別れとは

一昨日、「別れ」について話す機会があったからか、

今朝起きたら、そのむかーし、わりと長くつきあった彼と別れたときのことを思い出しました。

その彼とは少し前に別れていたのだけれど、

私がまだ持っていた彼の私物を渡すためだけに、その日 ”最後に会った” のでした。

その時点で、彼のことはもう1ミリも好きではなく(だから、別れたのですけど)、

むしろ何故私はこの人とつきあってたんだろう?!と自問するほど(→ 顔がよかった笑)の気持ちでした。

駅で会って、私物をただ渡し、彼は改札を抜けて電車に乗る、これが最後の瞬間でした。

特に何の感情もなく、「じゃあね、バイバイ!」とあっさり終わろうとして、

「これまで、ありがとぅ…」と言った瞬間、私に涙がぶわっとこみ上げてきました。

彼はそれを見たのかわかりませんが、静かに背をむけて改札をくぐって、

そこでこちらを振り向き、少し笑顔で手を振る仕草をして行ってしまったのですが、
私はその場でしばらく泣いていました….

ある時期を一緒に過ごし、

そばにいるのが当たり前のようになっていたどころか、

最後には嫌なところばかり目につくようになっていた彼、

その彼にこれまでしてもらったたくさんのことが、ありがとうという言葉でうわーっと回想されて、
涙が止まらなくなったのでした。

あの涙は、自分でもびっくりするくらい想定外でした(汗)。

少し前に記事にした外猫フェリックスでもそうでしたけど、

当たり前と思っていたことのありがたさに気づくのは、それを失くしたときなんだなとつくづく思います。

病気で寝込んではじめて、普通に動けていたことがありがたかったと気づくように、

「別れ」をとおして、その人との関係のありがたさに気づくのだなと思います。


ですので「別れ」というのは、

自分の中にあった相手への感謝を感じる機会でもあるなと今は思っています。


その視点でいうならば、別れのときに過度な悲しみがおそってくるとしたら、

これまでその相手に対して感謝をもてていなかったり、

感謝を表現できていなかったときではないのかなとも思われます。

別れというのをスピリチュアル的にみると、

その人とあなたの体験は終了しました、ということだと私は思っています。

そして、ある体験が終了したということは、

今後はお互いの新しい体験が始まるときでもあると思います。

ですので、「別れ」は感情では確かに悲しかったり、寂しかったりしますが、

そこで終わらないで、

次の体験に向けて ”心を開く” 状態にお互いを持っていくことで、

別れを「終わりの点」じゃなくて、「輝く通過点」にできるのではと思います。

これまで体験をさせてくれてありがとうという感謝とともに、

次の新しい体験にお互いが向かっていこう!(鼻息っ)

わたしは大丈夫!

そしてあなたもきっと大丈夫!

お互いに次の冒険、頑張ろう!

みたいな感じで、別れを「終点」じゃなくて「スタート」として

捉えたいなと思っています。

ここから、おまけですが、

「別れ」にまつわる私の友人の話です。

彼女は、息子さんが就職で家をでてから(大学まで自宅通いだった)、

わりと長いこと落ち込んでいました。

息子さんが巣立った後、夕方、買い物にいって何をつくろうかなと考えるとふっと息子さんのことが頭をよぎって、せつなくて寂しくてたまらなかったそうです。

そんな彼女の思いが通じたのか、就職して数年後に息子さんは転勤で地元に戻ってきました。

そして家賃がもったいないからと実家で再び暮らし始めたのです(!)。

あんなに離れて寂しがっていた息子さんが戻ってきて嬉しいのかと思いきや、
再度ご飯やら洗濯などのお世話が始まり、現実には大変だなと彼女は困ってしまったそうです(苦笑)。

客観的的にみるなら、彼女と息子さんの体験というかレッスンは、まだ終わってなかったんだろうなと思いましたが、

引き寄せの法則的にみるなら、望むと叶うから、本当に望んでいないことは望まないほうがいいな(汗)でした。

今、現在は、息子さんは別のところに就職して、家は出ています。

そして彼女はもう寂しがったりはしていません(笑)。

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↓ 4年目にやっと咲いたさくらんぼの花たち(これまで毎年葉っぱだけだった)。

今年は自分ちのさくらんぼが食べられるかな〜

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ずるずると続く関係や、依存的な関係から、なかなか離れられない方、

その体験はもう終了してもよい時期かもしれません。

新しい体験に旅立ちたいと思うけど、自分ではどうしたらよいかわからないとき、

あなたの意識やエネルギーを変えることでそのお手伝いをさせていただきます。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

花粉症が知らせてくれる

今年は、花粉症で困ってるというお声を例年より早く、そして例年より多く聞いてるように感じます。

さらに、先日、花粉症についての記事を書いてくださいというメールまでもらいましたので、
いよいよ花粉症とはいったい何を教えてくれてるのかと考えました。

私にとって花粉症の症状というのは、

代謝の落ちる冬に蓄積された老廃物のデトックスが春先に行われるのと同じように、

芽吹く時期に高まるエネルギーが、不要な意識もデトックスしようと起こしてるものだと
理解しています。

自分たちがまだ持ってる「要らない意識や信念体系」に気づいて、それを掃除して、

新しい生命サイクル(芽吹き)を楽しもうみたいなことだと思うのです。

花粉症は、具体的にいうと飛散する花粉が原因で引き起こされる(花粉だけでなく空中を浮遊している化学物質、例えば排気ガス、PM2.5等も付着してるという説も)わけですが、

花粉症という症状を起こすひとと起こさない人がいますよね。
「免疫力が違うから」と言われたら、なんとなく納得してしまいそうですが、
それって具体的に何の違い?でしょうか。

