしてないので)、

小さな体で必死にセルフケアをして自分を守ってる子の自浄能力のすごさをまずは認めてあげて、

その次に、では自分はどうやったらこの子の味方になってあげれるかなと考える方向で対応してもらえたらと願います。

そういう親御さんは、ご自分が小さいころ、同じように自分の親に本当は”味方”になって欲しかった体験を持っていたります。

ですので、それを思い出したら、どうしたらいいかがわかってくるかなと思います。

爪を噛むクセに対してレメディやエッセンスを出して、

その子の親に対する思い込み(この人たちは自分の味方じゃない)のエネルギーを変えることもできなくはないですが、

このようなセルフケアのサインをみつけたことは、お子さんにとってだけでなく、

ご自分(親)の生き方や考え方を

もっと楽なものに変えていくためのサイン=ギフトでもあるので、

それをちゃんと自分で受け取ってみようと動き出すのをお勧めしたいです。

↑ 身体症状のメタフィジックな見方を先駆的に教えてくれたルイーズ・ヘイのサイトから
秋らしい画像を拝借。
こんなに安心していられたら爪はもう噛まなくてよいにゃ〜

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お子さんのサインをみて、ちゃんと対応を変えてみた、でもうまくいかないという場合は、

ご自身の中のもう少し深いところにエネルギーブロックがあるかもしれません。

1人でそれを探るのが難しい場合は、エネルギー療法でそのお手伝いができるかもしれません。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

あなたのかわいい身体

指のささくれ(さかむけ)で、ご相談をいただきました。

ささくれは、肌が乾燥するときなどに、親指だったり人差し指にできやすいかと思うのですが、

この女性のささくれは、ある特定の指でなく、全部の指!にあらわれてるのでした(汗)。

このような身体症状の急性相談だと、

具体的にどういう様相の症状か、
いつ頃から始まったか、
原因として考えられることはあるか、
この症状が起きた頃にメンタルでなにか特筆すべきことがあるか等を、質問形式でお尋ねします。

ご相談者からのメールには原因として

コロナ対策で手指を消毒する回数がこのところ多い

とありました。

そりゃ、消毒という名のもとに「エタノール」や「次亜塩素酸」を毎回手指に塗りこんでたら、肌は乾燥するし痛むしささくれますわ(汗)。

コロナ対策のため、公共の場で消毒をスルーすることは難しいかもしれませんが、具体的な原因を外さずにレメディを取っても焼石に水となることでしょう。

私はチョコを毎日食べ続けます、でも体重を減らしたいのでレメディでなんとかしてくださいとお願いされてるようなもの(苦笑)。

とはいえ、いつも原因の深い根っこはメンタルにあるものです。

体が悲鳴をあげてるのに(全指乾燥してささくれ)、

なぜ体に過剰な消毒を続けているのかな、という方に着目するのがよいかと思います。

ささくれというのは、爪周囲の肌・角質が細かく剥けてる状態です。

メンタルの意味でいうならささくれは、その細かいエリアで起きる細かい症状と同じくらい、日常の(もしくはある特定の出来事の)細部にこだわりすぎてるといえるかなと思います。

やりとりしたメールで読みほどいていくと、

ご相談者の方は、このところ仕事やプライベートでご自分の手を見る機会が多いようで、

ジム通いするうちにゴツゴツしてきた自分の手に、コンプレックスを持っていらっしゃるとのこと、

特に爪の形が丸くて小さく「綺麗でない」と思っていらっしゃることがわかりました。

ですから、原因、それだってば(苦笑)。

この女性の場合、指のさされくは、ささないなことを気にしすぎてるという現象ではなく、

細部に愛が足りなかった →  自分の指たちを愛してなかった

ということだと思いました。

だから体は、全指の毛細血管まで栄養&血液=つまり愛、をうまく流せなくて、ささくれていたのでしょう。

無理やり解釈するならば、

指を好きでない愛せていなかったから、その指たちを痛める消毒液を毎回つけても気にもしていなかった、

もしくは、

指を綺麗にしたい=消毒したい、という潜在意識の現れだったとも言えるかもしれません。

心がささくれる、という表現がありますが、

彼女の指たちは、まさに愛をもらえず、拗(す)ねてささくれていたようです(汗)。

うわー、なんか、かわいい、指たち ❤️!

結局、このご相談者は、メールのやりとりで上記の内容が腑に落ちたようですので、

レメディは出さず、ネイルケア製品を購入して爪も含めた爪周辺をケアするということで落ち着きました。

そのように愛を込めてケアしたら、きっとさかむけはなくなっていくでしょう。

そして、彼女はそんな自分のかわいい指たちをこれから愛するだろうな、と思いました。

私も、先日のテニスの後に痛くなってたゴリゴリいってる右肩甲骨に愛をたっぷりそそごうっと!