「意識」が全ての現象を起こしてる、という視点でみると、以下のように言えます。

体が花粉という異物が侵入したことを知らせるために、
鼻水や目の痒みという「花粉症」と名づけられた症状を起こす

これをめちゃくちゃ単純化して書くと

「自分に関わってくる何かに対して、アラームを鳴らしてる」

と言えるかなと思います。

どうして、アラームを慣らさないひと(花粉症でないひと)がいるかというと、

花粉=自分に関わってくる何か を アラーム対象とは思っていない からです。

具体的な例を、花粉症の典型的な症状を通してみていくならば、こんな感じです:

目が痒くてたまらない: 自分がみてる何かに対してイライラしてる、
            それをみたくないと思ってる

(具体例)

弟ばっかりママに可愛がられいていやだ、弟をみてるとイライラする

部活の先生が嫌い、先生の指導の仕方をみてるとムカムカする

鼻水ズルズル: 嗅覚というのは本能的な(もっとも原始的)五感の1つ、
        その鼻が拒否反応してるということは、
        ある人にたいして、そもそもの存在自体を認めたくないと感じてる
        ある人のことを自分は全く受け付けたくないと思ってる

(具体例)

できたら縁を完全にきりたいと思ってるお姑さんと同居してる、彼女がとても嫌い

夫がとにかくうっとおしい、何か言われるのも嫌だし、みるのも嫌

くしゃみ連発: くしゃみが出る時、自分がしてる行為全てをいったんとめて、
        へ、へっくしょんっ!となります。
        くしゃみが何回もでるというのは、何かorある人に自分の行為を
        くしゃみのように毎回止められてる、邪魔されるという意識を持ってる

(具体例)

自分の仕事と家事を終わらせたいのに、子供がしょっちゅういろんな要求をしてくるから、自分のやりたいことが思い通りにできない

趣味のガーデニングをたっぷりやりたいのに、ママ友がお茶しようと頻繁にLINEしてきて、いつも中断してしまう

という感じで、上記のような意識をもってることを花粉症が教えてくれてます。
もっというと、上記のような意識があるのは薄々知ってても、そこから逃げてるときに症状が起こっているのです。対面しないで、ほったらかしの状態、それをなんとかしよーというサインなのです。

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ちなみに、花粉症と診断されやすい家系というのがあります。
過去のご先祖様が結核だった家系の人々です。

実際にご先祖様が結核だったかを調べなくてもいいのですが、そういう家系の人は、
大概において呼吸器系疾患、たとえば喘息などを幼少期に発症してたりします。

そういう家系の人は、呼吸器系が弱い体質なわけですが、
これを「意識」でいうならば、「外側からはいってくるものに対して過剰にアラームを鳴らしてしまう意識」を持ってる傾向が代々受け継がれてるとも言えます。

それをカルマというならカルマと言えるかもですが、今世で発症したのなら、それを解放するチャンスという見方ができます。

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花粉症の方で、上記に当てはまるような意識や思いがあるな〜と思うなら、
まずは、その自分がもってる意識に気がつくことが大事です。

あー、私はXXXをXXXと思って、アラーム鳴らしてたんだなと。

次に、その意識を変えられるなら、変える、のがよいです。

例)お姑さんを見たくもない、縁をきりたい →  すごい嫌いだけど、なにか意味があって一緒に今はいるんだな、仕方ない、受け入れよう、みたいな感じです。

別にお姑さんを愛するところまで(苦笑)いかなくても、いいのです。

この機会にそのネガティブな感情を浄化できそうなら、それがよいのですが、
手っ取り早いのは、ただ受け入れることです。

そしてできたら、この姑との体験は私に何を教えてくれてるんだろう、という視点で2人の関係をみることをおすすめします。

もしくは、こんなに嫌なんだから、もう我慢しない!お姑さんとは別居しよう!

と生活を変えるのでもよいと思います(そしたら、その意識をもたなくなるので)。

ただ、頭ではわかっても、どうしてもその自分の意識を変えられなさそうなときは、

エネルギーを扱う、ホメオパシーのレメディなどが便利です。

セルフケアキットでいうならば、下記のように体の症状で選んでつかいますが、
同時に意識をつくりだしてるエネルギーも少し変えてくれるからです。

*目の痒み 
ヒリヒリする感じ 刺激のあるような痒さ Ars  
痒い 何回もこすってしまう Staph
痒みがなんとかならないのか!とイライラしてる Nux-v
目が刺されてるようなくらい痒い  Apis
花粉症といえば目の症状だけ  Euphrasia(これ36種キットに入ってませんが目からの花粉症にお困りなら使えるレメディです)

*鼻水ズルズル
透明の鼻水とろっとしてる 完全に鼻が充満してつまってる感じ 花粉症で気分が落ちてる Nat-mur
鼻水は大量だけど水っぽい しょっちゅう鼻をかまないとならない 鼻の下がひりひりする Ars
鼻水は黄色っぽい 副鼻腔炎みたいに奥の方でつまっててかんでもあまりでない Hepar-sulph
鼻水は黄色っぽい もしくは黄緑 片方の穴だけがつまってる Puls
鼻水はかんでもほぼでてこない 奥で完全につまってる Kali-bich
目はそうでもないけどとにかく鼻水がでる花粉症 Allium cepa(これも36種キットに入ってませんが鼻水の花粉症にお困りなら使えるレメディです)

*くしゃみ連発
鼻の奥は乾燥してひりひりしてる Sulph
くしゃみがでだしたらとまらない 鼻水もでる  疲労気味 Phos
鼻水が多量でくしゃみ連発 Allium cepa

セルフケアキットを使って一時的に軽減しても、大きな変化がないようなときは、
花粉症の症状とともに意識も軽くできるかもなので、専門家(わたしのような)にかかってみるのもよいかもです。

セルフケアでレメディを使ってる方で疑問や質問がある方へ:
3/27土曜に無料のフォローアップをします、詳しくはこちらの記事までどうぞ。

春は本来ワクワクするもの、戸外を存分に楽しみたい〜

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自分がどんなアラームを鳴らしてるかわからない方、
そしてアラーム鳴らしてる期間がすでにとても長い方、

ご一緒にそのアラームを鳴らすのをやめるのをお手伝いします。

ご興味がある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

爪をかむのは

小さなお子さんを持つママからメールをいただきました。

お子さんが爪をかむ癖があり

「私の態度のせいだろうか…」と気になります

とのことでした。

爪をかむのは子供だけでなくティーンエージャーや大人でもいるので、わりとありふれた癖かもしれませんが、

その行為をみかけると、なんとなく不健全に感じてしまう方がほとんどではないでしょうか。

爪を噛んでるのは愛情が足りないからだ、と世間でまことしやかに言われてきたという風潮もあるかもしれません。

身体症状をメタフィジックな分析で解説してるリズ・ブルボーによると、

爪を噛むという症状は:

「日常生活の細かな面において自分が守られていないと感じていて、ひそかに心の中で苦しんでる」

という感情を表しているそうです。

爪を噛む癖は、

「自分を守ってくれる人はいない」

「自分を助けてくれる人はいない」

「自分1人ですべてをやらなければならない」

というような思い込みをもってるときに現れる症状という言い方もできます。

私がみてきたケースから言えることも同様で、

爪を噛むクセがある子は、

家庭内で「親」から自分を守ってもらえないと感じてる子に多いように思いました。

その子たちの代弁をするなら、

「パパor ママは自分の味方じゃない」と思ってるようでした。

なぜ、彼らがそう思ってるのかというと、

親が自分に厳しくあたるから(小言が多い、注意ばかりされる)です(汗)。

親御さんたちは、お子さんたちをなんとか自分が考える良い方向に一生懸命導こうとしてるのですが、

子供たちはそういう親の言動から、

あ〜パパやママは、自分の味方じゃないんだ….

と捉えてるわけです。

そりゃ、まあ、自分のやることに賛成&支持してくれなくて、

そうじゃない!こうじゃない!と言ってくる人のことを、

自分の「味方」とは思えませんよね(汗)。

親心(おやごころ)子知らず、ですかね?!

いやいや、これは、こどもの心親知らず(苦笑)。

かくいう私の息子も、ある一時期、爪を噛んでたことありましたっけ(反省)。

話を戻しますと、

私は、このところ、爪を噛むクセというのを、以下のように捉えています。

子供たちにとっては、爪をかむという行為は、自分の心のケアを自分でしてる状態、

つまり ” セルフケア” なのです。

大人がストレスがあるときに、スイーツを食べにいったり、買い物して気を紛らわしたり、お友達とお茶したり、飲みに行ったり、パチンコ行ったりカラオケ行ったりetc.するように、

こどもたちも爪を噛むことで自分の心のバランスをとろうとしています。

子供たちは大人みたいに、外側(買い物とかスイーツとか)の物質を使う術を知らない&できないから、

自分の体をつかってそれをしてるのです。

だから、うわ〜、すごいね、ちゃんとセルフケアしてるんだねと思ってみてあげる。

そして、このセルフケアのサインに親御さんが気がついたのなら、

親御さんは自分を責めたり、子供の癖を責めたりしないで(どちらも責めるような悪いことはしてないので)、

小さな体で必死にセルフケアをして自分を守ってる子の自浄能力のすごさをまずは認めてあげて、

その次に、では自分はどうやったらこの子の味方になってあげれるかなと考える方向で対応してもらえたらと願います。

そういう親御さんは、ご自分が小さいころ、同じように自分の親に本当は”味方”になって欲しかった体験を持っていたります。

ですので、それを思い出したら、どうしたらいいかがわかってくるかなと思います。

爪を噛むクセに対してレメディやエッセンスを出して、

その子の親に対する思い込み(この人たちは自分の味方じゃない)のエネルギーを変えることもできなくはないですが、

このようなセルフケアのサインをみつけたことは、お子さんにとってだけでなく、

ご自分(親)の生き方や考え方を

もっと楽なものに変えていくためのサイン=ギフトでもあるので、

それをちゃんと自分で受け取ってみようと動き出すのをお勧めしたいです。

↑ 身体症状のメタフィジックな見方を先駆的に教えてくれたルイーズ・ヘイのサイトから
秋らしい画像を拝借。
こんなに安心していられたら爪はもう噛まなくてよいにゃ〜

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お子さんのサインをみて、ちゃんと対応を変えてみた、でもうまくいかないという場合は、

ご自身の中のもう少し深いところにエネルギーブロックがあるかもしれません。

1人でそれを探るのが難しい場合は、エネルギー療法でそのお手伝いができるかもしれません。

ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

あなたのかわいい身体

指のささくれ(さかむけ)で、ご相談をいただきました。

ささくれは、肌が乾燥するときなどに、親指だったり人差し指にできやすいかと思うのですが、

この女性のささくれは、ある特定の指でなく、全部の指!にあらわれてるのでした(汗)。

このような身体症状の急性相談だと、

具体的にどういう様相の症状か、
いつ頃から始まったか、
原因として考えられることはあるか、
この症状が起きた頃にメンタルでなにか特筆すべきことがあるか等を、質問形式でお尋ねします。