満開のコスモス群生をみかける時期ですが、写真を綺麗にとるの難しい(汗)。
よってこの画像、お借りしました……色と角度がステキ。

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体はいつもこのように、あなたにコミュニケーションをとってきています。

そのコミュニケーションに気がついてちゃんと答えていくと、

何かに頼らなくても、自分で自分の心身を癒すことができます。

あなたに起こってる症状がどんなコミュニケーションなのかわからないとき、

一緒にあなたの体からの言語を解くお手伝いをします。

そして必要なエッセンスやレメディで改善のサポートをします。

ご興味のある方は、HPの方へどうぞ: https://arnicahomeo.com/

学校に行きたくない3

子供が学校に行きたくないということを言い出したら、

私なら、個人的にどうするかについて追加で書きます。

学校に行きたくないと言い出したら、まずは、その気持ちを受け取って休ませると思います。

次に何が起こってるか、理解しようとします。

友達や先生といった心の問題からきてるのか、

疲れてるとか体力の問題なのか、

それとも学校のシステム自体が本人に合わないのか。

心の問題なら、克服するのをヘルプするようにします。

学校の拘束時間が長すぎてただ単に疲れてるなら、生活リズムを変えるとか、
体になにか問題があるなら、例えばホメオパシーのレメディを使ってみます。

学校のシステム(集団行動や規則に従う)がそもそも本人に合わないのだとわかったら、

代替となる別の学校を探すかなと思います。

まだ子どもが小さいときに、

本人の代わりに親がなにかを選択することがあるならば(幼稚園とか小学校とか)、

そこが本人に合ってるか、を私は大事にしたいです。

その子の「気」と合ってるか=エネルギーと合ってる環境かどうかを

大事にみようと思います。

学校に通うのは、親でなく、子ども。

親がこれが良いだろうと思う学校と、子どもに合う学校が同じとは限りません。

メダカ を育てる(私、たくさん飼ってます、笑)のに大事なのは、メダカ に合う水環境を作ってあげること。

水が合うと生き生きとメダカ は泳ぎます。

子供も同じで、その子の「気」に合う環境なら、その子はのびのびとしていられると思います。

大人も同じですよね。

自分に合ってる環境で暮らすと(エネルギー、周波数が合うということなんですけど)、

とてもよい状態で暮らせると思います。

私の息子が今年から高校生なのですが、彼が高校を選択するときに、

私からあげたアドバイスは、

「実際行ってみて、自分の ”気が合う” と感じるところを選んだらいいよ」でした。

といっても田舎の車社会なので、私が車で連れて見学にいかないといけなかったのですが、

複数の高校に一緒に見学にいって、

私が、わー、ここ「気が合う」と自分が感じた高校と、

息子が第一志望に選んだ高校は同じでした。

そして、今、そこに通っています。

あの自分が気が合う感覚を感じたときに、そして息子の顔もそこで輝いてるのをみたときに、ここに通うことになってるんだろうなとひそかに思いました。

こういうことが大事と思うようになったのも、過去の経験の学びからです。

息子がまだ小さいとき、東京にすんでた頃、たくさん習い事をしてました。

親がこれがよさそうとエゴで選んだものも多かったし(汗、反省)、
お友達に誘われただけで、これする!と言って始めた習い事もありました。

でもフタをあけて続かなかった習い事は、振り返ると本人には合わないもの、
「気」があってなかったものでした。

あれらの習い事は、私の勝手な願望や(苦笑)、

頭で条件を考えて選んだものだったなとよくわかりました。

なにかを選ぶとき、頭で選ばないで心で選ぶとうまくいくと1つ前の記事に書きましたが、

心で選ぶというのが抽象的すぎてわからないときは、

「気=エネルギーが合うか」を感じて、選ぶようにしたらいいと思います。

そこにいていい感じがしたら、そこは合ってると言うことができます。

そこで子供が生き生きとしていられるイメージを持てるか、

それをイメージすると自分がリラックスして呼吸をすることができるか、それを指標にできます。

(エネルギーが合ってると、リラックスして呼吸ができます)

↑ メダカ によい水環境は、カエルにも合うようで、いつのまにか住みついてるようです(大汗)。メダカ 食べられてるかも….(!)

学校に行きたくない2

1の続きです。

1では、学校に行きたくないと子供たちが反応しだすことは、その子個人の問題とは限らず、パラダイム変化における1つの現象かもしれないと書きました。

ただ、そうはいっても、現時点で、どう対応するのか?についても書いてみます。

対応といっても、

この子にどういう言葉をかけたらいいの?

先生に何と言えばいいの?

みたいに他人軸で考える前に、

子供が学校に行かないという問題があなたにとって(子供にとってではなく)何を表してるか? 

と自分軸で見ていくのをオススメします。

一見、お子さんに起こってる問題のようにみえますが、このようなときは、ご自分の中で未解決だった問題の反映であることが多いのです。

だから、どうにかしないといけないのはお子さんじゃなくて、ご自分の内面だったりするわけです。

(というのも、お子さんは学校に行きたくない気持ちを体現してるだけで、今の時点では悩みにはなっていない)

このお悩みを相談してきた方は、お子さんが学校にいくのをしぶり泣き叫ぶので、その気持ちを尊重してお休みさせたりしています。

その対応をしている中で、この方が一番気にかかっているのは、

「もしずっとこのまま学校にいかなかったらどうなるの?」

です。

なぜなら、自分の中に、普通に学校に行く道を歩ませたい、という思いも持っているからです。

この方のお悩みの核は、

子供の気持ちを優先する VS  自分の価値観を優先する

のはざまでゆれる葛藤と言えるかなと私は思います。

なぜこう言えるかというと、過去にいじめっこの問題をかかえていてそれを解消していないまま親になった方なら、

同じ状況でも問題をこんなふうに話すのです ↓

子供が苦手な子がいるみたいで学校に行きたくないって言うんです、と。

他人にみえてる問題というのは、元をたどると、

このように自分のフィルターを通して話される「自分の問題の投影」であることがほとんどです。

さて、この方の場合でいうと、自分の中で抱えている葛藤の問題をどうしたらいいか?ですが、

答えや正解はないので、ご本人がみつけるだけです。

どうしたいのか、どういう選択をしていくのか、自分の「心」でこの機会に決めるのです。

世間からずれてようが、お子さんの気持ちを優先してあげることが何より大事だと思うのなら、

そうしたらいいのです。

行きたくない、と泣き叫ぶなら、それを第一に受け入れて休ませていいんです。

そのうちどうにかなるものです。何をどうしたって、最後にはその子の人生らしくなるのですから。

学校にいかないと暴れても、その子が普通に小学校に通うようになってる人生なら、

やっぱり行ってみるってそのうち、その子は言うようになります。

でも、その子が小学校に通わず、少し違う道の人生を歩むようになってるなら、そうなります。

でもそれで人生がダメになるわけではなくて、なにかが動いて導かれて、いずれにしろその子らしい人生を歩むようになってるのです。

だから、何も心配しなくていいのです。

でも、あなたが小学校というのは学ぶことがたくさんあるし、友達とも触れ合えるし、それを体験して欲しいと心から思ってるなら(世間体のためでなく)、
そんな風に率直にお子さんに話して、頑張って行ってみるように促せばいいのです。

心が伴ってるメッセージというのは伝わりますから。

メッセージがちゃんと伝われば、お子さんが学校に行くか行かないかどちらを選んでもご自身は受け入れられると思います。

いずれにしろ、どんなことが起こっても、なるようになってますので、

自分の「心」が望むように動けばそれでいいのです。

こう書くと ↑

「”自分の心が望むように”というのが、自分でもわからないのです」

と尋ねてくる方がいます。

そういう人は、「心」でなく「頭で考えてる」人です。

頭で考えると、

いろんな損得や条件を比べるだけになるので、自分が何を望んでるかわからなくなります。

「心」で選べるようにする具体的な方法を紹介しますと、

①呼吸に意識を集中します。

②呼吸しながら、ハートチャクラ(第4チャクラ)の場所に自分の「意識」をとどめるようにします。

思考をストップして、自分の中心を「頭」から「心」に移動してくるというイメージを持つとやりやすいかもしれません。

しばらく静かに「心」に ”意識をおいて” 呼吸してください。

この問題を「心」で見よう、と思いながら、呼吸してもいいです。

そうすると、自分が本当に望んでいることに、ふっとアクセスできます。

(そのとき、アクセスできなくても、時差があって、あとでふっと気がついたりします)

「心」で選んだことは、いつもとてもうまくいくようになっていますので、どんな問題のときにもこのやり方はおすすめです。

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蓮の花をみると、”宝物、みつけた〜!” みたいにテンションあがります。
近々もう一度見に行こうっと。

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心が望むように、と思っても、過去の価値観に縛られて身動きが取れない方、
エネルギー的にいうと、それはエネルギーフィールド にブロックされてる箇所があるからだと思います。

ホメオパシーのレメディを使って、そのブロックをとって、もっと軽々と生きてみませんか。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/