ご相談者からのメールには原因として

コロナ対策で手指を消毒する回数がこのところ多い

とありました。

そりゃ、消毒という名のもとに「エタノール」や「次亜塩素酸」を毎回手指に塗りこんでたら、肌は乾燥するし痛むしささくれますわ(汗)。

コロナ対策のため、公共の場で消毒をスルーすることは難しいかもしれませんが、具体的な原因を外さずにレメディを取っても焼石に水となることでしょう。

私はチョコを毎日食べ続けます、でも体重を減らしたいのでレメディでなんとかしてくださいとお願いされてるようなもの(苦笑)。

とはいえ、いつも原因の深い根っこはメンタルにあるものです。

体が悲鳴をあげてるのに(全指乾燥してささくれ)、

なぜ体に過剰な消毒を続けているのかな、という方に着目するのがよいかと思います。

ささくれというのは、爪周囲の肌・角質が細かく剥けてる状態です。

メンタルの意味でいうならささくれは、その細かいエリアで起きる細かい症状と同じくらい、日常の(もしくはある特定の出来事の)細部にこだわりすぎてるといえるかなと思います。

やりとりしたメールで読みほどいていくと、

ご相談者の方は、このところ仕事やプライベートでご自分の手を見る機会が多いようで、

ジム通いするうちにゴツゴツしてきた自分の手に、コンプレックスを持っていらっしゃるとのこと、

特に爪の形が丸くて小さく「綺麗でない」と思っていらっしゃることがわかりました。

ですから、原因、それだってば(苦笑)。

この女性の場合、指のさされくは、ささないなことを気にしすぎてるという現象ではなく、

細部に愛が足りなかった →  自分の指たちを愛してなかった

ということだと思いました。

だから体は、全指の毛細血管まで栄養&血液=つまり愛、をうまく流せなくて、ささくれていたのでしょう。

無理やり解釈するならば、

指を好きでない愛せていなかったから、その指たちを痛める消毒液を毎回つけても気にもしていなかった、

もしくは、

指を綺麗にしたい=消毒したい、という潜在意識の現れだったとも言えるかもしれません。

心がささくれる、という表現がありますが、

彼女の指たちは、まさに愛をもらえず、拗(す)ねてささくれていたようです(汗)。

うわー、なんか、かわいい、指たち ❤️!

結局、このご相談者は、メールのやりとりで上記の内容が腑に落ちたようですので、

レメディは出さず、ネイルケア製品を購入して爪も含めた爪周辺をケアするということで落ち着きました。

そのように愛を込めてケアしたら、きっとさかむけはなくなっていくでしょう。

そして、彼女はそんな自分のかわいい指たちをこれから愛するだろうな、と思いました。

私も、先日のテニスの後に痛くなってたゴリゴリいってる右肩甲骨に愛をたっぷりそそごうっと!

満開のコスモス群生をみかける時期ですが、写真を綺麗にとるの難しい(汗)。
よってこの画像、お借りしました……色と角度がステキ。

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体はいつもこのように、あなたにコミュニケーションをとってきています。

そのコミュニケーションに気がついてちゃんと答えていくと、

何かに頼らなくても、自分で自分の心身を癒すことができます。

あなたに起こってる症状がどんなコミュニケーションなのかわからないとき、

一緒にあなたの体からの言語を解くお手伝いをします。

そして必要なエッセンスやレメディで改善のサポートをします。

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学校に行きたくない3

子供が学校に行きたくないということを言い出したら、

私なら、個人的にどうするかについて追加で書きます。

学校に行きたくないと言い出したら、まずは、その気持ちを受け取って休ませると思います。

次に何が起こってるか、理解しようとします。

友達や先生といった心の問題からきてるのか、

疲れてるとか体力の問題なのか、

それとも学校のシステム自体が本人に合わないのか。

心の問題なら、克服するのをヘルプするようにします。

学校の拘束時間が長すぎてただ単に疲れてるなら、生活リズムを変えるとか、
体になにか問題があるなら、例えばホメオパシーのレメディを使ってみます。

学校のシステム(集団行動や規則に従う)がそもそも本人に合わないのだとわかったら、

代替となる別の学校を探すかなと思います。

まだ子どもが小さいときに、

本人の代わりに親がなにかを選択することがあるならば(幼稚園とか小学校とか)、

そこが本人に合ってるか、を私は大事にしたいです。

その子の「気」と合ってるか=エネルギーと合ってる環境かどうかを

大事にみようと思います。

学校に通うのは、親でなく、子ども。

親がこれが良いだろうと思う学校と、子どもに合う学校が同じとは限りません。

メダカ を育てる(私、たくさん飼ってます、笑)のに大事なのは、メダカ に合う水環境を作ってあげること。

水が合うと生き生きとメダカ は泳ぎます。

子供も同じで、その子の「気」に合う環境なら、その子はのびのびとしていられると思います。

大人も同じですよね。

自分に合ってる環境で暮らすと(エネルギー、周波数が合うということなんですけど)、

とてもよい状態で暮らせると思います。

私の息子が今年から高校生なのですが、彼が高校を選択するときに、

私からあげたアドバイスは、

「実際行ってみて、自分の ”気が合う” と感じるところを選んだらいいよ」でした。

といっても田舎の車社会なので、私が車で連れて見学にいかないといけなかったのですが、

複数の高校に一緒に見学にいって、

私が、わー、ここ「気が合う」と自分が感じた高校と、

息子が第一志望に選んだ高校は同じでした。

そして、今、そこに通っています。

あの自分が気が合う感覚を感じたときに、そして息子の顔もそこで輝いてるのをみたときに、ここに通うことになってるんだろうなとひそかに思いました。

こういうことが大事と思うようになったのも、過去の経験の学びからです。

息子がまだ小さいとき、東京にすんでた頃、たくさん習い事をしてました。

親がこれがよさそうとエゴで選んだものも多かったし(汗、反省)、
お友達に誘われただけで、これする!と言って始めた習い事もありました。

でもフタをあけて続かなかった習い事は、振り返ると本人には合わないもの、
「気」があってなかったものでした。

あれらの習い事は、私の勝手な願望や(苦笑)、

頭で条件を考えて選んだものだったなとよくわかりました。

なにかを選ぶとき、頭で選ばないで心で選ぶとうまくいくと1つ前の記事に書きましたが、

心で選ぶというのが抽象的すぎてわからないときは、

「気=エネルギーが合うか」を感じて、選ぶようにしたらいいと思います。

そこにいていい感じがしたら、そこは合ってると言うことができます。

そこで子供が生き生きとしていられるイメージを持てるか、

それをイメージすると自分がリラックスして呼吸をすることができるか、それを指標にできます。

(エネルギーが合ってると、リラックスして呼吸ができます)

↑ メダカ によい水環境は、カエルにも合うようで、いつのまにか住みついてるようです(大汗)。メダカ 食べられてるかも….(!)

学校に行きたくない2

1の続きです。

1では、学校に行きたくないと子供たちが反応しだすことは、その子個人の問題とは限らず、パラダイム変化における1つの現象かもしれないと書きました。

ただ、そうはいっても、現時点で、どう対応するのか?についても書いてみます。

対応といっても、

この子にどういう言葉をかけたらいいの?

先生に何と言えばいいの?

みたいに他人軸で考える前に、

子供が学校に行かないという問題があなたにとって(子供にとってではなく)何を表してるか? 

と自分軸で見ていくのをオススメします。

一見、お子さんに起こってる問題のようにみえますが、このようなときは、ご自分の中で未解決だった問題の反映であることが多いのです。

だから、どうにかしないといけないのはお子さんじゃなくて、ご自分の内面だったりするわけです。

(というのも、お子さんは学校に行きたくない気持ちを体現してるだけで、今の時点では悩みにはなっていない)

このお悩みを相談してきた方は、お子さんが学校にいくのをしぶり泣き叫ぶので、その気持ちを尊重してお休みさせたりしています。

その対応をしている中で、この方が一番気にかかっているのは、

「もしずっとこのまま学校にいかなかったらどうなるの?」

です。

なぜなら、自分の中に、普通に学校に行く道を歩ませたい、という思いも持っているからです。

この方のお悩みの核は、

子供の気持ちを優先する VS  自分の価値観を優先する

のはざまでゆれる葛藤と言えるかなと私は思います。

なぜこう言えるかというと、過去にいじめっこの問題をかかえていてそれを解消していないまま親になった方なら、

同じ状況でも問題をこんなふうに話すのです ↓

子供が苦手な子がいるみたいで学校に行きたくないって言うんです、と。

他人にみえてる問題というのは、元をたどると、

このように自分のフィルターを通して話される「自分の問題の投影」であることがほとんどです。

さて、この方の場合でいうと、自分の中で抱えている葛藤の問題をどうしたらいいか?ですが、

答えや正解はないので、ご本人がみつけるだけです。

どうしたいのか、どういう選択をしていくのか、自分の「心」でこの機会に決めるのです。

世間からずれてようが、お子さんの気持ちを優先してあげることが何より大事だと思うのなら、

そうしたらいいのです。

行きたくない、と泣き叫ぶなら、それを第一に受け入れて休ませていいんです。

そのうちどうにかなるものです。何をどうしたって、最後にはその子の人生らしくなるのですから。

学校にいかないと暴れても、その子が普通に小学校に通うようになってる人生なら、

やっぱり行ってみるってそのうち、その子は言うようになります。

でも、その子が小学校に通わず、少し違う道の人生を歩むようになってるなら、そうなります。

でもそれで人生がダメになるわけではなくて、なにかが動いて導かれて、いずれにしろその子らしい人生を歩むようになってるのです。

だから、何も心配しなくていいのです。

でも、あなたが小学校というのは学ぶことがたくさんあるし、友達とも触れ合えるし、それを体験して欲しいと心から思ってるなら(世間体のためでなく)、
そんな風に率直にお子さんに話して、頑張って行ってみるように促せばいいのです。

心が伴ってるメッセージというのは伝わりますから。

メッセージがちゃんと伝われば、お子さんが学校に行くか行かないかどちらを選んでもご自身は受け入れられると思います。

いずれにしろ、どんなことが起こっても、なるようになってますので、

自分の「心」が望むように動けばそれでいいのです。

こう書くと ↑

「”自分の心が望むように”というのが、自分でもわからないのです」

と尋ねてくる方がいます。

そういう人は、「心」でなく「頭で考えてる」人です。

頭で考えると、

いろんな損得や条件を比べるだけになるので、自分が何を望んでるかわからなくなります。

「心」で選べるようにする具体的な方法を紹介しますと、

①呼吸に意識を集中します。

②呼吸しながら、ハートチャクラ(第4チャクラ)の場所に自分の「意識」をとどめるようにします。

思考をストップして、自分の中心を「頭」から「心」に移動してくるというイメージを持つとやりやすいかもしれません。

しばらく静かに「心」に ”意識をおいて” 呼吸してください。

この問題を「心」で見よう、と思いながら、呼吸してもいいです。

そうすると、自分が本当に望んでいることに、ふっとアクセスできます。

(そのとき、アクセスできなくても、時差があって、あとでふっと気がついたりします)

「心」で選んだことは、いつもとてもうまくいくようになっていますので、どんな問題のときにもこのやり方はおすすめです。

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蓮の花をみると、”宝物、みつけた〜!” みたいにテンションあがります。
近々もう一度見に行こうっと。

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心が望むように、と思っても、過去の価値観に縛られて身動きが取れない方、
エネルギー的にいうと、それはエネルギーフィールド にブロックされてる箇所があるからだと思います。

ホメオパシーのレメディを使って、そのブロックをとって、もっと軽々と生きてみませんか。

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学校に行きたくない1

コロナ休校が終わって、ほとんどの学校が以前のようなスケジュールに戻ってきてますが、

そのせいか例年なら4月末や5月頃にいただくお悩みを、この時期に耳にしています。

子供が学校に行きたくない、と。

いやーわかりますよね、学校は友達にあえたり、大勢でなにかを共有&体験できるという嬉しさがある反面、

きちきちした時間割で、

小学生でも8時に家をでて3時くらいまで家に戻れないので、

先生やクラスメートに溶け込めてなくて緊張してる子なら心身ともにヘトヘトだと思います。

特に今年はコロナ休校で、ゆっくり毎日を過ごせるというのを体験してしまってるので、行きたくないと口にするのも、よくわかります。

そして、昨今は、親御さんもそういう場合は無理にいかなくていいよと受け入れてあげる方が多いように思います。

集合意識が変わってきたな〜と思います。

昔の私の小学校時代というのは、

学校は行くもんだ! 

「義務」教育なんだから!

みたいな意識が世間全体に蔓延していたので、

親は子供が学校が嫌いだろうがなんだろうが行かないという選択肢は思いもつかなかったし、

子供もよほど個性の強い子でないと、その集団意識には抗えなくて、

行きたくない気持ちを飲み込んで(無意識に)皆が通っていたと思います。

でも、不登校やひきこもりという現象がどんどん表面化してきて、

一般化してきたといえるこの頃は、

そういう集合意識も相当に変わってきたと感じます。

学校行きたくない、それ、フツーだよ、と思える時代になってきてると思います。

このようなパラダイム(ある時代のものの見方)のシフトは、

大人社会の中でも起こっていて、

サラリーマンとして会社にいって働き続ける生活が標準だったのが、

今や、個人がスモールビジネスで起業したり、Youtuberやプロのゲーマーといった職業が成り立ったり、自給自足の生活をしたりと、「当たり前」だった大人の仕事に対する感覚も相当に変わってきてると思います。

ですので、パラダイムがシフト中という広い視点でみるならば、

子供が学校に行きたくない現象をあちこちで見聞きすることや、

自分の子供にもそれが起きているのは、個人の問題とは限らず、

集合意識が変化する途中に起きてる現象の一部分ともいえると思います。

このような過渡期に問題となるのは、

学校に行きたくない(=既存の学校システムにもう合わなくなってる)子たちの意識と

学校という外側のシステムの現状に、まだズレがあることです。

(意識がいつも先で、カタチはあとでついてくるものだから)

あと10年もしたら、ホームスクーリングとか、サドベリーやオルタナティブなどのフリースクールがもっと充実して、子供たちの個性や気質に合った学校選びがフツーにできるようになってるかもしれないし、

学校のシステム自体が様変わりして、登校 するか オンライン授業かを好きに選択できるようになって、学校行きたくない→そもそも無理に行く必要なし!、と変化してるかもしれません。

長くなりましたので(苦笑)、いったん、ここできります。

↑ 今年は満開の時期にみれました!見事な蓮の花たち!

ヤマサ蒲鉾さんが栽培されていて、無料でみれる広大な蓮の花苑、圧巻です。
ご興味のある方はこちらへ:https://www.e-yamasa.com/special/hasunohana.html

喜べない贈り物

友人から贈られる品が喜べない&使えないモノで困ってる、

しかもそれは誕生日プレゼントとして届くので断ることができない&毎年もらう(汗)、

直接友人に要らないと言うのは自分にはハードルが高すぎる、どうしたらいいでしょうか?!

という相談を受けました。

この種のお悩みは

あー、あるある! みたいな内容かなと思います。

一般的な対処法としては、

ありがとうと気持ちだけを受け取って、品は後で処分する

ではないでしょうか。

この相談者の方もこれまでそうしてきたのだと思います。

けれど、今、この問題を第3者である私に話してきたということは、

これまでとは違う選択をしていこうと思い始めてるとき、

つまりもっと自分らしく生きていこうとシフトしてるときだと思います。

この問題を考えていくとき、

「こんな贈り物が届くのは、相手が自分の好みを押し付ける人だから」

という相手のせいだという考えは横においておくのをお勧めします(そうでないと他人軸で考える思考法のままになり、自分らしさにシフトできないので)。

では、どう対処するか?!ですが、正しい答えというのはないので、

どうしたいかを本人がみつけるしかないのですが、

この出来事をどうみるか?を2つ提案したいと思います。

1つ目:なぜ、このような事象があなたに起きているのか? 

この相談者のケースでいうと、贈り物をくれる人が「友人」というのが1つのポイントだと思います。

「知り合い」と呼ぶような少し離れた間柄の人でも、近しい家族でもなくて、

自分が全く喜べない品を送ってきてるのは、自分の「友人」なのです。

あなたのことをよく知らない人ではなく、

「友人」というカテゴリーのこれまで個人的な話もしてきただろう人が、

あなたが全く喜べない&使えない品を

あなたに贈るのはなぜでしょうか。

その友人はあなたのことを全くよくわかっていない、ということが言えるかもです。

別の角度でみると、

あなたは、その友人の前で、本当のあなたをみせていましたか?と問うことができます。

友人に対して気を使って、取り繕って、本当の自分でない状態でつきあっていたのではないでしょうか。

友人だから何でもわかるわけじゃないけど、

あなたが使うのにすら困るような品を友人に「選ばせてる」という見方もできるわけです。

ですので、そのご友人との関係を保ちたくて、そして要らない誕生日プレゼントをもらって困りたくないのなら、あなたは今後、ちゃんと友人の前で自分を表現&開示していくことが大事になってくるだろうと思います。

2つ目:このようなことが起きてる「友人」関係自体をあなたはどう感じてるのか?

あなたは贈り物のことで悩み、そして対処法を探し改善していきたいほど、この先もこの相手と関わりをもっていきたいと心から思っているのでしょうか?

これまで、相談者の方は、この相手を「友人」として扱っていました。

でも、その友人の前で自分をオープンにもしていないし、

相手から届くモノにも心を感じていない(要らない品としか捉えられない)。

だとしたら、そもそも、その相手はあなたにとって大事な人なのでしょうか。

そのひとは、あなたの「友人」なのでしょうか。

気苦労しながら、無理に関係をもっていませんでしたか。

正直に自分の心に問いかけてみるのが大事かもしれません。

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エネルギー療法で使うレメディをとると、その作用で心のブロックが外れることがあります。

ブロックが外れてエネルギーレベルがあがると、自分に不要なモノやヒトから離れていく現象が起きたりします。

それは相手とのエネルギーレベルにズレが生じるからです。

現実レベルでは、友人との不和、考え方の違いにしかみえないので、

心苦しくて、これはなんとかできないかと悩むけど、

エネルギーでみるならば、お互いのいる周波数帯が違ってきたという移行が起きてるだけです。

あなたが苦しむ人間関係が自分にとって不要だと気づいたなら、

これは手放してもいいんだと自分に許して、新しい選択をしていけばよいのではないでしょうか。

今は、人類にとても大きなエネルギー変化が起きてる時期です。

ですので、レメディなどをとってない方でも、今回の記事と類似することが起きてるかもしれません。

もし、ずっと抱えてきたモノやヒトとの関係に苦しさを感じ始めているなら、

それはエネルギーレベルでの移行が起きていて、あなたは新しい選択をしていく時期なのかもしれません。

今年はコロナ自粛で時間があったので、ビワの葉エキスを自分で仕込んでみました。
漬け込んだアルコールは、スタンダードな焼酎でなく、ジンにしました….→ 理由は余ったら飲みたいから(苦笑)

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心のブロックを外して、自分のエネルギーレベルをあげていきたいと思う方。
ホメオパシー療法で、そのお手伝いができるかもしれません。
ご興味のある方はHPの方へどうぞ:https://arnicahomeo.com/

あなたにとってのカタルシスcatharsis

コロナ自粛中、家でいつもよりたくさん読書をしたり、映画やTVドラマをまとめてみた人も多いだろうと思います。

はい、私もそうです。

娯楽でみた映像の中で最近の私のヒット作品は:

ー Fleabag フリーバッグ

ー ゼロの焦点

でした。

「Fleabagフリーバッグ」 とは、主人公の女性の名前で、そのままタイトルにもなってます。
フィービー・ウォーラー=ブリッジという30代の女性が企画から脚本、監督、そして主演までやってのけたイギリスのTVドラマシリーズです。

TVドラマシリーズときくと、次の回もみてもらえるようなトリックを想像してしまいますが、Fleabagは長ーい映画を短編にきっただけという感じで自然にみれました。

フリーバッグは、タブーの尺度が人よりゆるめで性欲が強め、ある種変人のようにみえる女性の日常を描いた作品です。

彼女の心には亡くなった親友の存在が常にあるのですが、家族や恋人、自分の仕事に対する彼女の歪曲した接し方の方に目がいくように作られています。

しかしドラマの回を追うごとに、歪曲してるのは周りの人や社会慣習の側ではないのかと思えてくるのが上手いな〜と私は思いました。

シーズン2で完結なのですが、シーズン2のテーマの奥深さに個人的に感服しました(ネタバレになるので書けないのがもどかしい、苦笑)。

ちなみにでてくるエピソードがイギリスらしくエグいので(苦笑)、そこが面白く笑えたりもするのですが、アメリカ作品のようなわかりやすい明るさや笑いが好きな人には好みではないかもしれません(汗)。

「ゼロの焦点」は、松本清張の長編推理小説のリメイク版(広末涼子主演)をみたのですが、映画作品にというより、原作に感動したように思います。

といっても原作を読んでないので(汗)、この映画作品の描き方が監督独自のシナリオ&視点なのかわかりませんが、

古い時代の澱(オリ)が新しい時代に向かうときにすべて粛清されていく様(さま)が描かれていて、それがまさに今のコロナ時代から新しい時代へと変化していく現実と重なってみえて、深く私の心に響いたのでした。

登場人物は誰も何も悪くない、そういう時代でそうなっただけ、狭量な社会で生きるのに誰もが必死だった、そういったやるせなさににせつなくなりました。

過去を背負って生きてる人は誰も現実には救われなかった、でもそこでの必死さがあったから新しい時代に展開していくことができた、そのおかげで今があるんだなと鑑賞後に深い感謝を感じたのでした。

上記の2作品をみて、私の心が深く動かされた状態、これをカタルシスと呼ぶことができます。

カタルシスというのは、

哲学者アリストテレスが、ギリシャ悲劇をみることで観客の中におこる心理作用を指して使った用語と言われています。

私個人の解釈でいうなら、カタルシスというのは、

個人の中で抑圧されてる意識 / 感情や欲望が、

演劇や映画などの中で表現されるのをみて昇華されていく状態と捉えています。

現実生活では実現できない自分の意識/感情や欲望を、

実害のない安心な架空の劇中で鑑賞することを通して癒すことだと思います。

そういう視点でみるならば、

自分の琴線に触れる作品には、私たちが深いところで抑圧してるものが表現されてると言うことができます。

楽しい面白い映画ばかりではなく、救いようのない悲劇や、猟奇的な映画、悲惨な戦争映画やホラー映画を人が観たがるのはそういう救いを感じるからでしょう。

カタルシスというのは、違う角度から解釈すると、
この世では、どんな思いを持ってもOKだよというゆるしを体験してると私は思います。

どんなに激しい感情であっても、理不尽でも、憎しみ、残虐的であっても、悲惨でも、変態的でも、社会的にタブーとされていても、その思いや感情をもつことはOKなんだよ、なぜなら、ほらこういう人がいてこういうストーリーがあるでしょ、と架空の作品の中でそれを示してもらってるのだと私は思います。

そのようないわゆる心の暗部がゆるされて昇華されることで、私たちは心の輝く側を発揮していくことができるようになっていると私は思います。

ちなみにカタルシスは、子供たちの絵本にも同じことが言えて、

子どものお気に入りの絵本とか、何回も繰り返し読んでほしい絵本というのは、その子にとってのカタルシスになってるのだと思います。

子供たちは、まだ自分の心のことをうまく言葉で話したり整理することができません。

だから絵本をみることで体験するカタルシスがとても大事なのだと思います。

絵本を選ぶときは、そういうわけで親がこれが健全そうだからとか良さそうだからという思考からの選択でなく、

お子さん自身がなにか惹かれるものを大事にしてあげるといいんじゃないかなと、私は思っています。

体によくないものを食べるとき

コンサルテーションで、

消化不良を起こした方や、

吹き出物、湿疹などのアレルギー症状などが肌に出てる方に、

その原因について何か思い当たるかをお尋ねすると、

「XXを食べたからだと思います」とか

「たぶんXXが原因です」

と食べ物が原因と思われるという答えが返ってきます。

「そのXXを食べたときにどんな思いを持っていましたか?」

とお尋ねすると、

「XXを食べたら胃もたれ起こすかもな」

「XXを食べたらお通じ悪くなるかも」

「XXは体によくないけどな」

「XX食べたら肌が荒れるかも」

みたいなことを思いながら食べているそうです……

以前のblog記事にも書きましたが(参照:治るについて)、

私たちの「思い」というのは体が聴いて答えてくれます。

これを量子力学的に言うなら、心から体への量子的飛躍が起こってる/情報は物理に影響を大きく与えるから、ということができるかもしれませんし、

一般的に理解しやすい言葉でいうと、プラセボ効果が起こってるということかなと思います。

「この食べ物は体に良くないよ」 という心の情報を

「そうかこれは普通に消化できないものなのだ」と体が受け取って、

消化不良を起こしたり、

普通の経路(排便排尿)で排出できないで肌に症状を出したりしてる

ということだと私は理解しています。

私も、たまにジャンクなおつまみを食べるとき

「あーこれで吹き出物できるかもな」って思いながら食べてます(苦笑)。

だから私の体は、

これは吹き出物を出す食べ物ですね、りょーかい!

と忠実に反応してくれてるわけです。

そしてちゃんと吹き出物ができて、私はやっぱりな!って再確認してます(改めて書くとかなりアホなやり取り….汗)。

例えば、一人暮らしの大学生男子が毎日コンビニ弁当とカップラーメンを食事にしてたとします。

彼は特に意識していないし、美味しくいただいてるのだけど、半年くらいして肌の症状や胃腸の具合が悪くなったとします。

そういう情報を与えてないのに(美味しく食べてるのに)なぜ? と思うかもしれませんが、

これも実は同じで、その大学生男子はそういうのを食べてると体に悪いよなって実は頭の片隅で知ってるのです。

そうでなければその症状はでません。

男子大学生は、こんな食生活を続けてたら「そのうち」調子悪くなるかもね、と思ってるから体への反応は遅かったのかもしれません。

そういう視点でみると、添加物や体に悪い食品について熟知してたり、非常に気にしてる方というのは、消化器系や肌への反応も早いし、現れる症状も顕著です。

私がジャンクなものを食べて、すぐに吹き出物ができるのもそういうことだろうと思います。

では、どういう心持ちで食べたらいいか!? ですが、

全ての食べ物に感謝して食べる

ができるのがいいですよね。

しかし添加物やら、遺伝子組み換え食品やら体に悪い食品を、ありがたい〜と思って食べることはなかなかできないでしょう。

食べ物への感謝の思いを素直に実践できる手作りの野菜やお米、心がこもった手作りお菓子などというものはここでは問題ではありません。

問題は、そうじゃない食べ物を食べるときです。

悪いだろうとしってる けど、食べてるもの、食べたくなるもののときです。

ずばり、私が時々食べてしまうジャンクなおつまみを食べるとき、です。

そのときは、例えばこう思うのはどうでしょうか ↓

「このおつまみを食べたいのです

これを食べることを私にゆるします

だからどうぞ上手に消化するのを手伝ってね」

違う観点からみると、

これは良くないなと思いながら食べてるとき、実は自分を罰してるんですよね
(悪いことしたから罰が下るという認識を持ってるので)。

体にでる症状は、それで自分を罰した証という見方もできるのです。

だから、その行為を「ゆるす」のがいいんじゃないかなと私は思います。

こんな文言を毎回食べるときに思うんかい〜!?

めんどくさ!ともしあなたが思ったとしたら、

そんなに「毎回」自分の消化器官に負担をかけてるんだと気づくといいですね。

上記の文言に、もう一言付け加えるとしたら、

「いつも私が食べるものをちゃんと消化してくれてありがとう!」

だと思います。

あーほんとに、わたしの体よ、いつもお酒やおつまみを消化してくれてありがとうね!!

山にも桜がぽんぽんと開花しています。遠くからみる桜の白はとてもやさしい感じがします。